第115話 「ペルデレの迷宮③」
「お断りします! 貴女方みたいな不埒な人間達とは今後一切関わりを持ちたくありません」
いきなりギャラの割り増しを要求したクランの2人に対してフレデリカは怒りを隠さない。
そして彼女達の要求をはねつけると、解雇を告げたのである。
「契約は解除します。どことでも行って下さい!」
しかしロドニア王国の元騎士ダーリャ・グリーンとヴァレンタイン王国の元司祭ベレニス・オビーヌは、にやにや笑うのをやめない。
彼女達にとってはこの展開も想定済みなのであろう。
もしかしたら、貰うものだけ貰って早々にクランからの離脱を考えていたかもしれない。
「ふふふ、では交渉決裂ですね。私とベレニスは地上に戻りますので、後はハンナ殿とごゆるりと」
ダーニャは冷たく言い放つと、踵を返して今来た道を戻って行く。
ベレニスもわざとらしく鼻を鳴らしてその後を着いて行ってしまう。
こうしてフレデリカのクラン、スペルビアはあっけなく空中分解してしまったのだ。
フレデリカは2人が居なくなると、どっと疲れが出たようだ。
うんざりした顔付きでハンナに向き直ると兄の探索を継続するように促したのである。
「ハンナ、こうなったら私達2人でお兄様を探しましょう」
しかし忠実な侍女であり、従士でもある筈のハンナの答えはフレデリカの予想に反するものであった。
「フレデリカ様、それは無謀というものです。この先はどのような敵が出てくるやもしれません。今迄にこの迷宮へ入った名のある戦士や冒険者は皆、未帰還なのです。たった2人では危険過ぎます」
切々と訴えるハンナの諫言も兄の探索しか頭に無いフレデリカには届いていないようだ。
「そんな事を言っても、ここまで来たのですよ。ただ進むだけです」
危険を一切顧みないフレデリカにハンナは危さを感じる。
「私はやはり反対です。フレデリカ様はご自分の身を分かっていらっしゃらない。エイルトヴァーラ家の令嬢として、貴女は大事な血筋を残して行く義務があるのです」
しかしハンナは説得する材料を誤ってしまった。
家の存続を理由にしてしまったからだ。
現在のフレデリカにとっては父の考え方と同じ様に感じて、一気にハンナへの仲間意識を喪失したのである。
「ハンナ! 私はエイルトヴァーラ家の子作りの道具ではないわ」
「フレデリカ様!」
激しく反論されたハンナの顔にはしまったという後悔の念が表れている。
「もういいわ! ハンナまでも裏切るのなら私は1人で先に行く。お兄様を探しに、ね」
フレデリカが迷宮の先へ向おうとした時であった。
優れたシーフでもあるハンナが2人の居る場所へ来る何者かの魔力波を捕捉したのである。
「ま、待って下さい! フレデリカ様! だ、誰か、こちらへ来ます!」
「もしや! ダーリャとベレニスか? 翻意して戻って来てくれたの?」
「い、いえ! こ、これは……この魔力波は!?」
ハンナは激しく首を振る。
驚いたその表情は魔力波の主が意外な人物である事を物語っていた。
「だ、誰!?」
「フレデリカ様がクランにお誘いした、あのトールとかいう男です」
「え? ト、トールが? でも彼も冒険者です。 何故ハンナはそんなに驚いているのです?」
ハンナが何故そこまで驚いているのか、フレデリカには不思議である。
「トールだけではないからです。魔力波がいくつか……その中には、な、何と……アマンダ様までが居ります!」
「え、ええっ!? ア、アマンダが!? ど、どうして?」
「分かりませんが、多分トール達は私達の敵とはならないでしょう。上手く行けば仲間に出来るのでは……」
「分かりました、ハンナ。とりあえずトール達を待ちましょう」
フレデリカは納得して頷くと、その場に座り込んだのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺達が前方に誰か居るのを察知したのはフレデリカ達が口論している時であった。
ジュリアはそれが直ぐにフレデリカ達だと確認したのである。
とりあえずフレデリカに接触しなければならない。
俺達が、彼女達が居る方角へ暫し歩くと、またもやジュリアが反応した。
「あ、ああ……クランらしい4人の魔力波のうち、2人が離れて行きます」
「ジュリア……フレデリカはどうだ?」
「ええと、その場に残ったみたい……離れた2人は人間で、残ったのはアールヴ2人だから」
ジュリアの索敵によると何かクラン内でトラブルが発生したようだ。
多分、何かが原因で揉めたのであろう。
――30分後
「やっぱりトールじゃない!」
「おお、無事なようだな、フレデリカ」
俺達は索敵で場所を確認しつつ、とうとうフレデリカ達が居る場所へ辿りついたのだ。
「人間め! フレデリカ様を呼び捨てにするな!」
侍女のハンナが憤るが、俺は敢えてスルーした。
「怪我が無くてよかったな。丁度、お前を探していたのさ」
「私を? 何故?」
フレデリカは自分を探しに来たと言う俺の言葉を理解出来ないようである。
「お前の父親マティアスから頼まれたのさ。無事に連れて帰ってくれと、な」
「何ですって! トール、私は帰らないわ。優しいお兄様を見捨てた冷酷非道なお父様の下へなど!」
その瞬間であった。
ぱああん!
「ぎゃう!」
フレデリカの頬が思い切り張られたのだ。
「アマンダ様!」
ハンナの叫び通り、フレデリカの頬を張ったのはアマンダであった。
アマンダは今迄俺が見た事もないくらい怒っていた。
普段の穏やかな優しいアマンダとは別人のようである。
「フレデリカ! お父様の事を何も分かっていないくせに酷い事を言わないで!」
片やフレデリカは姉に打たれた頬を押さえ、呆然と座り込んでいる。
怒りと驚き……
同じ父の血を分けた灰色と菫色の瞳が、暗い迷宮の奥で見詰め合っていたのであった。
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