第100話 「迷宮ガイド」
「ええと、350万アウルムあるわね。うん、確かに受け取ったわ」
情報屋のサンドラさんは俺が出した金を受け取り、数えるとにやりと笑った。
妖艶なその笑みは、男なら全員が虜になりそうな危険な雰囲気を漂わせている。
これは堪らない!
ゾクゾク来る!
ここで俺ははっきり言おう!
デックアールヴが醜いなどという風評は嘘っぱちであると!
「じゃあ、早速説明するわ。地図を持ってくるから少し待っていてね」
金を受け取って笑顔のサンドラさんが席を外して奥へ引っ込む。
ソフィアは彼女の後姿を見送りながら怪訝な表情である。
「なあ、トールよ! あの女は本当に信用して良いのか? 金貨350枚は結構な金じゃぞ」
ソフィアにそう言われて、サンドラさんに会う算段をしたヴォラクは微妙な顔付きだ。
「ソドムの情報屋の話では、彼女はこの商売をやって長いそうですぜ。情報の内容も確かだそうだし、俺ぁ、信用出来ると思いやすがね」
俺もサンドラさんは信用出来ると思いたい。
だが、ヴォラクは余りにも無防備とも言える。
「ヴォーラ、教えておくぞ。商人というのはな、初めて会う人を信用するとか、簡単に言い切っちゃ駄目なんだ」
「兄貴は疑り深いなぁ! そんなものですかね……」
偽名で呼ばれたヴォラクは俺の意見にも半信半疑といった面持ちだ。
こいつ……もしかしてサンドラさんが美人だから信用したのか?
放出する波動が彼の気持ちを語っている。
そこで俺はヴォラクに再度念を押した。
「商人は信用が第一なんだ。そして信用ってのは直ぐに作れるものじゃあない。何度か商売をして少しずつ築き上げるものだ」
「ふ~ん……信用するしないって難しいんですねぇ」
そうさ!
臆病にも見える慎重さは全てに通じるのだ。
「それにこの情報は自分で確認した情報ではなく、所詮は金で買う情報なんだ。参考レベルで良いと思う」
「参考レベル……ですかい?」
「ああ、しかしな。ここが難しい所だけど最初から疑い過ぎるのも良くないんだ」
「そうじゃ! 最初から疑い過ぎるのは良くないのじゃ!」
ここでまたソフィアが口を挟んで来た。
お前……さっきと台詞が全然違うじゃないか。
俺には分かっているんだよ。
貴女はね、世界征服を企む、お腹が真っ黒な女の子だから疑ったのですって。
俺は偉そうに語るソフィアを、華麗にスルーして話を続ける。
「相手だって商売なんだ。特に情報屋は信用が看板じゃないか」
「確かに嘘やガセばっかりじゃあサンドラさんも商売は続けられませんねぇ、兄貴!」
「ああ、そうさ! これから『失われた地』を探索する俺達にとって情報はとても大事だ。少しでもあれば俺達が危険な目に遭う確率がそれだけ下がる。情報屋の情報は参考レベル……あくまでもそれくらいに見ておくのが1番さ」
俺の言葉を聞いたヴォラクは素直に「分かった」と頷いた。
ただサンドラさんの色香に惑わされるなという事は、今後もはっきりと認識しておかなければならない。
サンドラさんには悪いが、彼女は初対面では同性から誤解されるタイプであろう。
魔力波を見る限り、腹を割って話をすれば、竹を割ったような性格だから、きっと分かり合えるに違いないが……
そんなやり取りの最中、サンドラさんは戻って来た。
「お待たせ!」
彼女はそう言うとテーブルの上に手書きの地図を広げた。
地図はというと……お世辞にも精密な地図とは言えない。
はっきり言って大雑把だ。
俺はさっと地図を一瞥する。
それによると『失われた地』の遺跡はサンドラさんの言う通り全10層からなる地下迷宮だ。
「じゃあ最初から説明するね」
そう言うとサンドラさんは片目を瞑った。
「この迷宮はかつて創造の地と呼ばれていた街の残骸よ。旧ガルドルド魔法帝国が異界をも巻き込んだ伝説の大戦に敗北した時に当時の魔法工学師達が逃げ込んだという言い伝えが残っているわ」
初っ端の説明は概ね合っている。
ソフィアもその通りだと、言うように頷いた。
サンドラさんの視線は地図の中の迷宮の入り口にある。
「迷宮は全10層。まず地下1階と地下2階は大した敵は出て来ない。せいぜいゴブリンくらいさ。寧ろ迷宮探索者を狙う人間に注意した方が良い。山賊とか、初心者殺しと呼ばれる奴等だよ」
俺達はヴォラクを除いて納得したように頷く。
それならコーンウォールの遺跡と同じだからだ。
「ふうん……どうやら迷宮探索の経験はあるようだね。じゃあ話を続けよう」
サンドラさんは地図を指差した。
「地下1階から地下4階までは階段を降りるが、地下4階からは転移門を使って階下へ降りて行くんだ」
それは階段で地下5階まで降りたコーンウォールの遺跡とは違うようだ。
まあ、良い……それで?
