第2話 「示談の方が君の為」
「ははは、僕も決して今回の話を大きくしたくないんだよ。ねぇ、セバスチャン?」
嫌らしい笑みを浮かべながら俺を見る少年神スパイラルに、従者らしい老齢の男セバスチャンも愛想良く調子を合わせた。
「はい、坊ちゃま。ここは、ぜひこの少年と話し合って示談に持ち込んだ方が宜しいかと! 下手に上級神達にでも知られたら、これからの坊ちゃまの神格の形成に傷が残りますので」
「ふふふ、そうだね。上手く示談にして、事がこれ以上大きくならないように穏便に済ませたいね」
スパイラルの口調は相変わらず軽いし、会話の内容からして何か辺りにきな臭い雰囲気が漂い始めた。
ああ……どこの世界でも権力と金がある強い者が勝ち、弱い者は泣く。
そして臭いものには蓋をしろという言葉が横行していそうだ。
もしや神様の世界でも当たり前なのだろうか。
彼等の話を聞いていた俺は『示談』という言葉がどうにも引っかかったのである。
しかし死んでしまった無力な俺に交渉の主導権が取れない以上、この『僕ちゃん神様』スパイラルのご機嫌を損ねないようにして有利に事を進めるしかない。
ラノベの主人公だって、折角転生させてくれる神様に逆らう馬鹿など絶対に居ない。
「ええと……じゃあ君の希望通り示談で良いよね? ト・オ・ル君」
示談が俺の希望だって!?
冗談じゃない! と言いたいが、ここは愛想良く頷くしかない。
強引に『示談』を申し込んで来た神様スパイラルに抗う術など無いのだ。
弱い奴の人生なんてそんなものだ。
結局、相手の都合の良い様にうやむやにされてしまう。
俺が喋った言葉はもろに本音である。
「……仕方が無いよ。君に逆らうなんて出来ないんだろう?」
俺の『泣き』を聞いたスパイラルは面白そうに笑った。
「ふふふ、そうだよ。所詮、トオル君はただの人間だしね。もし僕みたいな神様に逆らったら天罰てきめ~ん!」
天罰ねぇ……もう良いよ、好きにして。
自棄になった俺の気持ちを見透かすようにスパイラルは条件を出して来る。
「まあまあ、そんなに投げ槍にならないで。大人しく僕のいう事を聞けば、トオル君の知識が役立つ楽しい世界へ転生させてあげるからさぁ。示談で出す僕の賠償分も凄くプラスに働くよぉ」
「楽しい世界へ転生? それって……ちょっと面白そうかな」
俺が軟化したのを聞いたスパイラルはここぞとばかりに囃したてる。
「うふふ、面白いさ! 面白いどころか、人生がとても楽しくなるよ!」
何かちょっと良い予感?
俺は割り切って思い切り下手に出る事にした。
「はい、貴方の仰る通りです。楽しい人生を授けて頂けますか、螺旋様!」
「ふふふ、言葉遣いが完全に変わったね。どうやら自分の置かれている状況がちゃんと分かって来たようだ。これまでしょうもない人生を送ってきた割には結構しっかりしているよ、ト・オ・ル君!」
ああ、言いたい放題だ。
人が下手に出てりゃ、本当に言いたい放題言いやがって!
そんな俺の魂を読んだようにスパイラルは面白そうに笑う。
「ふふふ、しょうがないじゃあないか? だってトオル君はダメ人間だから」
スパイラルにきっぱりと断言された俺は、思わず黙ってしまう。
いくら本当の事でも他人にはっきり指摘されると悔しい。
「意志薄弱で流されるままに生きて来た馬鹿で愚かなダメ人間トオル君には、僕みたいに偉大で格好良く強い神様に反論する余地なんて一切無い筈さ」
ぐぐぐ!
自分を最高に美化した上に、俺に対して容赦ない罵詈雑言の嵐かよ!
ふふふ、耐えろ、俺……
幸福な第二の人生ゲットの為に!
