番外編 -リムルの優雅な脱走劇- 18
リムル脱走から四日目。
ディアブロとソウエイは、イングラシア王国を離れる手続きをしていた。
西側諸国全土を調査したいが、気軽に『転移』するのを自粛している以上、それは後回しにしている。
その為、効率良く調査を行うべく、ソウエイは何体かの『分身体』を作成し、各地に放っていた。
それに加えて、自身の部下達も総動員させている。
「本来なら、もっと時間をかけてゆっくりと調べるべきなのでしょうが――」
「そうだな。だが、黒幕の目星はある程度ついているんだろう?」
「ええ、心当たりはありますよ。多分、西側は無駄足になるでしょう。面倒をお掛けしますね、ソウエイ」
「そうでもない。これは、正確な情報を見逃していた情報部の怠慢だからな」
「クフフフフ。経済に疎い我等が、その情報を重要視しなかったのは、ある意味では仕方ないと思いますがね。ですが――」
「まあ、そうだな。我等が見落としていたとしても、あの方ならば気付いていただろうな」
「その通りです。なので、なんの問題もないのですよ。寧ろ今こそ、なんらかの動くべき理由がある、と見るべきなのですから」
「そうだな、その通りだ」
ディアブロにしてもソウエイにしても、ここで黒幕まで辿り着けなくても、それはそれで問題ないと考えていた。
不自然な金の動きを突き詰め、特定の個人、或いは団体へと絞り込めれば、自ずと黒幕が見えてくるだろうと考えていたからだ。
リムルから下された至上命令は、学園の腐敗を取り除く事、である。
であれば、各学園の腐敗の有無を調査し、腐敗があればそれを取り除けばそれで良かった。
幸いにも、テンペスト人材育成学園での腐敗は確認されておらず、不正な金銭の授与はナシであると結論が出ている。
当然だ。
リムルのお膝元であるテンペストにて不正が確認されようものなら、それは不祥事という言葉では済まされない大問題となっていただろうから。
イングラシア総合学園も調査の結果、一部の貴族系教師の腐敗が確認されたのみに留まっている。
腐敗度は極軽微で、それもある程度は自浄作用でなんとかなりそうなレベルのものだった。
資金提供を受けていた貴族系の教師のリストアップは終了しているので、それをソウエイの『分身体』が捕縛、その上で繋がりを辿っていく事になっていたのである。
あらゆる手段、武力、権力、金、人、物、全てを駆使して敵を追い詰めるのだ。
それこそまさに、経済戦争と言っても過言ではない方針だった。
だが恐らく……。
金の出所は西側諸国ではない、とディアブロは考えていた。
金は東の帝国――それも、旧皇帝派残党から出ているのではないか、それがディアブロの出した予想だったのだ。
その予想を裏付ける報告が届いた。
その日の朝、モスからの連絡により事態が急変した事を告げられたのだ。
生徒達は全員無事だが、一部の者達が"人類解放同盟"を名乗り離脱したというのである。
それも、邪魔者となりそうな教師陣と優秀なる生徒の抹殺を企んだ上で……。
ここまで状況が整ってしまうと、最早決定的である。
万が一を考えて、ソウエイの部下達が西側諸国にて調査を続行する事に決まった。
手続きを済ませて、飛空船のチケットを二人分用意する。
その上で、ディアブロとソウエイは、ここナスカ・ナムリウム・ウルメリア 東方連合統一帝国へと向かったのである。
◇◇◇
そして――
リムル脱走より六日目。
ディアブロは単身、NNU魔法科学究明学園に乗り込んでいた。
ソウエイは広大な帝国領内に『分身体』を派遣し、それらの情報を纏めている。
ここ二日でかなりの情報を得ていたが、一番重要なNNU魔法科学究明学園への接触は今回が初めてであった。
ディアブロが一人で出向く事に難色を示したソウエイだが、最終的にはディアブロの言い分を聞き入れたのである。
「決して暴走するなよ?」
「クフフフフ、しつこいですねソウエイ――」
という遣り取りはあったものの、こうしてディアブロは美味しい役目をゲットしたのであった。
質素だが座り心地の良いソファーに腰掛け、優雅に出された紅茶を口にする。
朝一番の飛空船でやって来たので、時刻はまだ昼を回った所だった。
「これはこれはディアブロ様、お噂はかねがね承っておりますぞ。大魔王リムル様配下の中でも名高い、かの "魔神王"にお目見え出来るとは……恐悦至極に存じます」
「クフフフフ、初めまして。名乗る必要はなさそうですね。貴方が学園長でしょうか?」
