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第16話 「絆亭」

 絆亭……このジェトレの村で主に商人が宿泊する事で知られている宿屋である。

 ここはジュリアの常宿らしく、勝手知ったるという感じであり、彼女は俺の手を引くとさっさとカウンターの前に連れて行った。

 1階にはカウンターとテーブルを並べた食堂があって、カウンターに宿屋の主が居るのはタトラ村の大空亭と全く同じだが、規模と内装の質が全然違うのである。


 室内を眺めたジュリアが、しみじみと言う。


「トール、ぽんぽんと歯に衣着せぬ言い方で、たまにはあたしもムッと来る時があるけど……ジェマ叔母さんは優しいし、あたしにとってはトール同様に大切な身内なの。いつか大空亭も私が仲買人で儲けた利益でこの絆亭くらいの宿屋にはしてみせる。それが私の恩返しと決めているのさ」


 育てて貰った叔母さんに恩返しか……相変わらずジュリアって、しっかりしているよ。


「ジュリア、お前は偉いよ。俺も、お前を見習ってもっとしっかりしないとな」


 俺が思わずそう言うとジュリアは「えへへ」と恥ずかしそうに笑いながら可愛く照れる。

 そんな奥ゆかしいところも彼女の魅力のひとつだ。


「おっと、ジュリアちゃん。よく来たね、その人はジュリアちゃんの彼氏かい?」


 俺が声のする方を見るとカウンターの向こうから太った、ジェマさんを更に恰幅良くさせたような女性が笑顔を浮かべている。

 彼女がこの絆亭の主人らしい。


「ドーラさん、こんにちわ! そうなんだ、あたしにもやっと彼氏が出来たの。彼はトール。格好良いし、とても強いんだよ。あたしが凶悪なゴブの群れに襲われているのを助けてくれたんだ」


 おおっと!

 いつもながら、くすぐったいよ、その言い方。


 しかしジュリアは自分にとって初めて出来た彼氏である俺の事を、自慢したくて堪らないらしい。


「初めまして、トール。あたしがこの絆亭の女将(おかみ)ドーラさ。あらあ、あんた黒髪で黒い瞳か。ふふふ、ヤマトの凛々しいサムライみたいだね。ジュリア、今度、彼にカタナでも持たせてみたら?」


「うん! そうしてみるよ」


 ジュリアとドーラさん、まるで掛け合い漫才のように呼吸(いき)が合っている。


「で、ふたり共泊るんだろう? 今回は何泊するかい?」 


 ここでジュリアが俺にこの宿のシステムを教えてくれる。


「大空亭は何日、泊っても1泊当りの料金は変わらないけどこの絆亭は違うんだ。泊れば泊る程、1泊あたりの宿泊費が安くなるって仕組みなのさ」


 成る程!

 上手く出来ている。

 お互いに幸福(ハッピー)になる仕組みだな。


「さっきの冒険者講習や商業ギルドでの手続きも考えたら、当初の5日の予定よりもっと長く泊ろうか? ここでじっくり商売をしないと今回掛かった経費を回収して儲けを出せないからね」


 ジュリアの前向きな提案に対して俺に異論は無い。

 確かに今回はいろいろ経費が掛かるだろうし、せっかちというよりはのんびりしている方が好きな俺にも願ったり叶ったりだ。


「じゃあ、ドーラさん。今回は15日以上はお世話になるよ、良い?」


 聞くとこの宿は1日、5日、10日、15日、30日以上というような料金設定がされているらしい。

 15日だと1泊あたり2,500アウルムになり、1,500アウルムも割り引かれるという。

 ちなみに1日当りの宿泊費は4,000アウルムで、30日以上だと半額の2,000アウルムになり長期滞在すればするほど得になるそうだ。

 俺は素早く計算をする。


 ええと、1泊2,500アウルム、15日で37,500アウルム……2人で75,000アウルムか。


「良いよ、ジュリアちゃん。じゃあとりあえずは15日にしておこうか? 部屋は2人一緒だと更に割引で67,500アウルムだ。前払いで頼むよ」


 ここは俺が払ってやろう。


「じゃあ、俺が……」


「待って! お金がごっちゃになっちゃうから半分ずつ出そう。割り勘だよ」


 相変わらずそういう所はきっちりしているジュリア。


「でも革鎧の買い物といい、そっちの持ち出しが多過ぎるけど大丈夫か?」


「ふふふ、トールったら優しいね。私の事、心配してくれているんだね。じゃあ後でゆっくり相談しよう」


 きゅっと手を握って来るジュリア。

 俺も思わず握り返すと嬉しそうににこっと笑う。


 相談の後、今夜はええと……やっほい!


