第101話 「フレデリカ失踪」
※フレデリカのクラン名を変更しました。
サンドラさんから情報と地図を得て外へ出ると、既に陽は暮れかかっていたが、ベルカナの街は只ならぬ雰囲気に包まれていた。
目立つのは街中に立っているアールヴ美男美女の衛兵達があちこち走り回っている事だ。
皆、血相を変えている。
街中でイケメンと美女が泡食っている絵は俺にとっては余り美しくない。
そのような衛兵には到底話し掛けられる雰囲気ではないので、俺は話し易そうな通行人を捕まえて聞いてみた。
するとあのフレデリカが行方不明になったらしい。
「あの娘は多分『失われた地』に行ったのではないか。あんなに自分のクランの自慢をしていたからのう」
ソフィアの言葉に俺も同意した。
多分、彼女は兄の救出作戦を実行に移したのだ。
でも、ひとつ疑問が生じる。
この街の出入り口は正門しか無い筈だ。
だから、彼女の親父さんも僅かな見張りを付けるだけで放任していたのであろう。
しかし!
それでもフレデリカは消えた。
彼女の率いるクラン、スペルビアごと消えたらしい。
街へ入った時の事を考える限り正門の見張りはきっちりとしているから、彼女達は正門以外に街の外に出る手立てを知っていたのだ。
今頃フレデリカの父マティアス・エイルトヴァーラは泡を食って愛娘を探しているに違いない。
跡取り息子が遺跡に入り込んでほぼ絶望的な上に、目の中に入れても痛くないくらい可愛がっているらしい娘をここでまた失ったら……
いや、これ以上考えるのはよそう。
だって今の俺達には何の関係も無い事だから。
ジュリアがきっぱりと言った通り、フレデリカの兄を助けるのなら、それより先に身内であるソフィアを助けないといけないだろう。
とはいえ、頼って来た相手を突き放してしまうのは、余り気持ちの良い話ではない。
だが、このようにずっと考えていても仕方がないから、俺達も買い物をして帰る事にした。
以前、コーンウォールの迷宮に潜った時のように装備品と食糧等を買い足しておいた方が良い。
いつもながら直ぐ道を教えてくれる衛兵がパニック状態なので、俺達は仕方なくまた通行人に聞いて冒険者向けの商店に向かったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
この街には冒険者向けのいわゆる万屋があった。
一軒の店で何でも揃うので便利である。
俺達は保存用に魔法で処理した食糧と水、回復や解毒の薬草、そしてジュリアの使用する魔法杖用の魔法水晶等様々なものを購入した。
最初と違って迷宮に潜る為の買い物は2度目なので、勝手が分かっている。
今回は何が必要か、足りないものは何か? ある程度見極めながら買い込む事が出来たのである。
ソフィアにも装備一式を揃えてやる。
ぴったりなサイズの革鎧があったので購入してやると嬉しそうにしていたので、予備の法衣も追加で買ってやると俺に抱きついて来た。
王女という身分であっても、プレゼントというのは女性にとっては喜ばしいものなのだろう。
一方、ヴォラクにはソフィアと同じ様に必要な買い物をしてやった。
まあ最初から奴の金を貰おうなんて気持ちはさらさら無い。
奴と一緒にショートソード、革鎧、盾、その他装備品一式等を選びながら購入したのだ。
ある程度使い込んだ中古品を買ったので、余り高い買い物をしたわけではないが、ジェトレと比べれば若干割高だ。
これは需要と供給の差でベルカナの街の物価という奴だろう。
とりあえずこれで『失われた地』の迷宮に入る準備は出来た。
後は今夜再度クラン内で地図を元にして迷宮の内部の再確認と出現する敵の対策を立てるだけだ。
とりあえずヴォラクの得意な事でも聞いて彼の役割を考えよう。
「ヴォーラ、念の為に聞くけど……お前って戦えるよな?」
「ええっと……戦いか。嫌だねぇ、兄貴ぃ。俺はぁ仮にも○魔だぜぃ。楽勝、楽勝」
※お聞き苦しい部分の音声は消去しております。
お前の事を折角偽名で呼んでいるのに……
声が……でかいよ……
意味無いじゃん!
「楽勝って……お前の『売り』は何なんだよ?」
「俺って『運』のステータスが飛び抜けて良いんでねぇ。だから、罠も引き当てねぇし、お宝だって直ぐ探し当てるのでさ……但し戦いはてんで駄目なんでさ!」
「はぁぁ…………」
俺は思わず溜息を吐いた。
戦いは駄目で運だけ良い?
それってどっかのゲームの『ごく潰しキャラ』みたいじゃないか?
俺の様子を見たヴォラクはきょとんとしている。
こいつはどうして俺が溜息を吐いたのか、分からないみたいだ。
でも運だけで生きているこいつは……
文句無く『シーフ』に決定!
「ヴォーラ……」
「何です? 兄貴」
「良いから罠外しと開錠だけは必ず覚えろ! もし出来ないっとかって、言ったら……」
「言ったら?」
「直ぐに放り出す! つまり縁を切る!」
「えええ、あ、兄貴! マジですか?」
「マジ!」
俺がきっぱり言うと、ヴォラクは表情を引きつらせて黙ってしまったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
万屋で買い物が終わると、もう夜になっていた。
俺達は宿である『白鳥亭』に急いだ。
既にジュリアとイザベラは宿に戻っていた。
2人とも大きなトラブルはなく、色々と各所で話が出来たようである。
ナンパもされなかったようなので、めでたし、めでたし!
しかし!
『白鳥亭』ではもっと大変な事が起こっていた。
何故か白鳥亭がいつもと違うのだ。
その原因は一目瞭然であった。
カウンターに女将のアマンダ・ルフタサーリさんが……居ない!
何と!
そこには全然タイプの違う別のアールヴの女性が立っていたのである。
何だよ!
俺は思わず大きな声で叫びそうになった。
俺の『癒し』を返してくれよ、と。
魂の底から叫んだ俺はカウンターのアールヴ女性に勢い込んで聞く。
「ええと……女将さんは?」
「私が女将ですよ。エリナって言います。エリナ・ハールスですよぉ」
エリナさんか!
ハスキーな声だ!
金髪で碧眼、そしてこの人もアマンダさん同様、アールヴなのに、胸も結構大きい……
この人はこの人で結構、綺麗な女性だ……
充分、俺の中では許容範囲なんだが……
ぽっこん!
「いてぇ!」
思い切り足を蹴られた。
この怒った魔力波は……ジュリアだろう。
「こらっ! トール、駄目!」
ジョリアの叱る声で我に返った俺はエリナさんを問い質した。
「エリナさん、つかぬ事をお聞きしますが……元女将のアマンダさんは?」
「私ならここに!」
聞き覚えのある鈴のような声!
俺が振り返ると、あのアマンダさんが革鎧を着込み、ショートソードを下げた姿でにっこりと笑っていたのであった。
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