「は! この私、ゴルダマ・シルバーが、この学園を纏めさせてもらっております」
寛ぐディアブロの前に現れたのは、程よく肥えた見るからに貫禄のある人物であった。
昔はかなり鍛えていたのが窺えるが、年には勝てないと見えて脂肪が腹部に付き始めている。
だが、その眼光は鋭く、身体からは気力が漲っているのが伝わってきた。
手に持つ杖は、歩行の補助が目的ではなく、魔力を練り上げるのに使う高品質な魔術師の杖である。
見かけは質素だが、その本質を鑑定するに、等級は特質級だった。
つまり、それなりの財力か実力、或いはその両方を持つ人物、という事になる。
(まさか、私に見抜けぬとでも思ったわけではないでしょうが……)
態度には出さずに混乱するディアブロ。
ディアブロを前にして、武器を持って立つその神経を疑ったのだ。
警戒するのは理解出来なくもないが、武器を持つという事は戦う覚悟があるという事であり、それは勝てる算段があるという意味に繋がる。
偽装しているから見抜けないだろう、などという甘い考えを持つような小者であるとは考えたくないが、もしそうだったら大問題だ。
何しろ、リムル肝入りで推進している三大学園での人材育成の場に、そのような愚か者が混じっているという事になるからである。
そもそも、ディアブロを前に武器を持つ時点で言語道断ではあるのだが……。
ディアブロにしては珍しく、今はともかく我慢して、話の本題を切り出す事にした。
「ええ、ご苦労様です。リムル様も生徒達の成長を非常に楽しみにしておりましたよ」
「は、光栄であります。所で、今日来られた用件はなんなのでしょう?」
「ええ。学内に、貴族を敬わせるような風潮がある、と小耳に挟みましてね」
美しい笑みをたたえて、ディアブロはゴルダマを見つめ、言う。
「存じております。確か、イングラシア学園からの申し出でしたな。世に出る前の生徒達に貴族相手の対応を学ばせる、という趣旨で提案されたのです。我が校としましても、その意見には聞くべき点があると考えておりましてな」
「ほう? 資金提供を受けて、ですか? それでは、三校平等を悪用すればどんな理想も形骸化してしまう、違いますか?」
その内面すらも見透かすような視線を前に、ゴルダマは動揺する事なく返事した。
それをすげなく切って捨てるディアブロ。
「は、ははは。資金提供を受けたのは事実ですが、それとこれとは話が別ですぞ! そもそも、金で意見を売ったなど、そう思われる事すら心外です。我々を侮辱するのは止めていただきたい。私は、貴族への対応を学ぶ事も教育には必要だと、そう考えたからこそ賛同したのです!」
顔を少し赤くしつつも、平静を保ったままゴルダマが弁明する。
研究資金をイングラシアの貴族から提供されたのは事実だが、それと三校での話し合いは関係していない、それがゴルダマの言い分であった。
「ふむ」
とディアブロは頷いた。
ディアブロの『魔眼』で観察しても、ゴルダマの呼吸、心拍数、ともに異常なし。
本心からそう考えているのか、或いは、資金提供を受けた事自体に別の目的がある、か。
そう、例えば――イングラシア王国の貴族へと不正の責任を負わせる、などの。
ディアブロはソウエイの調査データを読み解き、既にゴルダマが資金に困ってはいない事を突き止めている。
そこから導き出される答えは、後者の推論が正しい事を告げていた。
ゴルダマとの会話で得られる情報は残り少ないだろうと、最後の質問を放つディアブロ。
「その話は後でじっくりと聞かせてもらうとして、もう一つ質問があるのです。実は、大変困った事になっていましてねえ――」
そう前置きして、ディアブロはソウエイとの打ち合わせ通りのシナリオを語る。
テンペスト人材育成学園やイングラシア総合学園でも散々説明した作り話を。
――表向きは大魔王リムルの余興、その実態は、抜き打ちによる生徒達への実施訓練。
だから生徒達の安全は守られており、なんの心配もないと関係各所には説明してある。
ただし、今回は別だった。
「この事は連絡済でしたのでご存知でしょうが、ここからが本番なのです。実は、現在彼等との連絡が途絶えているのですよ」
そう告げて、その『魔眼』でゴルダマを観察する。
「なんと――!? それは、真実ですか?」
驚いたように聞き返してくるゴルダマ。
だが、口調や態度とは裏腹に、ゴルダマは実に平静だった。
