第148話 「大勝利と不吉な予言」
古代竜ヴェルザデーデをあっさり倒した俺達を見て、他の竜共は恐怖の虜になった。
彼等にとって絶対的な力の象徴があっさり屠られたのだから無理もない。
アモンとシュルヴェステルが底知れない力で竜を倒していたのに加えて、ヴェルザデーデまで死んだ。
タトラ村を襲った竜の群れは戦意を失って総崩れとなり、彼等は命からがら逃げ出して行く。
四方八方散り散りに退却していく竜共を、俺達は深追いしなかった。
後から聞いた話だが、元々竜神族に対して徹底抗戦を主張していたのはヴェルザデーデとその取り巻きだけだったという。
ヴェルザデーデが死に、取り巻きもこの戦いで殆ど戦死したので竜達を戦場に繋ぎ止めるものは今や、何もなかった。
エドヴァルド父に跨った俺は安堵のあまり、ふうと息を吐く。
とりあえず当面の危機は去り、奇跡的に誰も死なずに済んだからだ。
視線を感じたのでふと見ると、エドヴァルド父の目が優しそうな慈愛に満ちている。
「やったな、トール。お前はジュリアだけでなく俺達、竜神族の命迄救ってくれた」
「親父さん、俺……皆を、家族を守れたんだな」
かすれた声で言う俺に、エドヴァルド父はきっぱりと言い放った。
「ああ、お前は俺の誇るべき息子だ。胸を張って一家の長だと言い切るが良い」
「……そうか、俺の力で……これからも愛する嫁達を守っていけるんだ」
「そうさ! 見るが良い」
エドヴァルド父は俺から視線を外すと、顎をしゃくった。
俺が示された方向を見ると、アモンとシュルヴェステルが戻って来るのが見える。
「あの2人が来てくれたのもお前が居たからこそ。この勝利はお前が作り上げた絆の力なのだ」
俺の、俺の為に来てくれた。
2人とも来てくれた。
ああ、何だろう?
涙が止まらないや。
俺が泣いているのを見たアモンが面白そうに笑う。
「ふん、トールめ。お前に涙など似合わぬぞ、お前は、な。俺の言う事に不満そうに顔をしかめているのが1番良い」
何だよ、アモンの奴。
お前こそ、怖ろしい悪魔の風貌で優しい事を言うのなんて似合わないんだよ!
「はっははは! アモン、お前こそ鬼と呼ばれた男が可愛い弟の事となると急に饒舌になるではないか」
シュルヴェステルがにやりと笑って、茶々を入れる。
確かにその通りだ。
「ふん、アールヴめ、抜かせ!」
アモンは不機嫌そうな表情を浮かべ、ぷいと横を向いてしまった。
やっぱり、アモンはアモンだ。
ここで助っ人2人を労い、執り成しをしたのが竜神王であるエドヴァルド父である。
「おふたりとも、ありがとうございました。お怪我が無くて何よりです」
「あんな竜共など……今迄の戦いに比べれば、お遊びのようなものだ」
アモンが不満そうに言えば、シュルヴェステルが大袈裟に肩を竦めた。
「同感だな。準備運動にもならん」
凄いな!
2人とも全く堪えていない。
逆にまだ戦い足りないという顔をしてる。
それどころか!
「アールヴ、丁度良い。たった今から戦うか?」
「ああ、望むところだ」
アモンが挑発したのを、シュルヴェステルも満更でもない様子で受けようとする。
慌てたのは俺とエドヴァルド父だ。
「や、やめて下さい! おふたりがもし戦えば、この世界が滅びます!」
「そうそう親父さんの言う通り、戦うのはヤメテ! その代わり、これからもっと面白い事がありますから」
俺の口から咄嗟に出た『もっと面白い事』に2人は反応した。
「ふ! トールめ、今の言葉はもう取り消せぬぞ」
「そうだぞ! 先程の約束通り、儂も混ぜるのなら我慢しようか」
俺とエドヴァルド父は思わず顔を見合わせた。
これは竜の襲撃より難儀するかもしれない。
しかしこの場を収めるにはOKするしかない。
「ははっ! 約束します!」
「うむ」
「はっはははは」
俺が深く頭を下げるとアモンとシュルヴェステルは満足そうに大笑いしたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
こうして俺達はタトラ村大空亭へ戻った。
地上に降りた俺達を、タトラ村の村人が総出で迎えてくれた。
家にでも隠れていれば良いのにと思ったが、もし俺達が負ければ詰んでしまうのはお約束だと覚悟を決めて地上から大声で応援してくれたらしい。
俺にジュリアを取られて憎悪の目で睨んでいたあのダニーも大きく手を振ってくれていた。
村人達の中から一歩進み出たのはドン村長である。
もう80歳近い老人だ。
何か、もごもご言うと、驚いた事にいきなり跪いてしまった。
初めて会った時も驚いていたし、一体どうしたのだろう?