「地下3階から敵が段違いに強くなる。ゴブリンはもとより、オーク、食肉鬼などの人型の魔物、巨大化した昆虫、そして不死者の骸骨戦士達が出現する」
魔物はコーンウォールの遺跡とほぼ一緒だ。
油断は禁物だが、俺達が既に戦った相手なので手の内は読めている。
先程からの俺達の様子を見てサンドラさんは何か感じたようだ。
「どうやら迷宮の魔物の事も知っているようだね。よかったらその迷宮の事を教えてくれないか? 逆に対価を支払うよ」
成る程……
こうやって情報の『仕入れ』もしているのか。
そして必要な人に対して自分の利益を乗せて売る、サンドラさんはこうして商売をするのだ。
「とりあえず『失われた地』の遺跡の説明をお願いします」
逆取材をしようとしたサンドラさんを、俺は手を挙げて抑える。
「ふふふ、悪いね。確かにそうだ」
苦笑したサンドラさんは鼻を鳴らすと話を再開した。
「地下4階までは同じような構造さ。壁面が石造りのいかにも迷宮って雰囲気でね」
となると、地下5階からは雰囲気が変わるという事か……
「地下5階からは信じられない事に……このベルカナの街のような光景が広がっている。巨大な地下都市がね」
やっぱり……
で、あればコーンウォールの遺跡の構造と殆ど一緒だ。
だが、ここからが俺達の欲しい情報である。
「街に人の気配は無い……警護していたのは異形の巨人達、その先は同じ様な地下都市が地下9階まであるという。……以上だ」
へ!?
これで終わり!?
そりゃ、無いぜ!
サンドラさんが言う異形の巨人とは、多分、旧ガルドルド魔法帝国自慢の鋼鉄の巨人だろう。
それに魔法工学師達が居るとすれば、最終兵器の試作品であるゴットハルトの機体、滅ぼす者も存在するかもしれない。
そうであれば一筋縄ではいかないであろう。
しかしこれだけで350万アウルムは高い!
「サンドラさん……」
「何?」
「もう少し説明が欲しいですね」
俺が追加説明を求めるとサンドラさんは残念そうに首を横に振る。
「残念ながら大まかには以上なんだ。提供者が地下6階から先には進んでいないからね。だけど質問は受け付けるよ」
むう……何か変だな。
サンドラさんは何か隠している気がする。
しかし質問か……
ここはとりあえず全員で確認してみよう。
まずは俺が質問する事にした。
「地下5階までにしか進んでいないのにどうして地 下10階まであると分かったのですか?」
俺の質問にサンドラさんはにやりと笑う。
「もっともな質問だ。地下5階で倒した相手や途中であった冒険者達に聞いたそうだよ」
成る程……
情報提供者は実際に探索をしていないって事だ。
「罠とか、特に注意する事はないのですか?」
「ああ、地下4階までに罠は多数存在する。具体的に言えば、落とし穴、仕掛矢に加えてダメージを受ける床もある。結構えぐい罠が一杯あるよ」
罠か……
地図に印をつけてはいないのか?
「罠は、この地図には反映していないのですね」
「ああ、残念ながらそこまではね。……だけど転移門の位置は記してある。位置を動かされていなければ、そのままの筈だ」
それはラッキー!
まあ大金を払うからそれくらいの情報は欲しい。
次に質問する内容は異形の巨人達に関してだ。
サンドラさんが話す『巨人』の特長を聞くと間違い無い。
俺達が既に戦った鋼鉄の巨人だ。
俺達はその後もサンドラさんに質問を続けた。
彼女の話す迷宮の様子はやけにリアルである。
大金を払った俺達クランではあったが、それなりの情報を得たのは貴重であった。
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