第112話 「ソフィアの本音」
失われた地――ペルデレ。
古に繁栄した旧ガルドルド魔法帝国がかつて『創造の地』と名付けて、彼等が更なる輝かしい未来を夢見た栄光の地……
だが、その面影は残念ながら全く残ってはいない。
冥界大戦と呼ばれた人間と悪魔の大戦争において、序盤は押され気味だった悪魔軍が反撃に転じた際に徹底的に破壊したのである。
街のシンボルであった創世神の神殿も悪魔達の容赦ない攻撃により、完全に破壊され僅かな痕跡が残るだけだ。
問題の迷宮はその神殿の跡にぽっかりとその入り口を開けている。
この迷宮に赴いて戻ったものは居ない。
黒く開いた穴はまるで足を踏み入れたら2度と戻る事の出来ない冥界への入り口……
当初、俺達はそのように聞かされ、実際そう考えていたのだ。
しかし!
生還者は居た。
世間に対して公になっていないから、普通の冒険者はその事実を知らない。
だが、俺達は知った。
知ってしまったのである。
アマンダの両親である父マティアス・エイルトヴァーラと母ミルヴァ・ルフタサーリが2人で助け合いながらしっかりと生還しているのだ。
この事実が発覚して、生きて帰還出来ないというプレッシャーは激減した。
帝国の王女であるソフィアを擁し、新戦力の魔法剣士アマンダが加わり、不完全といえども迷宮の地図を手に入れた俺達クランバトルブローカーには、少しだが追い風が吹き始めたと言えよう。
さあ、嫁ズの準備も整い、クランは漸く出発である。
突発的に来訪したアマンダパパの相手をしていたから、予定の時間より、だいぶ遅くなってしまったが……
「じゃあクランバトルブローカー、出発するぞ。ジュリア、良いな?」
「はい、旦那様! 皆、準備は良いわね?」
「「「はいっ!」」」
俺の号令に対してはきはきとジュリアが答える。
竜神族に覚醒してからのジュリアは変わった。
何か、こう嫁ズを纏める『正妻』としての貫禄がついて来たのである。
「俺も了解だぜ、兄貴!」
嫁ズとヴォラクの気合の入った返事を受けた俺は大きく頷く。
そして皆を促して『白鳥亭』を出た俺達はこの街ベルカナの正門へ向ったのであった。
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フレデリカのクラン、スペルビアはこの正門を通っておらず、このベルカナの街の外に出た痕跡は無い。
正門にはアールヴの衛兵達が詰めており、厳しい監視の目を潜って通過するなど、普通は不可能なのである。
フレデリカがクランのメンバーごと失踪してから、もうだいぶ時間が経っている。
時間が経っても見つからないから、口さがないアールヴの中にフレデリカは街のどこかに隠れていると言い出す者も居た。
しかしフレデリカはこのベルカナの街でわざわざ隠れる理由が無い。
これ以上愚図愚図していれば、兄アウグストの安否に関わるのは確実だからフレデリカは何らかの方法を使って誰にも気付かれずに迷宮へ向かったのだろう。
俺はそのような事を考えながら皆と街の正門を出る。
それにしても俺達のクランは目立つらしい。
アモンが居た時もそうであったが、あからさまに見詰める奴の何と多いことか。
それはこのベルカナでも一緒である。
俺達は正門を出て少し歩く。
ペルデレの迷宮まではこの街からゆっくり歩いて徒歩で約1日――というくらいだが、当然まともに歩いて行くつもりなどない。
しかし悪魔王アルフレードルから貰った羽衣は1枚足りないから全員で変化する事は出来ないのだ。
俺は考えた末に頼み込んで、またソフィアに収納の腕輪に入って貰う。
ソフィアの所持する羽衣をアマンダに使って貰う事にしたのだ。
アマンダは恐縮したが、現状ではそれしか方法が無い。
「兄貴! 俺がアマンダの姐御をしっかりと抱っこしながら飛んでも良いですぜ」
悩んでいた俺に対して、ヴォラクがとんでもない提案をして来たが、当然の事ながら即座に却下した。
