第149話 「最強チーム、魔界へ」
悪魔王国の危機に関しての家族会議……
狭い大空亭の食堂にぎゅうぎゅう状態で話し合いは行われたが、話はすぐに纏まった。
俺にはこれから何が起ころうとしているか、大体予想はついていたからだ。
ずばりベリアルとエリゴスのクーデター!
イザベラの父悪魔王アルフレードルを倒しての王国乗っ取り……
それ以外は絶対にありえない。
どちらにしてもこの会議が終わったら、すぐに悪魔王国ディアボルスには向かうつもりだ。
話は共有出来たから、問題は誰が魔界へ赴くかだ。
「はい!」「はい!」「はい!」
「はい!」「はい!」「はい!」
当事者のイザベラは勿論だが、ジュリア以下嫁ズ全てが手を挙げたのには正直驚いた。
魔界だよ、魔界!
怖ろしい?悪魔の居る魔界だよ?
魔界へ行った経験のあるジュリアやソフィアは良いとして、怖くないのだろうか?
目を輝かせて魔界行きを希望したのはソフィアである。
「妾はな、数千年も眠っていて虚しい人生を送って来た。旦那様に助けて貰い、命は限りあるものとなったが、ぜひ世界各地をめぐりたい。1回行ってはいるが、魔界などは度々行けないじゃろうし」
「生身の身体で怖くないのか、ソフィア?」
「なんの! 旦那様も皆も一緒じゃ! 全然怖くなどない」
「私も魔界……行ってみたい、そして必ずお役に立ちますよ」と、アマンダ。
「アマンダ……凄い気合だなぁ」
「ふふふ、貴方の妻ですもの、当然です!」
「お兄ちゃわん! 私もアマンダ姉に負けられない! 絶対に離れないからね」と、フレデリカ。
「わわわ、分かった」
「何も言わないで黙って許して下さい、ご主人様」と、ハンナ。
「了解!」
最後に『締めた』のは嫁ズの纏め役であるジュリアである。
「イザベラ、今度は私が貴女を助ける番だよ。悪い奴をやっつけに行こう」
「ありがとう、ジュリア」
ジュリアの呼び掛けにイザベラが嬉しそうに微笑む。
俺の妻同士になってから、ジュリアとイザベラは価値観の相違により色々と衝突もあったが、今や姉妹以上の関係と言えるだろう。
「ほっほほ! 面白そうじゃな。儂も当然行くぞ」
嫁ズの言葉を黙って聞いていたシュルヴェステルまでも何と魔界行きを主張した。
お祖父さんっ子のフレデリカが喜んだのは当然である。
「やった~! お祖父様、大好きぃ!」
こうなるとエドヴァルド父も黙ってはいられない。
というより、長幼の序でシュルヴェステルが魔界行きを言い出すのを待っていた節もあった。
「私も行こう、今回の件でアモン殿には借りがある」
「エドヴァルド様!」
部下の竜神族が一生懸命に止めるが、エドヴァルド父は聞き入れなかった。
「ここで行かなければ男ではない。それに娘が行くというのに父が指を咥えて見ているなどありえないだろうよ」
エドヴァルド父はアモンに手を差し出した。
下を向いてアモンは鼻を鳴らすが、実は嬉しいのが俺にはよく分かった。
やがてアモンはぎこちなく手を差し出し、2人はがっちり握手したのである。
俺とはまた違う友情が、竜神王と悪魔侯爵の間に生まれた瞬間であった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
タトラ村から最寄の魔界への転移門は俺達が魔界入りしたジェトレ村附近の門である。
しかしまともにジェトレまで行ったら日数がかかってしまう。
だから、タトラ村の転移門から一旦、ゲネシスに戻りゲネシスからジェトレ村への転移門で 魔界への転移門まで移動する。
まるで電車の乗り換えだが、まともに歩いて行くより断然早いのだ。
転移門を使う前にアモンからお達しがあった。
アモンはかつて俺達に言ったのと同じ事を繰り返した。
「魔界では悪魔以外に身体が順応しない者が多々居る。その為に魔法で悪魔化して貰う。我々が人間界では身体が順応しない為に人化するのと同じだ」
「アモン、今回は俺、ぜひ悪魔化してみたい! 何か恰好良さそうじゃん」
