第114話 「ペルデレの迷宮②」
地下3階に降りた俺は早速、襲って来る魔物をチェックして、めぼしい相手を従える事にした。
イザベラの姉レイラの夫であり、義理の兄となった悪魔エフィムが授けてくれた魔道具『召喚の指輪』をいよいよ使うのである。
余りスタンドプレーは出来ないが、アマンダ辺りには恰好良い所を見せておきたいのは本音だ。
地下3階では魔物のレベルと出現の頻度が格段に上がる。
フレデリカのクラン、スペルビアも当然魔物を倒したのであろうが、それ以上に際限なく湧き出て来るようであった。
だが!
出現したのは、召喚対象にはならないものばかりであった。
巨大蟻、巨大蟷螂、巨大甲虫、巨大蜘蛛、そして巨大蛙……すなわち昆虫、節足動物、そして両生類という俺の苦手な範疇は、悪いが全てパスさせて頂いたのである。
この中では巨大甲虫、すなわちカブトムシが未だマシだ。
しかし問題があった。
俺は日本生まれの素朴かつ武骨なデザインのカブトムシが好きなのだ。
色も黒が基本で何か質実剛健という趣がある。
だが出現したのは派手なつくりと色の外国産カブトムシだった。
召喚するなら愛着がなければ駄目というのが俺の拘りである。
外国産のカブトムシ好きの方には申し訳ないが、そういうしかないのだ。
「でも……これじゃあ私達のクランとしての戦闘訓練が出来ないよね……まあ女子としても気持ち悪い相手だから旦那様に任せて正解だけど」
俺の背後に居たジュリアがうんざりしたような表情で言う。
傍らのアマンダも苦笑している。
ジュリアが嘆くのも無理はない。
アモンに代わる盾役の俺が襲って来る魔物を殆ど1人で倒してしまったのだ。
その理由とは、召喚の指輪を生かすために必要以上に頑張ったから。
レイラの夫エフィムは使用マニュアルを次のように述べた。
『まず指輪に魔力を込める。そして戦った敵に勝って止めを刺す前に支配と唱えて成功すれば、指輪内に封じ込める事が出来るぞ。なおかつ10体迄、召喚対象に出来るのだ』
これぞ、まさしく古の王が使った悪魔や魔物を使役する伝説の指輪だ。
何という中二病的な素晴らしいアイテムだろうか!
この俺が何と憧れの召喚士になれるのである。
そのような思いで俺は1人で戦う事に熱中してしまった。
あれだけスタンドプレーは駄目だと思っていたのに……
そのような理由で、以降はクラン全員参加の戦闘に戻したのだ。
まあ相変わらずヴォラクは見ているだけではあるが。
この地下3階で次に出現したのは不死者の奴等である。
死の軍団を率いる悪の男という図式も悪くはないが、俺の召喚対象としては適合しない。
すなわち不可である。
ジュリアの索敵に捕捉されたのはその不死者であるスケルトンに加えて、屍食鬼と呼ばれる醜悪な怪物グールの混合部隊であった。
ジュリアは屍食鬼と戦った事はなかったが、索敵には正体不明の不死者と表示されるという。
具体的にどのような相手かは遭遇してから確認が出来るのだ。
数はというとスケルトンは10体、屍食鬼は5体で構成され、中規模の部隊である。
そんな不死者軍団に対して、嫁ズは不快感を露にしていたが、先程の『虫』軍団ほどではない。
今は笑みを浮べて立っているイザベラも、苦手な蛙には悲鳴をあげたのだ。
情け容赦ない悪魔王女もやはり可愛い女子だったと、再度認識した次第である。
俺は嫁ズへ、てきぱきと指示を出す。
「よし! まずはイザベラの火属性の魔法をかましてやれ! 残った奴を俺とジュリア、アマンダの直接攻撃で一気に叩く。合図をしたら俺達は後退するから、また再度魔法攻撃だ。万が一手傷を負ったらソフィアに回復して貰うように! いいな?」
「「「「はいっ!」」」」
まずはクランのリズムを整える為に、俺は魔法と物理攻撃を組み合わせた王道的ヒット&ウェイ戦法を選択した。
嫁ズも俺の意図を理解したようで元気良く返事をする。