「すすす、全て! ス、スパイラル様の仰る通りです」
たぎる気持を抑えて同意した俺を見て、スパイラルは満足そうに笑顔で頷いた。
そして俺の額に小さな手を当てたのである。
「あはっ、分かれば宜しい。さてと……トオル君の知識を覗かせて貰おう。ふむふむ……典型的なオタクというか……高校3年生にもなってチート能力願望全開の典型的な中二病かい? ふふふ」
俺の知識と願望を読み取ったスパイラルは意地悪そうに笑った。
だが人間は『図星』を指されるとむきになるものだ。
「いいじゃないですか! どうせ、俺は中二病ですよ、ほっといて下さい!」
「まあまあ! そんなに卑下するものでもないさ。トオル君のオタク知識はこれから行く世界の糧になるものだからね……」
俺が不貞腐れてもスパイラルは全然お構い無しである。
少し考え込んでから、彼は何か思いついたようで、はたと手を叩いた。
「うん、決めた。『あそこ』にしよう、セバスチャン」
「はい、『あそこ』なら彼にはぴったりでしょう」
俺には全く分からないが『僕ちゃん神様』の主従の間には何故か話が通ったようである。
そしてふたりは俺に聞えないようにこそこそ話した結果、とうとう……俺が送られる世界が決まったようだ。
「でね、トオル君への賠償の件だけど、僕の加護が付いた装備と頑健な身体、そしていくつか魔法くらいは使えるようにしておくよ。ただ、どんな魔法かはひ・み・つ」
「そ、そんなぁ! 異世界で使えるその魔法が肝心なんですよ! 異世界の最強魔法使いとか、すんごく憧れているのに! お、俺はどこへ行っても最悪人生なんですかぁ?」
不運な運命の俺は好きな中二病的世界を望むのも駄目なのだろうか?
しかしスパイラルは何と身体をぶるぶると震わせている。
すっごく異常な震え方だ。
こいつ、何か悪いものでも食ったのか?
「ふふふ、その殺される前の情けない豚のような泣き声が僕の魂を揺さぶるう」
は!?
何だ、こいつ……いかれてるか、壊れてるじゃないか!?
まるで普通の神様じゃあなくて邪神だよ……
「邪神、結構! 昔から偉大な神こそ狂気を孕んでいると言われるからね。僕の将来への褒め言葉として受け取っておくよぉ」
俺の魂をすかさず読んで嬉しそうに笑うこいつは……やっぱり壊れていやがる。
「まあ……何も教えないと可愛そうだから装備品の事だけ教えとくか」
邪神スパイラルもさすがに哀れと思ったのであろうか。
彼がぱちっと指を鳴らすと目の前に黒い兜と薄汚れた革鎧一式が宙に浮いている。
「こいつは古代竜の皮で作った頑丈な特製革鎧だ、君の命を護ってくれる筈だよ。見た目が汚くて凄く地味だから泥棒に狙われる事もないと思う」
はあっ!
そりゃRPGでいきなり最強の鎧を与えられるようなものじゃあないか!
いきなりゲームバランスが壊れるんじゃないの?
見た所、汚くて格好悪い鎧なのがたまにきずだけど……
俺がそのような事を考えているとまたスパイラルの指がぱちっと鳴った。
今度浮かび上がったのは刀身が60cmくらいのショートソードである。
しかし、刀身が尋常では無い。
やや黒光りした刃は禍々《まがまが》しささえ漂うのだ。
「今度は剣だよ。仮初の外見は君の居た世界でスクラマサクスと言われているものに近い小型の剣だ。しかし只の剣じゃあない。大気を切れると言われる程、切れ味が抜群なのと永久に研がなくても良いという優れモノだ。その上これ、更に魔法がかかっているからね……魔法は教えないってさっき言ったけれどこれくらいは教えちゃおうかな」
金髪美少年の姿であるスパイラルは片目を瞑ると、さも面白そうに笑う。
「でね、君が行く世界だけど、僕の管理する世界の中では中二病の憧れる典型的な剣と魔法、そして魔物が居る面白く可笑しい世界さ。多分君は誰もが目指すいわゆる『冒険者』って奴になろうとするだろうね。で、剣の効果だけど、魔物がもし倒せたら……まあ君が負ければ引き裂かれて喰われる可能性もあるけど……」
引き裂かれて喰われる!?
