番外編 -リムルの優雅な脱走劇- 04
来週一杯は忙しいですが、それを過ぎれば多少は時間が取れそう。
気長にお待ち頂ければ幸いです!
マルドランド島。
シエルの言う通り、俺の『魔力感知』に準魔王種級の特殊個体が数匹確認された。
島の四方に一体ずつ。
それぞれが自分の支配領域を持っているようだ。
そして中央に魔王種級の反応がある。面白い事に、これらの魔物達は互いに争いつつも本格的な殺し合いに発展する事なくこの島の均衡を守っているようだ。
世界の各地には、知恵が足りないだけで旧魔王に匹敵するような化物達が、未だ数多く眠っているのだろう。
今回たまたま、そうした魔物の内の一体を発見した訳だ。
さて、ラプラスのヤツはここからどうするつもりなのか?
俺は内心ワクワクしつつ、ラプラスの動向に目を向けた。
「さて、君達には僕チンの手下となってもらう訳だが……」
「ふざけるな! ここならば俺達も本気で戦える。誰がお前の――ゴフゥ!!」
船から降りた所で、ラプラスが演説を開始した。
各学園ごとに生徒達は纏まり、前面には教師が立ち並んでいる。
その数は教師や護衛等も入れて百余名。
各学園毎に、三十数名が飛空船に搭乗していたようだ。
船から素直に降りたのは賢明だった。
もしも船に傷でも付けたら、マジでラプラスが発狂しそうだしな。
おそらくはラプラスを倒してあの船を奪うつもりだったのだろうし、双方にとって船から離れた方が都合が良かっただけの話だろうけど。
で、演説を開始したラプラスに、早速教師の一人が噛み付いた。その結果、ティアの一撃で沈黙する事になったのだ。
残念ながら戦闘能力に大きな差があるし、大戦から十年も経過して少し平和ボケが入っている教師陣では、ラプラス達に勝てるハズもないのだ。
「んーーーっふっふっふ。僕チンに逆らうというのなら、どうぞ? 今ここで、ハッキリと実力差を教えておいてあげるよ?」
両手を広げ、ラプラスが挑発した。
「クソがぁ!」
「舐めるなよ? 我々の力を今ここに!」
「君達はワシらが守るぞい。安心しておれぃ!」
等々。
教師達が口々に叫びつつ、ラプラスに向けて構えを取った。
武器は預けたままなので、素手。この時点で、戦力は大きく減少しているだろうに。
「来たれ、天空の刃! 顕現せよ――元素魔法:武器創造!!」
教師の一人が、見事な武器を作って各人に配った。
残念ながら制限時間付きの武器ではあるが、使用者の能力を反映するのでそれなりに強力である。
あの教師の実力ならば、十分間という時間制限のある特質級武器といった所だろう。
戦闘系教師の数は残り四名。
皆に武器が渡った時点で戦闘が始まった。
………
……
…
結果は言うまでもない。
教師達は頑張った。それはもう頑張った。
だが、現実は残酷なのだ。
Aランクも超えていない者達では、ティア一人倒す事も出来ないのである。
「せ、先生!」
「そ、そんな……ブラウン先生まで――」
という生徒達の悲観的な嘆き声があちこちから上がる。
少し心が痛いが、それもこれも歪みを正す為なので手を抜く事は出来ない。
俺はラプラスに小さく頷いて見せた。
「フフン。流石は僕チン、超つよ〜い! さてさて、これでもまだ逆らおうっていうお馬鹿さんはいるのかな〜?」
芝居がかった動作で学生連中を見回し、軽く『威圧』するラプラス。
その姿は狂気めいたものを感じさせ、中々様になっている。
「さてさて、それでは納得してもらえたようだし、皆にはコレを着けてもらいま〜す!」
ラプラスは指をパチンと鳴らして皆の注意を集めると、一つの腕輪を取り出して見せた。
寄生型生体解析腕輪という魔法道具だ。
迷宮攻略用の補助道具を開発している研究班が作った作品で、装着者の生体情報を数値化して表示するモニターが付いている。
倒した魔物の強さも数値化し、分かり易く得点表示する為の試作品であった。
それは、罠の解除や魔物討伐といった一つ一つの要素を得点化するのを目的としていた。
迷宮への挑戦者がこれを着用して攻略に臨むと、最終的に死亡もしくは帰還した時点での総合得点が一目瞭然となるのである。
この得点の高さごとに景品を用意する。
そうした企画が、この前の会議の時に持ち上がっていたのを覚えていた。
ラプラスは、この時のアイテムを持ち出してきたのだろう。
