第1話 「プロローグ☆思いがけずに異世界転生」
新連載始めました。
宜しくお願いします。
「さあっ! 次はヴァレンタイン王国建国の英雄! そして伝説の勇者バートクリード様が使ったという魔法の宝剣だ! 言っておくが、これはそんじょそこらにあるような複製品じゃないぞ! ヴァレンタイン王国商業ギルド発行の保証書付きの正真正銘のオリジナル! 所持するだけで大変名誉なお宝だぜ! さあ金貨1,000枚、1,000万アウルムから始めようかぁ!」
ガイ~ン!
豪奢な服装をした中年男性の競売人が渋いがよく通る声で叫び、使い込まれて年季の入った木槌を振り上げると大きな音で打ち鳴らした。
その瞬間、満員になっているこの会場内のボルテージは上がりまくる。
出品商品の購入希望者を含めた夥しい観客。
この会場に少なくとも5,000人は入っているであろう。
俺は得意先や周囲から仲買人と呼ばれている男のひとりだ。
このようなオークションに自身で参加するのは勿論、大口契約の様々なお客から頼まれて本人の代理として参加し、貴重なお宝を落札するように託されたりする。
今回、俺はあるクライアントからの依頼でこのオークションに参加している。
ちなみに任された予算は1億アウルム、分かり易く日本の金に換算すれば何と約1億円だ。
実は入札する前に俺とお客の間で決めた約束の希望入札金額がある。
お宝を確実に競り落とすのは勿論だが、合意したその金額を下回る入札価格で落札すれば入札金額の10%もの報奨金が獲得出来るのだ。
このような契約はとても美味しい!
俺のモチベーションも否応なく上がるというものだ。
入札はさっき開始されたが、まだ俺は参加していない。
今回のオークションで俺が入札を行う際、敢えて最初から参加しないのが事前に考えた作戦である。
目的のお宝がどう競られて行くか、いわゆる場の『流れ』を把握する為だ。
このやり方はいろいろな勝負事と全く一緒である。
勝負の流れを見ながら仕掛けどころを見極めつつ、勝機を見て一気に勝ちに行くのだ。
俺は関係者席に座って、次々と入札されていく様子を腕組みしながらじっと見守った。
暫くしてタイミングを見極めた俺は、軽く手を挙げて傍らのスタッフの男に入札金額を告げた。
男は心得たと言うように、会場内に良く通る声を響かせる。
「入札参加者ナンバー8! 只今3,000万アウルムにて入札しました!」
いきなり名乗りをあげた俺の入札金額に反応した観客達がどっと沸く。
『場』が動いた事に彼等は興奮し、足を踏み鳴らすから、建物全体が振動する。
そして俺の入札に対して応酬する声が無いか、会場全体へ聞き耳を立てるのだ。
心地良い!
何て心地良いんだ!
