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第17話 「ナンパお断り」

 この世界の公衆浴場は果たしてどうであったか?

 そんな思いを胸に入ったこの異世界の『スーパー銭湯』は俺の期待以上の見事な施設であった事を伝えておく。


 風呂というのは元々蒸し風呂から来る言葉が語源となっていると記憶している。

 この異世界の公衆浴場はサウナに近いその蒸し風呂、そして湯屋と呼ばれる適温の湯を巨大な浴槽に入れた2種類の風呂がしっかりと備えられた豪華なものだ。

 これで入浴料が大銅貨3枚……300アウルム(円?)はとても安い。

 タオルと石鹸は毎回ひとつずつ支給されるので身ひとつで行けるのもありがたいし。

 ジェトレ村民達に大人気だと言うが確かに頷ける。


 俺は蒸し風呂でたっぷりと汗を出し、洗い場で身体の汚れをしっかり洗ってから、湯船にゆったりと浸かる。

 面倒臭がりの俺は元々風呂に執着など無かったがこれは癖になりそうだ。

 良い気持ちの俺はふと場内の魔導時計を見た。

 時間はこの浴場に入って50分を越えようとしたのである。


 やばい!

 つい、のんびり浸かっていたら、あっと言う間に約束の時間だ!

 ジュリアを待たせて怒られるのは嫌だからな。


 俺は急いで湯船から出るとダッシュで脱衣場に向ったのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「悪い! 待った?」


 5分ほど約束の時間を過ぎたが、ジュリアは笑顔で待っていてくれた。

 「でも」と……口篭るジュリア。


 どうした?

 何か、あった?


「うん……何人かの男に遊びに行こうって声を掛けられちゃった」


 はぁ!?

 何ですと!

 少し目を離した隙にナンパの嵐とはどこまで油断が出来ないんだ?


「彼氏と来ています! って言ったのにあそこから未だ見ているし」


 俺がジュリアに言われて何気に見ると20歳くらいだろうか、遊び人風の男が俺達を訝しげに見ていたのだ。

 男は一見華奢な俺を見て組し易しと思ったのだろう。

 つかつかと近付いて来て馬鹿にしたような目付きで俺を睨んだのである。


「おら! てめえにはこの女は勿体無い、黙って失せな」


 はぁ?

 こいつは今、何を言っているんだ?


 俺にはこのようなシーンに全く現実感が無かった。

 恋人を連れていて絡まれるなど全くの想定外だったからだ。

 傍から見て俺はぼうっと立ち尽くしていたらしい。


「てめぇ……何、腑抜ふぬけになっているんだよ。じゃあ女は連れて行くぜ」


「あ、い、嫌ぁ!」


 俺はジュリアの声で我に返る。

 彼女の声は俺にさっき出した可愛い「いやあん」とは言葉が似て異なるものだ。

 その瞬間、俺の中でどす黒い暴力的な感情が吹き上がる。


「待てよ……」


 俺の口から出た声は全く抑揚の無い低い声であった。

 その為、悲鳴をあげるジュリアを無理矢理連れて行こうとする男の耳には届かなかったらしい。

 

 俺の中で何かが爆発する。

 

 後ろから左手を伸ばした俺は男の左肩を掴み、力任せに握り潰す。

 手の中であっさりと骨が砕ける嫌な感触が伝わって来る。


「ぎゃああああああ! いてぇ! いてぇよぉ!」


 男は激痛からたまらずジュリアを離し、地面に倒れ込んだ。

 潰された肩を押えて呻き声をあげる男。


「立てよ……おら、殺してやるから」


 俺は相変わらず抑揚の無い声で言う。

 自分でも何故か不思議なほど躊躇いや容赦が無い。

 涙を流しながら苦痛に耐える男は信じられないものでも見るように俺を見る。

 一見、優男やさおとこに見える俺がそんな行動に出るとは夢にも思わなかったに違いない。


「た、助けてくれ……」


 その時、咄嗟に機転を利かせたジュリアが男に言う。


「あんたがいけないのよ。あたしの彼氏は強いって何度も言ったのに舐めてかかるから。だからさ、見逃してあげるから、肩の怪我は偶然に転んだ事にするんだよ。そうじゃないと……」


 ここでジュリアはキッと男を睨む。


「本当に殺されるよ、この人に!」


 男はジュリアの言葉を聞いて苦痛に顔を歪めながら、がくがくと頷いた。

 その時である。


「こらぁ! 喧嘩をしているのはお前等か!」


 誰かが俺達のやりとりを見て、衛兵を呼んだらしい。


「逃げるよ!」


 ジュリアはすかさず俺の手を取ると、その場に男を残して走り出したのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 走って約15分……


 真っ直ぐに宿に帰らないで中央広場とその周辺を回って走った俺達。

 相変わらずスパイラルから貰った俺の身体はその程度の運動では息も切れない。

 しかしジュリアは普通の女の子だ。

 さすがに息が切れている。


「はぁはぁ……トール、あんたって、結構無茶するよね」


 ジュリアが驚いた顔で俺を見詰めている。


「助けてくれたのは嬉しいけど、やりすぎかも。あいつ、骨……いっているよね。あれだと過剰防衛になっちゃうんだ。もし相手が剣でも抜いていれば正当防衛が適用されて全然大丈夫だけど」


 俺は未だ戦闘モードから抜け切れていなかったが、ジュリアの言葉と繋いだ手の温かさで徐々に正気へと返る事が出来た。


 そうか……

 この世界でも過剰防衛ってのがあって、それを避ける為には相手に剣を抜かせるなりして理由付けをすれば良いんだな。


 このような場合、相手が相手だけに後難を怖れて男は余計な事は喋らないとジュリアは言う。


「あれだけ言い含めておいたから下手な事は言わないよ、あいつ」


 ジュリアは俺にぴたっと身体を寄せて来た。


「でもトールって本気出したらやっぱり強いんだ。これからもあたしを守ってね」


 午後6時ちょい過ぎに絆亭に戻って来た俺達……

 あのナンパ男のお陰で中央広場を走り回り、また汗をかいてしまったがやむを得ないだろう。

 真っ直ぐではなく少し時間をかけて宿に戻ったのは、自分達の所在を隠す為と尾行等がついていないか確認する為らしい。

 これらもジュリアの実生活に基づいた教訓なのである。

 ちなみに宿の帰還は伝えた時間より1時間を過ぎると女将のドーラさんが衛兵隊に通報するという。


 やっぱり異世界でも本で読んだ知識だけでは駄目なんだなぁ……

 今日は勉強になったよ。


 俺はドーラさんに笑顔で帰還の挨拶をする際、しみじみと感じていたのであった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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