番外編 -リムルの優雅な脱走劇- 07
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帰り道で、突然マーシャが叫び声を上げた。
「ちょっと! 今何気なく腕輪の機能を調べていたんだけど、点数がおかしな事になってる! 何故だか私、44点になってるんだけど!」
と。
その声につられたのか、皆も自分の点数を確認し始めた。
「うお! 俺の点数は19点かよ」
「僕は26点だね」
「私は〜15点しかないんですけど〜」
口々に点数を報告し合うジョージ達。
マーシャに次いで高点数なのはモンドだった。
あれ? 今日の行動で点数が入っても、数点にしかならないと思ったんだけど……。
俺も慌てて自分の点数を確認してみると、なんと41点と表示されている。
点数内訳を表示させて見てみると、魔物討伐が33点で救助行動が8点だった。
おいおい、魚も魔物にカウントされるのかよ!
というか、救助行動の8点って、一人一人に釣竿を作ってやったからか?
一本に2点で四人分、とか? あの力作が2点とは、そっちの方がショックだな。
しかし、ザル過ぎるだろ、この加点方法は……と、我ながら呆れてしまった。
そしてそんな俺の耳に、
「警戒行動が2点、って事は――あの魚を釣るだけで1点も貰えるのかよ!」
「そうか! 僕は確か24匹釣ったし、間違いないかも」
「釣りで勝ったからって威張るなよモンド。だが、これで確定だな。俺も17匹釣ったのを覚えてるから、あの魚一匹で1点入るって計算で間違いない」
という、ジョージとモンドの会話が飛び込んできたのだ。
なんてこったい。
これじゃあ簡単に点数を獲得されてしまうぞ。
と、内心で焦る俺。
「ははは、馬鹿じゃねえ? こんなに簡単に点数獲得出来るなんて、これを設定したヤツは頭が悪いだろ。あの欲望の道化団とかいうヤツ等、かなりの間抜けだぜ!」
「そうね〜私もそう思うな。かなり大変だろうなって思っていたけど〜これなら案外楽勝、って感じ〜?」
ジョージが笑いながらそう言って、アイナも楽しそうにそれに頷いている。
そんな彼等の笑い声が耳に痛い。
何故なら、それを設定したのは俺だからだ。
ちょっと、いや、かなり恥ずかしい。
30点を合格としていたので、マーシャは既に合格である。
モンドも残り4点だし、一番点の低いアイナでさえ半分は稼いだ事になるのだ。
《ふふふ、計算通りですねリムル様》
落ち込みかけた俺に、シエルが嬉しそうに話しかけてきた。
何がだよ? と問うと、私は判っていますよと言わんばかりの雰囲気を出しながらシエルが答える。
《今日の行動で、落ちこぼれの生徒であるモンドの評価は高まります。そして、魔法に関して天性の才能を持つマーシャには、別の役割を与えるつもりなのでしょう?》
な、なんだって!?
という事はやはり、この班分けは適切ではなかったのか。一番問題のありそうな者を一纏めにしただけだったようである。
今更それはいいのだが、問題はシエルの言葉だ。
――マーシャに別の役割……だと?
