第127話 「ペルデレの迷宮⑮」
「おおおうっ!」
「きゃああっ!」
「あああっ!」
地下6階への転移門を使用して、目的の場所に到着した俺達は仰天した。
何と30体以上の滅ぼす者が目の前に整列していたからである。
俺達クランの卓越した索敵能力もさすがに異界を跳ぶ転移門の先の状況までは掴めなかったのだ。
相手との距離は30mもないであろう。
いわゆる至近距離という奴だ。
この中にフレデリカの兄アウグストが居る筈である。
「お兄様ぁ!」
「アウグスト様!」
最初にフレデリカが、そして続いてアマンダも叫ぶ。
ああ、そうか!
アマンダにとってもアウグストは実の弟なんだ。
俺、すっかり忘れていたよ。
2人の声が響き渡ると、1番背後で何かが動く。
さっと巨人の列が左右に分かれて、真ん中から重々しい音を立てて登場したのは、悪魔セーレの言った通り白金色の神々しい巨人であった。
巨人はフレデリカ、そしてアマンダをじっと見た上で驚いたように叫んだのだ。
「フレデリカ! そしてアマンダ姉まで! どうして!?」
どうして!?の次には何故ここに居る?という言葉が続くのであろう。
やはり白金色の巨人はアウグスト・エイルトヴァーラであり、それ以外の滅ぼす者は行方不明のアールヴ達だ。
巨人は傍から見て、力と強さの象徴であるのが分かる。
美しいが華奢な肉体で、他種族に比べると膂力に劣るアールヴ族から見たら、巨人は憧れの存在に見えるのに違いなかった。
相手の力は未知数だし、戦うのは愚の骨頂である。
どちらにしても平和的な話し合いに持ち込まないといけない。
フレデリカ、アマンダに続いて俺も叫ぶ。
「アウグスト・エイルトヴァーラさんだな! 俺はトール・ユーキ、商人兼冒険者だ。貴方の父マティアスさんに頼まれて探しに来たのさ」
ここでいきなり帰って欲しいとか、連れ戻すとか言うのは逆効果だと思ったのでソフトに探しに来たという表現にした。
少しは抵抗感がなくなると見ての事だ。
「お前の事など、どうでも良い! それよりフレデリカよ、何故ここに居る!?」
ああ、予想通りだな。
俺は簡単にスルーされてしまう。
アウグストに会った事はなかったが、あんなに萌える妹キャラのフレデリカであれば、兄として溺愛していないわけがない。
いかに妹の腕が立つとはいえ、危険な迷宮に来たわけを知りたがるのは当然だ。
「お兄ちゃんの言う通りよ、お兄様!」
「お、お、お、お兄ちゃん!? お兄ちゃんって一体誰だぁ!?」
アウグストは頭を抱えて絶叫する。
巨人が悩むポーズは、はっきりいって漫画のようで可笑しい。
だが、『お兄ちゃん』は俺でも混乱するだろう。
お兄ちゃんとお兄様が混在するシュールな世界……
でも2人の兄の間には越えられない壁が存在するのだ。
なんちゃって!
「この人よ、お兄様! お兄ちゃんことトール・ユーキは私の夫になる人よ」
「アウグスト様! 既に私の夫です」
「ななな、何だってぇ!!! こんな人間がフレデリカの婚約者でアマンダ姉の夫ぉ!?」
ようし!
どうやら俺の立ち位置は通じたようだ。
しかし!
アウグストからは黒い波動が立ち昇っている。
どこかのアニメではないが、これは……憎しみの魔力波だ!
がっしゅう!
いきなりアウグストの機体の排気口から蒸気?が噴出する。
これってゴッドハルトの時と同じだ。
いわゆる怒りのパフォーマンスって奴である。
「ゆ・る・さ・ん! 僕は断じて……み・と・め・な・い!」
えええっ!
ショックは分かるけど、認めないって!?
これって父親マティアスの反応と一緒だ。
やはり2人は親子なのである。
ああ、こんな事を考えている場合ではない。
「お~い、アウグストさん! こちらは戦う意思はない。まず俺達と話をする余地はあるか? こちらにはガルドルド魔法帝国の正統な王族ソフィア王女も居るのだぞ」
俺がそう言い放つと、反応があった。
「分かっておる!」
重々しい声で俺の言葉に答えたのはアウグストではなかった。
法衣姿の壮年の人間族の男性がずいっと進み出たのである。
そして彼の背後には5人の同年齢くらいのの男達が控えていた。
あと5人居るのであろうが、彼等がこの真ガルドルド魔法帝国の指導者である魔法工学師達に違いない。
先頭に居るのが宰相テオフラストゥス・ビスマルク閣下……俺が勝手に呼ぶ通称『テオちゃん』であろう。
当然、数千年前の人間だから生身の筈はなく、放出する魔力波で分かるが、ソフィアや悪魔同様に彼等は自動人形である。
しかしテオちゃんが出張って来たとなると、申し入れが直ぐ通るチャンスである。
アウグストには悪いが、今度は俺が怒る彼をスルーして、テオちゃんに直接交渉だ。
「貴方がテオフラストゥス・ビスマルクさんか? 俺はトール・ユーキ。俺は平和的に話して交渉したいんだ」
「ふむ! 私がビスマルクだ! ソフィア様がいらっしゃるという事は、お前はコーンウォールの謎を解き、ここに来たのだな」
コーンウォールの迷宮もテオちゃんが造ったものであり、ソフィアがここに居て自動人形化しているのを見た彼は即、状況を理解したようだ。
「ああ、そうさ。俺は元々商人だが、依頼を受けてな。そこに居るアウグストさんを連れ戻しに来たんだ」
俺はまず表向きのミッションを話す。
そして同時にテオちゃんへ念話を使ったのである。
『同時に貴方に対しても話がある』
『な! こ、これは!?』
驚くテオちゃん!
超一流の魔法工学師の彼もどうやら念話は初体験みたいだ。
『念話さ。魂と魂の会話だから、テオフラストゥスさん、俺と貴方以外に聞えないんだ』
『お、お前は何者だ!?』
ファーストネームで馴れ馴れしく呼ぶ俺に対して、誰だ?と聞くテオちゃん。
当然の反応だな。
俺だってそう突っ込むよ。
ここは正直にカミングアウトするべきであろう。
『貴方は当り前のことながら創世神様を信じているな? で、あれば一子、スパイラル様もご存知だろう? 俺は彼の使徒なんだよ』
『ししし、使徒だとぉ!?』
『そうさ! 俺はソフィア王女の夫であり、アウグストの姉妹の夫でもある。依頼で来たのは事実だが、ここへは神の啓示もあって来たのだよ』
『神の啓示!?』
どかん!
いきなり物凄い音と地響きがした。
傍から見ていると俺がじっとテオちゃんを見詰めて、彼がずっと驚愕の表情をしているように見えたようである。
俺とテオちゃんの会話?を、ずっと見守っていたアウグストが、いい加減、焦れて思い切り床を踏み鳴らしたのであった。
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