俺がアモンの言葉が終わらない内に口火を切ると、次々に各自の手が挙がって結局は全員が手を挙げたのである。
「全員? ありえないだろう? 少なくともトールやアールヴのソウェルには不要の筈だ」
「いいじゃんよぉ、ケチな事言わないでさぁ」
「そうじゃ! その通り」
渋い顔をするアモンを俺がケチ呼ばわりすると、すかさず追随したのはシュルヴェステルだ。
厳かで気高いアールヴ一族の長、そんなイメージはどこへ行ったやら。
目の前のシュルヴェステルは子供のように笑っている。
「そうよ」
「いいじゃない」
「せこい!」
嫁ズからも援護の声が飛び、支えきれなくなったアモンは苦虫を噛み潰したような表情で仕方なく頷いたのである。
その結果……
悪魔化した嫁ズといったら、その可憐さは悶絶ものであった。
ちょっと突っ張ったワイルド系な美少女軍団という趣きだ。
いつもとは全く違う魅力で満ち溢れていた。
こうなると早速、嫁ズ同士での『チェック』が始まる。
一方のアモンはというと……
不機嫌そうに頷いていたが、実は喜んでドキドキウハウハしていたのは隠しようがなかったのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
転移門から荒涼たる荒野を経て、悪魔王国ディアボルスの王都ソドムに着いたのは数時間後だ。
魔界が初めてという者は異様な風景に驚いてはいたが、次第に表情を引き締める。
この旅がだんだん物見遊山ではないと、実感して来たからに違いなかった。
ソドムに入るとエリゴスの部下らしい王都親衛隊の悪魔が立ち塞がるが、アモンがひと睨みすると無念そうに道をあける。
王宮前ではバルバトスが部下の悪魔と共に俺達を待っていた。
バルバトスは俺と嫁ズ以外の面子を見て驚いた。
アールヴのソウェルに竜神王までが魔界へ訪れるなど考えられなかったからだ。
バルバトスはすぐ自室へ俺達を迎え入れると、人払い……いや悪魔払いをして密談をさせてくれた。
アモンから事前に連絡は行っているし、話は早い。
「トール様に言われた通り、ベリアルとエリゴスの動きはずっと見張らせてあります。確かに最近動きがありました。奴等、何かとんでもないモノを手に入れたようです」
バルバトスの話によると、監視されていたせいで下手に動けなかったベリアルとエリゴスだが、一発逆点を狙って何か凄いものを手に入れたらしい。
「とんでもないモノ?」
「はい! 聞くところによると、何かとてつもない威力を持つ魔道具とか」
「そうか……とりあえずアルフレードル様に会おう」
俺は不安を無理矢理押さえつけるようにして、アルフレードルへの謁見を頼んだのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「おう! トール、久しいのう」
クーデターが起ころうとしているのに何故か、余裕の態度をとるアルフレードル。
エリゴス配下の親衛隊は遠ざけているから、話を聞かれる心配はない。
「お父様! ベリアル達が!」
イザベラが絶叫に近い声で、呼びかけるがアルフレードルはさっと手を挙げる。
何とイザベラが話をしようとするのを押えたのだ。
「ふふふ、分かっておる。あんな奴等の陰謀などお見通しだ」
アルフレードルの言葉を聞いたエドヴァルド父は、腑に落ちないというように怪訝な表情をする。
ここで口を挟んだのがシュルヴェステルである。
「悪魔王よ、全てお見通しというようじゃな」
「ふふふ、魔法で悪魔の容貌をしているが、満ち溢れる素晴らしい波動は隠しようがないぞ、アールヴのソウェルよ」
「ははは、変装は意味が無いか? ははははは」
「ははははは」
アルフレードルとシュルヴェステルはお互いの顔を見て笑い合う。
暫し、笑った後アルフレードルが口を開く。
「お前達に話しておく事がある」
俺達の顔を見たアルフレードルは、どのようなわけか意味ありげに、にやりと笑う。