《ふふふ、お惚けになるのですね。私にも秘密にして、一体何を企んでおられるのでしょう?》
とても楽しそうに、シエルが答えた。
ははは、俺が何かを企んでいると勘違いしているようだ。
言うまでもないが、計算通りでもないし、何かを企んでもいない。
全てはシエルの勘違いなのだが……ここはそれを利用しよう。
――ふふ、流石はシエル。お前には隠し事は出来ないな。モンドは少し自信が足りないようだったから、軽く手助けしてやったのさ。
《やはりそうでしたか。ですが、甘すぎますよ。せっかく残しておいた裏技を、こんな事で使ってしまっては――》
ああ、うん。
これは残していた裏技とか、そういうんじゃないから。
俺にも気付かなかった設定だから。
だってさ、E級以下1点って、魚とかにまで適用されるとか思わなかったし。
迷宮内に魚はいないもの。
いても、沼地などに生息する人喰魚や妖魚だし。
流石に蚊とか蚤とか、小さな虫は適用外にしてあったんだけどね。
アピトの支配領域に棲息するヤツは別だけど……。
完全なる俺のミスだったけど、シエルさんには策謀の一つに見えたようで、俺の威厳は保たれたのだった。
上位者権限を使って腕輪の設定を変更させようかとも思ったが、止めておいた。
それをすると、今獲得した俺達の点数が不自然になるからだ。
それに――魚に関しても今日これだけ大漁だったのだから、明日からは釣果が少なくなるのは間違いない。
一回だけのボーナスステージみたいなものである。
シエルの言うように、裏技みたいなものだった。
他の生徒が真似しようとしても、簡単にはいかないだろうしな。
そもそも、釣竿を用意するのも難しいのではなかろうか。
そういう事は学校では教えていないだろうし、見よう見真似で出来る程簡単ではないのだ。
こんな事もあろうかと、なんて言いながら釣竿まで持ち込むようなヤツもいないだろうし。
何よりも。
釣り好きの紳士である俺が、シエル先生の演算能力までも利用して作製した釣竿だからこそ、これだけの釣果だったとも言えるのだし。
そこは心配しなくてもいいだろう。
そんな感じで、釣果123匹と大量得点ゲットいう成果を上げて、俺達は凱旋したのだった。
◇◇◇
待ち合わせ地点に帰りついた俺達を待っていたのは、くたくたに疲れ果てている生徒達の姿であった。
美味しそうに見える果物も、魔法による鑑定では毒物であったりしたらしい。
野生動物を狩りしようにも、碌な道具や武器がないので困難そのものだったようだ。
ある班は落とし穴を掘り、ひたすらに待ち続け、そして獲物は罠にかからなかったそうだ。
ある班は、片っ端から植物に鑑定魔法を実行し、魔力切れを起こしそうになりつつも、極少量の食べ物を集めていた。
ある班は低位の魔物に遭遇し、採取どころの騒ぎではなく必死に戦っていたようだ。
どの班も成果は乏しく、獲得した点数は数点のみだったそうで、かなり落ち込んでいる様子である。
間違いなく、我が班が最高の成果を上げていた。
「なんだよ! なんでモンドがこんなに役立っているんだよ!?」
「うるせーぞ、ビリー! 俺が班長として付いていたんだ、当然だろう!」
疲れ果てた生徒の一人が、普段馬鹿にしているモンドの成果をやっかんで突っかかってきたが、それをジョージが一蹴する。
その後も、この班が獲得した点数の高さに驚かれ、どういう行動をしたのか詳しく問い質される事になった。
俺の釣果33匹と、釣竿作製8点による41点という高得点を前に、沈黙するしかない他の班の生徒達。
だが、最高得点はマーシャの44点なんだけどね。
マーシャは魔法による補助が加点対象だったようで、釣果39匹+5点で44点なのだ。
点数で負けたのはどうでもいいが、今日初めて釣りをした初心者に釣果で負けたのは納得いかない。
そりゃあ後半の俺は、ずっと釣竿作製だったけど……それでも今度キッチリと上級者の凄みってヤツを教えてやる必要がありそうだ。
と、それは置いといて。
ジョージやモンド、アイナやマーシャ達は、他の者に今日の俺達の行動を詳しく説明して聞かせたのだった。
