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第10話 「価格交渉」

「モーリスの言った触媒って何? トール」


 ジュリアが再び俺の方を向いて聞き直す。

 ここはぜひ俺の『拘り』を披露してやろう。


「ああ、触媒っていうのは自分自身は変化をしないが、他の物質……ここでは第一質料(プリママテリア)に4大元素――いわゆる地・水・風・火だな。これらを結びつけて変化させる為の特殊な物質なんだ」


「ええと……トールの言う事は難しくて良く分からないけど……」


 ジュリアは暫し考えた後に、ポンと手を叩く。


「うん! 簡単に言えばあたし達、仲買人ブローカーみたいな物だよね! 全く知らないお客同士が、あたし達と絡む事で皆、ハッピーになるって感じ?」


「…………」

 

 ジュリアへ俺の中二病的な難しい説明をしても、直ぐには理解して貰えなさそうだ。

 俺は仕方なく「まあそんなもの」と曖昧に頷いた。

 加えて『賢者の石』は結構、高価な物だと告げたのである。

 そのような俺の態度にジュリアが一抹の不安を覚えたのであろうか、今度は心配そうな顔をする。

 暫く考え込んだジュリアはハッとした表情をすると、鋭い目をしてモーリスを睨んだのだ。


「おっちゃん! その賢者の石って、もしかして8,000アウルムどころの値じゃないんじゃないの!」


「ああ、そうさ。まともに買えば数万アウルム……かもな」


 賢者の石のあまりの法外な値段に、ジュリアは目を丸くする。


「げぇ!? す、数万アウルム!? その変な石が!? って、まさか、それ盗品じゃあないでしょうね。もしかして足がつく前にあたし達に売ってしまおうとか目論んでいるの」


「おいおい! 人聞きの悪い事を言わないでくれよ。これは俺が作ったのさ。だから盗品じゃあないぞ」


 え、このおっさんの自作!?

 ちょ、ちょっと待ってくれ!

『賢者の石』を作るのは大いなる作業(マグヌス・オプス)と呼ばれ大変な技術が必要だぞ。

 その前に何故そんな凄い技術を持った錬金術師が、こんな田舎で万屋よろずやをやっているのか?


 俺の表情を見て、モーリスは何を考えているか分かったらしい。


「ははは、何故俺がこんな田舎のタトラ村で店やっているか聞きたいようだな?」


 図星を指された俺は、思わず頷いた。


「実は、俺……昔、この国の王都で一端(いっぱし)の錬金術師だったんだ。でもなぁ……真理(エメト)を極めてしまうとその先の目標を見失ってな。残りの人生を故郷のこの村で、のんびりやり直そうと思って戻って来たんだ」


 そうなのか……

 『賢者の石』がさくっと作れてしまうくらい、モーリスは凄腕の錬金術師だったんだ。

 

 俺の居た地球の、過去の時代である中世西洋では、数多の錬金術師が日夜大いなる作業(マグヌス・オプス)に励んでも結局、賢者の石は作れなかったわけだから。


 その伝説の賢者の石が……今、目の前に……

 俺はとても感動してしまった。

 さすが異世界ファンタジーだ。

 スパイラルが言う通り、よくよく考えるとここは俺の知識と願望がしっかり反映される世界だったと改めて実感したのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 やっと話が見えて来たので、俺はモーリスに対して素直に代金を渡そうとした。


「トール、ちょっと待って!」


 何故かジュリアに支払いを止められる。

 

 何だろう?

 まだ何か、あるのかな?


 ジュリアは首を横に振っている。


「ここでまともに買うのは素人よ。良い? 見ててね」


「おっ! 来たな、ジュリア」


 ジュリアはどうやら商人にとってはお約束の『金額交渉』をするらしい。

 モーリスの方も商売を邪魔されて怒るかと思いきや、逆にとても嬉しそうである。


「良い? おっちゃん! トールの買った『賢者の石』に治癒草の束と柘榴石(ガーネット)の都合3つで10,000アウルム払うよ! どうかしら?」


 ジュリアが威勢良く値段を提示するが、10,000アウルムとは思い切った金額提示だ。

 だって『賢者の石』だけで数万アウルムだよ?

 他の商品だって最低でも8,000アウルムはするとしたら、最低でも20,000アウルムから30,000アウルムの金額に達してしまう。

 案の定、モーリスは顔を(しか)めて手を横に振った。


「おいおいそれは安過ぎる。皆8,000アウルムはすると言った商品だぞ。(まと)めて売ってやっても良いが、もう少し金を積んでくれよ。……よおし、ジュリア。こっちの言い値を聞いてくれ。トールが買った賢者の石が約束通りに5,000アウルムとしよう。後の商品は治癒草が4,500アウルム、柘榴石(ガーネット)が6,500アウルムで都合16,000アウルムだ……これは随分勉強してやった金額だぞ」


 確かに安い!