(少しの動揺もナシ。つまり、知っていたという事ですか。なるほど――)
普通の者には動揺してうろたえているようにしか見えない演技だが、ディアブロには通じない。
何事にも動じない性格であり、どんな修羅場をも乗り越えてきた元歴戦の勇士。
そんな男であったが故に、今、致命的な失敗を犯したのだ。
動じぬなら動じぬで、そのまま素直に受け流せば良かった。
それをせず、動揺した演技を見せた事で、ディアブロの疑惑を確信に変えたのである。
それは、ゴルダマという男の限界だったとも言える。
この時点で、ディアブロはゴルダマが黒幕その人ではないにしろ、"人類解放同盟"の一員である事を確信したのだ。
◆◆◆
ゴルダマの失敗は、ディアブロを騙せると考えた事。
高価なマジックアイテムで身を守り、長年磨き抜いた手練手管でディアブロを手玉に取り、イングラシア王国の貴族達という偽の標的に誘導出来る、そう考えた事こそがゴルダマを破滅へと誘う事になる。
「驚いていませんねえ。ひょっとして、何か知っているのではないですか?」
笑顔のままで、ディアブロが問う。
「はは、ははは。ディアブロ様、一体何を――」
ほんの少し動揺を見せるゴルダマ。
そしてゴルダマは、自分の心に動揺が走った事に気付き、驚愕する。
完璧に魔法で守られている筈なのに、ディアブロを前にすると、その効果が発揮されていないような不安感に苛まれたのだ。
そして事実、ゴルダマはディアブロが指摘した通り、事前に連絡を受けて知っていた。
丁度今朝、同志であるマグナス達からの超長距離通信が入ったのである。
通信内容は簡潔なもので、サバイバル地での犯行内容と、所在地を示す位置データ、そして救援依頼のみである。
七日目――つまり明日、欲望の道化団と名乗る謎の二人組との接触予定日であるから、その者達を倒して飛空船を奪取する予定である。ただし、失敗して船を壊す恐れもあるし、戦力的にも欲望の道化団が二人以上いる可能性も考えられるので、迎えと援軍を希望する。
といった感じだった。
その報告の中に、邪魔者の排除に成功、という一文もあったのだ。
それを読んでいたからこそ、ゴルダマはディアブロの質問の意味に気付いてしまった。
この誘拐劇が大魔王リムルの命令の下に行われている擬似的なものであるならば、欲望の道化団とは大魔王リムル配下の魔人なのは明白である。
そして、そんな魔人の監視下で行動を起こしてしまった以上、大魔王リムルに異常が伝わってしまうのも予測が付いた。
その事実を、未だ何も知らぬ同志達に伝えねばならぬ、そう考えていた矢先にディアブロの訪問である。
(不味い、非常に不味い――)
ゴルダマは焦った。
自分の身に疑いがかかっている可能性は低い、そう考えつつも念の為に魔法武具を持ち出した。
長年愛用している"護心の杖"である。
これを持つ限り、自分の心は守られる、その絶対的な自信がゴルダマにはあった。
そして今、その魔法効果すらも失われつつある。
ゴルダマから冷静な思考力を奪うのに、十分な理由が揃っていたのだ。
そんなゴルダマに、秘書からの魔法通話が入った。
――ディアブロの存在値は、7,000と推定されます――
そのメッセージを見て、ゴルダマに余裕が戻る。
かの大悪魔、帝国を何度も恐怖のどん底に突き落とした上位魔将を10,000として、他者の存在値を測定する機械にてディアブロを測定させていたのだ。
その結果が今、ゴルダマに知らされたのである。
7,000――それは十分に強者のレベルである。
だがしかし、決して倒せぬ領域の化物ではない。
現に帝国の誇った近衛騎士には、上位魔将を一人で屠れるような強者も存在したのだから。
(なんだ、噂は所詮、噂か。上位魔将など比較にもならぬ化物と聞いておったが、なんの事はない小者ではないか! ワシはこの程度の者を恐れておったのか、まだまだじゃわい。だがそれならそれで、もはや恐れる事もあるまいて)
そう考えて、ゴルダマはニヤリと笑った。
そして、そのまま自分の処刑執行の命令書にサインする。
即ち――
「ディアブロ様、いや、ディアブロよ。お前はここで死んでもらう事にしようかの」
「ク、クフフフフ。なんの冗談ですか?」
「あの大魔王を名乗る生意気なスライムは、少々力を付け過ぎた。ここらで削っておこうと思っての。何、言い訳はなんとでも考えておくから、お前は安心して死ぬがいい」
ディアブロに向けて、言ってはならない言葉を口にしたのだ。




