第14話 「この世界の現実と竜の出現」
ジュリアが『動物的勘=危機回避能力』って奴で危険を感じるっていうのでジェトレ村への行進をやめて暫し待つ。
そして……俺とジュリアが休憩に入って1時間が経った。
あと、どれくらい待てば良いのであろうか?
ここで余り時間を過ごせば目的地に着く前に日が落ちてしまう。
この先に危険があるとはいえ愚図愚図しては居られなかった。
少々焦れた俺はジュリアに先に進んでも良いか、打診してみる。
「そろそろ行っても良いかな」
「ああ、もう大丈夫そうだね」
俺にはまったく危険を感じなかった。
ジュリアの危機回避能力でもヤバイ気配は無くなったらしい。
火を消して後片付けをした俺は、背負子を収納の腕輪の中に仕舞う。
そしてまた軽々とジュリアを背負った。
相変わらずジュリアは、背負われる事に対して少し照れがあるようだ。
「トールに負ぶさって嬉しいけど……ちょっと恥ずかしいかな」
はにかむジュリアを背に俺はにっこりと笑うとまた西に向って歩き出したのである。
―――30分後
しかしそんな甘いイチャ気分は直ぐに吹き飛んでしまった。
少なくとも免疫の無い俺にとってはである。
歩いた先の街道に目を覆うばかりの惨状は広がっていたのだ。
俺達が感じた怖ろしい気配の犠牲者になったのは馬車で移動していたらしい商人の一隊であった。
惨い事に全員が殺されている。
馬車は襲撃の際に大きく壊されたらしく放置されていたが、馬も含めて荷物は残らず持ち去られ、彼等の着ていた服も一切脱がされていたのである。
これは魔物ではない……悪意を持った『人間』の仕業だ。
「ひ、酷いな……」
俺は思わず呟くが、意外だったのはジュリアの態度である。
負ぶさっていた俺の背から降りた彼女は、死体を見ても特に取り乱した様子もなく、平然としていたのだ。
「あたし達があのまま進んでいたら……こうなっていたよ。際どい所で助かったね」
俺は一瞬、耳を疑う。
何故ジュリアがそのような事を言うのか理解出来なかったからだ。
俺の表情を敏感に読み取ったらしいジュリアは「ふう」と溜息を吐いた。
「あのねえ……これって多分、山賊か傭兵……もしくは食い詰めた地元の貧乏貴族の仕業だよ。もし奴等に遭遇したら今頃そこに転がっているのはあたし達だったかもしれないね」
淡々と語るジュリアに俺は呆然とするばかりだ。
ジュリアはそんな俺に諭すように話を続ける。
「トールがいくら強くても相手は戦い慣れた大人数。あたしを守りながら戦うトールは圧倒的に不利だし、力尽きた所を嬲り殺しにされる。あたしは自由を奪われてたくさんの男に散々乱暴された上で奴隷に売られるのさ……一歩間違えば皆そうなる、あたし達はそんな世界で生きているんだ」
ジュリアがまた溜息を吐いた。
「それに魔物はともかく、こんな奴等にもし遭遇したら相手を殺さなきゃいけないんだよ、それが現実」
「…………」
相手が鬼畜のような奴であろうが、俺が人を殺す……そうしなければ俺の方が殺される。
もし先に俺が殺されたら、ジュリアは容赦無く犯されて奴隷として売られてしまう……
俺は考えただけでそんな事は耐えられない。
切々と語るジュリアの顔を見ながらこの世界の厳しさを漸く俺は実感していたのだ。
「どちらにしてもここに長居は無用さ。早くジェトレに向おう」
ジュリアに促された俺は黙って彼女を背負うとまた歩き出したのである。
――30分後
背負われたジュリアがまたも警告を発した。
「怖ろしい怪物が来る! 早く繁みに隠れて!」
俺は急いで身近にあった繁みに身を隠す。
勿論、ジュリアも一緒だ。
その瞬間であった。
ぐはおおおおおおん!
