第118話 「ペルデレの迷宮⑥」
地下4階から5階に移動する転移門へ入る前にソフィアが大きな声で宣言する。
「ここからは妾が旦那様と一緒に先導しよう! 旦那様、妾をしっかり守ってたもれ」
「おう!」
旧ガルドルド魔法帝国の王女であったソフィア。
ミルヴァさんの情報によると地下5階からはコーンウォールの迷宮のような様相になるというから、勝手しったるソフィアに指示を貰った方が良い。
前にも言ったが、戦う事を前提とした場合に見知らぬ市街地へいきなり踏み込むのはとても危険だ。
迷路のような家屋がノイズになって正確な地形が把握出来ないのと同時に、家の中や路地にどのような罠が仕掛けられているかもしれないからである。
ここは索敵に長けたメンバーの能力をフル回転すべきだ。
そうなると盾役の俺、道案内役のソフィア、それにジュリアとハンナが加わる事になる。
俺は全員へ指示を出して陣容を改めた上で固めた。
そんな中、ソフィアがイザベラに声を掛ける。
「イザベラ、ちょっと良いかの?」
「何だい? ソフィア」
ソフィアとイザベラは同じ妻同士、もう気心が知れていた。
彼女が呼び掛けると「待ってました」とばかりにイザベラがにやりと笑う。
どのような頼みでソフィアが声を掛けたか分かったようだ。
やはり斥候にはイゼベラの部下である悪霊軍団にフォローして貰おうと考えたらしい。
「悪いが、そなたの部下達の力を借りたい。その代わり妾も下僕を出すからな」
「OK! 任せといて!」
索敵を徹底した後に、悪霊軍団と滅ぼす者の試作機を斥候に繰り出してクランメンバーには危険が及ばないようにするのである。
入れ替えの指示を出したのにフレデリカは俺に寄り添っていて離れない。
見かねたソフィアが指示を出す。
「前衛に居るのは危険じゃ! フレデリカは中堅か後方に下がっておれ」
「いや!」
先程から俺とソフィアのやり取りを、じと目で眺めていたフレデリカはとても不満そうだ。
ソフィアに対する嫉妬の感情があからさまであり、まるでおもちゃを取り上げられた不機嫌な子供である。
『妹化』してからぴったりとくっついていた彼女は俺には甘えまくり、他の者には厳しい態度をとる完全なツンデレとなっていた。
仕方無い!
ここは小細工せずに素直に説得だ。
「フレデリカ、とりあえず戦いながら様子を見ようか? 俺達はお前の事が心配なのさ。安全になったら直ぐに呼ぶから」
「わ、分かった! 絶対だよ! お兄ちゃん」
俺の説得を聞いたフレデリカはとりあえず納得して引き下がってくれた。
一連の様子を見た侍女のハンナは何か言おうとしたが、フレデリカの怖ろしい視線を受けて黙り込んだ。
先程、フレデリカが彼女の額へ放った容赦ない『デコピン』も効いているらしい。
そのせいだろうか?
ハンナへ前衛に出るように指示を出したのだが、全く動かない。
仕方が無く俺が呼ぶとフレデリカの顔色を伺いながら、恐る恐るやって来たのだ。
だがこれで態勢は整った。
「ようし! 行くぞ」
俺の合図と共に戦う戦仲買人は転移門の中に飛び込んだのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
転移門を通る不可思議な感覚があっという間に終わり、地下5階に出た俺達の前には広大な街並みが広がっている。
これは凄い!
景観はコーンウォール同様に『街』ではあるが、桁が違う。
多分数倍の規模はあるだろう。
幸い転移門の周囲には敵が居ない。
となると、ここで即『キャンプ』である。
この場を『臨時拠点』として地下5階を攻略するのだ。
「よっし、まず周囲の索敵だ。ソフィアは罠関係を念入りに頼むぞ」
「分かったぞ!」
「はい! 旦那様」
「りょ、了解です!」
ソフィア、ジュリアの2人が涼やかな声で返事をし、少し焦り気味に答えたのがハンナである。
索敵担当である俺達4人は早速索敵を開始した。
そして4人揃って奇妙な魔力波をキャッチしたのだ。
「う~ん、確かに結構な数の気配はあるが……」
「旦那様、おかしいですね……何とも不思議な魔力波が混ざっています」
「これって!?」
索敵の反応は確かにある。
しかし何か様子が変だ。
滅ぼす者に近い『兵器』のような魔力波はある。
それに加えて身体と魂が一致しないアンバランスな魔力波を発する者が居るのだ。
俺達索敵班の中で唯一、この『何か』を特定したのがソフィアであった。
「むう、もしやこれは? ようし、イザベラ……斥候を出す準備は良いかの?」
「良いよ! ふうん!」
その会話が終わるやいなやソフィアの収納の腕輪からまるで某ロボットアニメのように滅ぼす者が飛び出して出動し、そしてイザベラが繋いだ異界からは、わらわらと悪霊軍団も召喚されて、街の中へ向う。
最初は何者も現れなかった。
しかし滅ぼす者と悪霊達が少し進むと、いきなり相手は現れたのである。
それは俺が資料本で見た憶えのある怪物であった。
欧州の寺院の屋根の四隅などに怖ろしい風貌をした石像が備え付けられているのをご存知だろうか?
形状は様々であるが、基本的には雨樋であり、語源もそこから来ている。
この石像が実際に動き出して侵入者を防ぐ……この地下の街でもその為だけに存在するガーゴイルと呼ばれる者達だ。
数十体は居るだろうか?
俺は彼等を見てソフィアが想像したのが何であるかが分かったのだ。
「ソフィア、イザベラ、滅ぼす者や悪霊を一旦引かせるんだ! 怪物の中身は多分、行方不明になった者達だ!」
「むう、旦那様も見破ったか! だがここで引くと奴等はこちらへ一気に襲って来るぞ。破壊しないで良いのか?」
ある意味、ソフィアは非情だ。
家族や仲間が害されるのなら、彼等を破壊し排除するしかないという考えだろう。
前に宣言した通り、クランリーダーとしては俺もそうあるべきだ。
それは分かるが、俺の脳裏には今迄に会った様々な人の顔が浮かんだのである。
身内や知人がこの迷宮で行方不明になって魂から心配している人達だ。
俺は甘ちゃんかもしれないな……
だが行方不明者を助ける為にまずやれる事をやってみよう。
首を横に振るとソフィアは俺の意図を理解してくれたらしい。
にこりと笑うと大きく頷いてくれたのであった。
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