番外編 -未知への訪問- 01 異世界への門
番外編の新シリーズを開始します。
ちょっぴり長くなりそう。
一週間以内に一度の更新を目指しますので、宜しくお願いします!
リムルが大脱走したその日、迷宮の最奥の間にて高笑いする者達がいた。
ヴェルドラとラミリスだ。
人の姿をとったヴェルドラが、魔法陣の前に立って笑っている。
その周囲を、ラミリスが嬉しそうに飛び回っていた。
「クアーーーッハッハッハ! ついに完成したな。これでリムルに先んじて、異世界へ旅立てるというものだ」
「うひょひょ、未知との遭遇だよ! リムルはなんのかんの言って慎重だし、今がチャンスだよ師匠!」
「うむ! 我もそう思っていたぞラミリスよ。イングラシアで開かれる今回のフォーラムで、異世界への門に関する論文が発表される。だがその前に、我等の手で初の成功を演出しようではないか!」
「そうよね、そうよね! リムルも絶対に『異世界に遊びに行く』とか言い出すに決まっているし、アタシ達で先に様子を見に行かないとね!」
「そうの通りである!」
会話の通り、二人は異世界への門を開く術式を完成させていた。
それも当然の話。
古城舞衣の研究を手伝っていたので、その内容を知る立場にいたからである。
研究成果を盗んで手柄を横取りしようという思惑など全くない。
彼等の思考は単純で、危険だから止めろというリムルの忠告を無視して、異世界旅行に出かける機会をうかがっていただけなのだ。
そしてあわよくば、コッソリと下調べをした上で、リムルを驚かせてやりたいという本音も見え隠れしている。
そんな訳で二人に迷いはない。
リムルが消えたこの隙に、さっさと新型術式を起動させ、そして異世界に向けて出発する――二人の頭には、この事しか考えがなかった。
リムルの忠告など何処吹く風であり、訪れる先の世界が安全かどうかなど、まるで考えていなかった。
まさに行き当たりばったり。
だが二人は自信満々で、細かい事など全く気にしない。いつものように、困ってから泣く事になるだけなのだ。
「イッヒッヒ。そうと決まれば、早速出発よ!」
「よし! では、出発!!」
ラミリスがヴェルドラの肩にしがみ付き、それを確かめてヴェルドラが魔法陣に魔力を込め始めた。
それに気付いたベレッタが慌てて駆け寄って――
「お待ち下さ――」
しかし、時既に遅し!
魔法陣から溢れ出した光が一瞬大きく広がって、傍まで駆け寄ったベレッタまでも包み込む。
そして光が消えた後、綺麗サッパリと 三人の姿は消えていたのだった。
………
……
…
なかなか部屋から出てこないラミリス達を心配して、シンジが最奥の間にやって来た。
机の上には、飲みかけのコーヒー。
「あれ? ラミリス様はいないし、ヴェルドラさんも……。どこに……って、まさか!?」
そして、床に描かれた魔法陣に気付き慌てふためく。
「あっちゃー、リムルさんがいないタイミングを狙って行っちゃったのか……。ホントあの人達、我侭だよな。あーあ、後で怒られても知らないよまったく」
シンジは諦めたようにそう呟き、自分は関係ないのだとどのように証明するか、頭を悩ませる。
しかし考えてみれば、ラミリスの助手として共同で研究していただけで、実際に共犯ではない。
研究日誌の予定も含めて証拠はあるので、そこまで心配する事はないと思いなおした。
「まあ、いっか。たまにはキツク怒ってもらわないと、あの人達、まったく反省しないだろうから」
他人事のように考えるシンジ。
だがしかし――
そんなシンジも、一週間後に危機が訪れる事になる。
長年連絡もしていなかったイリナが、新しい研究員としてやって来る事になるからだ。
未来予知など出来ないシンジは、そんな事など露知らず。
雇用主がいないのだし、数日間は連休にしてもいいかな、などと考え始めていた。
――その先に待ち受けるイリナとの邂逅がどうなるのか、それは神のみぞ知る話なのだ。
◆◆◆
端的に言えば、異世界への門は開かれた。
そして、それを潜り抜けた三人が、異界の地へと降り立ったのである。
いや、降り立った、というのは正確ではなかった。
「ぐおおおおーーー!! いきなり空に投げ出されるとは!?」
