第13話 「ジュリアの力」
俺は今、街道を歩いていた。
背にはジュリアが負ぶさっている。
結局、俺は背負子を収納の腕輪に仕舞ってから、彼女を背負って歩いているのだ。
ジュリアは最初はその恰好が恥ずかしいと渋っていた。
だが、少しでも早くジェトレ村に到着する為にはこの方が良いと説得すると素直に従ったのである。
暫し歩いてから、俺は以前不思議に思った事を聞いてみた。
「ジュリア、お前良くこんな危ない道をひとりで行き来していたな」
どう見たってジュリアは無力な15歳の少女だ。
戦う力も無く、抵抗する術も碌に持ってはいない。
中世西洋を例に取ると当時、街道を旅する行商人は確かに存在するが、彼等の商売用の荷物は山賊などの恰好の餌食な為に普通は屈強な護衛を雇って旅をするのが常識なのである。
加えてこの世界は人だけで無く怖ろしい魔物まで出没する。
「あたしには護衛を雇うお金なんか無いもの」
ジュリアは醒めた顔で笑い、顔を顰めた。
「それに村の男は勿論だけど、村に来る冒険者や傭兵崩れだって、あたしを抱きたいって奴ばかりだったんだ。あんたには『好み』じゃないって言われたけど、これでも散々口説かれたんだよ」
ええっ!?
好みじゃないって言ったの覚えてたの?
何か根に持っているみたいだ……
ヤバイ。
俺はジュリアに謝りながら、「大好きだ」と囁くと彼女の機嫌は幸いにして直る。
そして改めてジュリアの置かれた境遇を考えてみたのだ。
そうか!
まあ考えれば当り前か……
ぎりぎりの生活をしているし、金出して護衛なんか雇ったらジュリアの商売の規模では仲買人の利益など出るわけがない。
それにしたって……
やらせろ! って本能的な奴がそんなに多いんだ……
そんな物思いに耽っていた俺に、今度はジュリアが囁く。
「実はあたし勘が鋭いんだ」
「か、勘?」
「そう! やばそうな気配がしたらそこを避けるんだ。今迄何度もそれで命拾いして来たよ」
トールと会った時は何故かそれが働かなくて危なかったけどとジュリアは苦笑した。
さすがにそれはあの『邪神』の陰謀……いや、加護とは彼女には言えない。
それよりジュリアの能力だ。
野生の草食動物でもたまに居るけど、いわゆる『危機回避能力』がとても高い動物とか……
ジュリアはそれで今迄無事に旅が出来たんだ。
「ふ~ん、じゃあこれからも危なそうだったら教えてくれよ」
「分かったよ。じゃあ早速! ああっ、ここにも私を凄くエッチな目で見て危なそうな人がひとり居るよ……名前はトールっていうの」
ジュリアが悪戯っぽく笑う。
はぁ!?
凄くエッチって、俺の事かよ?
よ~し!
じゃあ期待に応えてやろうじゃないか!
俺はおぶった手でジュリアの小さなお尻を強く掴んだ。
強くと言ったって所詮優しくだけど。
まあ甘噛み……みたいなものだ。
「ああっ、いやぁん」
誰かがどこかで言っていたが、女の子の「嫌だ」と「いやぁん」は同じ言い方でも大分違う。
更にここでフォローだ。
「俺、ジュリアみたいにお尻の小さな女の子って大好きなんだ」
まるで昔聞いた歌のフレーズみたいだ。
しかしそれを聞いたジュリアは意外そうな表情だ。
「本当? トールも大きなお尻の女の子が良いと思ってたから嬉しいよ」
「トールも、って他に誰かそんな馬鹿げた事を言う奴居るのかよ?」
「ダニーに散々言われたんだ、安産型じゃない小さなお尻の女は駄目だって」
はぁ?
ダニーって、一体誰?