勿論、俺の気合を込めたグーパンチ付きである。
更に歩くとやっと人目を避ける場所を見付けた。
街道から少し離れた森の中である。
相変わらず綺麗な白樺の林の中で俺達は羽衣の力で変化した。
アマンダは初めての変身体験に吃驚していたようだが、直ぐに慣れたようだ。
こうして俺達は一気にペルデレの迷宮へ飛んで行ったのである。
俺達が15分程度飛行すると約40kmほど離れた距離にあるペルデレの迷宮が見えて来た。
上空から見ても遺跡の広さはかなりのものだ。
先ほどまで居たベルカナの街ほどはないが、半分くらいの面積はあろう。
その中で迷宮の入り口がある創世神の神殿跡は街の中心だと聞いている。
ペルデレは危険で普段は人が近付かない遺跡だとは聞いてはいるが、既にフレデリカ達が先行しているし、宝物目当てで一山当てようという輩が居ないとも限らない。
羽衣の効力を見られて良い事はひとつも無いので、俺達は遺跡から少し離れた場所へ人の気配に注意しつつ降下して行ったのである。
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「夏草や兵どもが夢の跡……だなぁ」
「何じゃ、それは?」
荒廃した街の跡を眺めながら俺がぽつりと呟いたのを聞いて、質問して来たのはソフィアであった。
芭蕉の句に込められた儚さを感じ取ったらしい。
「俺が聞いた事のある昔の詩のようなものさ。古の戦場ももう時が経って草が生い茂り、一時の夢のようだったと言う意味だと思うよ」
俺は曖昧な記憶を頼りに俳句の意味をソフィアへ説明してやった。
しかし彼女の反応はとんでもないものである。
「ふうむ……詩か? 意外だのう、トールがそのようにロマンチストとはな。夜はまるで情欲の獣であるお前が……」
はぁ!?
情欲の獣って……失礼な!
第一、自動人形のお前には未だ何もしていないだろう?
……ちょっとだけ……触ったくらいじゃあないか!
俺がそのような抗議をするとソフィアは慌てた。
「じょ、冗談じゃ! ま、まあ、その……妾も早く本当の身体で夫である、そなたにしっかりと抱かれたいという事じゃ! 他の妻達のように激しく、容赦無くな! あ、ああっ! 遂に言ってしもうた! こんなもの乙女の言葉ではないぞ! は、恥ずかしい!」
ソフィアはそう言うと俯いてしまう。
俺は、はっきり言って驚いた。
彼女が俺にここまで惚れていたと分ったからだ。
その瞬間、俺は今迄以上にソフィアが愛しくなって来たのである。
ソフィア……お前って可愛いな!
あ、ああ、萌えた!
俺は今、お前に萌えてしまったぞ!
ソフィアの言葉を聞いていた俺の嫁ズは尚更ソフィアに同情的である。
最近は皆が少しでも早く本来の身体に戻してやりたいと願っているのだ。
「トール! アマンダには悪いけどソフィアの件が優先だからね!」
「はい! 当然ですよ、私達は家族なのですから」
きっぱりというジュリアにアマンダは大人の対応を見せる。
普通なら少しは躊躇するものだ。
ソフィアの事情を当然伝えてはいるが、何と言ってもフレデリカは実の妹なのだから。
ジュリアとアマンダの折り合いをつけようという気持ちが働いたのであろうか、そこへイザベラが割って入った。
「まあ私達が両方助ければ、全く問題無いよね!」
朗らかに言うイザベラを見てジュリアとアマンダの両名が大きく頷いた。
現状でやらなければならない事は多々あるが、家族皆で幸せになれば全ては丸く収まるのである。
イザベラを見ているとソロモン72柱の悪魔を思い出す。
彼等の中にはぎくしゃくした人間関係を調整する能力を持った悪魔が居たという。
もしかしたら彼女もその能力を持っているかもしれない。
それにいつも前向きなのがイザベラの良い所である。
俺はそんな嫁ズを好ましく思いながら迷宮の入り口へ向ったのであった。
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