「ちょ、師匠!! 落ちてる、落ちてるよ!?」
「クアーーーッハッハッハ! と言ってもな、上手く飛べぬのだ。まあ落ちても死にはすまい。しっかりつかまっているのだぞ!」
「って、えええっーー!?」
高度三百メートル地点に投げ出されたのは三人。
ヴェルドラ、ラミリス、ベレッタだ。
中途半端なその高さからでは、十秒もせずに落下して、地上へと激突する。
会話している間にも地面は迫り、ほどなくして、轟音と衝撃を伴い地面へと接触したのだった。
「び、びっくりしたー! 師匠、飛べないってどういう事さ!?」
「うむ。どうやらこの世界には、魔素が希薄のようでな。思ったように動けなかったのだ」
「――そう言われてみれば、精霊の力も希薄だ! ちょっとこれ、どういう事なのさ?」
ヴェルドラの説明を聞いて、驚き騒ぐラミリス。
だが、ヴェルドラは堂々たるもの。
地面に墜落した衝撃などものともせず、落ち着いた動作で状況確認を始めている。
ラミリスはラミリスで、興味深そうに周囲の様子をキョロキョロと見回していた。
そんな二人の前に、三人目――ベレッタがフワリと降り立つ。
「――やれやれ。ですから用心するようにと、リムル様も申していたではないですか……。今更言っても手遅れですが、後で怒られても知りませんよ?」
「――えっ!? ベレッタ、何を他人事みたいに良い子ちゃんぶってんのよ! アンタも同罪なんだからね!」
慌ててベレッタを巻き込もうとするラミリスだったが、それは成功しているとは言い難かった。
ベレッタは冷静に、ラミリスの言葉を受け流している。
そのままヴェルドラと同様に、周囲――というよりは、自分達が訪れた世界――の様子を観察し始めた。
ラミリスの相手をまともにしていると、間違いなく自分のせいにされると理解しているのだ。なのでベレッタは、さっさと話を打ち切る事にしたのである。
ラミリスも、「まあいいわ。その話は後でゆっくりと話し合いましょう」と言いつつ、ベレッタを言い負かすのを一旦保留した。
だがあくまでも一旦保留しただけであり、ベレッタにも責任を負わせるつもりなのは間違いない。
あわよくば、自分が怒られる量を減らそうという魂胆もあるのだ。
それに関してはヴェルドラも大賛成なので、この場ではベレッタの立場は非常に不味いものなのである。
正直者が常に正しく評価される事はない。
ベレッタはラミリスとの長い付き合いで、それを心から実感していた。
まして今回は、無責任の代表格であるヴェルドラもいる。
ベレッタの立場は非常に危ういが、時間を稼ぐ事は出来た。
後は、リムルに正しく状況を知らせて、自分が無関係であると証明するのみ――だったのだが、そこで初めて事態は思ったよりも深刻であると察知する。
「不味いですね、我等の世界との繋がりが絶たれました。異世界への門が閉じてしまっています……」
「うむ。迷宮の最奥に満ちた魔素を利用して、魔法陣の維持を行っていたからな。魔素のないこちらの世界では、魔法陣を維持出来ないのも道理である」
「ちょ、師匠!? そんな冷静に言ってるけど、ちゃんと帰れるんでしょうね?」
「うーむ……」
「え、まさか本当に? ベレッタ、ちょっとどうなのさ!?」
「だから言ったでしょう? リムル様の言葉を無視して、勝手な事をなさるからですよ……」
首を振りつつ、諦めたように言うベレッタ。
ヴェルドラは視線を外し、口笛を吹いて誤魔化していた。
そもそも、門を維持するのには、元の世界のエネルギーだけで事足りると考えていた。
この様な事態――移動先の次元においてもエネルギーが必要――になるなど、まったく想定していなかったのである。
「ちょっとお! 何よ、何さ! それじゃあまるで、アタシが悪いみたいじゃないの!!」
どうみてもラミリスとヴェルドラが悪いのだが、それを自覚していないとは恐ろしい。
ベレッタはそう思ったが、言っても無駄なので口にはしない。
今はそれどころではないのだ。
「うーむ、困ったな。魔素どころか、大気中の酸素濃度も低い。それどころか、深刻な汚染を受けているようだぞ?」
「マジで? そう言われれば、なんとなく肌寒いわね。薄暗いし……」
ヴェルドラに指摘されて、ラミリスも気付いた。
