第126話 「ペルデレの迷宮⑭」
俺の胸の中で号泣したフレデリカは更に甘えん坊になったようだ。
潤んだ瞳でじっと俺を見詰めて来る。
俺もそんなフレデリカが愛しくて堪らない。
どうやらお互い『本気』になってしまったようだ。
そんな俺達を、侍女のハンナが複雑な表情で見詰めていた。
さて、アウグストを助ける為には更に情報収集をしなくてはならない。
それが最終的にこの迷宮の指導者と平和的に話をしてソフィアを救う事にも繋がるからだ。
俺はアランとセーレにアウグストの機体に関しての情報収集を試みた。
その結果、彼が与えられた最新機体のスペックや武器の情報を完全に知る事は出来なかったが、ある程度分かった事はある。
この場合、基準となるのはあのゴットハルトの滅ぼす者機体であるが、アランとセーレから聞く限りでは、何とその倍以上の能力を有するらしかった。
考えただけでも頭が痛くなるが、俺自身も経験を積んで成長していると信じたい。
それに万が一、アウグストと戦う場合でも彼を倒してはいけないのだ。
こんな時にアモンが居たら、命を粗末にする甘ちゃん野郎だと怒鳴られそうだが、ここは例により俺の『勘』がそう告げたのである。
俺がアランとセーレにアウグストの情報を根掘り葉掘り聞くのを見て、フレデリカは何かを感じたらしい。
きゅっ!
フレデリカが俺の手をいきなり握るとすっと身体を摺り寄せた。
そしてそっと囁いたのである。
「お兄ちゃん、好き! 大好き!」
自分の兄アウグストの為に危険を冒そうとする俺を間近で見て、どうやら気持ちが溢れてしまったらしい。
こんな事を言われたら、俺も思いっきり萌えざるを得ない。
「おう、お兄ちゃん、一生懸命頑張るからな」
「うんっ!」
このやりとりだけで充分意味は通じたようだ。
フレデリカは魂の底から嬉しそうに笑顔を浮かべていたのである。
おっし、フレデリカへはこれで良し!
次はソフィアだ。
「よし、最後に指導者達の事を聞きたい! ソフィア、こちらへ来てくれ!」
「おう! 旦那様、妾が今、行くぞ!」
ソフィアが凄い速度で俺の傍らに来ると、今までぴたりとくっついていたフレデリカが名残惜しそうに離れて行く。
俺と結婚すると本気で決めて、姉貴分である嫁ズと今後上手くやって行く為に気を遣ったのであろう。
そんなリア充の俺を、アランとセーレは羨ましそうに見詰めている。
「じゃあ、話してくれ」
傍らにソフィアを従え、俺は改めてアランとセーレに向き直った。
また先に言葉を発したのはアランである。
「あ、ああ……真ガルドルド魔法帝国の宰相テオフラストゥス・ビスマルク閣下だ。彼に付き従う魔法工学師達が10人居て、彼等がこの迷宮国家を動かしている」
はぁ!?
テオフラストゥス・ビスマルク!?
そりゃ、凄い名前だ。
伝説の錬金術師と、鉄血といわれた大政治家の名前が合わさっているのだから……
これって、やっぱり俺の中二病がこの世界に影響しているのが原因!?
「奴なら当然知っておる!」
アランの話にすかさず反応したのはソフィアである。
「ガルドルドの魔法工学師長をずっと務めておる重鎮じゃ」
でも……
そのテオちゃんが宰相?
不思議に思った俺はソフィアに聞いてみた。
「でも魔法工学師は基本的に政治家じゃあないだろう? 彼は素質があったの?」
「実は、な。当時の宰相の拡大政策に懸念を持ってずっと反対していたのが奴じゃ。地上を完全制覇した我がガルドルドは改めて偉大なる創世神を称え、地道に力を蓄えるべきだと主張していたのじゃよ」
ふうん……
ひたすら魔法の研究をするだけじゃなくて、政治家として先見の明があったんだ。
しかしソフィアは残念そうに目を閉じて、首を左右に振った。
「だがの……当時の宰相が兄上に上手く取り入っての、奴を政治から切り離してしまったのじゃ。こうなるとテオフラストゥスは研究に専念するしかない」
国の為に上申したのに馬鹿な男にまんまと騙されたソフィアの兄である魔法帝国皇帝……
その反骨心の結果、誕生したのが鋼鉄の巨人であり、その進化モデルである滅ぼす者であるそうだ。
しかしソフィアの兄である皇帝と目先が見えなかった宰相が取った拡大政策は大失敗に終わってしまう。
皇帝が行方不明になり、ソフィアをコーンフォールの迷宮に逃した後、魔法工学師達は自ら囮になる覚悟でこのペルデレの迷宮に潜ったのである。
しかし悪魔達は追っては来なかった。
地上を蹂躙し、逆に版図を広げようと思った悪魔達はこのように小さな迷宮など見向きもしなかったのである。
そして地上全土を征服へと調子に乗った悪魔達はスパイラル率いる神の軍勢に徹底的に叩かれ、命からがら退散して行ったのだ。
おお、では常識人なのかな?
俺はひと安心して再度、ソフィアに問う。
「じゃあ、話せば分かってくれそうな人かなぁ?」
「いや、それが分からぬのだ! 前宰相に苛め抜かれたテオフラストゥスは自分を切り捨てたガルドルド王家を憎んでおるやもしれぬ」
ふうん……
そんなに酷い苛めを受けたんだ。
だけどソフィアを確りと逃がしたのだったら、そんなに悪い人じゃあなさそうだが……
まあ話し合いは出来そうな人なので期待は持てそうだ。
「まあ、良い。これでほぼ情報は取れた。暫くしたら地下6階へ出発しよう」
「了解じゃ! 妾も腰を低くしようと思うておる。テオフラストゥスであれば、コーンウォールのシステムを直せそうじゃからな」
確かにガルドルド魔法工学師のナンバーワンなら、コーンウォールの生命維持装置を修復するのも朝飯前であろう。
やはり、下手に出て行かないと……
万が一、テオちゃんの機嫌を損ねて、交渉が決裂したら一巻の終わりだ。
「そうか! よほど酷い条件を出されない限り、いざとなれば土下座でも何でもしてやるからな」
「え? いいい、今、何と言ったのじゃ? 旦那様!」
俺が何気なくいったひと言にソフィアがとても反応した。
ええっ!?
ここ、そんなに反応するところ?
「ああ、土下座でも何でもしてやるって……」
「土下座って!? かかか、神の使徒である旦那様が、か!?」
ああ、そういう事。
一般的な神の使徒はそうかもしれないけど、俺は家族が第一の男。
ソフィアには後がないし、頑張るよ、俺!
「だってお前の身体が無事に戻るなら、土下座のひとつやふたつ、そんなものお安い御用さ」
「…………」
俺がそういうとソフィアの口が真一文字に結ばれた。
「おい、どうした! いきなり黙り込んで」
「あうっ!」
「うわっ!」
俺がソフィアに声を掛けると、ソフィアは呻き、俺の胸に飛び込んで来たのである。
それは先程のフレデリカと全く同じであった。
「ソフィア……」
ソフィアはフレデリカのように派手に泣きはしない。
彼女は俺の胸の中で押し殺したような声でずっとむせび泣いていたのであった。
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