第128話 「ペルデレの迷宮⑯」
「決闘だぁ! 貴様、絶対に許さないぞ!」
再度床を踏み鳴らし、喚き散らすアウグスト。
どこかのアニメの主人公と同じであるが、シスコンの愛は深い。
深海のように果てしなく深い。
冷静さを欠いた兄の醜態を見てフレデリカは切なげな視線を俺に送った後、力なく項垂れてしまう。
姉のアマンダの方はというと、こちらは苦笑して肩を竦めている。
だが事はそう簡単ではない。
人間同士の普通の決闘でも死に直結するリスクがあるのに、相手は最新型巨人だ。
スペックがまるで分からないのに勝てるとは到底思えない。
アウグストの醜態を苦々しく思ったらしく、宰相のテオフラストゥス・ビスマルクが半狂乱のアウグストを宥めたのである。
「エイルトヴァーラ騎士団長、少しは落ち着きなさい」
「これが落ち着いてなんかいられますか、宰相! あの軽薄そうな人間の男が姉と妹を妻にするなんて! 気が狂いそうですよ!」
気が狂う?
ああ、テオちゃんが言ってもアウグストの奴め、全然駄目だ。
このままでは話が通るどころか、真意を聞き届けて貰うのもままならない。
思い切ってここは裏技しか無いだろう。
俺はまたテオフラストゥスへ念話で呼び掛ける事にした。
『テ~オちゃん!』
『む? テオちゃん……だとぉ!?』
いかん!
しまった!
いきなりフレンドリー過ぎたか!
『いえ、もとい! テオフラストゥスさん、ちょっと相談があるのですが、ね』
『お、お前か!?』
いきなり『ちゃん』呼ばわりされたテオフラストゥスは、吃驚しながらも俺を見た。
『そう、トール・ユーキです。あなた方ガルドルドの魔法工学師が持つ技術は本当に凄いと思います。だがアウグストと俺がここでまともに戦えばどうなるか……俺はコーンウォールであのゴッドハルトを退け、自爆装置も破壊したのですよ』
『お前の実力は分かっておる! ……あの迷宮でゴッドハルトが斃れれば、もはやソフィア様を守れる者は居ない。そうなればソフィア様はとんでもない辱めを受けるだろう。そうならない為の自爆装置であった。当然我々の技術秘匿の意味もあるが……』
やはり思った通りだ。
だけどソフィアは自分から進んで俺の妻になった。
なってくれたのだ。
『貴方がソフィアを大事にする気持ちは良く分かりました。なら相談は2つだ。実はコーンウォールのソフィアの本来の身体を維持する装置に不具合が起きた。このままでは彼女の身体が持たない。どうか、助けてあげて欲しい』
俺の告げた事実にテオフラストゥスは更に驚いたようである。
『ななな、何だと!』
『お願いだ! 時間が余り無いんだ! あの装置を修復出来るのはあなた方しかいない! ソフィアは本来の姿に戻って、限りある命になっても俺と結婚して人生を送りたいと決めたんだ』
『身体が持たない!? ななな、何という! お気の毒に! ソフィア様ぁ!』
ソフィアの身体が壊れて行くという悲惨な事実を知って嘆くテオフラストゥス。
兄である皇帝と馬鹿な宰相に苛められながらも、この人はやはり『良い人』だったのだ。
俺は更にテオフラストゥスに対して懇願する。
『もうひとつはあなた方の行く末だ。俺はスパイラル神の啓示によりここまで来た。悪魔とアールヴを含めたあなた方を幸せにする為に一緒になって考えたいのだ』
『お、お、お前は! ななな、何故だ!?』
『何故!? っって言われても困るな……敢えて理由を言うのなら簡単さ。ソフィアは家族……そしてソフィアの民であるお前達も家族だからさ』
『かかか、家族だとぉ!?』
俺の言っている事にテオフラストゥスが戸惑う事を、彼が放出する魔力波が示している。
『ああ、そうさ! 俺はアールヴのソウェルの孫娘を嫁とするが、悪魔王の娘も嫁にしているのさ。だからアールヴも、悪魔でさえ皆、家族なんだ』
『我々もアールヴも……そして悪魔でさえも……家族……お、お前は!』
『そうだ! 貴方と同じさ! こうやって種族を選ばず受け入れている貴方と同じさ。テオフラストゥスさん!』
『…………』
俺とテオフラストゥスは同じ。
こう俺が告げるとテオフラストゥスは黙り込んでしまう。
本当はガルドルド魔法帝国復活の為にアールヴと悪魔を利用しているだけと知っているが、そんな事を言えば話が成立しない。
俺はテオフラストゥスも巻き込んでこの考えと方法に共感して貰わねばならないのだ。
『アウグストは俺と勝負しないと納得してくれそうにないから仕方無い。俺は仕方なく勝負を受ける。しかしアマンダやフレデリカの兄弟を俺は殺したくない。逆に俺が死んでも彼女達は悲しむだろう……だから、アウグストとの勝負方法も貴方に相談したいのだ』
俺が懇願していると、いきなり誰かが割り込んで来た!
こ、これは邪神様だ!
『ははははは! ね! この男は面白いだろう? 愚かなガルドルド人よ!』
『な!? ななななな!』
多分、生まれて初めて聞くであろう邪神様の声に、テオフラストゥスは魂の底から驚いている。
『ふふふ、少しは使徒である彼を助けてあげようと思ってね。君たち思いあがったガルドルド人にも生き残る最後の機会を与えるよぉ!』
『き、貴様! い、いえ! 貴方様は! ももも、もしかして!』
『そう! この男の主人であるスパイラルさ! 彼の言っている事は本当なんだ、テオフラストゥス・ビスマルクよ!』
『ははは、はは~っ!』
元々敬虔な創世神教の信者であるテオフラストゥスは神が降臨したと知って、畏まり、且つ恐れおののいた。
『お前達を含めてあまりにも世界が歪んだからね! だから僕、一旦世界を浄化する為に滅ぼそうって思っているのさ。使徒である彼も例外ではなく死んで貰う。だけどこのトールは罪もない家族を死なせたくないって理由で頑張るんだってさ、ははははは! さあ君はどうするの? テオフラストゥス?』
『え、えええっ!』
かつて俺に告げた衝撃の事実をあっけらかんと話す邪神様。
テオフラストゥスは、がっくりと膝を突き、信じられないような顔付きで俺を再び見る。
『ははははは! まあどちらを選ぶのかは君の自由だよぉ、テオフラストゥス! じゃあね、ばっはは~い』
相変わらずの事ながら、言いたい事を言って邪神様は去って行った。
俺は膝を突いたまま黙っているテオフラストゥスをじっと見詰めていたのであった。
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