第104話 「アマンダさんのカミングアウト」
俺はアマンダさんと話すべく彼女と正対している。
元々、俺は口下手だ。
コミュ障気味の高校生だった俺が会話など上手い訳が無い。
邪神様もさすがに、その加護だけはくれなかった。
ただこの世界に来て仲買人もしくは商人という仕事をしているので、少しは話せるようになったという程度だ。
口達者なジュリアを見ると、俺など商人としては到底敵わない――と思う。
それに加えて時間も無い。
回りくどく話すとお互いに不幸になる。
だから真っ向勝負だ。
当然会話は他人に聞かれないように念話である。
『アマンダさんって信心深いのですね』
『はい! 創世神様とスパイラル様の教えは素晴らしいです。私達を天から見守っていらっしゃいます』
ふう!
思ったとおり彼女はやっぱり信心深い。
創世神はともかく、あの性悪な邪神様にもぞっこんだ。
じゃあ、次はこれだ。
『神様と真逆の存在ってどう思います?』
『真逆?』
ああ、つい遠回しに聞いてしまった!
俺ってやっぱり度胸が無くて駄目だ。
何故、アマンダさんへストレートに「悪魔は平気ですか」って、聞けないんだ!
『ええと、人々から忌み嫌われるというか、堕落させるというか……』
『それって……もしかして悪魔ですか?』
ああ、言わせちゃった。
彼女から言わせちゃったよ!
『そ、そう! 悪魔です』
俺はさりげなく同意した。
『悪魔は……』
『はい! 悪魔は?』
『司祭様が仰るように、彼等がアールヴや人を誘惑し、堕落させるだけの存在なら心から憎むべきです!』
はぁ、やっぱりそうか……
普通はそうだよな。
『でも!』
続いてアマンダさんが言葉を発しようとしている。
でも?
でもって何?
彼女ったら、何を言うつもりだろう?
『よくよく考えれば彼等も元は天の御使いです。地に堕ちた、しかるべき理由があれば言い分を聞いた上で判断するべきじゃないでしょうか? 片方の意見だけを聞いて決め付けるのは良くない事です』
えええええ、ぱねぇ!
普通、言わないぜ、こんな事!
凄いよ、アマンダさんって、こんなに寛容力のある人、いやアールヴだったのか!?
『あ、あの……トール様の驚きの波動が私に伝わって来ますけど……私ってそんなに変、ですか?』
アマンダさんは俺の反応に驚いたらしい。
戸惑う彼女に俺は思わず言ってしまう。
『だってリョースアールヴって、邪悪な存在を忌み嫌う考えの方が殆どでしょう?』
これって普通は異世界ファンタジーの常識……お約束だよね?
俺はとても丁寧な言い方をしたが、どのような種族にも差別せず、受け入れてしまうオープンマインドなアールヴなど聞いた事が無い。
アマンダさんは聡明な娘なのだろう。
俺の考えている事が直ぐ分かったらしい。
『ふふふ、はっきり言って排他的って言いたいのでしょう?』
『はい! はっきり言って!』
俺がきっぱり言い切ると、アマンダさんは俺の顔を見て、花が咲くように微笑んだ。
『うふふ。トール様って本当に正直ですね。さすが神の使徒です。でも私が……リョースアールヴに見えますか?』
はぁ!?
アマンダさんがリョ-スアールヴ、いわゆるエルフじゃあなかったら、誰がそうなの?
長いさらさらの金髪、すらりとした体型、鼻筋の通った綺麗な顔立ちに瞳は深い灰色。
そしてアールヴ特有のやや尖った小振りな耳。
唯一違うのはこぼれんばかりの大きな胸だけ!
いやぁ、逆に○○星人の俺にとっては幸運で最高っす!
『そう見えるのは父の血が濃く出ているからですね。でも残念ながら私は純粋なリョースアールヴではないのですよ』
ええええっ!?
そんな、馬鹿な!