「ほら、村を出る時あたし達を睨んでいたあいつさ」
ああ、あのいじめっ子ね。
そんな事まで言うなんてあいつ、ジュリアの事本当に好きだったんだなぁ。
まあ反省しても、もう遅いけどね。
「俺は全部ひっくるめてジュリアが好きなんだ」
きっぱりと言い放つ俺。
以前の俺なら絶対に言えなかった台詞が来た~!
でもこう言われて相手が嫌いじゃない限り嫌な女の子なんて居ない。
「う、うん……あたしもトールの事が好き、大好き!」
くうう、これだよ、これ。
これが彼女が居る幸せって奴なんだ。
俺はジュリアを背負う手に僅かに力を入れながら、例の舗装されてない街道を歩いて行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
1時間後……
「トールったらあたしを背負っているのに何でそんなに歩くのが速いの?」
ジュリアは自分を背負いながら楽々と歩き続ける俺の歩行の速度に驚嘆している。
「ははは、少し鍛えたからな」
曖昧に答えた俺だが、これもさっきの腕輪の出所と一緒で嘘。
俺の歩みが速いのは、この世界の神であるスパイラルから与えられた頑健な身体のお陰だ。
そして俺達が向かっているジェトレの村は俺が歩いて来た方とは逆、つまりは西へ5時間程度歩いた所だという。
今、俺がジュリアを背負って歩いている速さは軽く彼女の倍はある。
つまり後、1時間半から2時間でジェトレに着く計算だ。
「広くて温かいし、あたし……トールの背中が好き」
顔を俺の背中に埋めて甘えるジュリア。
しかしそんな甘い雰囲気も30分後には様子が変わる。
ジュリアが不安そうに危険を告げたのだ。
「トール、やばいよ。この先に怖ろしい気配がする、迂回するか、少しこの場で待とうよ」
これがジュリアの勘、優れた危機回避能力って事か。
確かに俺の例の直感もこの先は危ないと告げている。
しかし、残念ながら何がどうしてだから危険なのかという内容まで知る事は出来なかった。
ここでの選択肢は3つ、まあ正確に言えばふたつだが……
このまま無条件に進む……こんな阿呆な事はしないから論外のNG
注意しながら迂回して進む……でもジュリアによればこの直ぐ先はまた森でありゴブリンやオークなどの魔物が跋扈する領域だそうなのでこれもパス。
ここで1時間程度待つ……これが最も無難そうだ。
幸いにも辺りは草原であちこちに雑木林が点在するような地形だ。
しっかりと警戒していれば何者かが近付けば直ぐに分かるのも良い。
俺は3つ目の安全策を取る事にした。
ジュリアは俺が意見を取り入れてくれたのをとても喜んでくれる。
適度な休憩場所が見付かると俺は腕輪から背負子を取り出した。
ジュリアはそこから休憩の際に飲めるようなお茶の支度をしてくれる。
後は水筒から水を鍋に注ぎ、お湯を沸かすだけだ。
そこで俺はふたつ目のカミングアウトをする事となった。
「うっわ~、格好良いかどうか微妙だけど……旅には欠かせないよね」
俺が水芸のように指先から水を噴出して空の鍋に満たした所、驚きながら笑ったジュリア。
しかし湯を沸かす為に火打石を使わずに俺が魔法で拾ってきた枝に火まで点けると彼女の驚きは更に大きくなった。
「トール……凄いよ。こんな生活魔法が使えれば商人としてはばっちりさ」
商人としてはばっちりか……
中二病な俺としては未だ華麗な攻撃魔法に拘っているのだがね。
4大精霊魔法とか、爆炎の魔法とか、響きからして恰好良いしな。
俺は鍋で沸かしたお湯を茶葉を入れたポットに注ぐ。
やがて紅茶の良い香りが辺りに漂って来た。
ジュリアも鼻を鳴らして嗅いでいる。
俺達は他愛のない話をしながらひと時の休憩を楽しんでいたのであった。
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