第19話 「妖しい少女」
俺とジュリアが受けた冒険者ギルドの午前中の授業は冒険者の心得や常識から始まった。
クランの成り立ちから個々の役割について……すなわち盾役、攻撃役、支援役、回復役などの特長と適性についても詳しい説明が為されたのだ。
内容は今迄に前世において、資料本などで散々に覚え理解したものではある。
だが、改めて冒険者ギルドという特別な場所で話を聞くと、これが現実である事に、中二病患者として嬉しさが込み上げて来る。
受講者達は大部分が授業を真面目に聞いていたが、何気に目にしたシルバー髪をしたひとりの少女だけは違っていた。
遠くからでも目立つクール系の美しい顔立ちをした少女。
彼女だけは片隅の目立たない席に座ると、退屈そうに小さく欠伸をした。
さりげなく見ていると、そのうち転寝をする始末であった。
俺は肩を竦めるとギルドの幹部の方に視線を戻した。
だが、やがて言われようのない悪寒がぞくぞくっと俺を襲う。
何だ!?
何者かが俺を害そうとしているのであろうか?
ゆっくりとそのおぞましい気配が漂って来る方向を見ると……
何ということか、あの可愛く居眠りをする銀髪の少女から禍々しい黒い魔力波が立ち昇っているのである。
あいつ!?
一体何者なんだ?
そうか……俺の勘。
否、確信だ。
はっきり言える事……あの少女は人間ではない。
多分、魔族か何かだろう。
しかし俺はこのような場合、考え方がはっきりしている。
あの魔力波だって俺を襲おうとして発しているものではないらしい。
で、あれば今の俺はジュリアも居るし、あえて危険を冒すつもりもない。
すなわち……放置だ。
あの少女が可愛い外見に似合わず、もし凶悪な魔族だとしたらレベル1のひ弱な俺が、いきなりレベル99の強大なラスボスに遭遇したようなもので瞬殺されるに決まっているのだ。
ああ、あのおぞましい魔力波を我慢していたら鳥肌が立って来た……
「トール、どうしたの? 脂汗が出ているよ」
「い、いや……何でもない」
やはり魔力波に敏感な俺と比べて普通の人間にはあの禍々しい魔力波は感じていないようだ。
ジュリアの危険回避の『勘』というのもこのような魔力波を感知するものではないらしい。
まあその方が幸いと言うべきか。
俺は小さく溜息を吐いて早く午後が来いと願うのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
午後1時……
12時に簡単な昼食が出て、受講者全員がそれを摂った後に午後の実技は始まった。
例の少女はと見るとあの邪悪な魔力波はもう放出されてはいなかった。
昼食を軽く平らげ、ぺろりと長い舌を出して唇を舐める様子を見て俺はぞっとする。
正直彼女とは余り関わり合いたくない。
さて午後の実技は模擬戦闘訓練だ。
建物の裏が訓練場となっているので全員がそこに移動する。
まずは冒険者ギルドAランクの中年男性幹部が教官となり、刃を潰した練習用のショートソードで無駄の無い身体の使い方という奴を教えてくれた。
いわゆる型というものだ。
しかし……
凄腕の筈の幹部の動きは結局『あの時』と全く一緒であった。
ゴブと戦った時のように止まっている様なスローモーションなのである。
便利な事にどうやら戦闘に入ると身体強化のモードが自動的に発動するらしい。
これはとても楽チンだ!
さあ肝心の実技だが、とりあえず教官の教えてくれる、この型を覚えよう!
ええとこうするんだな?
多分これは基本中の基本なのであろう。
そうならば体術や剣技が全くの素人の俺には大事な訓練だ。
何せ相手がゆっくり動くからこっちもじっくりと観察が出来る。
こんなに楽な事は無いのだ。
だが俺は幹部が数回繰り返す型を見て完全に覚えると、飽きてしまい更に応用をしようと考えた。
中二病の俺が1番好きな幕末新撰組の天才剣士、沖田総司の秘剣を試してみようと悪戯心が起きたのである。
天才沖田の得意技である無明剣の三段突き。
超人にのみ可能な技で普通なら夢物語だが、これが今の俺になら出来るかもしれない。
たった一拍の間に敵の急所である喉や鳩尾などを三度突く事が可能とされた秘剣、無明剣。
敵の喉、鳩尾、胸を突く三段突きは相手によって攻撃箇所が千変万化であり、余りにも高速な剣の為、敵がその動きについていけないといわれた必殺剣なのだ。
暫く幹部の言う通りに型の練習をした後、俺はこっそりと三段突きの練習をする。
不格好だが、所詮チートな俺の能力……これからモノになっていけば良い。
「よ~し、順番に模擬試合をしよう。まずは……」
教官を務める幹部は申し込んだ順番に名前を呼ぶ。
もうひとりのBランクの若い女性教官も加わり、受講生の模擬試合をどんどん捌いて行ったのである。
そしてとうとう俺の番が来た。
俺の相手はふたり居る教官の高ランクなおじさんの方である。
どうしようか?
手加減なんて出来ないし……ええい、ままよ。
その結果……勝負は一瞬でついてしまう。
三段のひとつめで手首を打つと剣を弾き飛ばし、ふたつめの突きで鳩尾に突き入れると相手は意識を朦朧とさせ尻餅を着いてしまったのである。
俺は最後の止めで剣を喉元の手前で寸止めして充分アピールしてから引き、一礼をして引き下がったのだ。
もうひとりの教官役の女性幹部は勿論、ジュリアを始めとした受講者もその様子を目を見開き、あんぐりと口を開け、あっけにとられている。
ここは上手くフォローをしなければ怨まれるな。
意地になって再戦なんて勘弁だし……
「教官殿、私如きに手加減して頂き、ありがとうございましたぁ!」
「あ、あああ……」
俺に倒されたおじさん教官は未だ立ち上がれず、尻餅をついたまま力なく頷いている。
「あの……さっきから私……待っているんですけど……」
ジュリアが俺の次の順番なので不満そうに催促するが返事は無い。
「ちょ、ちょっと待ってくださいね」
Bランクの女性教官が慌てた様子で走り去った。
多分、応援の為に他の幹部を呼びに行くのだろう。
「ふふふ、お前……結構、強いわね」
いきなり俺の耳元で囁く声がする。
立ち昇る黒い魔力波!
ま、まさか!?
恐る恐る振り向いた俺の目には、悪戯っぽく笑うあの銀髪の少女が腕組みをして立っていたのであった。
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