ならば丁度良い。この機会を利用して、腕輪の性能テストも出来そうだ。
そして、ラプラスの狙いも恐らく――
「この腕輪には、点数が表示されるんだ。君達がこの島でどう生活したか、それが一目で分かるんだよ! これで理解出来たと思うけど、優しい僕チンはちゃんと言葉で説明してあげるよ! この島で一週間生き残るのが、僕チンの部下になる為の最初の試練ってワケ。ただ生き残っても面白くないから、最低点数を決めて足切りしようと思うのさ! さあ、面白くなってきただろう? 足切りされた者がどうなるか、それは言わなくてもわかるよね? さてさて、それじゃあ楽しいサバイバルの始まり始まり〜!」
口調に統一感がなくなってないか? まあいいけど。
しかしまあ役には嵌っているようで、おどけたようにラプラスが説明していく。
やはり思った通り、この腕輪に表示される数値を利用して生徒達に発破をかけるつもりなのだろう。
いつの間にやらティアが、一人一人に腕輪を装着して回っていた。
どうやら間違いなさそうだ。
「待ってくれ! 点数と言うが、それが低いとどうだというんだ? せめて、何点で足切りになるのかだけでも教えてくれないだろうか!?」
おっと、この状況で質問するとは見所のある生徒だな。
良く見ると、ユリウスとかいう貴族の学生に食って掛かっていた赤毛の獣人だった。
本当に、中途半端に正義感と責任感だけは強いようである。
「ふむふむ、それが知りたいのん? 僕チン、実はまだ考えてなかったのん」
気色の悪い言葉使いのまま、ラプラスは俺に視線で助けを求めてきた。
馬鹿野郎! 考えてなかったのかよ!?
というか、この状況で俺に助けを求められても困るのだが……仕方ないな。
余り大っぴらに能力を使うと、俺がここにいるとバレてしまう。時を止めるなど論外だし、そもそもラプラスは停止世界で活動出来ない。
だが、この距離なら『思念伝達』での超高速思考での会議くらいは可能だろう。
一万倍に加速した思考能力ならば、一秒でも百六十六分に相当するのである。
俺はやれやれと思いつつも、ラプラス達を交えて『思考加速』を行った。
◇◇◇
思考接続を行った途端。
「ご機嫌麗しゅうリムル様! ワイの演技、どないでした?」
「リムル様お久しぶりです! この後もアタイ達に任せてもらってもいいですか?」
と、待ってましたとばかりに挨拶を受けた。
任せるのはいいのだが、時間はあるのだし軽く計画を聞く事にする。
「おいラプラス。この後の事、何も考えてないんじゃないのか?」
「いえいえ、一応は考えているんでっせ? ただ、この腕輪の点数で、何点以下にどのような罰則を与えたものか、学生らを知らんよって悩んでたんですわ。あの赤毛が具体的に何点以下とか聞いてくるとは……」
どうもラプラス、結果を見てから考えるつもりだったようだ。
確かに、生徒が何点くらい取れるのかも解らないのに、迂闊な事を言えないのは当然なのだが……。
「そういう時は、『そ〜れ〜は〜、ヒ・ミ・ツ!』とでも言っておけば良かったんだよ、この馬鹿!」
「ああ! その手がありましたなあ」
アチャーという顔をして、頭をかくラプラス。
抜け目がなさそうでどこか抜けてるんだよな、コイツ。
「まあ、今更それは言っても仕方ないし、点数を決めるか」
脱線しそうな話を元に戻す。
先ずおさらいとして、この腕輪の得点方法を確認させる。
・警戒行動:1〜10点
・折衝行動:1〜10点
・魔物討伐:E級以下1点
D級2〜5点
C級6〜30点
B級31〜100点
A-級500点
A級以上1万点〜
・救助行動:1〜30点
・妨害行動:−1〜100点 ※ゼロ未満にはならない。
・危険行動:点数リセット
・殺人行動:点数ゼロ固定
凡そ、こんな感じで設定していたと思う。
『行動』については個人に得点されるが、『討伐』はパーティーメンバーで頭割りが基本だ。
ただし、最低でも一人につき1点は加算されるようにしてある。
端数切捨てとかすると余りにもシビアになる、という理由での救済措置だった。
流石にパーティーを組んでEランク以下の魔物を倒しても、全員に1点加算されたりはしないけどね。
当然だが、単独で撃破したら点数を独り占めだ。
しかし、その分危険は大きくなる。
