第121話 「ペルデレの迷宮⑨」
ガーゴイル――いや、アラン・ボワローとダヴィド・ブノワという冒険者の信用を得るためにはどうしたらよいのか?
俺は暫し考え込んだ。
商人になって改めて認識したが、信用または信頼というものは簡単には作れない。
小さな信用を積み重ねて、地道に作っていくものなのだ。
逆に信用を無くすのは、簡単である。
相手の信用に反するような事をしてしまうと、直ぐに失墜するのだ。
う~ん……
商売ならともかく、こいつらとの接点なんて無いしなぁ……
そんなこんなで俺は結構、アランとダヴィドのガーゴイルコンビと話し込んでしまったようである。
ふと気が付けば、さっきまで磐石だった魔法障壁が消えかかっているではないか!
おお、やばい!
信用を求められて失念していたが、考えてみれば俺の方も彼等を信用する根拠が無い。
いくらチートな俺でも、一度に100体のガーゴイルに襲いかかられてはきつい。
相当きつい。
その時であった。
「お兄ちゃぁ~ん!」
はぁ!?
「お兄ちゃぁ~ん!」
間違い無い!
その悲鳴にも近い叫び声はフレデリカだ。
振向くと、フレデリカが髪を振り乱し、血相を変えて駆け寄って来るではないか!
そして彼女の後ろにはジュリアを始めとして他の嫁ズも同様に続いている。
「旦那様ぁ!」
「旦那様ぁ!」
「大丈夫ぅ?」
「早く逃げてぇ~!」
ああ!
俺がガーゴイルズと話し込んで時間が経ってしまったので、心配になって見に来たのだろう。
やばい!
話は交渉中でまだ纏ってはいないのだ。
こうなっては悠長にしていられない。
「悪い! 俺、一旦戻るよ」
俺が踵を返して嫁ズの方へ逃げようとした時であった。
「ああ、フ、フレデリカちゃん!」
「……ア・イ・ド・ル……」
ガーゴイルA&B、いやアランとダヴィドの様子がおかしい。
何か今迄放出していた魔力波が突如変わったのだ。
「ああ、フリッカーだよぉ! 俺達のフリッカーァ!」
「フ・リ・ッ・カァ!」
まずアランが大声で叫び、嬉しそうに身体を震わせると、寡黙なダヴィドでさえ大きな声で叫び喜びの波動を放出する。
フリッカー!?
何じゃそりゃ!
俺はいきなり豹変したガーゴイルズ?の態度に、吃驚して逃げる事も忘れていたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――15分後
「「「「「「「「「「フリッカ! フリッカ! フリッカ!」」」」」」」」」」
俺達の前には襲って来たガーゴイル達が100と少々、ずらりと整列していた。
彼等から怒涛のように轟き渡るフリッカコール。
ちなみにフリッカとはフレデリカの愛称であり、そのコールは大気がびりびりと震えるくらい凄かった。
これが殆どフレデリカの『ファン』だというから、凄過ぎる。
しかしこのような状況に収拾出来たのはフレデリカの力が大きい。
しっかり貢献した時は兄としてちゃんと褒めてやらないといけない。
「お前は凄いなぁ……偉いぞ、フレデリカ」
「うっふふふ、まあね!」
ガーゴイルズに聞いてみると、ベルカナの街には人種を問わず1,000人以上の熱狂的な『フレデリカ親衛隊』が存在するらしい。
表に出て来ない隠れファンも入れたら、数倍の規模かもしれないのだという。
超お嬢様のフレデリカは基本的にツンデレな性格ではあるが、下々の冒険者達と全く口をきかないわけではない。
それどころか、街中で、人種や身分を問わず、きさくに話しかけるので結構な人気だそうだ。
だがフレデリカはアールヴの支配者であるソウェルの孫娘である。
基本的に他の種族には排他的なアールヴの姫君という事なのだ。
当然、身分の違いは大きいから、まともに結婚云々など考えるのは現実的ではないと思うのが当り前である。
アールヴの上流階級以外の一般的な街の男達はたまに彼女と雑談したり、遠くからその美貌を見守るだけで充分なのだ。
そしてやはりというか、ガーゴイル軍団100体のうち、10体余りはアマンダの隠れ『ファン』であった。
こちらは隠れというだけあってもっとマニアックなファンである。
何せアマンダは『忌み子』というレッテルを貼られた美女なのだ。
よくよく聞いたらとんでもない噂が横行していた。
アマンダとキスしたら呪われるとか、彼女を抱いたら男は直ぐ死に至るとか……
このようなとんでもない都市伝説が彼女の名誉を貶めていたのである。
だから俺は堂々とアマンダとキスしてやった。
それも強烈なディープキスって奴だ。
俺はアマンダを抱き締めた後、「何ともない」という事をしっかりアピールする為に平気な顔をして彼等に手を振ってやる。
勇気を出さずに告白を見送っていた人間族の男達は悔しさ一杯に違いない。
こうなると他の嫁ズも黙っていない。
俺もそうなる事は想定内だ。
ジュリア、イザベラ、ソフィアと俺は次々とキスして行った。
当然の事ながら全てディープキスである。
そして……
あ、あれ?
最後に目を瞑って可愛い唇を突き出している女の子がひとり……
何とフレデリカであった。
傍らでは侍女のハンナがおでこを赤くして項垂れている。
多分、必死に止めようとしたが、フレデリカから必殺のデコピンを食らったのであろう。
だが、ここで勢いに任せてキスするほど俺も馬鹿ではない。
かといって何もしないとフレデリカはむくれてしまうだろう。
今回、ガーゴイル軍団と休戦に持ち込めたのはフレデリカのお陰だからだ。
そこで俺は目を瞑ったままのフレデリカの頭へポンと手を置いてやった。
「あうううう~ん」
おおおおっ!
それを見ていたガーゴイル=冒険者達から、どよめきがあがった。
俺が非難の眼差しで見られたように、アールヴの貴族にとっては侮辱に値する行為だと知っているからだ。
俺が頭に触った瞬間、フレデリカは待ち望んでいたキスでなかった事に失望の表情を表したが、いつもの通り神力を込めた俺の手に対して甘い吐息を漏らす。
暫し、余韻に浸った後、フレデリカはゆっくりと目を開けた。
そして彼女はとんでもない決意を表明したのである。
「お兄ちゃん! 私、決めた!」
決めたって、何が?
「私もお兄ちゃんのお嫁さんになるの! 絶対よ!」
はあ!?
な、何ですと!?
俺は面白がって行っていた『妹ごっこ』がとんでもない方向に行くのを感じて、目の前が真っ暗になって行くのであった。
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