第12話 「最初のカミングアウト」
俺とジュリアはタトラの村に入って来た時のように門番のラリーへ声を掛けた。
出発するので、村の正門を開けて貰う為である。
「おう、ジュリア! やっぱりこの男とくっついたか? 俺の見立て通りだな」
ラリーは日がな一日外に居て顔も真っ黒に日焼けしているので、笑うと余計に歯の白さが目立つ。
ジュリアが手を腰に置いて口を尖らせる。
「何よ、見立て通りって? トールを連れて来た時はそんな事、何も言っていなかったじゃない?」
「ははは、俺がこいつは大事な客人だから家に連れて行けって言ったろう? それだよ、それ! 加えて、この男は格好良い2枚目だから面食いのお前好みだと思ったのさ」
ラリーはこの勝気な少女が格好の暇つぶしの相手だと思ったのであろう。
ジュリアがむきになると余計に面白がった。
「もう! 確かにそうだけど、そんなの後から何とでも言えるじゃない。今更、トールの事を褒めても何も出ませんよ~だ」
ん?
ちょっと待て!
格好良い2枚目って?
この俺がか?
俺が訝しげな顔をして首を傾げているので何を考えているのか分かったのだろう。
ジュリアがすかさず自分の普段使っている手鏡を差し出した。
俺はその手鏡で何気なく自分の顔を見てみる。
な、な、な、な!
そこに映って居たのは黒髪で黒い瞳ではあるが、前世の俺とは全く違う。
彫りの深い顔立ちのイケメンが鏡の中で吃驚した表情で映っていたのだ。
お、俺の元の顔は?
ど、どこぉ!?
『うふふふ、そんなのとっくに捨てちゃったよぉ』
いきなり『あいつ=スパイラル』の声が響く。
それも悪戯っぽく含み笑いしているし……
捨てたぁ!? そんなの酷いっ!
いくら2枚目じゃないとはいえ、17年一緒だった愛着のある顔だぞ。
『え? 何が酷いの? あんな暗そうな貧乏顔をこんな格好良いイケメンにしたから、この娘とも知り合えてばっちり童貞を捨てる事が出来たんじゃん。感謝してよ』
スパイラルの声は相変わらず偉そうで、姿が見えなくても上から見下して発しているのがまる分かりだ。
でもさぁ……
少しくらい俺の意思を尊重してくれたって!
『単なる使徒である君の反論は一切受け付けないよ、じゃあね』
スパイラルは一方的に電話を切るのと同じ様に会話を終了させてしまう。
更に彼との会話は当然他人には聞こえない。
傍から見るとぼうっと立ち尽くしただけの俺へ、ジュリアとラリーが心配そうに声を掛けた。
「トールったら! 大丈夫?」
「おいおい、ジュリアに惚れられて舞い上がって、白昼夢でも見たのかい?」
「え、は、はいっ! だいじょうぶですう!」
慌てて大声を出す俺を心配そうに見守るジュリア。
そうだよ!
俺は生まれ変わったんだから前世の顔のままじゃおかしいだろう?
俺は無理矢理自分にそう言い聞かせて納得させると、ラリーにぎくしゃくした動きで一礼し、ジュリアの手を引っ張ってタトラ村の正門を後にしたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺とジュリアは村から出て村道を歩き、まず街道へ向っている。
ジュリアはまだ俺の事が心配らしく複雑な表情を浮かべていた。
「トールったら、もしかしてナルシスト?」
ジュリアがいきなり聞いて来た言葉に俺は耳を疑った。
え?
この世界にも『ナルシスト』なんて言葉があるの?
「うん、水面に映る自分の美しさに見とれて恋をしたナルキッソスという少年がそのまま餓死してお花になったっていう伝説があるんだ。まさかトールもそうなの?」
「ま、まさか!?」
「そう? よかったぁ! でもトールって、ラリーが言う通り格好良いよ」
そう言うとジュリアは僅かに頬を染めた。
ジュリアが良いなら……
そ、そう?
じゃあ……ま、いっか!
今更深く考えてもしょうがないだろう。
「じゃあ俺からも話があるんだよ、ジュリア」
実はそろそろ能力や装備のカミングアウトをしようと、昨夜のうちにいろいろな言い訳を考えていたのである。
まずは『収納の腕輪』のカミングアウトだ。
「実はこの腕輪なんだけど……死んだ爺ちゃんから受け継いだ魔法の腕輪なんだ」
俺は周囲を見渡して誰も居ないのを確かめてから声を潜めてそう言った。
最もらしい理由であるし、ジュリアに嘘をつくのは心苦しいが、まさかスパイラル神から貰ったとは言えない。
「ふふふ、本当? でもその腕輪、見た目は凄く地味だし、安そう。一体、どのような能力なの?」
半分以上、俺の冗談だと思っているらしくジュリアは面白そうに聞いている。
「とりあえず約束してくれ。俺の持っている武器や道具の秘密を守るって」
俺は念を押し、ジュリアが頷くのを確かめると背負子を地面に降ろした。
「え、荷物……どうするの? やっぱり私に背負って欲しいの?」
実は出発する時、自分の荷物だから背負子を自ら背負うとジュリアが主張したのだ。
それを俺が退けて荷物持ちを無理やり買って出たのだが、村を出たばかりのこの場所で降ろすとは彼女にとって俺の行動はとても不可思議に映ったのであろう。
また荷物を持つというのは自分に優しくしてくれる行為だ。
愛してくれる喜びを感じていたジュリアの表情には逆に落胆の色が見えていたのである。
「頼むから、吃驚して大きな声を出さないでくれよ」
「わ、分かっているわよ」
しかし何度も念を押す俺の真剣な表情に何かあると思ったらしい。
ジュリアは落胆の色を急いで引っ込めると、唾をごくりと飲み込んだのである。
俺は腕輪に念を込めながら「収納」と呟く。
すると目の前の背負子が忽然と消えてしまったのだ。
「え、えええええっ!」
「ほらっ! ジュリア、し~っ」
驚くジュリアに俺は静かにするようにひとさし指を唇に当てる。
「だ、だって! しょ、背負子が! 荷物はどこ?」
俺が手品のように跡形も無く背負子を消してしまったのでジュリアの動揺は激しかった。
「大丈夫さ。見てろよ、ジュリア。取り出す!」
俺がすかさず背負子を取り出す為の言霊を唱えると、さっきあった場所にぱっと背負子が現れたのである。
「あうあうあう」
ジュリアは余りのショックの為か酸欠の金魚のように口をぱくぱくして俺を見詰めている。
「結構、使えるだろ。この腕輪?」
俺の言葉を聞いて無言で何度も頷くジュリアを俺は改めて抱き締めたのであった。
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