第144話 「叱咤激励」
衝撃の事実が発覚した。
ソフィアの兄、ガルドルド魔法帝国皇帝アレクサンドル・ガルドルドの生まれ変わりであるモーリスさんは何と結婚していたのである。
それも相手はジュリアの叔母であるジェマさんだ。
元々2人は同じタトラの村人同士。
大空亭の仕入れの兼ね合いで、たま~に話す間柄だったというモーリスさんとジェマさん。
俺とジュリアがジェトレへ旅立ってから、話す頻度が一気に増えたという。
話の内容は主に俺とジュリアの行く末の話。
何度も話を重ねて行き2人は急速に親しくなった――いわゆる急接近って奴だ。
2人は魂に傷を持つ者同士……
1人は悪魔へ愚かな戦いを仕掛け、多くの国民を犠牲にして挙句の果てに国を滅ぼしてしまった男……
1人は目の前で愛する姉を惨殺されてしまった女……
孤独な2人が特別な関係になるのに時間はさしてかからなかったのだ。
モーリスさんは遠い目をして語る。
「俺、ジェマには転生した事や前世の記憶を話したんだ……ジェマも俺に自分の辛い過去を話してくれた。竜の大群が村を襲撃した時、俺は、まだ村に来ていなかったからな」
「そうなんだ」
ラッキーと言うべきか、どうなのか?
もし、あの時モーリスさんが村に居たら竜に殺されて、結局は妹のソフィアに会えなかったかもしれない。
また助かっても竜神族によって記憶を消されていた筈だから、前世の記憶を無くして普通の男になってしまい、ソフィアと再会しても相手が分からなかったり、ジェマさんと恋仲になる可能性も低くなっていたかもしれない。
「ジェマから全て聞いているから今、来ているエドヴァルドの素性も俺は知っている」
ふうん、成る程!
それなら話は早いな!
俺はジュリアへ目配せする。
「ジュリア、例の話……しようか?」
「うんっ!」
「例の話?」
「それは何?」
モーリスさんとジェマさんが興味深そうに聞いて来る。
そんな2人に対してジュリアが嬉しそうに答えた。
「うふふ、ジェマ叔母さん。あたし達、実は旅の間に結構儲けたんだ! だ・か・ら、大空亭を大きくしたいと思って帰って来た。 あたし、叔母さんに大事にして貰ったからぜひ恩返ししたいんだ! 丁度、結婚祝いにもなるじゃない!」
ジュリアの提案に、ジェマさんは嬉しそうな、恥ずかしそうな何ともいえない表情をしている。
「ジュリア……」
掠れた声で名を呼ぶ叔母に、ジュリアははっきりと言い放つ。
「大空亭だけじゃないの! あたし、タトラ村全部に貢献したい! 私が育った村だもの! この村をもっともっと暮らし易くしたいの!」
「…………」
ジェマさんは黙ってしまった。
どうやら涙ぐんでいるようだ。
ここで俺が追加説明をした。
「俺達、モーリスさんの素性と、ジェマさんが結婚したなんて知らなかったから、一応大空亭大改築の計画はしていたんだけど……改めて話して良いかな? 計画を進めるには当然ながら、あなた方の了解も必要だから」
「改めて?」
「ああ、改めて」
ジェマさんの問い掛けに俺は確りと頷く。
俺達がモーリスさんとジェマさんへ話したのは次の事。
タトラ村大空亭の新築は勿論の事、アールヴの国に造られる新しい街『ゲネシス』での大空亭2号店開店計画、そして同じくゲネシスでのモーリスさんの商会の設立、すなわちモーリス商会(仮)の創業である。
当然の事ながらジェマさんも、モーリスさんも驚いた。
「えええっ!」
「そりゃ、凄いな! でも資金は?」
確かに結構な金が掛かるが、商売で稼いだ金、悪魔から貰った金、宝石、そしてアールヴの御礼金を足した我がクランバトルブローカーの資金は結構なものである。
「ええ、俺達が稼いだ金がありますから……楽勝です。それに、この計画は単なる恩返しだけじゃあありません」
「単なる恩返しだけじゃない?」
モーリスさんは俺をじっと見詰めた。
「ええ、これは仕事です。真剣勝負です、モーリスさんとジェマさんは優秀ですから、きっと成功しますよ。俺達がばっちり出資しますから、頑張って商売して下さい」
「真剣勝負……」
ここで俺は説明の肝を話す事にした。
「はい! 俺達も商売だし、今回は色々な人の生活が懸かっているからです。お2人なら秘密を共有出来ますから言いますが、新しい街を世界各地に造って人間、悪魔、アールヴ、そしてエドヴァルドさんの率いる竜神族4つの種族間で世界を股にかけて商売をする事になると思います」
俺の説明内容は2人にとって、予想以上どころか驚愕のスケールだったようだ。
「ええっ!? 4つの種族!? 世界を股に!?」
こうなると男女の肝の据わり方としては、女性の方が素晴らしい。
俺は2人の反応を見るべく、問い質す。
「モーリスさん、ジェマさん、……滾って来ませんか? この設定に?」
「確かに滾る! あたしは気合が入って来たよ! モーリス、あんたは?」
「確かに気合は入るが……俺みたいな人生の失敗者にそんな凄い仕事が出来るのかな?」
モーリスさんが少し引いていた。
自分自身に対しての低評価によるものであった。
そんな事言ったら俺だって同じか、それ以下だ。
「出来ますよ! それに元皇帝の貴方には家族とも言えるガルドルドの民に対する責任がある。貴方の手で彼等の働く場所をたくさん作り、共に歩んで欲しいのです」
「…………」
俺の言葉を聞いて、モーリスさんは黙り込んでしまう。
ここで俺は逆手に出る事にした。
単に慰めるより、更に「鞭で打て!」である。
「きつい事を敢えて偉そうに言わせて頂きます、宜しいですか?」
「ああ……言ってくれ」
モーリスさんが俺の厳しい言葉を聞く覚悟はあるようだ。
だが問題は彼が前向きに生きてくれるか、どうかである。
「貴方はガルドルドの生き残り達が居る事に薄々勘付いていた。だが当時の腹黒宰相に騙された愚かな自分が許せなかった。今更感に染まってしまっていたんだよ」
モーリスさんは俺の指摘に対して納得したように頷いた。
「……その通りだ。転生して身分も容姿も一切が変わってしまった俺が今更、出張ってどうなるかと思っていた。だから、まずは出来る事から……転生先の両親を幸せにしようと頑張った」
「それが叶ったら……生きる張り合いを失った、無気力になった……だけどモーリスさん、ジェマさんという愛する家族も出来たし、このままじゃあいけないよね」
「その通りだ……このままじゃいけないと思う」
この人、凄く良い人じゃないか!
人生について自問自答し、努力して目標を達成し、それでも悩みながら一生懸命生きて来たんだから。
「……きつい事を言っておきながらなんだけど……俺、モーリスさんは、大きな目標を確り達成して良くやったと思うよ。だからこそ、ジェマさんと一緒に新しいステージへ踏み出して欲しいんだ」
俺の叱咤激励を受けて、モーリスさんは再び大きく頷いたのであった。
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