そんなこんなで帰り着いた基地では、十五組のテントが組み上がっていた。
簡易テントなので、思ったよりも組み立ては簡単だったようである。
全員、1〜3点程の点数が加算されたようで、それを見るだけで大体の仕事ぶりも判るというものだった。
「濡れて困るようなものは、テントに収納しておくように!」
という教師の声が聞こえてきた。
大きめのテントを共有の物置として使用するのだろう。
会議用のテントと、一際豪華な貴族専用のものまである。
舐めてるのか、あれは反則だろう! と言いたくなるような、豪華な造りになっていた。
まあいい、確かに野宿なんてしたくないし、テントがあったのは僥倖だったのだ。
仕舞い忘れだろうが、今後の野営訓練用に準備していたものだったのだろうが、そんな事は些細な問題なのだし、豪華なテントがあったからと言って文句を言う事もないだろう。
突風を起こして吹き飛ばしてやろうかとか少し思ってしまったけど、そんな事をすれば妨害点数が加算されてしまう。
今晩にでも、俺が入るテントの内装が少しはマシなものになるように、何か考えてみるとしよう。
出来上がっていたテントを眺めていると、生徒達が少しの休憩を挟んで直ぐ、夕食の準備に取り掛かったようだ。
俺達の班も行動を開始したので、俺も手伝う事にした。
「で、探索班の分も居残り組で用意するのか?」
と俺が聞くと、
「そうね……。そうしたい気持ちはあるけど、私は料理は得意ではないの……」
マーシャが重い口調で答えた。
「え、得意ではない? そんなレベルじゃないよね――」
「何か言いたい事でもあるのかしら、モンド君?」
モンドが何か口を開きかけたが、マーシャから放たれた『威圧』により口を閉ざす。
ジョージなど、会話が聞こえていないという風に、テキパキと石を並べて竈を用意し始めているし、これは俺もスルーする方が賢いと見た。
「アイナは――」
「何かな〜サトル君?」
ヤバイ。
俺まで地雷を踏み抜きそうだ。
向こうで首を横に振るジョージが見えたので、俺にもこの二人は戦力外なのだと理解出来た。
「いや、アイナとマーシャには燃やせそうな枯れ枝を集めてきてもらいたいんだけど、いいかな?」
「ええいいわよ!」
「枯れ枝くらいなら〜二人の魔法を併せれば楽勝だしね〜」
くれぐれも見通せる範囲内から出ないようにと、ジョージが念を押していた。
丘に囲まれたこの場所だが、森の入り口は良く見える。
他の班も燃料となる木の枝を取りに向かうようだし、少女二人だけでも大丈夫そうだ。
本来は男と女の仕事が逆な気もするが、魔法があるこっちでは、単純な肉体能力で仕事の分担を決めたりはしない。
なのでそれ以上追求する事なく、俺達は俺達の仕事をする事にしよう。
戦力外の少女二人を追い払った後、さっさと魚を捌く事にする。
包丁などないので、サバイバル用の小型ナイフでの調理だ。後は木の枝を使い、ちょちょいと内臓を取り除く。
俺の『鑑定解析』では問題ないと出ているが、一応はそ知らぬ顔で鑑定魔法により毒や寄生虫の確認をお願いしておいた。
「うん大丈夫! これで問題ないみたい!」
弾んだような声でモンドが俺に言う。
戦闘糧食以外の食事が食べられるとあって、張り切っているのだろう。さっきから腹の鳴る音が聞こえるので、どれだけ楽しみにしているのか聞かなくてもわかるというものだ。
「よし、じゃあ後は焼くだけだな」
頷いて顔を上げると、他の班の生徒達まで見学にきていた。
学園で学ぶ生徒達は、野営訓練などを行った経験はあるようだが、サバイバル訓練の経験等はないのだろう。なので魚と野草を渡されても、調理方法などが判らなかったらしい。
仕方ないかと納得する。
「もう一度やって見せるから、お前等は自分達の分は自分で調理しろよ」
俺がそう言うなり、周りで様子を窺っていた生徒達は安堵したような顔になり、慌てて見よう見真似で魚を捌き始めたのだった。
探索班の分も下拵えを終えた所で、大変な問題が発覚した。
調味料がないのだ。
マジかよ! サバイバルキットはあるのに、この教師、何を考えているんだ!?