空は厚い雲に覆われ、日光が遮られている。
そのせいか、地表付近では氷点下に近い気温であった。
ラミリス達にとっては、酸素は必要ではないし毒にも耐性はあるものの、気持ちがいいものでないのは確かなのだ。
それに――
「……ねえ? これじゃあ、人間どころか生物も生息していないんじゃない? 異文化コミュニケーションを楽しみにしてたのに、無理っぽいね」
ラミリスはつまらなそうに呟く。
せっかく異世界にやって来ても、生命体がいなければ意味がない。
だが、降り立った場所が悪かっただけという可能性もあるので、まだ希望は捨ててはいないのだが。
「本当に困った。この世界はハズレだな」
「アタリとかハズレとかあるのですか?」
ヴェルドラの呟きを聞き、ベレッタが問う。
「うむ。当然だろう?」
「当然よね。言ったじゃん。異世界の文化をあさって、何か面白い事がないか探しに来たんじゃん!」
なるほど、とベレッタは納得した。
大気が汚染されており、地表は氷点下の気温。
これでは知性ある生命体の生存する可能性は低く、ヴェルドラやラミリスの望みが叶うとは思えない。
(ハズレ、という意味が理解出来ました。しかし、そんな目的でリムル様に内緒で独断先行するとは――ひょっとして、新しい文化を先に知って、それを自慢したいだけなんじゃあ……)
ベレッタが内心で呆れている間にも、ヴェルドラとラミリスは会話を続ける。
「いやんなっちゃうな。寒いのはともかく、精霊の存在も少ないからアタシの力も弱体化してるし。なんか暗くて、見渡す限り荒れた地平が広がってるだけだし……。なんか、アレよね。リムルの知識にあった、地球に似た惑星の表面みたいな感じよね。火星とか」
「おお……詳しいな、ラミリス。我も実はそう思っておったのだ」
「でしょ、でしょ!」
「この汚染具合から判断するに、ひょっとしたら核戦争があったとかの理由かも知れぬがな!」
「おおっ! 流石は師匠、詳しいね!」
「クアーーーッハッハッハ! なーに、それほどでもあるがな!」
ヴェルドラとラミリスの能天気な会話は続く。
それを聞いている内に、ベレッタも自分一人が思い悩むのが馬鹿馬鹿しく思え始めていた。
だが、聞くべき事は聞いておかねばならない。そう考えて、話が落ち着くのを待ってヴェルドラに問う。
「それで、ヴェルドラ様。帰還は可能だと思われますか?」
「ふむ――」
ヴェルドラは一旦会話を止め、少し思案するように目を閉じた。
その質問はラミリスにも気になる所だったので、大人しく答えを待つ。
「帰還する為には、高度三百メートル地点にある異世界への門を再び開けるか、新たに創るかする必要がある。新たに創るにしてもリムルとの"魂の回廊"が繋がっておるから、座標設定は問題ないのだが……」
ヴェルドラはそこで思案するように言葉を切った。
見た目よりも頭の回転が速いラミリスは、それだけでヴェルドラの言わんとする事を察知する。
「そっか! 門を新しく創っても、動かす為の魔素がなければ扉が開かないのね?」
「うむ、その通りだ。どちらにせよ、魔素をなんとかせねばならぬ。その為には、我としては妖気を放出し、地表を魔素で満たすのが手っ取り早いと思うのだが、どうだ?」
ラミリスの言葉を肯定するように、ヴェルドラが頷いた。
そのまま続けて、自身の妖気を放出する事を提案するヴェルドラ。その身に蓄えられた膨大な魔素ならば、この世界を魔素で満たす事も可能であろうという判断だ。
「おお! 流石は師匠。確かに師匠なら、ビックリするくらい魔素量が多いもんね!」
「なるほど……。ヴェルドラ様ならばそれも可能でしょう。しかし、この世界の法則を勝手に変更させるのは、後で問題になるのではありませんか?」
能天気なラミリスと違い、ベレッタの指摘は鋭かった。
そしてその点こそがまさに、ヴェルドラが躊躇っていた問題点でもあったのだ。
ヴェルドラが魔素を放出すれば、この世界の生態系を狂わせる要因になる可能性が高い――それは、異世界へ行く際に禁止しようとリムルが言っていた規則に抵触する。
かと言って、このまま門を使わずに帰還するのは、ヴェルドラ達を以ってしても不可能だった。
ヴェルドラの『空間転移』でも、異なる世界への移動は出来ないのだ。