更にジュリアがアマンダへ念を押す。
「逸る気持ちは分るけど、アマンダはいきなり緒戦から無理はしないで! 貴女はまず私達の戦い方やペースに慣れて欲しいの」
気合を入れていたアマンダがジュリアに心中を言い当てられて、息を呑んだ。
そして参ったとばかりに黙って頷いたのである。
「行っくぞ~! 爆炎!」
構えたイザベラの双腕から、ごうっと音を立てて凄まじい炎が噴き出すと前衛の俺達の頭上を放物線を描いて火球が飛んで行く。
それも1度に3発も、である。
20m先に居た敵の足元に火球が着弾して大爆発を起す。
爆炎の魔法は高熱の炎が爆弾のような働きをする魔法だ。
爆風で剣を持ったスケルトンの数体が跡形も無く吹っ飛び、屍食鬼達も呆気なく炭化する。
やはり不死者に火属性の魔法はとても有効なのだ。
アマンダは頷くと、その美しい顔に気合を入れて愛剣に魔力を込める。
するとミスリル製の魔剣からは凄まじい炎が立ち昇った。
こうして相手によって属性を変えて戦えるのが、全属性魔法使用者である魔法剣士アマンダの強みである。
「残った敵はスケルトン3、屍食鬼は2、だ。行くぞ!」
イザベラの爆炎の魔法が漸く収まったので続いて俺、ジュリア、イザベラが一気に踏み込んだ。
俺はスケルトンをジュリアとアマンダに任せると、醜悪な屍食鬼に襲い掛かった。
相変わらず俺の動体視力は冴えている。
加えて魔力波読みの能力も著しく上昇したので、鈍重な動きの屍食鬼など俺の敵では無い。
それにほんのちょっとだけ、神力を込めた剣を振るったら、屍食鬼の奴等は塵になってしまったのだ。
屍食鬼を倒して振り返ると、ジュリアとアマンダもスケルトン3体を軽く屠っていた。
どうやらヒット&ウェイ戦法を取るまでもなかったようだ。
俺は駆け寄って来た皆と笑いながら腕を突き上げて、勝利宣言のポーズを取ったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
同時刻、ペルデレの迷宮地下3階……
魔物が倒されたばかりの現場で女達の言い争う声が聞こえて来る。
「何よ、金、金、金って! 貴女達は私の兄に対する崇高な思いを理解してくれたのではないのですか? それに今回の契約金には迷宮探索も含まれていた筈です!」
金切り声をあげて怒っているのはフレデリカ・エイルトヴァーラである。
やはり先行して敵を倒していたのは彼女達クラン、スペルビアだったのだ。
「ええ、フレデリカ様。貴女の崇高な思いと契約は充分理解しているつもりですよ。ただねぇ、この状況では契約金の金貨500枚だけでは到底足りません。戦闘手当てをもっとはずんでいただかないと、ね」
腕を組んでフレデリカを見ながら、言い放ったのはスペルビアのクランメンバーであるロドニア王国の元騎士ダーリャ・グリーンである。
「そうですよ。ダーリャの言う通りです、フレデリカ様」
追随したのはヴァレンタイン王国の元司祭ベレニス・オビーヌだ。
先程、ギャラの割り増しを要求したダーリャと顔を見合わせてにやりと笑ったのだ。
この地下3階までであれば、ダーリャとベレニスだけでも地上に帰れると計算しての割り増し宣言に違いない。
「約束を破るとは……貴女達、人間は恥と言うものを知らないのですか? 誇り高きロドニアの元騎士と敬虔な元ヴァレンタインの司祭でしょう?」
フレデリカと共に相手を嗜めるのが、フレデリカの侍女であり、アールヴのハンナ・エクルースであった。
しかし人間として約束を守れと言う2人の言葉など、ダーリャとベレニスの耳には届いていない。
「我々は労働に見合う正当な要求をしているだけですよ、さあどうするのです?」
ダーリャは再度そう言うと、ふんと鼻を鳴らしてフレデリカを見据えたのであった。
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