第138話 「意外な訪問者」
俺は邪神様の車に轢かれて、この異世界へ転生させられた地球人だ。
一旦死んだ俺にもう故郷はない。
だけどこのヴァレンタイン王国タトラ村は俺の『始まりの地』であり、故郷のような思い入れがあるのだ。
タトラ村……俺の最初の嫁、ジュリアの故郷……
ジュリアと出会って、お互いを好きになり、成り行きで商人となって村を出発した時は2人きりだったが、今や俺達以外に家族が5人も居る。
合計7人の大家族だ。
そして俺とジュリアは他の嫁ズと共に久し振りにタトラ村にある大空亭へ帰って来た。
久々に帰って来たタトラ村は何も変わっていなかった。
しかし!
俺のチート能力と覚醒したジュリアの能力がとんでもない人物の来訪をキャッチしていたのである。
それは……
「た、ただいま~」
恐る恐る帰還の挨拶をしたジュリアに予想通り、渋く低い声が掛かった。
「お帰り、我が娘よ! さあ、直ぐ支度をしなさい、故国へ旅立つぞ!」
「や、やっぱり! おおおお、お父さん! まさか!? いいい、生きていたの!? ジェ、ジェマ叔母さん! こ、これって!?」
「ジュリア! 済まないね……まさかエドヴァルドがこの村へ帰って来るなんて思っていなかったから……」
「お、叔母さん! これってどういう事!? 私に嘘をついていたの?」
ジェマさんは周囲を見渡して、他に客が居ないのを確かめると扉を閉め、鍵を掛けた。
身内だけに何か内緒話をするという事なのであろう。
ジェマさんは顔を顰めたまま、静かに語り始めた。
ジュリアの父エドヴァルドが長い旅の果てにこのタトラ村に辿り着いたのは16年前の事である。
当時、この大空亭はまだ無くて、ジュリアの母であるミレーヌは妹のジェマと2人で暮らしていたそうだ。
耕す土地を持たなかった姉妹は病で亡くなった両親のいくばくかの蓄えを元手に商売を始めた。
商いだけではなく、届け物のお使いやメッセンジャーなどいわゆる何でもやる雑用屋で、主な仕事はといえば今のジュリアと同じ様にタトラ村とジェトレ村を往復して商売をする仲買人をしていたらしい。
そんなある日、2人は山賊に襲われてしまう。
相手は大人数……
経費節減の為に危険を覚悟で護衛を雇っていなかった姉妹は持ち物を根こそぎ奪われ、挙句の果てに慰み者になりそうになったのだ。
そんな時、姉妹の危機を救ったのがエドヴァルドであった。
泣き叫ぶ姉妹を連れて行こうとする山賊を殴り倒し、2人を救うと彼等の武器を奪って全員を斬り殺したのである。
その山賊はお尋ね者であった。
ジェトレの商隊を襲った前科があり、僅かながら彼等には懸賞金がかかっていたのである。
親しくなった姉妹とエドヴァルドはその金も加えて商売の規模を広げた。
エドヴァルドという強力な護衛が加わった姉妹の商売は上手く波に乗った。
利益が出て少し資金が溜まると、妹のジェマが地に足のついた商売を始めたいと言い出した。
ジェマは姉ミレーヌとエドヴァルドから資金を援助して貰い、この大空亭を開業したのである。
大空亭の経営は地味ながら順調だったそうだ。
そのうちに姉のミレーヌはエドヴァルドと深く愛し合うようになり、2人は結婚する。
やがてエドヴァルドとミレーヌの間にはジュリアが生まれ、4人は家族として幸せに暮らしていた。
タトラ村も少しずつ発展し、ミレーヌ一家とジェマの未来は薔薇色の筈であった。
しかし!
4人にとって運命の日がやって来たのだ。
それは今から5年前の春の事……
何と!
