番外編 -未知への訪問- 11 超獣の秘密
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超獣。
それはこの世界に突然出現した災厄である。
大戦後、汚染物質を浴びて突然変異した生物であると言われているが、その実態は謎に包まれていた。
ただ一つ判明している性質として、超獣は地下に潜み異界を生成し決して地上に出現しない、というものがあった。
安全と思われる地下通路であっても、汚染溜まりは存在する。
故に防護服の着用は必須。
その上、突如超獣に襲われる可能性すらあるとなれば、地下通路も決して安全とは言えない。
千人からなる住民を護送するとなると、地下通路は却って危険だと考えられる程だった。
であるからこそ超獣との遭遇を避けるべく、防護服を着用しての地上行動を選択したというのに……。
ザザ含む護衛任務に就いていた者達は、大慌てで散開しつつ、超獣の見上げんばかりの巨体を睨む。
出現したのは一体だけではない。
数体の超獣が、ザザ達を睥睨するように半円形に聳え出ていた。
「チィ、強化外装さえあれば、コイツ等相手でも戦えるんだが……」
カルマンが悔しそうに呟く。
事実だ。
強化外装の火力があれば、超獣を相手にしても楽に戦える。
だが今、カルマン達が持つ武器は、機械化兵用の小型雷撃機関砲のみであった。
ベレッタによって、五機全てが破壊されていたからである。
小型雷撃機関砲は、超高熱エネルギーを注入した弾丸をばら撒く恐るべき武器であるが、あくまでも対人対物兵器。
超獣のような巨体に対しては、火力不足である。
何しろ超獣の最大の特徴は、異常なまでの再生能力の高さなのだ。
手足や触手が千切れても、それを再び取り込んで再生する。
倒すならば、その巨体の三分の二以上を一撃で破壊しない限り倒せない。
完全に焼き尽くすなりして、消滅させる必要があるのである。
強化外装の大火力なら問題なくとも、小型兵器だけで超獣を倒そうとするのは、実質不可能であると言えるのだった。
バーベキューを楽しんでいた大人達はその動きを止め、咄嗟に何をすべきかわからぬままに固まってしまっていた。
「クソったれ! 俺達が囮になるから、その隙に逃げろ!!」
ザザが叫び、そんな大人達に喝を入れた。
「無理だ、ザザさん! 後ろにも超獣が――!!」
そんなザザに答えたのはリンドウだ。
その言葉の通り、いつの間にかザザの後方にも超獣が出現していた。
完全に囲まれてしまっていたのだった。
一方、そうした状況にも関わらず、子供達だけは平然としたものだった。
ちょっとビックリしたようだが、それでも皿を手放さない。
呆然としている大人達の前から焼けた肉を奪う、剛の者までいる始末。
何故ならば、子供達にとってヒーロー的な存在となったヴェルドラが、まるで動じる事なく肉を焼き続けていたからだ。
その姿は子供達を安堵させ、何も問題ないのだと信じさせていた。
事実、カルマン達が来た時も、ミッシェルが来た時も、ヴェルドラは堂々と何かを焼いていて、そして何事もなく無事に問題は片付いている。
ザザにとっては呪いのアイテムのような鉄板だが、子供達にとっては安全の象徴的なアイテムに思えるのだった。
そして、当の本人たるヴェルドラ達は。
ジュージューと肉を焼きつつ、暢気に超獣を眺めていた。
「おいラミリスよ、あれは超獣と言うらしいぞ」
「そだねー。でもさ、師匠……アレってさ……そんなに大した事なさそうだよね?」
「うむ。その証拠に、我に怯えて襲い掛かって来ぬではないか」
「ヴェルドラ様、それは仕方ありません。獣は人と違い、ある程度は本能で、相手の力量を見抜くものですから」
「そのようだな。だが困った。あれでは、我の凄さを見せ付ける事が出来そうにない……」