俺は緊迫した勝負の陶酔感の中に身を置いていたのである。
ここはヴァレンタイン王国、冒険者の街バートランドに設営された公営オークション会場……冒険者ギルドと商業者ギルドが王国から委託されて共同経営するものだ。
通貨単位や国名、そして冒険者ギルドなどの施設から分るようにここは俺が、かつて暮らしていた『地球の日本』では無い。
生活様式は似ているが、かといって過去の中世西洋でもない。
はっきり言おう、剣と魔法の活躍する異世界である。
この公営オークション会場では最新の武器防具から古代の宝物までありとあらゆる品物が希望者へ売却される為に出品される。
それらのお宝を求めて来る客も千差万別で王族、貴族、商人、職人や一般市民など人間族の老若男女は勿論の事、お宝によってはアールヴ(エルフ)、ドヴェルグ(ドワーフ)などの妖精に近い種族の者達も大挙して押し寄せる事が多い。
稀に神や使徒、魔族などの人にあらざりき者達も参加するという噂もある程だ。
ああ、話しているあんたには、まだ名乗っていなかったな。
俺の名は勇気トオル、年齢は17歳。
この世界に来る前は日本人の一般的な高校生で成績は中の下。
運動神経も普通であり、決して抜きん出たものはない。
いや正確に言うとなかった。
平凡を絵に描いたような高校生の俺が何故境遇を過去形で語り、実際このような場所に居るのか……
それをこれから話そうと思う。
理由は何の事はない。
ラノベの世界では良くある話だが、俺は一旦死んでこの異世界へと転生したのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
死ぬ直前の俺は高校生活の中でも終盤に差し掛かる3年生になっていた。
当時は夏休みであったが、もうこの時期であれば大学に進学するのか、それとも専門学校か、もしくはどこかの会社に就職するのか、具体的に決めていないといけない。
しかし担任の先生や親から提示された将来へのいろいろな選択肢を見せられても俺には全く実感が湧かなかったのである。
興味があって唯一得意なものといえば、中学生の頃から密かに書き溜めていたテンプレもののファンタジー系ライトノベル。
一般の本など全く読まない俺だが、自分の作品を書く為に必要な剣と魔法のファンタジー世界関係の本は高校に入ってから始めたアルバイトで溜めた金をつぎこんだ。
ラノベを書く為には最低限の知識は必要であるから。
俺は必死に何度も資料本を読み込んだ。
それだけで何か自分が物知りになった気がした。
しかしそんな偏った読書だけで自分が素晴らしい小説を書けると思っていた俺はとんだ勘違い野郎であったのだ。
結局書いた作品もチート、最強、ハーレムと3拍子揃った誰にでも考えつくような、ありきたりな物で今から考えれば赤面しそうな安手なヒーローのお話である。
そこに読者をひきつける斬新なアイディアや心温まる描写があれば読者はついて来てくれるのだろうが、今、読み返せばそんな物は皆無で単なる独りよがりの内容に過ぎなかった。
当時はそんな事など全く分からなかった俺は、自分の身勝手な妄想がどれくらい世間一般の人々に受け入れられるか、2年生になった春にわくわくしながら様々な小説サイトに投稿してみたのである。
しかし結果は惨憺たるものだった。
朝、起きて直ぐに作品を投稿してから昼、晩、深夜と見直しても感想どころか読者も増えない。
読まれた回数も1日2回か3回程度……密かに作家への道を夢見ていた俺に突きつけられた厳しい現実であった。
かと言って……俺はそれ以外に自分の将来に対して全くイメージが湧かなかった。
おこがましい事に俺は文章を書いて生活して行く事に憧れ、大袈裟に言えば作家を目標として人生を賭けていたのである。
それがばれた!
俺はある日母親に対して、ついその夢を口に出してしまったのだ。
褒められると思っていた俺はとんだ反撃を受けた。
呆れた母親から父親にも話が行って、メチャクチャ怒られたのである。
もっと現実を見ろと、俺に才能などある訳がないんだと……
話が遂に学校にまで行き、担任のおっさん先生には自分のクラスから落伍者を出したくないとまで言われた。
最初に親から怒られた時は一瞬だが、俺の事をそんなに心配してくれているのかと喜んだ。
だが俺はとんだお人好しであった。
両親は自分の息子の可能性など一切考えてくれないのと、おっさん先生に到っては俺と関わる中で自分の経歴を貶めたくない……それだけだった。
