第113話 「ペルデレの迷宮①」
俺達はペルデレの遺跡の中を進んで行く。
この遺跡には今迄に数多の冒険者、そして略奪者がやって来たに違いない。
欲だけしか無い彼等が傍若無人にして行ったのに間違いはなく、地上の部分は荒らされ放題で、崩れ落ちた壁面は落書きだらけであった。
俺はさりげなく傍らに居たソフィアの手を握る。
彼女の心中を慮っての事だ。
ソフィアはこのペルデレに住んでいたわけではない。
しかし、ガルドルド帝国が威信をかけて造った街がこれではショックを受けるだろうと考えたのだ。
ソフィアは手を握った瞬間、吃驚していたが俺の気持ちを察したらしい。
ホッとしたように、俺の顔を見詰めたのだ。
そんな空気を振り払うように俺はクランに気合を入れる。
「さあ、迷宮の入り口までもう少しだ。人や魔物の気配は感じられないが気をつけて行こう! ジュリア、どうだ?」
「トールの言う通り、周囲や先に敵らしい奴は居ないよ。このまま進んで大丈夫……だけど誰かが既にこの先へ進んだみたいだ……迷宮の入り口に何頭か馬が繋がれている」
俺に問われたジュリアは自信満々に答えた。
今やジュリアの索敵能力は神業といえる域まで達している。
何と1km先の敵の詳細まで分ってしまうのだ。
彼女に気付かれず、俺達に忍び寄るなど絶対に不可能なのである。
でも馬が居るのか……
確かにジュリアの言う通り、俺達の前に遺跡に入った奴が居るらしい。
多分……フレデリカ達だろう。
彼女達が居なくなったタイミングと馬を考えると可能性は高い。
アマンダパパ、マティアス・エイルトヴァーラの依頼もある。
どちらにしろフレデリカとは早く接触した方が良いに決まっていた。
俺は嫁ズを促して先を急いだのである。
――30分後
俺達はとうとう迷宮の入り口に着いた。
ジュリアも指摘した通り、迷宮の入り口には4頭の馬が繋がれている。
確かフレデリカのクラン、スペルビアは4人であり数は合う。
しかし彼女達クランの姿は無い。
既に迷宮の中に入ったのであろう。
「急ごう!」
促す俺の声に嫁ズは全員大きく頷いたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺達は迷宮に足を踏み入れた。
アモンが抜けてアマンダが入ったクラン、バトルブローカーだが隊列はちゃんと打合せをしてある。
その為の隊列も数パターン想定した。
まずはその基本型で行く事にする。
圧倒的な盾役だったアモンの代役は俺が務めて先頭に立ち、攻撃役としてジュリアとアマンダが直後に続く。
そして支援役としてイザベラ、回復役としてソフィアが最後方に控えるという並びだ。
なお悪魔ヴォラクは戦闘能力を全く持たないのでシーフとしてお宝の発見役兼罠の解除役である。
俺は情報屋のサンドラさん……いや、アマンダの母親ミルヴァ・ルフタサーリから購入した迷宮の地図を改めて眺めた。
クランリーダーとして俺が的確な判断をしないといけないぞ。
確か、地下1、2階の魔物は雑魚のゴブリンしか出なかったな。
寧ろ、人間の山賊及び初心者殺しがやばいのだっけ。
迷宮はコーンウォールの迷宮と同様で暗かった。
ゲームの迷宮のように人為的な明かりなど点灯させてはいないのだ。
しかし今の俺達は夜目が利く者ばかりである。
クランのメンバーで著しく夜目が利くようになったのは、やはりジュリアであった。
かつて迷宮の暗さに怯えて半泣きしていた少女はもう居ないのである。
俺はといえば邪神から貰った加護があり、イザベラとヴォラクは悪魔だから問題無し、アマンダもデックアールヴの能力とやらで闇なんてへっちゃら、ソフィアも自動人形の仕様って奴でOKらしい。
俺達クランのメンバーは魔導ランプなどを使わずとも皆が暗闇を見通せる力を有していたのである。
そんなわけで俺達はサクサク迷宮を進んだ。
しかし全く敵の気配は無い。
遭遇するのは山賊や初心者殺しと呼ばれる男達の死骸である。
容赦なくぶった切られた死体を見て、俺は確信した。
手を下したのはフレデリカ達であると!
俺達は更に進んで行く。
しかし抵抗は皆無である。
あるのは死体、死体、死体であった。
フレデリカのクラン、スペルビアは全員が女性のクランだ。
美人揃いの彼女達が来たのを見た敵は皆、『カモネギ』だと思って舐めてかかったらしい。
その報いは今、俺達が見ている通りだ。
あの時に紹介されたのは、フレデリカ以外に3人だが、何気に魔力波で見ると全員が『凄腕』であったからこの階ではまず敵など居ない。
倒された死体の中には行方不明になったと思われている冒険者も居るのだろう。
そう考えると自業自得とは言え、虚しい死に方だと思う。
下層に行けなくて仕方なく安易な道を選んだのだろうが、俺はこんな末路は辿りたくないものだ。
ただ死体の中にアールヴは混ざっておらず、全員が人間族だ。
すなわちマティアス・エイルトヴァーラの息子アウグストは居ないという事になる。
地下1階の敵は皆無であったから、地下2階への階段は直ぐに見付かった。
俺とジュリアは当然索敵をしながら進んでいるから、敵が居ないのを確認して階下へ降りて行く。
地下2階も地下1階と全く同じ様相である。
壁面の造りも地味な石積みなので、今の所魔法帝国が造った特異な迷宮というイメージは全く無い。
どこにでもある『普通の迷宮』なのだ。
だが、コーンウォール迷宮に潜った俺達は慣れている。
多分、上層は擬態なのであろう。
少し進んだが、地下2階も同じく死体だらけである。
唯一違うのはたまにゴブリンの死体が混ざっているくらいだ。
一体どこまで戦闘無し――で行くのだろう。
数回上層で戦闘をして現クランの慣らし運転をする筈の俺の計画は今の所、狂いっぱなしである。
下層で強い敵とのいきなりの本番は避けたかったが、まあ良い。
アマンダは魔法剣士としてそこそこ戦えるだろうし、俺はコーンウォールでの戦いの経験が活きる筈だ。
地図によれば地下3階へは『転移門』で移動するとの情報なので、俺達はひたすら探した。
「ふふふ、感じるぞ。妾が来たのを奴等め、しっかりと見ておるわ」
傍らのソフィアがいきなり呟いた。
どうやら迷宮の主は既に俺達を監視しているようだ。
「地下1階もそうだが、この地下2階にも魔法水晶の『視点』を大量に隠しておる。それを使って妾達の侵入を知り、妾の存在に気付いたようじゃ」
王女のソフィアがこの迷宮に来たと知ってガルドルドの魔法工学士達はどのような反応を示すだろうか?
絶対服従を誓うのか、絶好の神輿とし、担ぎ上げて使おうとするのか、それとも……
そうこうしているうちに地下3階への転移門が見付かった。
次からは一気に敵が強くなると地図には記載されている。
人間の敵が少なくなり、強力な魔物が主な敵となる。
だが俺は少しワクワクしていた。
いよいよ、右手薬指にはめた真鍮製の指輪の力を発揮させる時が来たのだ。
義理の兄である悪魔王子エフィムから貰った召喚の指輪を使うのである。
ケルベロスをどう戦わせるかは勿論、どのような魔物を従えてやろうか!
俺は中二病全開状態で、にやにやしていたのであった。
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