「あ、師匠。お肉お代わり!」
「聞いているのか、ラミリス? そこが一番重要な点なのだぞ?」
「それはもう諦めた方がいいと思うよ?」
「それに、子供達は既にヴェルドラ様を信用している様子です。慌てずとも、ヴェルドラ様の偉大さは、理解出来る者には出来るのです」
「ほほう、なるほどな。確かにその通りだ。スキルを駆使して尊敬を集めても、それはそれで何か違うしな。誰とは言わぬが、リムルの同郷者は、それで苦労しておったようだし」
「そうだよ師匠。アタシも、アレは違うんじゃないかな〜って思う」
「そうよな。我も、ああいう扱いはチョット違うと思う。慌てなくともよかろう、なのだ」
「じゃあそういう事で、師匠、お代わり!」
他人事のようなラミリスに、ヴェルドラは舌打ちしつつも肉を焼いて渡す。
ついでに、子供達の前の鉄板でも新しい肉を焼いていった。
ヴェルドラは意外にも面倒見がよく、優しいのだ。
ラミリスはそれを美味しそうに頬張り、その小さな身体のどこに入るのかというような勢いで食べていく。
子供達もまた、大人達の慌てぶりを気にもせず、美味しそうにバーベキューを楽しんでいる。
切羽詰ったザザ達と違い、こちらは非常に平和そのものであった。
だがしかし、そんな平穏もザザの叫びに邪魔される。
「おい、おーーーぃい!! なんでアンタ達はそんなに余裕なんだ!? そこで暢気に肉を食ってないで、皆を逃がす準備を手伝ってやってくれ!!」
流石に見かねたのか、ザザが青筋を浮かべて文句を言った。
そんなザザの叫びに、ヴェルドラもやれやれと溜息を吐いて応じる。
「ザザよ、落ち着くがいい。逃がすも何も、皆が我の張った『結界』を出るには、あの邪魔くさい服を着なければならぬ。そんな事をするよりも、食事を邪魔する不届き者共を始末する方が早いと思うぞ? そもそもだな、あの程度の雑魚では、我の『結界』に入ってこれるとも思わぬが――」
「何を言ってるんですか!? それが出来れば苦労しないですって! 結界とか意味のわからん事を言ってないで、超獣共がこちらを窺っている今の間に、なんとか皆に着替えを……」
「だから落ち着くのだ。このような雑魚にうろたえる事などなかろう。我が出ずとも、ベレッタ一人でも全部始末出来るぞ」
「ベレッタさんが!?」
「命令とあらば容易い事ですが……」
「おお……!?」
またベレッタの手柄になるなとヴェルドラは思ったが、今回は乗り気ではないのでいいや、と思いなおした。
何故ならヴェルドラは今、肉を焼いていてかなりの人気を獲得していた。
子供だけではなく、先程までは大人達からも絶賛されていたのだ。
数日に渡る過酷な旅を経て体力を消耗していた所に、今まで味わった事もない極上の焼肉。
絶賛されるのも当たり前である。
それを邪魔した超獣に面白くない気持ちはあるのだが、どうにもヴェルドラからすれば超獣は弱すぎた。
と言っても、それはあくまでもヴェルドラ基準である。
超獣を魔物に換算するとAランク相当で、強力な個体ならば準魔王級に相当する。
超獣は超音波や毒、分解酵素等の凶悪な特殊能力を備えており、他の者にとっては弱い個体と言えども厄介な相手なのだ。
だがしかし、この世界には魔素がない。
この世界の物理法則にのみ従う超獣など、ヴェルドラからすれば話にならぬ存在である。
カルマン達の持っていた科学兵器は未知なる脅威を秘めていたが、この超獣達にはそれがないからだ。
ヴェルドラの『真理之究明』により、それは明白だった。
ヴェルドラは弱い者苛めには興味がなく、つまり、今回は出番がなくてもいいやと思った所以である。
それにヴェルドラの力を本能的に悟ったのかして、超獣は出現して以降、動こうとはしていないのだから尚更だ。
