第142話 「驚きの再会」
「はぁ!? 妾は、そなたのような親爺など全く知らぬぞ」
モーリスさんから、いきなり名前を呼ばれたソフィアは訝しげな表情を見せた。
彼女には全く心当たりが無いらしい。
ソフィアの無反応振りを見たモーリスさんは何故か納得顔だ。
「……ああ、そうか! まあこの風体では直ぐに分からないだろうな」
「???」
モーリスさんはぽつりと呟くが、相変わらずソフィアの頭の上には?マークが飛び交っている。
首を横に振ったモーリスさんは苦笑し、息を整えた。
「コホン! ええと余は栄光あるガルドルド魔法帝国皇帝アレクサンデル・ガルドルド也!」
何を言うのかと思ったら……
モーリスさんがガルドルド魔法帝国皇帝???
そしてアレクサンデル???
凄く恰好良い名前だけど、皇帝って!?
俺はソフィアの身内だぞ!って事だろうか?
モーリスさんのとんでもないカミングアウト?に思い切りドン引きしたのであろう。
彼を見るソフィアの視線は一気に冷たくなり、口元は呆れたような笑みが浮かんでいた。
「笑うに笑えない冗談を言うな!」という顔だ。
当然、出てくる言葉もきつい。
「……悪いが、良い齢をした親爺の茶番に付き合っている暇はないぞ。さっさと旦那様との仕事を終わらせてはくれまいか、商店主よ」
兄?どころか、完全に他人としての扱いが炸裂している。
モーリスさんは、あまりの展開に吃驚してあんぐりと口を開けていた。
「はああっ!? おいおいソフィア! 俺の言う事を信じてくれないのかよ!」
ソフィアは……大きな溜息を吐いた。
そして「もう、いい加減にして欲しい!」という雰囲気で、厳しく言葉を返したのである。
「当り前じゃ! アレクサンドル様は確かに我が兄上であり、ガルドルド魔法帝国皇帝の名じゃ! だが兄上は世界でも有数の超美形! お前のような汚く足が臭そうな、むさいおっさんとは違うのじゃ!」
ああ、昔の兄との思い出を語るソフィアは、遠い目をして夢見る少女のようだ。
これってかつてのフレデリカのようである。
俺が思わずフレデリカを見ると、たまたま目が合ってしまった。
案の定、彼女は苦笑している。
片や、モーリスさん。
愛する妹からスーパーショッキングな言葉を投げ掛けられて茫然自失という感じである。
「汚く足が臭そうな……むさい……おっさん……」
「そうじゃ! どうせ、どこぞで手に入れた古文書か何かで兄上の名を知り、『語り』を行って来たのであろう?」
「…………」
ああ、容赦ないソフィアの攻撃……
モーリスさんは俯いてしまっている。
しかしソフィアの追撃はやまない。
「これ以上酷い語りをするのであれば我が旦那様と一緒にお仕置きをさせて貰うぞ。兄上の名誉というものがあるからな」
ここで……
さすがにモーリスさんの堪忍袋の緒が切れた様である。
「ぐぐぐぐぐ……ソフィアぁ! 言わせておけばぁ!」
モーリスさんが怒りの言葉を発したが、ソフィアは全く意に介していない。
「何じゃ、やるつもりかの! 旦那様、懲らしめの為にこの詐欺親爺を一発殴ってはくれまいか!」
は!?
いきなり俺に振る?
だけど……
あまりに凄い会話の内容だったので、気になった俺はソフィアとモーリスさんが話している間、色々と調べている。
そしてまず、はっきりした事があった。
それは……
「え? 嘘を言っていない? この汚い親爺が?」
俺の言葉を聞いたソフィアは愕然としている。
使徒として覚醒しつつある俺の魔力波読みから得る情報が疑う余地はないと知っているからだ。
俺はもう1回念を押す。
「ああ、この人、モーリスさんは全然嘘を言っていないよ」
俺が擁護したので、モーリスさんは「うんうん」と頷いている。
「そうだよぉ! 俺はさっきからお前の兄だ! とこれほど言っているのに…… だったら良い! 証拠を出そうじゃないか、俺とお前だけの秘密を喋ってやるぞ!」
「え? ひ、秘密!? ま、まさか!」
モーリスの反撃に対して蒼ざめるソフィア。
『秘密』と聞いて何か心当たりがあるようだ。
ソフィアの秘密?
一体、何だろう?
果たしてこの人は本当にソフィアの兄なのだろうか?
でも魔力波を見る限りモーリスさんは嘘を言っていないんだよな。
あたふたするソフィアを見た俺は思わず『秘密』を聞こうと、耳を澄ませていた。
「ソフィアが5歳になった朝!」
モーリスさんが話を切り出した。
どうやら、ソフィアが幼い頃の話らしい。
だが、ソフィアの反応がモノ凄い。
今迄の冷淡な彼女と大違いだ。
「は!? ななな、何じゃあ!?」
「こいつは中々起きて来なかった! 俺が心配して見に行くと……もじもじしたソフィアが俯いていて御免なさいと……」
ここでいきなりソフィアが大きく手を振って、モーリスさんの話を止めに掛かる。
誰から見ても慌てているのが、丸分かりであった。
「わああああああっ! わ、分かった! たたた、確かに兄上じゃ! あああ、貴方は間違いなく妾の兄上じゃ!」
「ふん! 漸く分かったか!」
勝ち誇る?モーリスさんに俺も何となく頭を下げた。
何か事情があるようだが、ソフィアの肉親が生きているのは喜ばしいと俺は思う。
「モーリスさん、貴方の素性を詳しく話して貰えないか? 俺もソフィアと出会った話をするから……」
「ああ、トール……お前が我が妹を幸せにしてくれたんだろう! ジュリアちゃん同様に、な。――本当にありがとうな!」
モーリスさんは満面の笑みを浮かべて俺に礼を言う。
それは兄として最愛の妹に再会出来た事、そして彼女が幸せ一杯なのを見て満足したのに他ならなかったのだ。
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