第106話 「誹謗中傷」
嫁ズはアマンダの話を聞いて彼女の境遇を徐々に知ると、親近感が湧いて来たらしく、冒険者ギルドへの道すがら積極的に話し掛けている。
アマンダは元々、宿屋の女将をやっていたくらいだ。
商人としての適性は俺なんかより、全然あるだろう。
そんなこんなで新参のアマンダは、あっと言う間に嫁ズと打ち解けていたのである。
冒険者ギルドに着いた俺達は入り口から中に入ろうとしたが、何故かアマンダが逡巡した。
俺は彼女の態度が気になり、暫し考えると確かに思い当たる節があった。
「あ、もしかして?」
「気が付きましたか?」
このベルカナの街の冒険者ギルドのマスター、クリスティーナ・エイルトヴァーラが頭の中に浮かんだのだ。
アマンダの姓は違えど、彼女はエイルトヴァーラの血を引く一族である。
果たしてアマンダとクリスティーナとの間柄は?
「彼女は父の妹、すなわち私にとっては叔母にあたります。しかしあちらはそうは思っていないようです」
アマンダとあの美しいギルドマスターの間柄は何か複雑な状況であるようだ。
やはりアールヴの謂れの問題だろうか?
暗く寂しそうな表情を隠さないアマンダを俺は励ました。
「大丈夫さ、俺達は家族なのだから。家族はお互い助け合って生きて行くんだ。何かあったら俺達がお前を守る。その代わり、誰かが困ったら今度はお前が守ってやるんだ」
俺の言葉を聞いてアマンダは安心したらしく、いつもの笑顔に戻ってこくりと頷く。
「よし! 行くぞ!」
俺達は開かれた入り口から冒険者ギルドの中へ入って行ったのである。
昨日、冒険者ギルドを訪れた時にギルドの営業概要とギルド法なるものを教えて貰った。
それによると冒険者ギルドの営業は朝の午前8時からだ。
開場前には多くの冒険者が入り口に並ぶらしい。
そして入り口が開くと一斉にダッシュし、自分のランクを誇示しながら、受付カウンターに並んでギルドの職員に仕事の斡旋を求めるのだ。
一方、壁面にも夥しい数の依頼書がランク別に掲出されている。
こちらの依頼を受けて仕事をする事も出来るが、職員が直接紹介する案件の方が条件に恵まれている事が多く、冒険者は受付カウンターで仕事を得ようとするのだ。
はっきり言って新たな仕事が紹介される割合が圧倒的に多いのが朝なのである。
仕事をなるべく朝に請けて、夕方までに終了させ、夜は親しい女達と美味い酒を飲む!
そしてその後は……彼女達とお楽しみへ!
これが俺のイメージするハーレムファンタジー的冒険者の生活なのである。
今の時間は午前9時30分過ぎ……
さすがにピークは過ぎてはいるが、まだまだ冒険者達の数は多かった。
そのような中に俺達が登場したものだから当然注目を浴びてしまう。
特にアマンダさんに視線が注がれている。
俺の妻だぞ、美しいだろう? って言いたいが、何か様子が変だ。
冒険者達は彼女を見て小声で話し合っているのだ。
だが俺の耳はいわゆる地獄耳。
そんなひそひそ話も一切全てが聞えてしまうのだ。
俺はその中で少し離れた所でにやにやしている男2人組を見た。
リョースアールヴの冒険者2人組みである。
実年齢は分らないが、未だ若い方だろう。
ご他聞に洩れず端正な顔立ちをしていたが、笑い方に品が無い。
冒険者の中でもこいつ等の話は聞くに堪えないものであった。
俺の類稀な聴力のお陰で奴等の話はばっちり聞えたので、俺はつかつかと近寄った。
男達は何だ?というような表情だ。
俺が華奢に見えるせいか、舐めているのかもしれない。
奴等の真ん前に出て俺はきっぱりと言い放つ。
「何か、こそこそと詰まらない事を言っていたようだが……俺の前でもう1度言ってみせろ」
「あ~?」
「何だ? 小僧?」
俺の言葉を聞いても奴等は全然臆する所が無い。
やはり俺は完全に舐められていた。
昨日大立ち回りを演じたのに、不幸にもこいつらは居なかったようである。
「俺の嫁の事を何と言った? もう1度言ってみろよ、ああ?」
俺が陰口の事を指摘して挑発すると何と相手は激高した。
いわゆる逆ギレという奴である。
「てめぇみたいな下等な人間があいつを嫁にしただと? ふざけるなよ! それにてめぇこそ詰まらない言い掛かりをつけるんじゃねぇ、小僧!」
言い終わらないうちに片方の男が殴り掛かって来た。
だが、これは俺にとって大変幸運だ。
文句無く正当防衛って奴になるからね!