例えば、この島にもAランクオーバーが居るが、そうした魔物を狩るのは不可能だろう。
A-ランクの魔物一匹に対してでさえ、B+ランクの冒険者五名揃ってやっと互角なのだ。
これが現在の迷宮内での階層守護者の最低ランクなのだが、六名所属の上位パーティーでも未だに苦戦しているのである。
安全に狩るには、倍のメンバーで挑む必要があった。
Bランク未満の学生達では、精々がCランクの魔物を集団で狩る事が出来れば御の字だろう。
Cランクでさえ、リザードマンの下級戦士並の強さがあるのだから、学生には荷が重いかもしれない程である。
現実的な所で、学生レベルでは一週間のサバイバルでも100点も稼げるかどうか……。
「なるほど、精々頑張っても100点でっか」
俺の説明に、ラプラスは何やら思案顔だ。
生徒達にしてみれば、Dランクのゴブリンを討伐したとしても一人につき一点しか加点されないのである。一日十匹倒せても、たった一週間では70点にしかならない。
そもそもの話、この島はモンスターランドという訳ではないので、迷宮内部のように次々と魔物が湧き出るような場所ではない。
劣化魔王種を頂点に、ピラミッドが形成されている。
島の四方に各一体の準魔王種級特殊個体を確認した。
この五体のみが、Aランクオーバーである。
そして、他にも数体のA-ランクの特殊個体がいるようだ。
それらの魔物達が上位者として君臨し、各階級ごとに個体数と種族が増えていく。
それでも、Bランクが数十体にCランクが数百体。
そしてDランクの魔物の総数だが、精々数千体居るかどうかという所だった。
百名の生徒がDランクを百体狩るならば、一万体必要になる。
この島にはそんな数は存在せず、必然、危険度の高いCランクにも手を出さざるを得なくなるのだ。
というか、本気でそんな事をすれば、この島の生態系が大きく狂うし、この島に君臨する王者がそれを許すとは思えない。
常識的に考えても、それはナシの方向だろう。
魔物の数が少ないという事は、それだけ危険が少ないという事だ。
だからこそ安全面が確保出来ると計画場所に選んだのだし、自分から準魔王種級に挑むような真似をしない限りは危険はないだろう。
俺としてはこの機会に、他者との協調や助け合いの精神を学んでもらいたい、そう思っている。
自信家で傲慢な者も、他人に無関心な者も、自分に自信のない者も。
この地にて苦労する事で、自分の無力さを知り、他人との協力の大切さを知り、そして自分がどのような場面で役立てるのかを知る。
自分に欠けている何かを、見つけさせるのが目的なのだ。
敢えてこの島の王者に喧嘩を売るような行為を行い、しなくても良い危険を冒す必要など全くないのである。
といった事を、悩むラプラスに説明する。
それに聞き入るラプラスとティア。
どうやら納得してくれたようだ。
「ほな、30点もあれば合格、いう事にしましょうか。で、罰則はどないしましょ?」
「お前の好きにしたらいいんじゃね?」
「は? そりゃあ、どないな意味で……まさか!?」
「そのまさか、だな。そんな低レベルな馬鹿が学園に居る事自体、許されざると思わないかね?」
「思います! 思いますとも!!」
ラプラスは非常に嬉しそうだ。
ティアには伝わっていないようだが、俺の次の言葉で納得の色を浮かべる。
「一年間。君に預ける事にするよ、ラプラスちゃん」
「おおきに! ワイ、めっちゃやる気が出てきましたわ。あと、私掠免許状の方は本当に……」
「疑うんだったらナシでもいいけど?」
「スンマセン! ワイ、リムル様を心から信じておりますよって!」
キャッホー! とでも叫び出しそうな程に嬉しそうなラプラス。
ティアも状況に追いついたのか、嬉しそうにニンマリと嗤っている。
そうだろうなあ……。
だって俺が公に、レベルの低い学生を手下にしても良い、って認めてやったんだから。
この二人はソウエイ管轄の特殊工作員という扱いであり、基本的に他には仲間がいない。
だからこそ、一年間限定とはいえ仲間が出来るのは嬉しいのだろう。
それに加え、私掠免許状である。
どこかの国が飛行実験を行おうものなら、即座に行って叩き潰すつもりなのだろう。
その時に手下がいるなら、それこそラプラスに取っては最高の舞台になる。
