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第11話 「出発」

 俺にとって生まれて初めての取引はジュリアの助けもあって無事に済んだ。

 万屋の店主モーリスはジュリア同様、俺にも人懐こい笑顔を向けた。


「トールよ、さっき言ったようにウチは『買い取り』もやっているからな。宜しく頼むよ」


 買い取りか……


 ジュリアも彼の店の買い取りの仕事をやっていると言っていた。 

 そうか、こうやって彼の代わりに商品や素材の買い付けをしてくるのが仲買人(ブローカー)の仕事なんだな。

 仲買人の仕事に興味が出て来た俺はもう少し内容が知りたくなった。


「トール、そういう時はモーリスの希望と条件を聞くんだよ」 


「成る程! モーリスさんは何か特に希望はあるの?」


 俺も最初よりはモーリスと気安く話せるようになっていた。

 徐々にだけど……

 こうやって少しずつコミュ障も克服出来るのかしらん。


「ああ、店で売れそうな日用品は勿論だが、俺が使う錬金の材料とかも買って来て貰えると助かるな」


 錬金の材料って……ええと……

 ああ、色々あるよな。

 記憶が甦った俺は錬金術師に好まれる素材を片っ端からあげて行く。


「金属ならまず、金、銀、銅、鉄、鉛、錫、そして水銀ですか。他にも黄鉄鉱、孔雀石、トルコ石、石炭などたくさんありますね」


 俺が調子に乗って資料本の受け売りで話を合わせると、元?錬金術師であるモーリスは嬉しそうに笑う。

 俺だって資料本から受け売りの知識では心もとないのだが、それ以上にこの村ではモーリス以外、錬金術師は居ない。

 だから普段、錬金術の話題を交わせる相手が居ないのであろう。


 そのせいか、モーリスは結構、嬉しそうだ。


「おお! お前詳しいな。いや、そうなんだよ。さすがに高価な金とか銀が欲しいとは言わん。だからそれ以外の金属を調達して来てくれ。物に応じて報酬を払うぞ。俺の作った『金』でな、ふふふ」


「ちょっと待った! おっちゃん、言っとくけど勝手にトールと契約しないでよ。トールとあたしは一心同体なんだから」


 俺とジュリアが一心同体?

 嬉しいけど……文字通り重い言葉だ。

 段々俺って、君の尻の下に敷かれている気がして来たよ。


「分かった、分かった。それで何が不満なんだ?」


「支払い条件さ。怪しげな元錬金術師のおっちゃんの作った『金』なんて危なっかしくてしょうがないよ。あたしは現金主義だから真っ当な金貨で購入して貰うか、どうしてもって時はトレードだね」


 ジュリアにきっぱりと言われたモーリスは頭を掻いた。


「ひでーな。俺ってそんなに信用無いのか?」


「当り前じゃない。あたし、人生に飽きたからって簡単に投げ出す人なんか嫌いだ」


 ジュリアの容赦ない言葉がモーリスに向って投げつけられる。

 叔母さんが居たとはいえ、両親に死なれてぎりぎりの生活をして来た彼女にとってモーリスの悠々自適な生活は少しいらっと来たのであろう。


 人生に飽きたからって簡単に投げ出す人って……

 ここにもひとり居ますけど。


 しかし、この場もジュリアの機嫌もこれ以上悪くなるとさすがに不味い。

 とても不味い。

 俺は微妙な雰囲気になる前に別の話題を振る事にした。


「ジュ、ジュリア、今のトレードって何? 教えてくれないか?」


 モーリスを睨んでいたジュリアは俺に声を掛けられてハッと我に返った様だ。


「あ、ああ、トール。ええとトレードっていうのは買い手と売り手が商品同士を交換して商売する事さ。手持ちの現金が無かったり、お互いに過剰な在庫を持っていたり、相手から自分の持ち物が望まれたり、状況はいろいろあるよ。折り合えば旨みもあるからぜひやるべきだね」


 ああ、物々交歓って事か、納得。

 商品がダブついていて、手持ちの現金が無い時は良くあるパターンだそうだ。


「じゃあ、おっちゃん。さっきあんたがトールと話した件はこれで良い?」


 買い付ける品は錬金術用の素材。

 納品のタイミングは俺達の都合でOK。

 代金は通貨による現金支払いのみ。

 初回だけ、全額前払いで、2回目以降は半金前払いで残金は現品と引き換え。

 

 ジュリアは『契約条件』を具体的にモーリスへ提示する。

 俺達側に圧倒的有利な契約内容に苦笑しながら頷いたモーリスは、契約を快く締結してくれた。

 今回は金貨10枚を俺へ託してくれる。

 これで俺とジュリアの初仕事が決まった。

 ちなみに買う素材の種類と量は俺に任せてくれるそうで、これも納期と共に破格の好条件である。

 