思わず怒鳴りそうになる。
野外活動をする際、自然に入手出来ないものは事前に準備しておくのは鉄則だろうに。
「すみません! テントで〈空間収納〉が圧迫されてまして……」
と、生徒でもない俺に平謝りする教師A。
名前も知らないのでAで十分だ。
手や頭に包帯が巻いてあるので、ラプラスに立ち向かった教師の一人だろう。ラプラスも上手く手加減していたようで、動けるまでには回復したようである。
テントを持ったままだったのもコイツだったようだが、俺からすればテントよりも調味料の方が重要であった。
「テントよりも調味料だろうよ!」
「す、すみません! 野営訓練の時は、戦闘糧食で我慢するので……」
「何もないってか?」
「あの……塩なら少し……」
「塩があるの? ならいいや」
良かった。本当に良かった。
塩は万能なので、最悪の事態は避けられたようである。
柑橘系の果物も少しあったし、塩焼きにして果汁をかけるだけでも十分だろう。
教師Aは恐縮しつつ、俺に塩を差し出してきた。
俺は笑顔で塩を受け取る。
その笑顔を見て俺の怒りが解けたと見たのか、図々しくも他の生徒に混じって俺の作業を真似し始める教師A。
塩を差し出した事に免じて、不問に付すとしよう。
生徒達も、せっかくの魚が美味しく食べられないかも知れないという不安から、俺達の会話を心配そうに聞いていた。
だが、俺の怒りが解けた事でそれ程に酷い事にはならないようだと安心したみたいである。
「この子、コエー」
「凄い威圧だったよね。ピーター先生、ビビッてたんじゃないの?」
「そ、そんな事はない。先生が一般人に、それも子供相手にビビる訳がないだろう!」
というような会話が聞こえてきたが、機嫌が良い俺は気にしない事にした。
問題は塩だ。
本当に少量しかないので、直ぐに使い切ってしまいそうだ。
下手すれば明日からの分がない。
明日にはなんとかしなければと思案しつつ、俺は作業を続けたのだった。
◇◇◇
夕食はバーベキュースタイルである。
というか、調理器具もない現状、出来る調理方法は限られているのだ。
探索班が食べられそうな魔物を持ち帰って来たので、それも捌いて切り分けてあった。
そちらは生徒達が自分で行っている。魔物の捌き方は、授業で教えていたようだ。
食べられるかどうかの見分け方も熟知していたようで、食材としては問題ない。
ただし、念の為に注意深く『鑑定解析』してみると、処置が完璧ではない上に剣で肉が叩き潰されていたりと、品質は最低に近かった。
だが、贅沢は言っていられない。
刻んだ香草と塩で味付けして、それも並べて出したのである。
当たり前のような顔をしつつ、俺達の班にマグナスが混ざってきた。
キョロキョロと周りを見回して、俺を探し出したのだ。
うっとおしいヤツだが、慣れるとだんだん犬のように思えてきた。
「やあ、サトルちゃん。僕達の分も用意してくれたんだね!」
馴れ馴れしい。
そして、周囲の視線がウザイ。
それに、良い子ぶって自分を僕と呼ぶところが気色悪いのだが、気にすると疲れるだけである。
「お前の為に、じゃないけどな」
「またまた。ツンデレってヤツかな?」
うるせーよ。
その内、裏の便所にでも呼び出してシメル必要があるかもね。
などと思いつつ、先ずは釣ってきた魚を焼く。
香ばしい香りが漂い、食欲を刺激する。
空腹という最高のスパイスを加え、自分で釣ったという感動もあって、それは非常に美味しそうだ。
そりゃあ冷静にジャッジすれば、普段食べているシュナの料理の方が美味いだろう。だがしかし、この自然環境下で自分で釣って料理したというだけで、極上の料理に匹敵するものなのだ。
「美味い! なんだよこれ、滅茶苦茶に美味いじゃないの!」
俺に絡んでいたマグナスが、一口食べるなり叫んだ。
「大げさなんだよ馬鹿」
と言いつつ、俺も一口。
美味い!
