第130話 「ペルデレの迷宮⑱」
アウグスト・エイルトヴァーラが驚いた方法……
それは模擬戦闘用の同型機体で戦うというものだ。
この条件で戦う事が出来ればアウグストを傷つける事はない。
「馬鹿な! それでは意味がない! 決闘なのだぞ!」
アウグストの猛反発は予想通りだ。
ここからは宰相テオちゃんの名演技にかかっている。
「意味? 意味なら充分にあるぞ、エイルトヴァーラ卿よ」
「宰相! どのような意味があるのだっ!」
がっしゅう!
排気口から、また蒸気が噴出した。
アウグストが凄く興奮している証拠である。
しかし、さすが年の功。
テオちゃんはだてに数千年生きてはいない。
「エイルトヴァーラ卿は確かアールヴの上級貴族出身だったな」
「そうだ!」
しれっと聞くテオちゃんに対して、アウグストは興奮した番犬のように反応する。
「では分かるだろう? トールとやら、お前の身分は?」
おお、打ち合せ通りバッチリだ!
テオちゃん、あんた名役者だ!
テオちゃんに聞かれた俺はここぞとばかりに、大声で言い放った。
「平民だよ~ん」
俺の台詞を聞いたテオちゃんは得意げな表情となる。
「聞いたか? エイルトヴァーラ卿よ。あのような下賎な身分の人間に高貴な血筋と地位の貴君が直接戦うのはガルドルドの法律上でも問題があるのだ」
俺が下賎と呼ばれて、怒った嫁ズが前に出ようとするが、俺は手で制した。
しかし、こちらは出た!
テオちゃんのダメ押し!
法律と言われて、アウグストは悔しそうに歯噛みをしている。
「ぐ、ぐうう……」
「ガルドルドではこのような場合、主人に付き従う従士が代理で戦うのだ。しかしそれでは卿が納得しないだろう?」
従士が代わりに戦う?
俺が憎くて堪らないであろう、今のアウグストには絶対に飲めない条件である。
「確かに! この手で直接、奴を挽肉のようにしなければ納得しない」
挽肉?
まあ、挽肉は嫌……だな。
「だからだ! この私がベストアイディアを出したというわけだ。良く分かっただろう?」
「うむむむ……わ、分かった! 宰相の案を呑めば騎士団長としての地位と機体は剥奪されないのだな?」
おお、納得している。
でも騎士団長と機体の剥奪をちらつかせて説得するとは!
これって飴と鞭って事だろうな。
「ああ、約束しよう」
ああ、約束しよう――って、嘘臭い(笑)
「よしっ! 聞いたか、下賎な人間よ。代理の機体とはいえ、僕が相手をしてやるのは名誉な事なのだぞ!」
アウグストがいかにも自分で決めたように威張って物言いをする。
しかし!
見事に論理がすり替わっているのをアウグストは気付いていない。
だが彼も納得して代理の機体で戦えるから、不満も出ないだろう。
よっしゃ!
ここで俺もテオちゃんとの打ち合せ通りに下手に出た。
「ははぁ、ありがたい事です! エイルトヴァーラ様ぁ!」
俺がへりくだった態度を見せたので、アウグストは益々上機嫌になる。
だんだん、彼の性格が読めて来たな。
「うむ! 何だ? 意外に素直ではないか? アマンダ姉やフレデリカと結婚などは断じて許さんが、もし生き残ったら下男にでも使ってやるから、せいぜい頑張るのだな」
おっと、挽肉から下男に昇格?
少しは俺に対して見方も変わったかな?
さあ、テオちゃん!
ここで仕上げだぞ!
俺はこの作戦を「決める」為に揉み手をした。
「ええと、下賎な人間からのお願いがあるのですが……」
俺をチラッと見たテオちゃんが、もっともらしく言う。
「おお、矮小な下民が恐れ多くも願い事とは! これくらいは聞いてやらないと高貴な血筋たる者の度量が足らないと言われますぞ、エイルトヴァーラ卿!」
おお、この言い方!
アウグストが断れないように逃げ道を塞ぐって奴だ。
そして当然の事ながら、期待を全く裏切らないアウグストである。
「おお、宰相! 貴方の言う通りだな。僕が聞いてやろう、何でも言ってみるが良い」
「もし! もしですよ! 窮鼠猫を噛むとかで私が万が一勝ったら無条件に何でもいう事を聞いていただけますか? 貴族と騎士の名誉にかけてという事で……」
どうだ!
呑め!
俺みたいな下賎な奴には絶対に負けないだろう、あんた?
無条件降伏を呑め!
「エイルトヴァーラ卿! ここは男なら飲まねば! 騎士団長の名が廃りますぞ!」
うわぁ!
出た!
テオちゃん、再度の駄目押し!
さあ、どうだ?
「分かったぁ! 僕も男だ! もしこのアウグスト・エイルトヴァーラが負けでもしたら、全てお前の言う通りにしよう! 約束だぁ!」
おっし!
これで舞台は整った。
ちなみに覚悟を決めたテオちゃんから、戦う機体のスペックの情報はバッチリ頂いている。
「では闘技場に向いましょうか? エイルトヴァーラ卿」
この作戦は現在ソフィアが使っている滅ぼす者試作機の存在から立案したものだ。
人間の魂を使わない機体、そしてその機体をアウグストが使った代理勝負が出来ないかと考えたのである。
俺がその考えを伝えるとテオちゃんは直ぐに乗ってくれた。
この地下迷宮に闘技場があるのも俺にとっては幸運だった。
アウグスト達が普段訓練をしているらしいが、結構広大な場所らしい。
そこでなら多少暴れても「大丈夫!」との事だ。
後は勝つ……だけだ!
俺は腰の魔剣をそっと触り、気合を入れたのであった。
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