ヴェルドラからすれば、自分を畏れる者に手を掛けたくない、というのが本音なのだった。
「ぶっちゃけ、鳥や、犬、ネコ、ネズミ、蛇なんかの動物が、細胞を変質させただけみたいよね。力や特殊能力が強いだけの魔獣、って感じ?」
ラミリスまでヴェルドラに同意する。
そしてベレッタもまた、それを理解しているが故に乗り気ではない。
命令を受ければ動く、それだけの事である。
「クソッ、駄目だ! 小型雷撃機関砲じゃ火力が小さ過ぎる! 奴等の再生能力が高過ぎて、全くダメージになってないぞ!!」
カルマンが叫びつつやって来る。
こうなっては仕方ないと覚悟を決たカルマン達だったが、どうやら弾切れになってしまったらしい。
弾がなくては攻撃も出来ず、やむなく戻って来たのだった。
「カルマンよ、恐怖は判断を鈍らせるぞ。通じぬと悟ったなら、無駄な攻撃は控えるべきだな。地面や岩場を狙い砂塵を巻き上げるだけでも、生存確率を高める事が出来るであろう。だが、今回はその必要はない。何しろ、この我がいるのだからな!」
「確かにそうだが……って、一体何を言って……?」
ヴェルドラの指摘に思わず納得するカルマン。
焦ってミスをしてしまったと気付き、反省する。
と同時に、続くヴェルドラの言葉の意味を計りかねて、戸惑いながら聞き返したのだった。
「見よ。今この周辺は、何故だかわからぬが、不思議空間になっておる」
「何故も何も、師匠の能力じゃん……」
「シャラップ! とんでもない確率で出来たこの安全地帯には、何故か、超獣とやらも侵入出来ぬようだ」
ラミリスの指摘を無視し、勝手な設定を述べ始めるヴェルドラ。
先程のセリフを綺麗サッパリなかった事にしているが、それは流石に通らない。
「いやいや、アンタさっき、自分で『結界』がどうのと言っていたじゃねーか……」
「ザザよ、お前は本当に突っ込みが細かいな。今はそんな事、どうでもいいであろうが。問題はその個体だ。見よ、無謀にもここまでカルマンを追ってこようとしておるわ!」
キッチリとザザに突っ込まれたが、ヴェルドラはそれも完全に聞き流す。
そして、自身の張った『結界』に侵入しようとしている個体に皆の注意を向けさせる。
ヴェルドラが指差したのは、カルマンを追って来た個体だった。
怒りで我を忘れたのか、本能の警告を無視して突撃してきたのだ。
超獣が『結界』に触れた瞬間、劇的な変化が生じた。
「グルゥ、ギャギャギャーーーッ!?」
身を切り裂かれるような絶叫を上げ、異常なまでに苦しみ始めた。
そして見る間に、その大虎のような体表が剥がれ落ち、背から生える触手が塵となって崩れて落ちる。
「なっ!? どうなっているんだ?」
「ヴェルドラさん、アンタが何かしたのか!?」
驚くザザ達だったが、ヴェルドラは答えない。
ジッと静かに超獣を観察し、「フム」と呟いたのみ。
大虎型超獣は慌てて『結界』から飛びのいた。
内部への侵入を諦めたのか、忌々しそうに『結界』の外部をウロウロとしている。
その剥がれ落ちた体表も、背の触手も、既に再生が始まっていた。
結界には入れなかったが、大したダメージは受けていないようである。
それを確かめて、ヴェルドラはニヤリと笑った。
「なるほどな。超獣であったか? あの者共の正体がわかったぞ」
「うん。師匠の浄化結界では、汚染物質を分解浄化しているんだよね? その中に入った途端に崩れたって事は、あの巨体は汚染物質によって象られているって事だね」
「驚きですが、魔素とは違う物質の影響で変異した生物、という事ですね」
ヴェルドラ達は納得したが、ザザ達は置いてけぼりだ。
「あ、アンタ達、一体なんの話を……?」
「俺達にもわかるように説明してくれないか?」
ザザやカルマンが戸惑う中で、ヴェルドラ達は推論を述べあった。