マジかよ!? と思う程、この魚は美味かった。
ワタ取って焼いただけなんだけどな。素材が極上だったのだろう。
あちこちから歓声が上がり、俺達だけが美味く感じているのではないと証明してくれた。
モンドなど、一心不乱に食べている。その目には涙まで浮かび、昼間から続いていたのだろう空腹が満たされる幸福に浸っているようだった。
そんな俺達を忌々しそうに見るのは、自分達だけ高級料理が並ぶテーブルで食事する御貴族様方である。
何日分の食材があるのか知らないが、またしても自分達だけは別メニューのようだった。
ま、今はいいや。
魔物の肉はあんまり美味くなかったけど、食べれない程ではない。
調味料もないのだから、こんなものだろう。贅沢を言わず、腹を満たすには十分だった。
こうして、思ったよりもバランスの良い夕食を楽しんだのだ。
夕食後。
「で、探索はどうだったんだ?」
満腹になったので、世間話程度に聞いてみた。
「ああ。思った以上に順調だ。あの偉そうにしてる奴、名前をユリウスって言うんだが、意外にも手際がいい。貴族、それも王族なだけあって、人を使うのが上手いんだ。お陰で、一人の脱落者もなく結構な距離を稼げたと思うよ。後三日もあれば、海岸線が見える筈さ」
ユリウスの奴は、マグナスから見ても優秀だったようだ。
選民思想っぽいのをなくせば、案外まともになるかもしれない。
マサユキに憧れてるっぽいし、後で連絡を取って説教するだけで改善出来るかもな。
「ふーん、そうかよ。強い魔物が出るかも知れないから、用心だけはしっかりしておけよ」
今日の探索では何も問題なかったようなので、俺はそう忠告だけしておいた。
ないと思うけど、油断して死傷者を出すのだけは避けたいからな。
「はは、心配してくれるんだね」
「要らぬ心配です! マグナス様が、魔物如きに遅れを取る事は在り得ませんわ!」
マグナスの隣にいつも居る少女が荒ぶる。
「はいはい。まあ、油断しないようにな」
俺はそう言いながら、立ち上がる
「ああ、判ってる。ロザリーも落ち着けって」
「私は落ち着いていますわ!」
と言い合う声を背に、後片付けをするためにその場を後にしたのだ。
◇◇◇
そしてその夜。
睡眠の魔法が発動する気配を感じて目を開ける。
人間と同じ肉体となっているので、意識を薄めて擬似睡眠も可能なのだが、本当に眠る事のない俺に睡眠魔法は通用しない。
とはいえ、その魔法の対象者は俺ではなく、俺と同じテントに眠る女子生徒達だった。
マーシャとアイナ、他二名と一緒のテントに、俺も割り当てられていたのだ。
男子のテントでいいと言ったのだが、全員に却下されたのだ。
「だが、俺は男なんだけど――」
「男でもダメです」
自分達の身の危険より、俺の身が心配だと言われた。
全く信用されていないジョージやモンドや他の男子からも説得されたので、面倒になって俺が折れたのである。
というか、シュナやシオンに構われるのに慣れてしまって、今更この程度で動揺する事などなくなっていたのだ。
そんな訳で女子と同じテントに居たのだが――
夜這い、ではなさそうだ。
「サトル殿、居られますか?」
小さく俺を呼ぶ声が聞こえた。
俺から出向こうと思っていたが、どうやら向こうから接触してきたようである。
「ああ。今行こう」
「はは!」
俺は呼び出しに応じ、そっとテントを出た。
当然のように跪いて恭しく俺を出迎えたのは、ウィリアム・ロアーズと名乗ったイングラシア総合学園の老魔法教師である。
「気付いてた?」
「それは当然でしょう。一目で気付きましたぞ。ただし、ソウエイ様よりの伝言で内密に、との事でしたので……」
場所を移動しつつ説明を受けると、このウィリアム老師はソウエイに連なる密偵の協力者なのだそうだ。