辛い状況に落ち込んで益々暗く無口になった俺を、さすがに級友達も避けるようになった。
そりゃ当然かもしれない。
こんな暗い奴が傍に居たら自分だってお断りだ。
夏休みに入ってからというもの、現実を突きつけられた俺はあれほど打ち込んでいた小説を書く事も放棄していた。
ただ自室に篭もって寝てばかりいたのだ。
そんな理由で今の俺にはやる事が全く無い。
敢えて言えば『自宅警備』だけだ。
しかし黙っていても腹は減る。
これは自然の摂理だ。
俺は本能には勝てず、共働きの両親が出かけてから、引き篭もった部屋から出てこっそりと食べ物を探した。
しかし……運の悪い事にその日に限ってテーブルの上にも冷蔵庫にも全く何も無かったのである。
まあ肉やら野菜やらは材料はあったが、料理を一切やらない俺には無縁のものだ。
いつもは朝食の残りのパンかせいぜいカップラーメンくらいはあるのに……
これでは仕方が無い。
俺は自室に戻るとバイトで溜めた金が入った引き出しから千円札を掴む。
一番近い近所のコンビニにパンと缶コーヒーを買いに行く事にしたのである。
金が無いので最近は映画も見ないし漫画も一切読まない。
主な暇つぶしはスマホのGAME、後は例の小説執筆の為に購入した本を読む位である。
スマホは無料のGAME専門、本はもう何度も何度も飽きるほど読んだ小説の資料用のものばかりだ。
バイトもしていない、収入の無しの生活なので無駄使いは出来ないし、無為な時間潰しばかりをして過ごしていたのである。
こんな夏休みの平凡な日がこの世に別れを告げた運命の日になるなんて当時の俺は思いもよらなかった。
家から外に出ると、朝だというのに蝉は泣き叫んでいる。
小さな茶色い身体を震わせ、油が煮立つような不快な音が確実に俺の体感温度を増加させていた。
俺は運動不足から来る重い足を引き摺り、空腹と暑さに耐えながらのろのろとコンビニに向かう。
スマホを見ながら歩いていたから、周囲は全く見えていない。
どうせぶつかりそうになったら相手が避けてくれるだろう。
時間が過ぎたのを全く感じなかったが自宅から10分程歩いて交差点の前に差し掛かる。
丁度信号が青に変わるのを確かめると俺はゆっくりと横断歩道を渡り始めたのである。
ごおっ!
いきなり低音のエンジン音が耳元にで鳴り響く。
「え!」
気がついたら俺の目の前に黒塗りの大型乗用車が迫っていた。
馬鹿、俺の馬鹿、スマホに夢中で気付かないなんて!
うう、皆さん。やはり歩きスマホは危ないからやめましょう……
全身に激しい痛みを感じてあっけなく宙を舞った俺。
意識を手放す寸前に熱いアスファルトに叩きつけられた感触を感じて俺の目の前は真っ暗になったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あ、あれ……
俺はいつの間にこのような所に居るのだろう?
何だか夢を見ているような感覚で目の前の景色を眺めていた。
それはいったいどこであるか、何かはっきりしないような場所なのである。
手を伸ばせば消えてしまうような輪郭の無い儚い夢のような世界である。
また自然の景色は何も無く、高く白い壁が延々と続くような無機質に感じる場所でもあった。
俺はそんな場所にたったひとりで倒れていたのだ。
いきなり不可思議な事が起った。
何と、黒塗りの大型乗用車が目の前にいきなり出現したのである。
これは俺を轢いた、あの大型車だ!
こんな世界に車があるって、やっぱり轢かれたのは夢じゃないか?
俺は実は生きているんじゃあないか?
こうなったら入院費くらい払って貰わないと困る!
乗っているのがやくざとか、凄~くやばい奴でない限り、車の持ち主をとっちめてやる。
しかし窓ガラスにスモークが掛かっている為に、乗っているのは誰だか分からない。
俺は相変わらず身体が動かないので、高級そうな窓にスモークの入った車をただじっと見詰めていた。
暫くすると、何となくだが誰かが出てくる気配があった。
まず前のドアが開く。
そこから出て来たのはシンプルなデザインだが仕立ての良さそうなチャコールグレイのスーツを着込んだ老齢の外人の男である。
誰かに仕えている使用人という雰囲気で多分、この車の運転手であろう。
遠目から見て若い頃はとても二枚目だったと見える苦みばしった渋い顔をしていた。
でも何で俺にあんな遠くの人の顔が分かるんだろうか……
近眼の俺がこんなに視力が良いとは?