「もうトールのエッチ」


 俺の気持ちはジュリアにほぼ読まれているようであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ドーラさんに教えて貰った部屋は2階の一番奥にある鍵付きのふたり部屋である。

 この絆亭はところどころ石を交えた木造3階建ての20室……結構な部屋数だ。

 しかし部屋は簡素であり、ふたり用のベッドの他はテーブルが1つと椅子がふたつ、そして古い戸棚がひとつあるだけの殺風景な物である。

 

 この宿のシステムだが夕食と朝食が付き、1階で食べる事が出来る。

 大空亭もそうであったが、トイレは共同であり、風呂は無い。

 客は裏の井戸で行水するのが基本である。

 しかし、このジェトレ村には街中に共同浴場があるという。

 旅行者は(おおむ)ね、そこへ行くらしい。


「とりあえずお風呂に行ってさっぱりしておこうか? ずっと歩いて来て汗と埃塗(ほこりまみ)れだからさ」


 俺は前世ではそんなに風呂が好きというわけではないが、ジュリアが居れば別だ。

 いわゆる彼女とスーパー銭湯でデートって事になるからだ。

 後はジュリアからの宿における注意、諸々である。


「貴重品は必ず自分で持つ事! 万が一盗まれても宿は責任を持たないよ、良いかい? それに部屋を出る時は必ず鍵を閉めて、出掛ける時は必ずドーラさんに戻る時間を告げて行く事、例えば村の中でたちの悪い連中に絡まれたりして、あたし達が宿に定刻まで戻らない場合はドーラさんが衛兵隊に連絡してくれるんだ」


 一通りジュリアの話を聞いた後、俺達は直ぐ出掛ける事になった。

 行き先はジュリアが言った通りに公衆浴場、つまり銭湯である。


「ドーラさん、あたし達お風呂に行って来るよ。今が午後4時だから遅くとも6時には戻るから……夕食もそれくらいでお願いね」


「ああ、気をつけるんだよ」


 ジュリアは慣れた様子でドーラさんに声を掛けると例によって俺の手を引っ張って宿を出たのである。

 宿を出た俺達はまだ明るい中央広場を突っ切って歩いて行く。

 こんなに早い時間でも居酒屋(ビストロ)には仕事が早めに終わったらしい冒険者や職人が結構居た。

 これから酒と腹を満たしに来る人々で中央広場は凄い人波になるそうだ。


「この野郎! ぶっ殺してやる!」


「こっちこそだ! 俺の名を知らねぇのか!」


「知らねぇ! そんな糞みたいな名前!」


 いきなり大声が上がり、俺が吃驚して声のした方を向くと、何と喧嘩が始まっていた。

 喧嘩の様子を見たジュリアが苦笑しながら言う。


「ここは冒険者も多いし、彼等は直ぐに自分の腕を自慢したり誇りたがるからね。その上、酒が入っていると益々始末が悪い。気が大きくなって詰まらない事が理由で喧嘩が起こり易いのさ。ただ衛兵が来た時の逃げ足の速さは皆ピカイチだけど、ふふふ」


 ジュリアの言う通り、衛兵が姿を見せるとそれまで取っ組み合いをしていた者同士がさっと離れてあっという間に逃げて行く。


 俺達はそんな喧騒を避けるようにして10分くらい歩き、公衆浴場に着いた。


「良い? さっきも言ったけど貴重品は腕輪の中に入れておいて! 中は残念ながら女湯と男湯に分かれているんだ。ええと、今から1時間後にここで待ち合わせだよ」


 ジュリアに念を押された俺は軽く頷くと『男湯』の入り口から中に入ったのであった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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