様々な種族の竜が約100体の大群で4人を襲ったのだ。
それはエドヴァルドの一族を目の仇にする竜達の襲撃であった。
その日の事をジェマは一生忘れないであろう。
エドヴァルドは強かった。
家族と村を守る為に、仕方なく『本来の姿』に戻った彼は竜達をなぎ倒し、屠って行ったのだ。
しかし何と言っても相手が多過ぎた。
奮戦するエドヴァルドの隙を突いた竜から愛娘ジュリアを守ろうとしたミレーヌが、身体を引き裂かれてしまったのだ。
ミレーヌは即死であった。
愛する妻を殺されたエドヴァルドは半狂乱になって何とか愛娘とジェマを守ったのである。
獅子奮迅の活躍で襲って来た竜を1人で全部倒したエドヴァルド。
しかし全身に深手を負ってしまい、その生命の灯は消えようとしていたのだ。
ジェマと幼いジュリアが泣いて取り縋る中、突如現れたのは国を出たエドヴァルドを長年の間、探していた竜神族の者達であった。
竜神族はエドヴァルドを魔法で手当てし、何とか生命を助けると幼いジュリアをジェマに託した。
彼等竜神族によればエドヴァルドは竜神族の中でも上位の王族であるという。
そしてジュリアはショックを受けないように両親が魔物に襲われ死んだという偽りの記憶を植え付けられたのである。
また、タトラ村の村人達もジェマ以外の全員が怖ろしい竜襲撃の記憶を消されたのだ。
それ以来……エドヴァルドはジェマの前に現れなかった。
それから約5年が過ぎ、ジェマさんはジュリアを自分の娘として育てようと決意した矢先に俺が現れたのだそうだ。
俺とジュリアは恋に落ち、ジェマさんも姪の幸せを祈って村から送り出したのである。
だが戻っては来ないと思っていたジュリアの父エドヴァルドがいきなりタトラ村に現れたのだ。
その目的とは?
「はぁ……ジュリアを竜神族の国へ連れて帰る……そう言っているのよ、彼は……」
ジェマさんは大きな溜息を吐くと、エドヴァルドの現れた目的を俺に告げた。
「な、何っ!」
さすがの俺も驚いた。
それって!
ジュリアが竜神族の国へ帰るって!?
連れて帰ってどうするつもり……なのだろう?
「ジュリアは、我が娘はしかるべき竜神族の王族と結婚させる! それが我がドラゴニア王家の者の定めだ」
でも!
ジュリアの母親は人間だ。
ハーフであるジュリアが純粋な竜神族の中に入るのは……?
ジュリアの父エドヴァルドも俺と同じく魔力波読みの能力を持っているらしい。
「心配は無用! 我が一族は男性の遺伝力が強い! 我が娘は人間との間のハーフだが、相手が竜神族の男なら生まれて来る我が孫は限り無く純粋な竜神族の子になるのだ」
ふ~ん、成る程!
って、感心している場合じゃない!
「お、お義父さん、ジュリアは既に俺と結婚しているんだ! そんな話は到底受け入れられない!」
「……お義父さんだと!」
エドヴァルドはふんと鼻を鳴らし、冷たい目で俺を見た。
ああ、これって爬虫類特有の冷酷な目だよ!
「……愚かな人間よ。お前がジュリアを『穢した事』は既に承知しておる。良く聞け! 私はじっとそれに耐えている。分かるか? それは……お前が今迄、娘の面倒を見てくれていたからだ。普通なら……お前みたいな小虫など容赦なく引き裂いているところなのだ!」
俺が小虫!?
虫けら扱い!?
言うなぁ!
悪魔王やアールヴも誇り高いけど、この竜神族の王も負けてはいない。
「そんな! お父さん! トールはあたしの旦那だよ! あたし……彼の事が大好きなんだ!」
父の暴言に対してさすがにジュリアが抗議する。
しかし、エドヴァルドは凄い目で俺を睨む。
「馬鹿な事を言うな! こんな雑魚などにお前をくれてやるわけにはいかない!」
その瞬間であった。
「おっさん! さっきから聞いていれば勝手な事を言ってるんじゃないよ!」
ドスの効いた声でずいっと前に出たのは、怒り心頭となったイザベラであったのだ。
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