第134話 「シスコンアールヴの謝罪」
結局、魂を移した者で元の身体に戻ったのは全体の8割弱程度となった。
人間のガーゴイルズ約100体のうち82体、悪魔のアールヴズが約30体のうち21体、そしてアールヴの巨人約100体のうち81体……
元の身体に戻らない理由は様々だ。
はっきりいって以前に暮らしていた世界が世知辛いせいも多分にある。
人間関係の煩わしさや経済的な理由なども大きい。
確かにこの迷宮に居れば3食の心配もしなくて良いし、与えられた機体さえもてば命も半永久的にもつ。
ちなみに俺達は各自に聞き取りをして、関わりを断って戻りたいという者にも万全のケアをする。
人生をリセットしたい者はある程度の金を渡して、忘却の魔法を掛けて故郷の街の中へ戻してやるのだ。
行方不明の者が無事戻ったという図式になり、本人は出発した後の事は何も覚えていないという決着の仕方だ。
しかし本来の身体に戻った者は俺達が示した新たな仕事に就いて頑張りたいと言う者が殆どだったのである。
魔法工学師達が粛々と手術?を実施している間に、俺はいち早く自分の身体に戻ったアウグスト・エイルトヴァーラとサシで話をしていた。
何と、あんなに俺を憎んでいた彼の方から2人きりで話したいと申し入れがあったのである。
そして吃驚した事にアウグストは開口一番俺に謝罪した。
「済まなかった! あれから良く考えたら今回の勝負方法は僕に凄く気を遣ってくれたのだな……」
へぇ!
アウグストって、案外――だな。
アールヴの上級貴族の家柄出身で、やたらとプライドの高い慌て者だと思っていたのに……やはりこいつは姉と妹の事が相当好きだったのだ……
「お前……いや、兄上の実力を見てよ~く分かった。あれは人間の動きじゃない!まともにやっていれば僕は命をあっさり落としたかもしれない……そうしたら我が人生はこの迷宮で終わっていたからね」
「兄上って?」
何気にアウグストが俺を呼んだ言い方が気になった。
「ああ、貴方がアマンダ姉の夫君だから兄上だろう?」
ああ、そういう事か。
「アマンダ姉は僕の理想の女性だった。優しくて凄い美人でその上、強いと来ている。リョースアールヴとデックアールヴの間に生まれた子供が呪われているなんて迷信だって分かっていたし、本当の姉でなければ絶対に結婚を申し込んでいたよ」
え、ええっ!?
そこまでの『思い』だったのかよ!
「でもアマンダ姉は血が繋がった実の姉だ。アールヴの掟でさすがに姉弟の近親婚は固く禁じられている。僕は悩み抜いて、愛する彼女を忘れようとして死地であるこの迷宮に潜ったのさ」
成る程!
こいつ、何故こんな迷宮に潜るなんて、無謀な事をしたのか?って思っていたけど、そういう理由だったんだ。
「じゃあぶっちゃけ言うけど……妹のフレデリカはお前を本当に心配して、そのせいでだいぶ無茶したんだぜ」
「はぁ……」
俺がアウグストを咎めると、彼は力なく俯いて大きな溜息を吐く。
「フレデリカには本当に済まないと思っている。僕のせいでこの迷宮に潜って下手をすれば死んでいたかもしれないからな。聞けばフレデリカとハンナが2人きりになった所を兄上が救ってくれたらしいじゃないか?」
「ああ、無茶をしそうになったから少し、お仕置きしたけれどな」
ここでフレデリカが姉のアマンダを冒涜したなんて言ったら揉めそうだから、嘘も方便って奴だ。
「でも僕以外の男性に、あんなに懐いているフレデリカなんて初めて見た。却って僕より兄上のいう事を素直に聞いている。あの我儘な娘が信じられない! フレデリカは本当に好きなんだな、兄上の事が……」
「ああ、俺もあいつの事が可愛いし、大好きだ」
俺が頷くと、アウグストが深く頭を下げたので俺は驚いてしまう。
「本当に2人を頼む! 僕はアマンダ姉と同じ位にフレデリカも大好きなんだ。父上には僕からも説得するから!」
おっとぉ!