ティアにとっても、シゴキ甲斐のある部下は良い玩具になるだろうし、今の表情はそれはそれは幸せそうになっていた。
「しかし、未来ある若者を犯罪行為に巻き込んでも――」
「バッカおい! 何を言い出すんだね、ラプラスちゃん。言葉には気をつけ給えよ!? 俺が許可を出しているんだから、合法だとも! いいかい、俺は大魔王だよ? 地上は各国に自治を認めているけど、大空には認めていないんだ。なので、先に占有権を宣言した者が所有者になるのは当然だろう? まあ、こと大空に関してはミリムにも許諾を求める必要があったんだが……コレを見たまえ!」
そう言って"脳内イメージ"で取り出したのは、一枚の高級紙である。
魔法による劣化防止措置と硬化加工され、畳んでも折り目がつかない優れものだ。
だが重要なのは紙そのものではなく、そこに書かれた内容である。
そこには俺とミリムの連名にて、大空における特定目的に関する自由を認める条項が書き連ねられていたのだ。
もしかするとラプラスは、ジュラの大森林という俺の支配領域内だけで通用する免状だと思っていたのかも知れない。
しかし俺が用意したのは、私掠免許状というよりも天空支配権とでも呼べるような代物なのだ。
「な、なんやてえ!? なんちゅうもんを、なんちゅうもんを用意してはるんでっか……」
驚きか、或いは呆れか。
ラプラスは言葉も出ないようである。
「てことは、てことはですよ? 本当にアタイ達は自由に……?」
「うむ。その通りだよ、ティア君!」
キャー! と悲鳴をあげ、ラプラスに抱きつくティア。
脳内イメージなのに、かなり自由に振舞うものだ。まあ、俺も人の事は言えないけど……。
と証拠を見せた事で、ラプラスとティアも信じてくれた。
「ちゅうことは、つまり……」
「うむ。もしも学生がお前の手下になって働く事になっても、それは罪にはならないんだよ。何しろ俺への事前通達をせずに空を飛ぶ船は、すべからく不法侵入扱いになるからな。それに、一年後に解放する際、その事を口にしても困るのは本人だけだろうし……それ以前に、その一年の経験で学園で学ぶ以上の事を体験し自分のものに出来るんじゃないか?」
「任せて下さい! アタイがキッチリと教育してみせます!」
「ワイもやで! それこそ、毎日がパラダイスや!」
ティアもラプラスも、今後の方針に思いを馳せているようだ。
俺としても、この先については考えておかねばなるまい。
魔天航空会社を襲う場合は退治された演技をしてもらうか……或いは、全ての被害を担保する事にして同じように乗客から接収するか……。
危機意識を持ってもらう為にも、ある程度の刺激を与えるくらいは許容するのもアリかも知れないし。
が、今はそれを考えている場合ではない。
「さて、納得してくれたようだし、話を戻すぞ」
そう言って、気持ちを切り替えさせる。
そして一秒に満たぬ時の中で、様々な打ち合わせを行ったのだ。
◇◇◇
そして話は纏まった。
俺が『思念伝達』を解除するなり、今度は迷う素振りも見せず、ラプラスが大仰に説明を再会する。
そして――
「それじゃあミンナ、理解したね? 30点だよ〜ん! 30点に満たないような能無しは、僕チンの部下には必要ナッシングぅ〜! でもでも、資源は有効活用しないとダメだから、ここで秘密基地の建設に従事させてあげちゃう。どっちを選ぶのも自由だよ〜ん。だから死なない程度に、精々気張って欲しいのねん!」
「はーい注目! 重要な事だから忠告しておくけど、仲間の足を引っ張るような屑はいりません! 船長は優しいから、とってもとっても仲間を大切にしてくれると思うの。でもね、自分勝手なヤツは仲間にはなれないの。ここに残って生活したいのなら止めないけど、決してこの一週間、仲間を裏切らないようにしましょうね〜! その寄生型生体解析腕輪で、常に自分達の行動が監視されていると思って、誇りある行動を心がけましょう! では、良い一週間を楽しんでね〜!!」
と言葉を締めくくる二人。
そしてそのまま、混乱の極致にある生徒達を残し、飛空船で去って行ったのだった。
三巻初稿を書き上げ、番外編の続きを書こうとした時、新キャラの口調や細かい設定が脳内から抜け落ちておりました^^;
時間を空けたら自分的にも厳しいので、次回はなるべく早めに更新出来るようにしたいです。