そして、かなり正解に近い部分まで情報を読み取ったのである。
そんなヴェルドラ達に情報を与えるかのように、二、三体の超獣が、交互に『結界』への侵入を試みた。
しかし結果は最初の大虎型と同様、失敗に終わる。
その時、仲間の超獣の不甲斐なさに業を煮やしたのか、一際大きな蛇型の個体が前に進み出てきた。
「ほう? コヤツからは、強い意思を感じるぞ。統率個体か?」
紫の身体に、真紅の頭部を持つ大蛇。
その背中には翼が生え、他の超獣とは一線を画す威容を誇っていた。
ヴェルドラの言う通り、この超獣の群れを統率する個体なのだろう。
統率個体はヴェルドラの『結界』に一瞬だけ怯んだものの、強引に内部へと侵入して来た。
体表にヒビが入ったが、再生能力が上回ったようで平然としている。
「ほう? 少しは楽しめそうだな。どれ、この我が相手をしてやろう」
ヴェルドラはそれを面白そうに眺め、満を持して宣言する。
それを聞いた子供達は、大喝采であった。
「格好いい!」
「ヴェルドラさん、超かっけーーー!!」
「負けないで!!」
等々。
それを聞いたヴェルドラの耳はピクピクと動き、頬は笑み崩れて緩んでいる。
「おいおい大丈夫ですかい? ヴェルドラさんは確かに、俺の思っていた以上に強いんでしょう。機導術式の達人なのは疑ってませんぜ。ですが、あの再生力は厄介だ。大出力の攻撃じゃなければ倒せませんよ?」
「カルマンの言う通りだぜ。アンタが凄いのはわかった。だから無理せず、ベレッタさんに任せた方がいい。それが適材適所ってもんだろ?」
ヴェルドラを心配するカルマンとザザ。
だがヴェルドラは、問題ないとばかりに笑って見せる。
「お前達は勘違いしておる。何度も言っておるが、我の方がベレッタよりも強いのだ。我の『結界』に侵入出来るのがコイツだけのようだし、皆の護衛を気にする事もあるまい。まあ、我の目の届くところで、我を信ずる者へ害を及ぼすなど、不可能であるがな!」
そう言って、高らかに笑う。
ヴェルドラの前に迫る大蛇は、確かに強い。
その肉体能力だけで、準魔王級に匹敵する。
だが、それだけだ。
ヴェルドラの『結界』に耐えられたのも、別に特筆する事ではない。
何しろそれは『結界』とは名ばかりで、単に汚染を除去する空間というだけの代物なのだから。
ヴェルドラが本気で守りの為に張った『多次元結界』ではないのである。
実は、今までヴェルドラが攻撃をベレッタに任せて、守りに徹していたのには理由があった。
この世界の法則を読み解くのが一つ。
完全に守りに徹する事で、何が起きても対処するのが一つ。
何も考えていないようでいて、その辺の事はきちんと考えていたのである。
この世界に魔素がない以上、せっかくの『万能感知』も精度が落ちる。
だからこそヴェルドラは、自分が司る"暴風"の力を以って、大気そのものを監視の目として代用する事にしたのである。
そしてようやく『森羅万象』や『真理之究明』を駆使して、ここ数日でこの世界の法則を完全に掌握していた。
それはつまり――この星の性質を、完全に掌握したという事。
だからこそ、今のヴェルドラは十全に力を発揮出来る。
魔素に頼らずとも、元の世界で出せる力の大半が実行可能となっていた。
故に、守りに徹さずとも皆を守るのも容易なのだ。
「グルァアアアーーーー!!」
威嚇するように突進する大蛇。
それを見て、ヴェルドラはニヤリと笑う。
「よしよし。怯える者を相手にする気はないが、我に挑むというならば、相手をしてやろう!」
そう言い放ち、軽く右拳を握り締め前に突き出した。
「ドラゴンパーーーンチ!!」
覚えたてで使ってみたかったのか、振動拳波だ。
「相変わらず、センスのない名前よね。アタシの四十八の必殺技を見習ったらいいのに」