 初めて仕事をくれたモーリスに礼を言って、ジュリアは俺の手を引っ張って店を出たのである。


 店を出るとあんなに勇ましかったジュリアが俺にくっついた。

 彼女の表情は何と辛そうなものに一変している。


「はあ、トール……あたし、モーリスに言い過ぎたかな」


「いいや。でもジュリアがもしそう思っていたら次はもう少し優しく言えば良いさ」


 俺がそう言うとジュリアは安心したような笑顔を見せた。


「あたし……本当はとても怖がりで小心者なんだ。だけど仲買人って商売柄こうやって強気でいないと舐められる。特にあたしは女だから尚更さ……もしトールが見てこれは不味いと思ったら、どんどん言ってね、直すから……」


 やっぱりこの()は両親が死んで気持ちはひとりきりで必死に生きて来たんだ。

 こうやって本音を言ってくれるのが俺にとっては凄く嬉しい。


 守ってやらなきゃな、この俺が。

 大事な彼女のジュリアを!


 俺は繋いでいた手にぎゅっと力を入れてやる。


「あ!」


 俺の気持ちが伝わったのか、ジュリアは小さな声をあげると嬉しそうな顔をして同じくらいの力で俺の手を握り返して来たのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 モーリスの店で手間取ったので少し時間を食ってしまった。

 もう時間は午後12時を回っている。

 時間は村の中央広場にある時計で知る事が出来るのだが、ちなみに持ち込んだのは、あのモーリスだそうだ。

 ジュリアには仕組みが分からない魔法の力で動いている時計らしく、名前を魔導時計というらしい。

 錬金術の件と言い、やはり彼は只者ではなさそうだ。


 俺達は一旦、大空亭へ戻った。 


 まずジェマさんに明日の出発の挨拶とモーリス同様、買い付けの用事の確認をした。

 大空亭の買い物はやはり宿屋に必要な業務用の日用品が多い。

 後は、ジェマさんが個人的に使う化粧品だ。

 

 最後はこのタトラ村の男性村長にも挨拶をした。

 そのドン村長は80歳近い老人である。

 俺を見て、もごもご言っていたようだが、終に言葉が理解出来なかった。

 ジュリアに聞いてみたら俺を見て少し驚いていたようだ。


 何か俺、不味い事したかしらん……


 少し不安にはなったが、不吉だから追い出せとかそんな事ではないらしい。


 今日やる事は全て終わった。

 俺とジュリアは大空亭に帰ってジェマさんを手伝い、夕食を食べて就寝した。

 ちなみに昨夜の『痛み』があるとの事で残念ながら『H』はお預けであった。


 翌朝……


 俺とジュリアは宿屋の朝の仕事を終えると出発の準備をした。

 ジェマさんは相変わらず淡々としていたが、俺に対して以前とは態度が違うのはひと目で分かる。

 ジュリアの恋人なら、彼女にとっては準身内なのだろう。

 

 俺達はジェマさんへ挨拶をすると、手を振って出発した。

 荷物を詰めたジュリアの背負子(しょいこ)を俺が代わりに背負う。

 そして空いた手で彼女の手を繋ぎ、歩き出したのである。

 

 村の中を歩いていると俺に対して突き刺さるような視線を感じたので俺はそちらに目を向けた。

 するとジュリアと同じくらいの年齢の少年が殺気の篭った目で俺を睨んでいる。


「なあジュリア、あいつは?」


 俺が顎をしゃくって聞いてみるとジュリアは一応幼馴染だと言う。


「一応?」


「ああ、子供の頃によく(いじ)められたよ。両親が死んでからは苛められなくなったし、あたしも生きて行くのに必死であんなのを構っている暇なんか無かったもの」


 あの、男の子が女の子を苛めるって……

 それって、多分好きの裏返しだ。

 加えて頻繁に苛めたって事は……ジュリアが大好きって事だよ、きっと。


 幼馴染の少年は相変わらず俺を睨んでいるので、少しうざい。

 そこでこちらからも睨み返してやった。

 すると自分でも何か怖ろしげな波動が立ち昇るのが感じられる。

 怒りの魔力波(オーラ)って事だろうか?

 俺からただならぬ気配を感じたのか、少年は慌てて視線を逸らすと自分の家らしい家屋に逃げ込んでしまった。


 その光景を見て、ふふふっと面白そうにと笑うジュリア。

 多分少年の自分に対する気持ちなど分かる筈も無く、俺のひと睨みで彼が逃げた事への快哉を叫んだのであろう。


 少し歩いただけで間も無く村の正門だ。

 俺はこれからまた旅に出るのだ。

 しかし、今度はこの異世界に来た時のようにひとりきりではない。


 俺のかたわらには、可憐でしっかりした愛すべき相棒が心からの笑顔を見せていたのであった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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