悪魔王アルフレードルの話は意外な内容であった。
驚いた俺達ではあったが、とりあえずベリアルを急ぎ確保するように指示されて、宰相官邸を急襲した。
俺達の行く手をエリゴス配下の精鋭親衛隊が阻止しようとしたが、完全覚醒した俺を始めとして、強力な魔法や体術を使いこなす嫁ズ、アモン&バルバトスの上級悪魔コンビ、伝説の最強ソウェルと呼ばれたシュルヴェステル、そして神に匹敵すると言う戦闘力を持つ竜神王エドヴァルド父の強力な布陣の前には単なる雑魚同然であった。
展開はアルフレードルの話通りになる。
配下を全て討ち取られ、追い詰められたベリアル達は最後の切り札ともいえる魔道具を取り出したのだ。
「貴様らぁ! 俺はまだ負けん! コレを見ろぉ!」
ベリアルが取り出したのは何の変哲もない薄汚い壷であった。
しかし奴は自信満々だ。
愛おしそうに壷に頬ずりまでしている。
「これはなぁ……俺の息がかかった人間の商人が見つけて来た神器だ。言霊を唱えるとなぁ……お前等は壷の中へ取り込まれる。壷の中は異界へ繋がっているぜ。お前等は永遠の彷徨い人となるのだぁ」
「ベリアル様ぁ! 早くやっちゃいましょう!」
エリゴスが待ちきれないという様子で叫んだ。
ベリアルもにやりと笑い、俺達を残酷な目付きで眺める。
「ひゃはははは、俺の元へ持ち込んだ商人によればなぁ、これはこの世界の神スパイラルの創った神器だそうだ。貴様は主人の神器で死ぬ! あまりにも笑えて屁が出るぜぇ」
ベリアルは面白そうに高笑いしていた。
「お前等の次はアルフレードルを始末してやるぅ! 奴を始末したらこの王国は俺達のものだぁ」
もう駄目だ、こいつは……
やり直しは……無理だろう。
俺は哀れなという気持ちを込めて奴を見る。
「やってみろよ……」
「な、何ぃ!?」
「やってみろと言っている」
「こここ、この野郎! 脅しじゃねぇぞ。部下で実験済みなんだぁ! 消えてなくなったぜぇ」
魔道具の効果を部下で実験!?
こいつ……本当に最低だ。
「外道が!」
俺は一歩前に出る。
「馬鹿がぁ! 消滅!」
ベリアルは壷の効力を発動するらしい言霊を唱えた。
すると!
ツボを持っていたベリアルと傍らに居たエリゴスがふっと消えてしまったのである。
持つ者が居なくなった壺は床に落ち、粉々に砕け散ってしまった。
俺達を異界へ送ろうとしていたベリアル達は逆に異界へ送られ、永久にその魂を次元の牢獄に幽閉される事になってしまったのである。
「馬鹿は……やはりお前だったな、ベリアル」
俺はぽつりと呟きながら、神とはいかに残酷かと思ったのである。
――1時間後
俺達は再び王宮の謁見の間に居た。
アルフレードルは厳しい表情をしている。
「やはりな……愚かな奴等だ」
俺達にしたアルフレードルの意外な話とは……
それは数日前に悪魔王へ下された邪神様の神託であった。
神が悪魔に対して神託を下す。
さすがのアルフレードルもありえない展開に最初は戸惑ったそうだ。
だがスパイラルの話を聞くうちに納得は出来た。
スパイラルの意図としては俺の転生を契機に、人間、アールヴ、竜神族、そして悪魔族を纏め上げて新たな絆を作り、管理するこの世界の安定を生み出したいと考えた事。
その為に不穏分子のベリアル達を始末する策として、最強の神器という触れ込みの魔道具を与え、巧妙な罠を仕掛けた事を告げたというのである。
「やはり悪魔は神には敵わぬよ……」
アルフレードルは最後に苦笑して大袈裟に肩を竦めたのであった。
俺がアルフレードルに謁見した後、ベリアルとエリゴスの後任はすぐに決定した。
宰相となったのがバルバトス、親衛隊隊長がアモンというわけである。
ちなみに余談ではあるが、隣国の悪魔王国トルトゥーラは夫エフィムの父王が嫁に来たレイラをひと目で気に入ってしまい、即座に王国の全権を任せたという話であった。
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