「ジュリア? ど、どうしたのかな。俺何か不味い事したかな」
「ええと、ね。儂の見込んだ通りだってさ、使徒様って」
使徒様って……
改めて言われると、くすぐったいな。
「最初に旦那様を見た時に後光が差していたんだって」
ドン老人は俺と初めて会った時、既に神力波を見ていたらしい。
だから驚いたのか、納得。
「さあ今夜は色々な意味でお祝いだよぉ!」
「「「「「「「「「お~っ!!!!!」」」」」」」」」」
ジェマさんの声が響くと、俺達、村人達合わせて全員から鬨の声が上がったのである。
――3時間後
宴会が始まって既にある程度時間は経っているが、まだまだ飲めや歌えのどんちゃん騒ぎが続いている。
何せ、村存亡の危機が回避された上に、俺と嫁ズの結婚式と、モーリスさん&ジェマさんの結婚式も兼ねているのだ。
盛り上がらない筈がない。
俺も嫁ズも散々エールを飲まされている。
しかしタトラ村の村人は礼儀正しい。
酔っ払っても嫁ズに抱きついたりなどしない。
唯一の例外は、ジュリアを諦めてソフィアを口説こうとしたダニーであったが、ジュリアからきっつい拳骨を貰って涙目になっていたくらいだ。
あいつに可愛い女の子でも紹介してやるか……
俺がそう思った瞬間であった。
聞き覚えのある声が俺の魂に響いたのである。
『うふふ! さすがだねぇ! よくやったねぇ』
あ、出た!
邪神様。
まずは、俺の戦いを称えてくれているようだ。
『君のお陰でまたこの世界の僕に対する信仰心がぐんと上がったよ。だからお礼に良い事教えてあ・げ・る』
良い事?
何だろう?
でも嫌な予感がする。
『何か引っかかる言い方ですね、それ……』
『だって、だって君がもうひと暴れ出来るんだもの』
『俺が……もうひと暴れ?』
『そうだよ~。悪魔王国ディアボルスがきな臭いんだよねぇ。うふふ、面白くなりそうかも』
悪魔王国ディアボルスが……きな臭い?
まさか!
『それって!? もしかして!?』
『そう! そのもしかだよぉ、悪魔侯爵君と相談して急いで魔界へ行った方が良いよ』
『も、もう少し詳しく聞かせて下さいっ!』
『百聞は一見にしかず……行けば分かるよぉ! じゃあね、ばはは~い』
追い縋る俺を気にもせず、例によって邪神様は言いたい事だけ言って、さっさと行ってしまったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
この世界の管理神、邪神様こと螺旋様からお告げがあった事を伝えたのは、 村での宴会が終わった翌朝の事である。
俺の嫁の1人で悪魔王女であるイザベラは当然心配したが、もう1人の当事者である悪魔アモンはぶすっとしてそっぽを向いていた。
アモンが俺の事を分かっているように、俺もアモンの事が分かる。
概してそんなものだ。
アモンが不貞腐れている理由はふたつある。
ひとつめは俺がすぐ報告しなかった事。
あんなにどっしり構えているように見えて実はアモンの奴、結構せっかちなのだ。
いらいらしてくると貧乏ゆすりをする癖がある。
ふたつめは邪神様に魔界の内情を見透かされているのが嫌なのだ。
すべて邪神様の掌の上なんてと、目が怒っている。
「これでは我々悪魔が、石ころでできた、どこぞのサルと一緒ではないか?」
何だ、アモンって西遊記の話を知ってるのか?
「まあまあ」
「何がまあまあだ! スパイラルからお告げがあった時点で何故イザベラ様や俺に報告しない?」
ああ、短気でせっかちなアモンの波動がビンビン伝わって来る。
しかし俺はのらりくらりとはぐらかした。
「ああ、彼は急いで行けとは言ったけど、たった今行けとは言わなかったよ」
「そんな事は分からないではないか!」
「分かるよ」
「何故だ!」
「だって俺、彼の使徒だもの」
「…………」
俺に正論を言われて、返す言葉がなくなったのか、アモンは黙り込んでしまう。
「どうしたの? 黙って」
「……お前はムカツク奴だと思ったのだ」
「まあ弟として役に立つから許してよ」
「兄より優れた弟など存在しない!」
「実際、俺に腕相撲で完璧に負けてるじゃん」
「お前は本当に……ムカツク」
アモンとはこんな会話をした。
まあ愛情表現の範疇に入れても許されるだろう。
とりあえず邪神様の予言に対策を立てねばならない。
俺と嫁ズ、アモン、シュルヴェステル、そしてエドヴァルド父と竜神族、オブザーバーにモーリスさん&ジェマさんという面子で、早速家族会議が始まったのであった。
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