男は早足で近付いてくると無遠慮に俺の顔を覗き込んだ。
そして不思議そうに眉をひそめると首を傾げたのである。
続いて後ろのドアが開くとまだ若い金髪の外人の少年が出て来ていかにも困った顔をして歩いて来た。
これまた高価そうな濃紺色のブレザーを着込んだ育ちの良さそうな少年である。
何と不思議な事に外人の少年が話したのは流暢な日本語であった。
「セバスチャン、何故かなぁ? 普通はこんな事、あり得ないよね?」
「はい、坊ちゃま。普通はあり得ませんな」
あり得る、あり得ないって、倒れている俺を碌に心配もしないこの軽~い会話!
人を車で派手に撥ねておいて一体何を言っているんだ。
俺はお気楽なふたりの会話を聞いてだんだん腹が立って来た。
「おい、君。聞こえているんだろう……確か勇気トオル君……だったっけ」
坊ちゃまと呼ばれていた金髪の少年が突如俺に話しかけて来た。
「さっきも言ったけど君が僕の車にぶつかって死んだ事自体が普通はあり得ないのさ。僕達は神界の者で、君は下界にある現世の人間。ある場所に同時に存在したとしても、次元が全く違う世界だからこんな事故なんか絶対に起こらない筈だったのさ」
え、……やっぱり俺、死んだ!?
さすがにショックだった。
それにしても何て言い草だろう。
素直に謝ろうともしないし。
起こらないって言ったって現実にはしっかりと起こっているじゃないか。
俺はつい不満そうに口を尖らせた。
しかし少年はにやにやしており、老齢の男と来たら無表情だ。
「お前、人を轢いておいて謝ろうとも思わないのかよ?」
「貴様! 坊ちゃまに何て口の利き方だ!」
セバスチャンと呼ばれた老人が俺へ食ってかかった。
しかし少年はすっと手を挙げて制止する。
「セバスチャン、良い」
「は、はい! 坊ちゃまがそう仰るなら」
「さて話の続きだ。確かに僕はトオル君、君を轢いた……だが、あくまでも想定外……というわけで必ずこちらが悪いと言う訳ではない」
少年が笑顔のまま、ひとさし指を横に動かした。
まるで俺の不幸を面白がっているようだ。
少年は悪びれる様子が全く無い。
何を言っているんだろう、こいつは。
俺はムッとしたのでさすがに抗議する。
「あのな! 歩行者は交通弱者なんだから、常識的に事故として考えたら車で轢いたお前が10対0で圧倒的に悪いだろう?」
「まあ、君達人間の生きている現世ではそうとも言うね」
少年は俺に論破されても未だ自分の非を認めない。
「お前、神様とか言ったな? じゃあ、俺を生き返らせろよ、こんなの凄く理不尽だぞ!」
俺は悔しい気持ちをぶつけてみた。
だが少年はせせら笑う。
「ふふ、それ無理。不可能だよ。僕、まだそこまで神格が高くないから。それに理不尽な事は世の中には一杯あるからね」
本当にムカツク!
でも……し、神格?
神格って何?
「ははは、文字通りの神様の格、力の事。神様っていうのは人間達の信仰心が高ければ高いほど神格も高い。格が高い神様になればなるほど、様々な奇跡って奴を起こす事が出来るのさ」
じゃあ……生き返らすのは?
「残念ながら死者をそのまま蘇らす力は今の僕には無い」
少年は笑顔を引っ込めてちょっと残念そうに言った。
「それより君は誰だ? せめて名前を教えろよ」
下手に出た俺の問いに、少年の顔はまたにやけたものに変わった。
「ふふふ、お前から君に呼び方が変わったね。じゃあ、一応名乗ろうか。真名は名乗れないから仮初の名だけれど、僕は螺旋、神界の中ではまだまだ若い神さ」
スパイラルって……負のスパイラルとか……意味深な名前だな……何か嫌~な予感。
「ははは、名前なんて単なる符合さ。それよりも君の処遇の話だが僕が管理を任されている世界がいくつかある。そこに君を転生させる事くらいは出来るんだ」
話が発展して、まさに書こうとしていた異世界転生テンプレ小説の当事者、すなわち主人公に自分がなろうとしているのを俺はやっと実感したのであった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!