「ドロップキックやフェアリーチョップとかがですか? ワレには同レベルに思えるのですが……」
「何か言った、ベレッタ?」
「――いいえ、何も」
コソコソと話すラミリスとベレッタ。
だが、ヴェルドラは久々の活躍の機会で上機嫌になっており、そんな二人の会話など耳に入らない。
気にせず大蛇を迎え撃つ。
迫る大蛇の懐に潜り込んだヴェルドラの右拳が、戦車砲にも耐え得るような紫の鱗へと突き刺さった。
接触。
その時生じた衝撃波が、大蛇の全身を駆け巡る。
「グギャーーーーーァッ!?」
苦しげな叫びを上げる大蛇。
全身各所から鱗が弾け飛び、真紅の頭部には地肌が覗く。
先の一戦で、ヴェルドラは自分の力を振動波へと変換する技術を完璧にマスターしたのだった。
「クハハハのハっと! どうだ、我の技もなかなかのものであろう?」
吹っ飛んだ大蛇を見下しつつ、ヴェルドラは自慢気に笑う。
それを唖然とみやる一同。
「な、なんだそりゃあーーーーーッ!?」
「おいおい、マジかよ。冗談だろ……?」
「そ、そんなアホな……」
「嘘だろう? 本気でミッシェル様並の力があるんじゃ……」
「し、信じられん。どうやったら素手で……」
「ああ。超獣対策は、重火器による完全燃焼が王道。それを拳一つとは――」
「いやはや、非常識にも程がある」
驚愕。
その一言であった。
大人達は皆、そのあまりにも酷く現実離れした光景に、俄かには信じられずにいる。
自分が夢を見ているのではと疑う者まで出る始末。
だが、子供達は素直だ。
「すっげーーー!!」
「やっぱヴェルドラさんは、最高にいかしてるぜ!」
「格好いいよね、メチャクチャ格好いいよね!!」
とまあ、大興奮であった。
そしてヴェルドラも。
(クハハハハ! ようやくだ。ようやく、我が脚光を浴びたようだな!!)
と有頂天になる。
「あ〜あ。師匠、調子に乗っちゃったよ」
「いいではないですか。ウジウジと拗ねられるよりマシ、と前向きに考えましょう」
「そだね〜。それにしても師匠、この世界の法則を完璧に理解しちゃったみたいだね」
「はい。流石はヴェルドラ様、お陰で精霊の力が活性化し始めていますよ」
ラミリスは苦笑いしつつも、ヴェルドラを頼もしく思う。
流石は竜種、最強の名は伊達ではないと。
ベレッタの言う通り、この世界で微弱だった精霊の活動は、ヴェルドラのお陰で活性化し始めていた。
暴風を司るヴェルドラが、その力を発動させたのが原因だ。
長らく太陽の光が遮られていた地上に、今は一部でしかないが確かに光が降り注いでいる。
その効果は劇的で、眠りについていた精霊が目覚め始めていたのだった。
となると必然、ラミリスも扱える魔法の幅が広がり、ベレッタの力も増大していた。
超獣の十や二十匹、既に脅威でもなんでもなくなっていたのである。
「我に挑んだその心意気や、よし! そんな貴様には、新たな技の練習に付き合ってもらおうではないか!」
そう言い放ち、ヴェルドラは倒れ伏す大蛇型超獣に襲い掛かる。
大蛇は高らかに咆哮した。
それは絶対命令であった。
ヴェルドラの『結界』に怯えていた超獣も、その命令には逆らえない様子。
周囲に集っていた二十匹ばかりの超獣が、一斉に動き出したのだ。
しかしヴェルドラは慌てない。
慌てる必要がない。
大気を完全に掌握した事で、『万能感知』の視界を万全とする。
その上で、数多の超獣を一撃で沈めていった。
「クハハハハ! 数が多かろうと、意味はないわ。この我を前に無駄な抵抗は止めよ!」
高笑いして、全ての超獣を倒す。
その間、僅か一分。
圧倒的である。
「――なあ、俺達、夢でも見てるのか?」
「ははは、最近疲れていたからな。俺も夢じゃないかと思っていたんだ」
「間違いないだろうぜ。だってよ、ありえねーだろうが!!」