密偵と言っても末端で、ソーカの部下の部下辺りに位置する者なのだとか。
俺がソウエイに学園の調査を命じた事で、各国に潜んでいた密偵が動き始めたのだそうだ。
と言っても、そうした密偵は各国の動向を探る者達だったようで、学園の調査などの些事は任務に含まれない。
より大きな、国家規模の事件に対処する者達なのだ。
内部腐敗の状況証拠を集めたり、不正を暴いたり、まして生徒への教育指導方針などについては、各学園ごとに協力者を何名か用意していたのだという。
ウィリアムもその一人だったのだ。
「ソウエイ様より直接『思念伝達』を頂戴した時は、心臓が止まるかと思いましたぞ」
その時を思い出したのか、ブルリと身を震わせてそう言った。
確かに。
密偵を飛ばし、その上位の、それこそ雲の上のような上司から直接声を掛けられたのだから、その気持ちもよくわかる。
俺の事よりも、寧ろソウエイの方を恐れているようだし。
いや、多分それは正解だろう。
ソウエイは――いや、ソウエイ以下ソーカ等の側近連中も含めて、情報部は特に部下に厳しいからな……。
万が一、などという言葉は辞書になさそうだ。
失敗=死――などと、他の部署からも恐れられているのだから。
連れられてきたのは、教師用のテントである。
中に入ると、数名の教師が跪いていた。
ブラウンという最初にラプラスに敗北した戦闘系教師を筆頭に、ピューリという保健医に、ブラムという小太りの魔法教師。
怪我をした教師に適切な処置をした美人女医と、腕輪の解析をしたオッサンだ。
そしてハインリヒという、インテリっぽい研究員。この島を覆う魔素嵐を指摘した人物である。
それと――
ガタガタと震えているのは、先程俺に塩を渡してくれた教師Aことピーター先生。
「あれ? ピーター先生じゃないですか」
「ぎゃあーーー! お、お許し下さいぃ!」
それはもう、見事な土下座だった。
惚れ惚れするくらいに鮮やかに、跪く体勢からのジャンピング土下座である。
いや、初めて見たよ……本当に飛びながら土下座する人。
「何もしねーよ」
「ほ、本当ですか!? では、許していただけるので?」
許すも何も、と思ったが、この反応は怪しすぎた。
「それを判断する前に、何をしたのか言ってみろ」
俺に対する態度だけで、ここまでビビッているとは思えない。
そう考えて聞いてみたのだが……。
出るわ出るわ、怠慢の数々。
テントにしても、冗談抜きに毎回片付けるのが面倒なだけだったようだ。
俺は呆れつつも、そのあまりにもしょーもない罪の告白を遮る。
「わかった。三ヶ月の減給処分な」
「は、え? ははあ!!」
「ただし、次からはサボるなよ?」
「と、当然であります!」
「なら良し」
アホらしくなるので、ピーターは減給だけで済ませたのだった。
そして。
一同から正式に自己紹介された。
今ここにいる教師は、完全に情報部の監視下にある協力者達だ。
つまり、腐敗してはいない熱意ある者達、という事になる。
ピーターのような者もいるが、一応それは性格由来でものぐさなだけだ。
この島に居るテンペストの教師は、三名ともこの場にいる。
実はこのピーターも、テンペスト人材育成学園に所属する戦闘系教師なのだった。
俺のお膝元のテンペストの教師に、腐敗した者が居なくて良かった。
本国の方では、今頃ソウエイ達が踏み入っている筈だし、どうなっている事やら判らないが。ともかく、ここには居ないようで何よりだ。
イングラシア総合学園の教師は、ウィリアム老師と小太りのブラムだ。
NNU魔法科学究明学園からはハインリヒのみ。
この者達が協力者だった。
ともかく、この六名は信用出来る。
俺はこの六名を巻き込む事に決めて、今後の予定について相談を開始したのだった。