びりびりと大気が震える。
身の毛もよだつような怖ろしい咆哮が辺りに響いたのだ。
「ええっ!? 竜!?」
何と俺達の頭上、大空高く1頭の竜が上空に現れたのである。
背中に生えた巨大な羽を羽ばたきながら悠々と飛翔していた。
体長は楽に15m以上はありそうだ。
「しっ、静かに」
ジュリアは俺を制すると、藪から出ないようにしてそっと上空を見上げる。
竜はあっと言う間に大空の彼方へと飛んで行き、見えなくなった。
「もう大丈夫みたいだよ」
「あ、あんなのが居るんだ?」
「ええ、たまに見るよ。目の前で何かを襲っているのを見た事はないけど」
いくらスパイラル神から与えられた身体とはいえ、あんな怪物には勝てそうもない。
触らぬ何とかにたたりなしとも、言うじゃないか。
完全に危険が去ったのを確認した俺達はまた旅を再開したのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺は早足で歩く。
何かから逃れようとして必死に歩く。
先程の死体だらけの惨状と、怖ろしい竜の姿や咆哮が俺の頭から離れない。
「もう少しだよ。これなら日が暮れる前に着きそうだね」
ジュリアの声も俺の耳には殆ど届いていない。
それだけ俺は歩く事で自分の気持ちを紛らわそうとしていたのである。
―――30分後
一心不乱に競歩のようなペースで歩き続けた俺。
何と大幅に時間を短縮して所要時間の半分でジェトレに辿り着いたのだ。
太陽を見ると時間は午後を少し過ぎたくらいであろう。
「トール……着いたよ、ジェトレだ」
ひたすら歩いていた俺でも、行く先の地名を聞けばハッと我に返るものである。
タトラ村から約20Km……
深い森が一気に開けたと思うと忽然と現れたその圧巻の姿は殆ど街と言って良い規模のジェトレの村であった。
人口は約5千人で数多の人種が集うという。
今、俺達が居るこの国はヴァレンタイン王国というらしいのだが、ジェトレはこの国が建国される遥か前から存在する堅固な石造りの高い壁に囲まれた古い村なのだ。
これらの知識は全てジュリアから得た物である。
村を目の前にしてさすがにジュリアは俺の背から降りたいという。
俺はそっと彼女を下に降ろす。
ジュリアは俺と正門に行こうと促した。
正門にはやはり門番達が居る。
ひとりはタトラ村の門番のラリーよりはずっと装備のしっかりした壮年の男であり、てきぱきと行列を捌いている。
彼がこの村に10人程度居る門番達を束ねる門番長であり、当然警護長役を兼ねているらしい。
ジュリアによるとここで村に入る身分確認と手続きを取るという。
お、おう!
入村というか、街に入る手続きが俺が小説に書いた通りの感じじゃないか!
何か……感動した!
行列の最後方に並んだ俺達であったが、入村処置は門番の手際が良いせいか直ぐ俺達の順番になる。
ジュリアはこの門番にも顔馴染みであった。
「おう、ジュリアじゃないか。良く来たな、で、この男は誰だい?」
やはりよそ者である俺の事を聞かれたか……
「あ、ああ、ブレット。あたしの彼氏さ、恰好良いし、それに強いんだよ!」
恰好良いし、強い?
それって今迄の俺に1番縁遠い言葉だ。
「ト、トール・ユーキです。宜しく!」
「トールっていうのか。ふ~ん、黒髪に黒い瞳ねぇ……おたくはヤマト皇国人かい? 装備や出で立ちからしてサムライには全く見えないが……」
ブレットと呼ばれた門番は俺にとって不可解な事を言う。
ヤマト皇国?
何じゃ、そりゃ!?
?マークを飛ばしまくる俺にジュリアが説明してくれる。
「ヤマト皇国というのはここから遥か東方にある島国よ。サムライというのはカタナという独特な細身の剣を携えた戦士の総称さ」
ヤマト皇国って……まるで日本じゃないか。
「まあ、良い。ジュリアが連れて来るんだ。まさか村の中で暴れたり、犯罪を犯したりはしないだろうよ。村外の人間用の特別村民証を発行してやるから中に入れ。おいカール、手順を教えてやれ」
ブレットは傍らに居たカールというもうひとりの門番に顎をしゃくって奥に案内させた。
連れて行かれた特別村民登録室には魔法水晶が置いてあり、先に案内された何人かの者がそれに手を当てていたのである。
ジュリアが俺にアドバイスをしてくれる。
「トール、手を当てるように言われたらその魔法水晶に手を差し出して」
「分かった」
やがて登録の準備が整ったらしい。
俺は係員の指示に従い、淡く光る魔法水晶に手を当てたのであった。
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