「まあ我だけならば、リムルを介して『同時存在』を生み出すだけで元の世界に戻れるがな! こっちで死んでも問題は――」
「ちょっと!? それって、師匠一人だけしか帰還出来ないって事じゃん?」
「やはり、駄目か?」
「あったり前じゃんよーーー!!」
マジ怒りするラミリス。
ヴェルドラは本気ではなかったが、その作戦は却下されてしまった。
まあ、当然であろう。
「しかし、新しく異世界への門を創造するにも、時間がかかりますね。鉱物類は私が用意出来ますが、それ以外の魔法物質が全然足りておりません。ゼロから作成するとなると、それこそどれだけの時が必要となるやら……」
「だよね……。試作品を創るにも、数年かかった訳だしね……」
淡々としたベレッタの突っ込みを受けて、ラミリスはまたしても頭を抱える事になった。
実際の話、試作品のテストの段階でも、何度か壊れた事があるのだ。
設備の整っていない現状で、新しく扉を作成するのは、現実的とは思えなかった。
不可能ではないが、気の遠くなる話なのである。
「であろうが? なので、アレを再起動させるのが手っ取り早かろう?」
「そうねえ……。こんな事になるのなら、エネルギーを空間から調達するシステムじゃなくて、直接注入するシステムにしておくべきだったわ……」
「貯蓄式は余分な魔法回路が必要になるから、面倒だった故にな」
「うん。そうだね……」
ふと思い出したようにベレッタが言う。
「お待ち下さい。慌てずとも"魂の回廊"が繋がっているのだから、我等の不在に気付いたリムル様が呼び出してくれるのでは?」
しかし、その言葉を聞いたヴェルドラとラミリスの反応は――
「はあ。ベレッタよ、貴様は何もわかっておらん。それが嫌だから、こうして頭を悩ませておるのだろうが!」
「ホントよね。いい? 勝手な事をしたってバレたら、リムルに文句を言われるでしょうが!! アンタも同罪だって言ったでしょ。リムルが帰って来るのは早くても一週間後だし、それまでに戻って証拠隠滅を図りたいのよ!」
とまあ、ベレッタの案を完全否定するものだった。
だが、その意図は非常にわかりやすく、納得はいかないが理解は出来た。
要するに、怒られたくないから焦っている、という事なのだ。
そうとわかれば、ベレッタにもそれ以上の反論はない。大人しく、帰還する為の最善手を考え始める。
この時点でベレッタも完全に巻き込まれている。
ベレッタも案外お人好しなのだった。
そして暫しの時が経過した。
三人は暫く顔を見合わせて互いの出方をうかがったが、他に良案を思い浮かべる者はいなかった。
「では、我が案を採用という事でいいな? さっさと次に挑戦して――」
この世界に知性ある生命体の住む気配はなく、長々といても仕方ない。そう思っているのはヴェルドラだけではなく、ラミリスも同様だ。
ベレッタとしてはそんな主に従うだけなので、今更文句を言うはずもなかった。戻ってから再度実験する気配があるのが心配だが、それに関しては、それこそ戻ってから考える話である。
ラミリスとベレッタが同意を示し、ヴェルドラが頷いた。
そして、抑え込んでいた妖気を解き放とうとしたその時――
――地上を圧するような激しい爆発音が響き、遠方にキノコ雲が現出したのである。
「ムッ!?」
「おおっ!!」
「これは……生命反応――それに、何者かが戦闘している感じ、ですね」
ヴェルドラとラミリスは視線を交差させ、ニンマリと頷き合う。
「帰還作戦は一旦保留である! 様子を見に行くぞ!」
「了解、師匠! どんなのがいるのか、楽しみだね!」
野次馬根性丸出しで、二人は楽しそうに笑いあった。
ヴェルドラの肩に飛び乗るラミリス。
そして二人は、先程までの憂鬱そうな様子など忘れ去ったかの如く、音の響いた方角へと向かい移動を開始する。
息ピッタリの、師匠と弟子なのだ。
そして――
残されたベレッタも溜息を一つ吐くなり、二人を追って疾走を開始するのだった。
という訳で、ラミリス、ヴェルドラ、ベレッタの物語です。
他の構想もあったのですが、先ずはこれから!
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