第110話 「救援の契約書」
「ペルデレに行ってフレデリカを連れ戻せと?」
「娘を呼び捨てにするな! それに何度も言わせるんじゃあない! 貴様は黙って『はい』と言えば良いのだ」
マティアス・エイルトヴァーラに再度聞き直すと彼は苛々した様子で怒鳴り返して来る。
元々は俺からマティアスをいじっておいて何だが……何故か腹が立った。
愛するアマンダの父ではあるが、俺は別に負い目なんて無いし!
俺が不満そうな顔付きをしていると、このアマンダパパ、マティアスは父親の常套句を言って来た。
「私のアマンダを奪っておいて、命令を拒否するのか!?」
この台詞を聞いた俺はさすがに切れた。
自然と口調が変わり、喚く相手をじっと見据えたのである。
「何を言っている? 俺はあんたの部下じゃあないんだよ。ちゃんとした依頼なら真剣に検討するけどさ。剥き出しの感情を悪戯にぶつけられても困るんだ」
「い、い、悪戯に……だと!?」
ドスの利いた声でいきなり反撃した俺を見て、マティアスは呆気に取られていた。
俺は自分をクールダウンさせてまた口調を元に戻す。
「そうです。改めて立場をはっきりさせておきましょう。貴方は嫌がっているが、俺と貴方は義理の親子関係だ。だが……部下じゃあない」
今、俺が言った事は間違いなく事実だ。
これを認めず更に喚き散らすようなら、残念ながらこれ以上の話し合いは無い。
俺が再びマティアスを見ると少しだが、落ち着いたようである。
「俺にはアマンダ以外にも家族が居ます。ここに居る妻達と、仲間です」
「それが……な、何だ!?」
「アマンダ以外の妻の家族から仕事の先約が結構あるのですよ。報酬だって前払いで貰っている。キャパもあるし、あのペルデレ迷宮には潜るのだが、あくまで先約の別件が優先なのです」
「はぁ? キャパとは何だ、キャパとは!?」
いけね!
普通に使わない言葉を、また使っちゃった。
「ああ、仕事の量って事ですよ。引き受け過ぎても全てがこなせないですから」
「うぐぐ、お前は私の依頼を引き受けないつもりか?」
「その可能性もありますよ。さっきも言いましたが、俺は貴方の部下じゃあないし、本来は商人なんです」
「な、何だとぉ!? し、商人だってぇ! じゃあアマンダは!?」
「ああ、一緒に商人をやりますよ。まあ便宜上、俺は冒険者のランカーにもなりましたが」
ここで口を挟んだのがアマンダだ。
「お父様、旦那様は私と同じ冒険者ランクBですよ」
「な!? こ、こいつがか!?」
マティアスがうっかり口を滑らせ、俺を『こいつ』呼ばわりしたので嫁ズがまた反応する。
「あ~、また言ったわね?」
「おい、おっさん!」
「妾の前で偉そうに言うな、と告げた筈じゃあ」
怒りの余り、目が据わった嫁ズがずいっと前に出た。
「う、ううう」
憤る嫁ズを止めたのは、俺である。
「まあ、まぁ! お前達、とりあえず堪えてくれ。じゃあ改めて依頼として話して貰えますかね」
「わ、分かった! で、では依頼として話そう」
アマンダパパ、マティアスは深呼吸すると話を始めた。
「我が娘、フレデリカ・エイルトヴァーラを怪我などさせず、無事に連れ戻して欲しい。報酬は……金貨300枚だ」
はぁ!?
金貨300枚……300万円!?
や、安っ!
安過ぎるぞ!
金額を聞いた俺と嫁ズとヴォラクは顔を見合わせる。
余りにも折り合わない金額だ。
元冒険者のアマンダもさすがに顔を顰めて首を横に振っている。
「マティアスさん、悪いがお受け出来ませんね。報酬が折り合わない」
「や、安いのか!? で、では金貨500枚? 駄目か? 800枚!」
駄目だ!
この世界で俺の冒険者初仕事となるが、今迄ゲームではこの手の依頼を散々やったから相場は予想出来る。
今回みたいに命が危ない迷宮に行く報酬としては安過ぎるのだ。
いや、800万円なら良い報酬という方が居るかもしれない。
だけど依頼は単純な迷宮の探索ではない。
遭難者を助ける仕事なのだ。
それも「怪我ひとつさせずに無事に連れ帰れ!」というのは難易度が非常に高いのである。
対象者がかすり傷ひとつ負っていても報酬は大幅に下がるし、助ける際にこちらの命に係わる危険も高い。
この、おっさん元冒険者の癖に現実が分らないのか?
それとも大昔過ぎて相場が変わったのか?
「マティアスさん、悪いけど成功報酬とさせて頂きますよ。無事に連れ帰った場合が最高額として、遺体の一部だけでも一応は成功とさせて頂きましょう」
「い、遺体の一部だとぉ! そんなのに金を払えるか!」
駄目だ!
やっぱりこいつ分かっていない。
遺体は放っておけば、魔物に喰われて何も残らないというのに……
見かねたアマンダがまたもや口を挟む。
「お父様、落ち着いて! 貴方も昔は冒険者でしょう? 思い出して下さい、一応相場と決まり――がありましてよ」
「ア、アマンダ!」
きっぱりと言い放つ愛娘の姿にマティアスは驚いて、大きく目を見開いている。
そんな父へアマンダは淡々と語って行く。
「私達は全力を尽くします。だから旦那様の仰った成功報酬の条件で依頼を出して下さいな。そうですね、最高額は金貨3,000枚。遺体の一部なら金貨300枚はどうでしょう? 成功出来なかった時のペナルティは当然無しですわ」
「あ、ぐ……分かった」
おお、反論を許さないアマンダの物言いは相手が父親だという事を差し引いてもかなりのものだ。
更に彼女は俺達がこの街で便宜を図って貰う事を頼む事を忘れない。
「それと私達がこの街で商売をする際の便宜を無期限で図って頂けます? こちらからの頼み事のお断りは一切無しで!」
「ううう、それも……分かった!」
「じゃあ、契約書を! お父様、口約束は駄目ですわ」
凄い!
完璧だ!
アマンダ、やっぱり、ぱねぇよ!
アマンダは自分の荷物から紙とペンを出してマティアスに一筆書かせるとサインをさせた。
「さあ、旦那様! 契約内容をご覧になって納得ならサインをして下さいね」
にっこり笑ったアマンダに対して俺も笑顔で応え、契約書を見始めたのであった。
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