第131話 「ペルデレの迷宮⑲」
ペルデレ迷宮地下6階、コロシアム……
今、俺とアウグストは対峙している。
正確にいうのならば、相手はアウグストが魔力で操作する模擬戦闘用の同型機体だ。
アウグスト本人は観覧席からこの機体を遠隔操作して俺と戦うのである。
今回の相手はかつてコーンウォール迷宮で戦ったゴッドハルトの機体滅ぼす者をヴァージョンアップしたものだ。
この決闘で俺が勝った後の段取りは、ばっちりだ。
アウグストは完全な無条件降伏を認めたから……
後は俺が実戦で勝つだけだが、相手のスペックをちゃんと知らないとそれも危くなる。
彼を知り己を知れば百戦殆うからず……
滅ぼす者は、陸戦タイプのロボット兵器みたいなものだが、開発者が、真ガルドルド魔法帝国宰相テオフラストゥス・ビスマルク――俺がテオちゃんと呼ぶ魔法工学師長である。
俺はそのテオちゃんから、機体のスペックの情報をほぼ知らされている。
汚い方法ではあるが、戦い方の対策もばっちり聞いていた。
こういった兵器を作る時、開発者は弱点――すなわち攻略方法も考えるのはお約束だからだ。
ゴッドハルトの機体を基準とすると、膂力いわゆるパワーは1,5倍と強化され、運動性や俊敏性を高める為に、装甲は逆に20%減の80%の厚さとし、全体の重量もその分、軽量化されている。
その運動性や俊敏性向上の手段として、俺達が所持している滅ぼす者の試作機と同じ吸入口から取り入れた空気を足裏から噴出し、高速で移動する装置が備えられているのだ。
そして肝心の武器であるが、オリハルコンで作られた3mの大剣と擬似魔法も同じである。
大剣は素材の硬度と切れ味が強化され、擬似魔法も魔力量増に伴い、弾数と射出速度を倍にしてあるということだ。
対する俺、トール・ユーキのスペックはというと……
スパイラル神から与えられた類稀なる肉体と膂力、そして神力波が武器となる。
そして魔力波読みを駆使した某アニメ並みの先読み能力!
俺自身まだこの能力の底の部分を経験していない。
限界を感じたのは魔力量の部分だけだ。
使用する加減が分からず、魔力を使い過ぎて魔力枯渇を何度か経験してやばい状況になった事はあるからだが……
しかし俺にとって追い風になっている事実がある。
最近、俺は戦いの中で体感していていた。
コツを掴む!という感覚をご存知の方は多いだろう。
まさに今の俺は身体の捌き方、剣技、そして魔力使用の加減が分かって来たのだ。
アモンによる指導とこれまでの実戦で会得出来た賜物であり、この中で特に貴重なのは魔力使用の加減である。
俺の最終兵器『神力波』はまさにその加減さえ極めれば無敵の武器となるからだ。
「用意は良いか!?」
観覧席に居るアウグストが大声で俺へ叫ぶ。
彼の大声に合わせて、部下である滅ぼす者達も歓声をあげる。
その向かい側の観覧席ではジュリアを始めとした嫁ズ、人間のガーゴイルズ、悪魔のアールヴズ達が見守っている。
ど~ん!
大きな音で銅鑼が鳴らされた。
いよいよ試合が開始されたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
開始の合図と共にアウグストが操る機体がダッシュして来る。
どうやら一撃で決めてやろうというつもりらしい。
やはり動きはゴッドハルトの滅ぼす者とは全く違う。
ホバークラフト?効果もあってゴッドハルトの倍近い圧倒的な速度で俺に肉薄すると、思い切り大剣を振り下ろしたのだ。
だが俺は落ち着いて攻撃を躱す。
アマンダとフレデリカの悲鳴が観覧席から聞こえたが、手を軽く振る余裕さえあった。
最初から落ち着いて見ていたジュリア、イザベラ、ソフィアも大きく手を振る。
先輩嫁ズの姿を見たアマンダとフレデリカは一瞬、吃驚したが少し安心したようだ。
第一夫人のジュリアが音頭を取って、嫁ズ全員で声援を送ってくれたのである。
俺のリア充振りを知り、それに加えてアマンダとフレデリカが黄色い声援を送った事でアウグストは更に正常な判断が出来なくなった。
彼にしてみればアマンダとフレデリカは俺に騙されている事になっている。
俺が悪辣なスケコマシに見えているのだ。
「ぐおおおお!」
アウグストは絶叫し、わけも分からず大剣を振り回す。
大振りな上、彼が放出する魔力波によって、その後どう動くかまるわかりだから、躱すのは更にたやすくなる。
また俺が接近して戦っているので、アウグストはもうひとつの攻撃方法である擬似魔法を撃つ事が出来ない。
これも俺の勝利への布石である。
暫し、膠着状態が続き、嫁ズの声援も響く中、アウグストは焦って来た。
矮小な存在と侮った生身の俺を全然攻撃出来ないからだ。
「くう! ち、畜生!」
よし!
ここで『誘い』だ!
俺はいきなり5m後ろへ跳び退った。
そして指をくいっと曲げて、アウグストを挑発したのである。
俺の予想に狂いがなければ、あの攻撃をして来る筈だ。
「ば、馬鹿め! これでも喰らえっ!」
ビンゴ!!
案の定だ!
アウグストは俺が自分から離れたとみるや、擬似魔法を撃つ態勢に入った。
テオちゃんに事前に聞いている限りでは、射出準備から射出まで3秒かかるそうだ。
しかしそれが分かっていれば俺は直ぐに対応出来る。
俺はすかさずアウグストの背後に回り込む。
この最新機体には何と背中にも擬似魔法射出孔が装備されている。
慌てたアウグストは発射を前面からこの背面の射出孔に切り替えようとした。
その瞬間、俺は背面からまた前面に戻り、発射しかけて半開きの射出孔に愛用の魔法剣を突き入れた。
そして、この機体の心臓部である魔法水晶に届くように神力波を注ぎ込んだのだ。
ゴッドハルトの時とは状況が全く違うので俺には余裕がある。
「ああっ、く、糞っ!」
俺の神力波により、アウグストが操る機体があっさりと行動停止した。
そして仰向けに倒れてしまう。
「ななな、何故だ! 何故動かないっ!」
アウグストは焦って再起動しようとするが、先程注ぎ込んだ俺の神力波により心臓部の魔法水晶が破壊されているのだ。
ゴッドハルトの機体同様、再生装置はあるらしいが、直ぐに予備の魔法水晶が起動出来る筈も無い。
さあ、相手が復活する前に最後の仕上げだ!
俺は嫁ズに大きく手を振ると、倒れているアウグストの同型機体を軽々と持ち上げた。
「おおおおおっ!」
思わずコロシウム全体が驚きのあまり、どよめく。
イザベラやアモンでさえ、一蹴する俺の膂力である。
ゴッドハルトの時もそうだったが、相手が動きさえしなければこのような事は朝飯前だ。
俺は動かないままの機体を大きく放り投げる。
地響きを立てて、地面に激突した巨人。
それは焦っていたアウグストの戦意を失くすには最高のパフォーマンスになったのであった。
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