『私は呪われた子……なのです』
リョースアールヴではなく、呪われた子……
俺はアマンダさんの言っている意味が理解出来なかった。
『呪われた子って……俺から見ればアマンダさんは天使そのものですよ』
『ありがとうございます! トール様の仰っている事が嘘ではないって分かりますよ。念話って……便利ですね……』
アマンダさんは最初は嬉しそうに礼を言ったが、だんだん声が悲しそうになり、ついには黙り込んでしまう。
暫し、重苦しい沈黙が漂う中、このままではいけないと俺は考え、話を最初に戻す事にした。
しかし俺が話そうとした瞬間、アマンダさんの瞳が合点がいったとばかりに輝いた。
『そうか! 分かりました! スパイラル様は私みたいな不吉で呪われた娘を助けて下さるという意味で啓示を下さった! すなわち使徒であるトール様に託そうとされたのですね』
へ!?
何という解釈!
俺にとっては本当に都合が良い展開だが、このままじゃあいけません!
いきなり神様の命令で娶って下さいなんて、何か夢が無いじゃないか。
お互い好き合うのが1番ですって!
だから俺は先に告白する事にしたのだ。
『アマンダさん、俺にもあったよ、偉大な神様の啓示がね』
『え? トール様にもですか?』
アマンダさんは可愛らしく首を傾げる。
ジュリアや他の嫁ズもそうだが、俺って女性のこの仕草に弱いみたいだ。
俺は続けて話そうとしたが、少し動揺して思わず噛んでしまった。
『あ、ああ、そうさ。アマンダさんはお前の好みの娘だからお前から好きと言って付き合ってみなさいって』
『好みって? 私がトール様の?』
『どストライクです!』
『? ……それって意味が分かりませんが?』
確かに、ストライク!って言っても異世界では通じないか。
俺はもっと分かり易く、ストレートにアマンダさんへ伝える事にした。
『女性として大好きなタイプって事! アマンダさんさえよければ、俺の方からお付き合いをお願いしたいって事だよ』
俺の告白にアマンダさんは驚いた。
多分彼女は神様の啓示により俺に嫁ぐという使命感でいたのだろう……
でもそんなの真っ平御免だ!
アマンダさんには俺の事を本当に好きになって欲しいからな。
そんな俺の思いはさて置き、アマンダさんは口を手で覆ってしまう。
これは吃驚した時の仕草だろう。
『う、嘘!?』
嘘じゃあないんです!
俺の好みなんです!
勝負の時と心得た俺は、ここぞとばかりに言い切った。
『本当の本当です!』
俺ごときの告白を聞いて、冷静なアマンダさんが珍しく動揺している。
今迄数え切れない男が彼女に愛の告白をしているだろうに……
何故?って感じだ。
『ま、待って下さい! 私がトール様にお仕えするのをお決めになる前に私の素性を聞いて頂けますか?』
はぁ?
俺に仕えるって?
そんな大層な存在じゃあないけど、神の使徒である俺と気軽に付き合うなんてアマンダさんからしたら言えないのだろう。
それにしてもアマンダさんの素性って?
前にも言ったが魔力波を読めば直ぐ分かるけど、そんなの興醒めするからね。
俺は敢えて魔力波読みを使っていないのだ。
アマンダさんは深呼吸して息を整えている。
そんなに気合を入れて告白するなんて、一体どのような事だろう?
数回深呼吸したアマンダさんは、頃合と見たのか、一気に言い放ったのだ。
『こ、告白致します! わ、わ、私は……リョースアールヴの父とデックアールヴの母の間に生まれたハーフなのです』
ハーフ?
いまいちピンと来ないけど……
『ふ~ん、それって不味いの?』
『トール様はご存知ないのですか!? 昔からアールヴの掟において普通は生きることさえ認められない不吉で呪われた不義の子として国を追放されるのですよ』
はぁ!?
何、それ!
でも俺の中で疑問が湧き上がる。
アマンダさんはそう言うが、実際に街を追放などされていないし、宿屋の女将として暮らすのは、そんなに辛い生活でもなさそうである。
『でもアマンダさんは、この白鳥亭で女将として働く普通の生活をしていたじゃあないですか?』
俺のみならず誰でも不思議に思う筈の事を聞くと、アマンダさんは苦笑した。
『私がこうして自分の宿を持って何とか暮らせたのも父の力です。街の人が好意的に見てくれるのも私に父の風貌が色濃く出たお陰なのです』
父?
お父さん?
『はい、私の父はアールヴのソウェルの一族であるマティアス・エイルトヴァーラ。フレデリカ様は腹違いの妹なのです』
はぁ!?
な、何ですとぉ!!!
俺は驚きの余り、口をあんぐり開けたまま、阿呆のようにアマンダさんを見詰めていたのであった。
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