第135話 「エイルトヴァーラ家の支配者」
俺達は行方不明者帰還付き添い第一弾としてアールヴの街ベルカナへ戻って来た。
この街への帰還者が1番の大人数の為だが、依頼完遂の為でもある。
アールヴがアウグスト・エイルトヴァーラを入れて82人、そして人間が50人……
人間があと30人程度残っているが、余りにも多いと目立つのでほとぼりが醒めたら、他の街へ戻って貰う事で話がついたのだ。
ちなみに発見の状況は異界に繋がった迷宮を彷徨っていた行方不明者達を俺達クランとフレデリカ、ハンナが偶然発見し、色々と苦労したものの無事に連れ帰ったという設定にした。
現在、ペルデレの迷宮の入り口は封鎖されているが、この近辺では魔窟として知れ渡っているので、新たに入る馬鹿は滅多に居ない。
ただ変わり者が踏み込まないよう念の為に地下4階の転移門は封鎖してある。
なのでガルドルドの秘密が眠る肝心の地下5階以降へ進む事は出来ないのだ。
こうして行方不明者を連れた俺達クランは一挙に英雄となった。
まず正門の衛兵に吃驚されたのは言うまでもない
総勢140人近い大所帯なんだから……
アールヴの上級貴族達はほぼ絶望視していた自分の身内が無事に戻って来たので狂喜乱舞して歓迎してくれた。
排他的な彼等でもさすがに身内を命懸けで救った事にはとても感謝してくれたのである。
そして……ここはマティアス・エイルトヴァーラ邸……
アールヴでも十指に入る大貴族の屋敷は超豪華であった。
多分、敷地だけで超高層マンションが20棟以上楽に立ちそうな広大さだ。
マティアスは予想以上に大喜びしてくれた。
依頼のあったフレデリカは勿論の事、完全に諦めていたアウグストまで傷ひとつなしで無事に連れ帰ったのだから当然といえば当然である。
いつものクールでダンディな雰囲気など犬にでも食わせろというくらいの豹変ぶりであった。
号泣! 号泣! また号泣!
大泣きするマティアスは兄妹の名を叫び、鼻水まで垂らしている。
逆にマティアスの妻で2人の母親であるフローラはクールビューティというタイプのアールヴ美人で嬉しそうに笑顔は見せるものの泣いたりはしていない。
「あうあうあう~! アウグストォ! フレデリカァ!」
「トール様! この度はスパイラル様のお力のお陰ですね。アウグストとフレデリカを無事に連れ帰って頂きありがとうございます!」
大泣きするアウグストの傍らで淡々と礼を言うフローラは、殊更に邪神様の力だと強調する。
ただなぁ……
確かに彼からチート能力を貰っているから納得出来るが、俺も少しは頑張ったんだぜ。
ちょっとは認めて欲しいものだが、人間のお陰という事実を認めたくないのが丸分かりだ。
ただマティアスとフローラは本当に心配していたようで、父と母2人に代わる代わる抱き締められたアウグストとフレデリカの兄妹は俺達に向かって照れ臭そうに笑っていた。
「おお、ありがとう! ありがとう!」
充分過ぎる抱擁タイムが終わり、目を真っ赤に腫らしたマティアスが俺達へ深々とお辞儀をした。
そして妻のフローラも爽やか風な笑顔で一応は頭を下げたのである。
俺達のクランにはフローラにとっては大変微妙な存在のアマンダも居たのであるが、フローラもさすがに彼女へ礼を言い、頭を下げた。
ただ目は笑っていなかったので、やはりまだ魂に引っかかる事があるらしい。
それは多分マティアスとアマンダの母ミルヴァとの恋愛の件であろう。
何と言ってもアマンダは2人の間の愛の結晶なのだから。
しかしいくら生理的に受け入れられなくても、アマンダを嫌って怒ってはさすがに恩知らずとなってしまう。
夫のマティアスから俺がスパイラル神の使徒と聞いているだろうから尚更だ。
「貴方、トール様に救助依頼したのでしょう?」
「あ、ああ……依頼したよ」
「では約束した報酬をお支払いして、そろそろお帰りになって頂ければ宜しいかと! ……さあ、アウグストとフレデリカにはじっくりとお話があります!」
……何だかエイルトヴァーラ家の様子が分かって来た。
この家の実権を握っているのは妻のフローラだ。
家長のマティアスはほぼ言いなりという感じであり、理由は結婚の際のゴタゴタであろう。
フローラの話というのは、兄妹への説教に間違いない。
フレデリカがとても嫌そうに顔を顰めているから、一目瞭然だ。
「あ、あの……」
その瞬間であった。
消え入りそうな声でマティアス、フローラのエイルトヴァーラ夫妻に声を掛けたのはフレデリカの侍女であるハンナだ。
「…………」「…………」
あらぁ……
2人とも……完全無視ですかぁ?
無視されたハンナは切なそうな表情で呼び掛ける。
「旦那様! 奥様!」
「…………」「…………」
やっぱり無視……ですか?
「だだだ、旦那様ぁ!」
「ええい、煩いわよぉ!」
最後は半泣きになってマティアスを呼んだハンナの声を断ち切るように、冷たい声をあげたのはフローラである。
「貴女がアウグストとフレデリカをそそのかして冒険者などにしたのは分かっているのです。その上あのような危険な迷宮に行く事をそそのかして! 今日限り貴女などクビです! どこなりとでも行くと良いわ」
「そ、そんな! 私はそんな事など!」
「もう! 危機回避能力が高いから有能などと売り込んだ挙句にこれよ! やはり元冒険者みたいな下司で卑しい女は駄目ね!」
ああっ、これは酷い!
普通は言わないぜ、このような事。
息子と娘を溺愛するばかりに本人達は悪くないと責任の転嫁をはかっているのであろう。
「母上!」
「お母様!」
さすがにアウグストとフレデリカが非難するがフローラは完全無視で明後日の方角を向いている。
マティアスはというと……項垂れている――こりゃ、駄目だな。
「あぐあぐあぐ……お、お、お、お世話に……なりました」
フローラから完全に引導を渡されたハンナ。
可哀想に俯いて泣きながら出て行こうとする。
「ちょっと待ったぁ!」
「あう!?」
出て行こうとするハンナを引きとめようと優しく肩を掴んだのは……俺である。
ちょっと癒してやろうと神力波を込めたのは内緒だ。
しかしこれがとんでもない事になってしまう。
「ご主人様!?」
「ハンナ、良かったら俺(達)の下へおいで!」
その時確かに俺は言った筈である。
俺……ではなく、俺達の下へ来いと!
しかし傷心のハンナは俺がプロポーズしたと聞き間違えてしまったのだ。
「あううう……喜んで! ぜひハンナをご主人様のお嫁さんにして下さい~っ」
ハンナは大きな声で叫ぶと俺の胸に飛び込んで来たのである。
俺は「えっ」という驚きの表情で泣き叫ぶハンナを抱き締めていたのであった。
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