「ぎゃぶ!」
俺に殴り掛かろうとしていた男は、いきなり身体を海老のように折り曲げると、口から胃の内容物を吐き、倒れこんで動かなくなる。
手加減はしたものの、俺が奴のボディに深々と拳を打ち込んでやったからだ。
「な!?」
どうして相棒が倒されたのか、全く分らないもう1人の男は呆然としている。
俺はそいつに向かって毒づいた。
「もう1度言ってみろよ、おら! てめぇの顔の真ん中に風穴開けてやるぜ」
「野郎!」
こいつも殴り掛かって来たから正当防衛っと!
まあ手加減はしてやろう。
相変わらず相手の動きは超スローだ。
先程俺は相手のパンチを軽く当てさせていた。
こいつの拳も軽く受けてやる。
一瞬にやついた相手の腹に数倍の威力のパンチをお見舞いしてやった。
「がふ!」
今度は直ぐ失神しないように更に手加減をしている。
倒れ込んだアールヴの男はさっきとは一変して恐怖に満ちた表情で俺を見ている。
一瞬のうちに実力差を認識してしまったのであろう。
俺は奴の胸倉を掴んで持ち上げた。
「ぐぐぐ、く、苦しい! ゆ、許してく、れ!」
「はぁ? 許さねぇよ!」
ぱんぱんぱん!
お仕置きの意味もある。
俺は軽快な音を立てて奴の頬を張ってやった。
頬が真っ赤に腫れ上がるが、男はもう傷みを感じていないようだ。
多分、意識が朦朧としているのだろう。
「てめぇ、さっき何て言った、ああ? また言ったら今度は只じゃあおかねぇぞ」
「い、言わない! に、2度と言わない……」
男は何とかそう言うとあっさり気を失った。
奴等は口に出さなかったが、面白そうに言っていた言葉、それは『忌み子』である。
アマンダの事を侮辱しやがって!
許さねぇぞ!
他の冒険者達もそれに近い言葉を吐いていたので俺は大声で怒鳴ってやった。
「てめぇら、こそこそ、陰口叩きやがって! そんな暇があったら自分の仕事でもしろぃ!」
俺の大声で部屋がびりびりと振動する。
何か口調がヴォラクのようになっているが、それほど俺の怒りは大きかったのだ。
ひそひそ話していた冒険者達は俺の怒りように怖れをなしてかシーンとして、じっとこちらを見ていた。
少し離れて見守っていた嫁ズが俺の下に走り寄る。
皆、すっきりしたような表情だ。
ここで遠巻きにしていたギルドの職員が、やっという感じで恐る恐る近寄って来た。
そして俺の顔を見るとやれやれといった表情をする。
「はぁぁ……またお前か……」
「そっちこそ、お約束のタイミングでの登場だな」
青くなっている職員は昨日、カウンターの奥で違う方向を向いていた中間管理職らしいアールヴだ。
こいつはいわゆる、事なかれ主義の権化みたいな奴だろう。
そうこうしているうちに俺には馴染みのある気配が近付いて来たのが分かった。
「よう! ギルドマスター」
「ふう、トール。またお前か……って、何故アマンダが一緒に居る?」
迷惑そうに俺の顔を見ていたのは、アマンダの叔母でこの冒険者ギルドのマスター、クリスティーナ・エイルトヴァーラであった。
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