 これは充分に『買い』だと思うけど……

 

 しかしジュリアがOKする気配は全く無い。


「ええっ、駄目よ! 高~い! 未だ高過ぎるわ。 でもモーリスが錬金術の事とか、色々教えてくれたから……11,000アウルムまでなら思い切って出すよ」


 ジュリアがさっと小さな可愛い手を差し出し、モーリスに握手しろとアピールする。

 どうやら双方が握手をした瞬間が契約成立の確定らしい。


「11,000!? ひょえっ! それじゃあ話にならんよ、せめて15,000アウルムだな」


 ジュリアの値付けに大袈裟に驚いて苦笑するモーリスではあるが、即座に反撃する。

 次に彼が出した値段は最初の提示から少し値引きした15,000アウルムだ。

 自分の言い値と大幅に差がある金額を再提示されたジュリアも全く(ひる)んではいない。


「15,000? 未だ全然高いわね。何よ、纏めて買うから良いじゃない。間を取って11,000アウルム!」


 ジュリアの言い値にモーリスは相変わらず苦笑する。


「間どころか、全然、金額が変わっていないじゃないか。じゃあ俺が本当に間を取って13,000アウルム!」


「無理! 11,000アウルム以上は絶対に上げられないわ。じゃあ……ねえ、こうしない? この後、旅の支度用で追加の買い物をするからさ」


「う~ん……そう来たか! う~む、仕方無いな。じゃあ11,000アウルムで良いよ」


 モーリスが何とか承諾し、とうとう商談成立である。

 その瞬間、ジュリアとモーリスはがっちりと握手をしたのだった。


 俺はそのような値段交渉に呆然としている。

 買い手と売り手のGAMEのような駆け引き。

 仲買人を目指す俺は、こんな駆け引きが出来るのだろうか?


 ね、ねえ、スパイラル様! 口の上手(うま)さと押しの強さって、頂いた加護の中に入っていないんですか?


 俺は思わずそう呟いて天を仰いでしまったのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 俺とジュリアは約束通り、この『モーリスの店』でジェトレ村までの旅に必要な物を買い求める。

 万屋だけあってモーリスは食料品、日用雑貨の他に薬品や武器防具屋まで扱っていたのだ。


 食料品や水筒などを買いながら、ジュリアの服装を見て思い出した俺は改めて彼女の装備品を購入したいと申し出た。

 何せジュリアときたら最低限身を護る革鎧も持っておらず、武器といえば錆びたナイフ一丁だったからだ。

 これで良くあの危険な街道を今迄旅して来たものである。

 一旦は「要らないよ」とジュリアは断わったが、俺が心配だと強く推して買わせた。

 

 幸い店の限られた在庫の中に女性用の革鎧があり、何故かサイズもデザインの好みもジュリアにぴったりであったから直ぐ購入が決まったのである。

 武器は新品の小振りのナイフがあったのでそれにした。

 こうなると問題は価格である。


 しかし革鎧やナイフをもろもろ一緒に買うと主張して、先に買い物した11,000アウルムの分も合わせてジュリアは総合計50,000アウルムに負けさせてしまう。

 

 恐るべしジュリア。


 モーリスによれば革鎧だけで本来は10万アウルムもする品物らしい。

 「大損だよ」と肩を竦めて、嘆くモーリスである。


 だが、彼の本音は違っていた。

 

 俺達に売ったのはひょんな事から店で買い取り、ここまで売れずに持て余していた女物の革鎧だったらしい……

 こんな物はさっさと売り払って店の運転資金の現金にした方が良いという彼の気持ちが魔力波(オーラ)により垣間見えていたのである。


 え?

 何故、どの魔力波が何に当るか分からない俺がそこまで識別出来るか、だって?


 それは俺の例の勘というか、いわゆる確信が益々強く感じられるようになって来たからなのだ。

 モーリスから放出されて立ち昇る魔力波を見てそう感じたのである。

 ありがとう、俺のチート能力!


 ここでジュリアは俺が出そうとした金を押し留め、何と自分で貯めた金を支払いに差し出した。

 俺が驚いて聞くと自分の鎧やナイフを買うから自分で出すのが当り前だと強く言い張るのだ。


 ええっ!

 普通はラッキーとか言って、男の俺に出して貰うものだけど。

 前世では今迄接した女の子達って、奢られる事に対して全く遠慮をしなかった子ばかりである。


 俺はジュリアに対して新鮮な驚きを感じながら彼女が金を支払う様子を眺めていたのであった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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