大出力の火力兵器があれば、倒すのも可能だろう。
だがヴェルドラがやったのは、生かしたまま動けなくしている。
超獣を。
再生能力が高く不死身の如く厄介な、恐るべき人類の天敵を。
拳で、蹴りで、頭突きで……。
超獣を殺すでもなく、行動不能にしてのけたのである。
馬鹿げてる――それが、この場にいる大人達の感想であった。
「さて、残るは貴様のみだぞ。まだ諦めぬのか?」
ヴェルドラの視線は、真紅の頭部を持つ大蛇に向けられている。
大蛇はそれを理解しているのか、憎々しげにヴェルドラを威嚇した。
「まだ心が折れぬとは、弱者にしては見上げたものよ。だが、どうにも解せぬ。貴様は何故、それ程までに人を憎むのだ?」
大蛇に語りかけるヴェルドラに、困惑したのは大人達だ。
特に、ザザやカルマンといった戦士達からすれば、さっさとトドメを刺してしまえというのが本音である。
そんな大人達の訝しげな視線を気にするでもなく、ヴェルドラは大蛇からの答えを待っているかのように悠然と構えていた。
「グルァアアアーーーー!!」
咆哮。
大蛇の戦意は高く、その顎門でヴェルドラを喰らおうとする。
「ふぬん!!」
高く掲げたヴェルドラの踵が、その額を射抜いた。
大蛇の額は裂け、紫色の血が流れる。
狂ったように暴れる大蛇。
――そして。
裂けた額から、何かが生えて出たのである。
それは、人の姿をしていた。
真紅の長髪の、まだ若い女の姿を――
「なるほど、やはりベースは人間だったか」
「そうみたいだね。他の超獣を操るくらいに知能が高いから、もしかしてって思ったんだよね」
「ヴェルドラ様に怯えなかった時点で、本能が薄弱という証拠。いや、憎しみが恐怖を上回ったのか……。どちらにせよ、勝てぬ戦いを挑んだ事こそが、人間であるという何よりの証明になりましょう」
人間。
犬や猫やその他の動物ではなく、高い知能を持つ人間を基にして生まれた超獣。
ザザ達は言葉を失った。
「まさか……、超獣ですよ? 人類の天敵の……。それなのに、その超獣が、元は人間だった、ですって?」
シャルマが信じられないとばかりに呟いた。
誰も何も言えずにいる。
「会話は難しいか。魔素があれば、『思念伝達』でなんとかなるのだが。思念波そのものを読み解くのは苦手であるな」
「ヴェルドラ様、それはワレの得意分野です。その女は、人間に対する果て無き恨みを持っていますよ。どうやら恋人に裏切られ見捨てられて、多くの仲間達と一緒くたに実験体にされたみたいですね」
「ほう?」
「実験って、どんな?」
「変異、特質……毒素分解、正常な思考ではないので、そこまでの記憶を読み取るのは流石に――」
意思や感情ならば読み取れるが、正確な情報としての記憶を読み解くのは、ベレッタにも難しい。
特に言葉すら違う異世界からの来訪者である以上、流石のベレッタでも不可能だった。
それ以前に、恐らくは実験対象だった超獣自身が、実験内容を理解出来てはいなかったのかも知れない。
「――ですが、ワレの出した結論としては、この超獣という存在は人為的に生み出された環境最適化生物なのではないか、と愚考しました」
ベレッタは読み取った情報を元に、そう推論した。
それを聞き、大人達、特にザザやカルマンといった昔を知る者達は、一気に顔を青褪めさせる。
「まさか……」
「人為的……それが確かなら、可能性が高いのは俺達の故郷……?」
カルマンの部下達も、動揺したように思わず呟く。
それはそうだろう。
今まで敵だと考えていた超獣が、もしかすると同郷者の成れの果てかも知れないと言われたのだから。
そしてカルマンは――
「同郷者……? 恋人……裏切り……? まさか、そんなまさか――」
――呆然として、目の前でもがき苦しんでいる超獣から視線を逸らせずにいた。