何と、アウグストがアマンダとフレデリカの父、マティアス・エイルトヴァーラに対して俺との結婚を了解するように説得してくれるという。
おお、今迄の態度が何という変わりようだ!
だがこいつは、相当のシスコンだな……
「どうだろう? 約束してくれないか?」
俺から確りと言質を取ろうとするアウグスト。
本当にアマンダとフレデリカの幸せを願っているんだな。
だが彼は俺に他の嫁ズが居るのを知っているのだろうか?
「ひとつだけ伝えておきたい。俺の妻は他に何人も居る、それは承知だな?」
「ああ、さっきアマンダ姉とフレデリカとは話して来た。傍に居た兄上の奥方達とは凄く仲が良さそうだ。逆に安心したよ! あの様子なら貴方は妻全員へ愛を平等に与えていると確信した!」
アウグストはアマンダとフレデリカとは既に話して来たらしい。
どうせ、本当に俺の事が好きか、しつこく聞いたのだろう。
微笑ましいというか、心配性というか、超重度のシスコンというか……
まあ、良いや……
「そうか! だったら約束する! 俺はお前の言う通り、妻全員を大事にするよ」
「ははは、完全にハーレムだよね! 本当に羨ましい! さあ僕もこれから商人の方の修行をしなくちゃ! 友人に商家の息子が居るからね。僕が商人の修行をする事に関しては兄上からも父上へ頼んでくれないか?」
「よっし! OKだ。それにもう兄上なんて堅苦しい言い方は無しで『兄貴』とでも呼んでくれないか?」
「ああ、僕もOKだ! これからも仲良くして欲しい、兄貴!」
アウグストはアールヴらしい白くて華奢な手を差し出した。
おお、こいつ思ったより良い奴だ。
これから長い付き合いになるし、仲良くするのに越した事はない。
俺も即座に手を出して、がっちりと握手したのであった。
アウグストとの話が終わってから数日の間、また俺は忙しくなった。
アウグスト、アマンダ、フレデリカの父マティアス・エイルトヴァーラはベルカナの街で子供達が無事に帰還するのを、首を長くして待っている筈だ。
依頼の完遂もあるので本当は直ぐにベルカナの街へ戻りたかったが、これからの事業への様々な準備や手配に忙殺されたのである。
その中でも1番大事だと思われたのが、転移門の組み合わせによる移動手段の充実であった。
悪魔が既に設置した転移門と真ガルドルド魔法帝国の転移門を組み合わせて、この異世界にとてつもない交通網を組んでしまおうという壮大なものだ(一応)。
但し、このルートを多くの者へ明かしてしまうと何かと不備が生じてしまうという判断に俺達は達した。
特に悪魔王国へ容易く行けると判明すると何かと不味くなるだろう。
余りやり過ぎると邪神様が世界のバランスを崩すから、世界を滅亡させるとか言い出すと困る。
なので、万が一システムの存在が知られても、外観からは分からないようにしたのと俺を含めたキーマンとなる者が付き添わないと起動出来ない仕組みにし、その都度必要な者に使用を許可する形にしたのである。
設置自体は俺の収納の腕輪にテオちゃん達魔法工学師に入って貰い、設置箇所へ鷹の羽衣で飛ぶという方法でまめに転移門を設置して行った。
目立たないように、当然の事ながら設置作業は夜中にこっそりが基本である。
こうして、このペルデレの迷宮を基点として、アールヴの街ベルカナ、ヴァレンタイン王国の王都セントヘレナ、バートランド、ジェトレ村、そしてジュリアの故郷であるタトラ村も一瞬にして行けてしまう事になった。
当然、悪魔王国の転移門数箇所付近にも転移門を設置し、乗換えをすれば、あの独特な異界にも渡れるようにしたのだ。
そんなこんなで、いよいよベルカナへ戻るという日の前日……
俺はアマンダとフレデリカから結構いじられていた。
姉妹からいじられる内容は父マティアスとの『対決』である。
アウグストの執り成しがあるとはいえ……
2人の愛娘を同時に取られる父親が一体どのような反応をするのか?
俺は不吉な予感に戦々恐々としていたのであった。
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