嫌な事を言わないでよ……
「あ、そうそう。その場合は君、呆気なく死んじゃうからね。ジ・エンド! すなわちぃ、魂の完全消滅! あは、無に帰るんだ! 念の為に言っておくよ、分かった?」
あっ、そう……ジ・エンドね。
分かりましたよ。
でも魂の完全消滅とか、無に帰るとか、徹底的に念を押すなんてすご~く嫌味な言い方だよ。
こいつ……やっぱり……むかつく奴。
「ふふふふふ、ひひひひひ、伝わってくるよ。僕を凄く嫌な奴だって思うだろ?」
「…………」
「ひゃはははっ! 君の憎しみが僕を染める……この言い方、恰好良いだろう? どう?」
またもや身体を震わせて歓喜のポーズを見せる邪神様。
ああ、こいつが病んでいるというか……壊れていたの、忘れていたよ。
俺が呆然と見詰めていると、邪神様め、直ぐに元の姿勢に戻りやがった。
「あ~可笑しい! 笑わせてくれるよ、君は。まあ僕が与える身体は一応頑健だから君が大嫌いな鍛錬をしたり、良い師匠に巡り会って修行すればそれなりの武技や体術は身につくから安心してよ」
「そうですか、楽して、何もしないでいきなり最強ってのは無しです……か」
「ふふふ、甘い、甘い! 君をそんな、『俺様最強』にするつもりはないよ」
がっくりする俺に対してスパイラルは話を聞けと促した。
「じゃあさっきの話の続きをしようか。ええと……この剣に付呪した魔法ってのはね、魔石回収。すなわち魔物を倒した後にその死体に剣を向けると魔石を吐き出す便利なものさ」
魔石ね……
良くゲームにあるよね。
「魔石というのは魔物や魔族の力の象徴で心臓にある。彼等の魔力、全てが篭ったものなんだ。見た目も色々だし、強い奴の魔石程、価値があって高い値が付く」
ほう!
やっと中二病的な面白い話になって来たじゃあないか。
「へぇ! それがいわゆる冒険のお宝って奴ですか……冒険者になったらお宝はつきものですよね」
俺は自分の好きな話になって来たので、食いついて、つい相槌を打ってしまう。
「ご名答! 他にもほら君の知識の中にはいろいろな中二病的なお宝の情報や知識が一杯だ。それらはこれから行く世界に反映されるから似た物がどこかに眠っているようになる。君はお宝を求めて世界を旅するのさ。うん! じゃあ大サービスだ……え~と、あと、これもあげるよ」
スパイラルが次に出現させて浮かべたのはくすんだ茶色をした地味な腕輪であった。
「これは収納の腕輪さ。魔法の力で今君が居るような異界――すなわち亜空間に繋がっていて結構大きなものも入れられる。その上、中の時間の流れが極端に違うから中のものはほぼ腐らない。収容量は――例えば大型の竜ドラゴン10匹なんて楽勝だよ。使い方は入れる時は収納、取り出す時は品物をイメージした上で取り出すと詠唱するんだよ」
スゲーや。
それは助かる……
あるゲームではお宝を集めても重量オーバーで持って帰れないというリアルなものもあったからな。
「今、僕が君にあげた物は君にしか使えない。盗まれても他人には重くて直ぐ持てなくなるし、無理矢理運ぼうとすると僕の『呪い』って奴が掛かるんだ」
防犯対策まで考えてくれたのか。
俺は一応素直に礼を言った。
こいつ本当は良い奴かもしれない。
俺がそう思った瞬間だった。
「ふふふ、最後に言っておくよ。僕の加護を受けるって事は僕の性格の影響も強く受けるって事なんだ。ふふふ、僕は結構欲が深くてね。中でも『物欲』が著しく高いんだ。なあ、そうだよね、セバスチャン」
「仰る通りでございます。それはもう貪欲を筆頭に傲慢、腹黒、冷酷、あこぎなどと言う表現は坊ちゃまの為にあるような言葉でございますな」
何だよ、それ……
下手な魔王や悪魔より酷いじゃないか!
前言撤回!
やっぱりこいつ、ろくなものじゃあない。
「でもそうなると……俺って……螺旋様、貴方みたいな性格になるのですか?」
「そうだよぉ。凄く嬉しいだろう? あがめ奉る僕みたいになれて」
「いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだぁ~」
「ほぉ! OK! OK! OK! だって? やっぱり君は正直だ。こんなに嬉しそうにしている」
「誰もOK! なんて言ってねえし、嬉しくもねぇよ」
俺の声が聞こえている筈なのに邪神様は華麗にスルーだ。
「こうなれば却て死んでよかったと思うだろう、ああ、死んだのは僕のお陰だ! 感謝しろ! 今迄が糞つまらない人生だったのだからね」
あのね……事故起こしといて責任のすり替えはやめましょう。
神様が詭弁とかって許されるの?
その上、神聖な言葉遣いの神様が糞とか言うか!?
俺は魂の中でそう叫びながら、スパイラルのような性格になって転生する事実に対して酷く陰鬱な気持ちになったのであった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!