「それで師匠、この超獣達をどうするつもり?」
「うむ。見よ、ラミリス。先程からコヤツ等は我の浄化結界の中にいるのだが、表面の剥落と再生を繰り返しておる。だが残念ながら、元の生物に戻る兆しはない。汚染物質を分解すると力を削ぐ事は出来るようだが、一度変化してしまった細胞はそのままという事だな」
「……つまり?」
「つまり、元に戻すのは難しい、という事だ。ならば、慈悲の一撃で楽にしてやるのが――」
ヴェルドラがそう言い掛けた時、カルマンが動いた。
「待ってくれ! コイツ等を見逃してやっちゃあくれないか? コイツ等の中に、実験に利用されていた同郷者がいるかも知れないと言われちまうと、敵とは思えなくなっちまったんだ……。少なくとも、今は考える時間が欲しいんだ!」
両手を広げ、超獣を庇うように立つカルマン。
ふむ、とヴェルドラは頷く。
「構わんよ。だが――」
ヴェルドラの言葉を遮るように動いた者がいる。
超獣だ。
真紅の額から生え出た人型が、背を見せるカルマンに喰らいつこうとしたのである。
「ガァッ!!」
しかし、それは叶わない。
ヴェルドラが腕を翳し、その牙を受け止めたからだ。
「――この者共は、既に人ではないのだぞ?」
カルマンは凍りついたようにその超獣を見た。
確かにヴェルドラの言う通り、超獣は人ではない。
カルマンもそれは理解出来るのだ。
真紅の長髪はドロドロに汚れ、身体に纏わりついている。
若い女性のように見えるが、その肌は紫の鱗に覆われ、間近で見ると人というよりは魔物に見えた。
何よりも不気味なのは、その胴から下だ。
大蛇の額と、完全に一体化しているのである。
とても人間であったとは信じられぬ、歪な姿。
それでも……。
「……確かよ、後で知ったんだが、俺達の故郷だった都市で行われていた研究は、特殊万能細胞の生成に関するものだった。毒素や汚染物質を分解し、あらゆる環境下で活動可能な人間を生み出す研究だったそうだ。ベレッタさんの推論を裏付けちまうんだよ!! もしかしたら、もしかしたらカラフ准将やシャルルも、生き延びていてくれたんじゃないかって、俺は――」
カルマンは、ヴェルドラの腕に噛み付き暴れる超獣を見ながら言う。
涙は出ない。カルマンの改造された身体には、そんな機能はないからだ。
だが、ここ何十年も感じた事のない寂寞とした思いが自分の胸を満たすのを、カルマンは感じていたのだった。
「俺達からも頼みます!」
「もしかしたら知り合いだったかも知れないと聞いちまったら……」
「ああ。ひょっとしたらコイツだって、俺の妹だったかも知れないんでしょう!?」
「なあ、見逃してやってくれ、頼む!」
カルマンの部下達が一斉に言う。
ヴェルドラはそんな彼等を穏やかに眺め、愚かなり、と呟いた。
恨みや怒り、憎悪といった感情に囚われると、相手の事を慮る事も出来ずに凄惨な行為を平然と為す。
そんな者達であっても、同郷の仲間は大切なのか? と。
大切な者の為ならば、何事でも臆すことなく行動する。
それなのに心が弱く、大局を見通す事も出来ない程に愚かで、簡単に利用されて騙される。
そんな人間の本質は、世界が違っても変わらないようだった。
――だが、だからこそ愛おしい、とヴェルドラは思った。
「クハハハハ。よかろう。弱く小さく愚かな者達よ、我が汝等の願いを聞き届けてやろうぞ」
ヴェルドラを中心に風が生まれる。
それは優しく人々の間を走りぬけ、そっと超獣達を包み上げた。
そして――
「今回は見逃そう。我の邪魔をするならば、次はないぞ?」
絶対者の意思を示し、ヴェルドラは超獣達を『結界』の外へと放り出したのだった。
十二話で終わらせる予定だったのに、多分(確実に)無理です。
二週間以内には更新出来るように、なるべく頑張ります!




