番外編 -リムルの優雅な脱走劇- 01
※完結後の話となりますので、そういうのが嫌いな方はご注意下さい。
宣伝:8月30日に二巻発売です。
興味ある方は、手に取って一読してみて下さい!
ディアブロの朝は早い。
訂正しよう。
眠る必要のないディアブロは、夜の間に仕事を済ませる。朝から敬愛する主人であるリムルと行動を供に出来るように、雑事は滞りなく空いた時間で済ませるようにしているのだ。
いつものようにリムルの寝室を訪れると、そこでは毎朝のイベントであるシュナとシオンによるリムルの目覚め係の奪い合いが行われていた。
「ちょっとシオン、貴女は昨日起こしていたではないですか。今日はわたくしの番でしょう?」
「お言葉ですが、シュナ様。これは順番に関係なく、秘書たる私のお役目なのです。こればかりは幾らシュナ様のお言葉でも、従う訳にはいかないのです!」
これを華麗にスルーして、部屋へと入るディアブロ。
(やれやれ。毎朝毎朝よくぞ飽きずに続けられるものです。こんなに騒いでいては、リムル様が気付かない訳がないのですが……)
一度彼女達に注意しようかと思った事があったのだが、
「やめとけ。それは地雷原を裸で歩くようなものだぞ? 覚悟なき者、『触らぬ神に祟りなし』だよ」
と、リムル本人に教えられたので、ディアブロは彼女達を放置する事に決めたのだった。
それは間違いなく正解である。
毎朝の恒例であり、たまにミリムやラミリスが参戦している事もあったからだ。
というか、ミリムやラミリスに至っては布団にまで潜り込んでいる場合もある。そんな光景を目にした時の彼女達の喧騒は凄まじいものとなり、ミリムも参戦しているのではディアブロの出る幕はない。
(クフフフフ。流石はリムル様、ここまで読み通しておられたのですね)
リムルの先を見通す目の確かさに感服しつつ、『触らぬ神に祟りなし』の言いつけを守っているのだった。
一々気にしていたら疲れるだけなので、気にしないのが一番であるとディアブロは悟ったのである。
ただし、これはディアブロだから可能な事。
例えばこれがベニマルなら、彼女達に捕まりジャッジを求められたりする。
「お兄様からシオンに言ってやってください!」
「え、いや待て……。そんなの誰が起こしても……」
「ベニマル様。これは秘書としての勤めなのです。仕事が大事だというのは、ベニマル様にも理解して頂けますよね?」
「ああ、それはな。仕事は大事だが――」
「お兄様!?」
「ベニマル様!!」
と、そんな感じに二人に責められ、一人悪者になってしまう事もあるのだ。
ディアブロのように他者を拒絶し威圧する覇気を身に纏っているからこそ、彼女達も話しかけ辛い空気となるのだろうから。
そんな訳で、ディアブロは日々磨かれるスルー能力を存分に発揮する。
「リムル様、ディアブロです。朝の準備が整いましたので、お呼び立てに参りました」
そう声をかけ、ディアブロはリムルの部屋へと入室した。
ところが、そこではいつもの朝と様相が異なっていたのだ。
◇◇◇
一礼し、頭を上げる。
ディアブロが視線をベッドに向けると、その上には一匹のスライムがプルプルと震えていた。
「おや? リムル様、どうかされたのですか?」
「ぷるぷる。僕はスライムのリムルン。悪いスライムじゃないよ!」
「どこか御加減でも――」
「んまーーー!! どうされてしまったのですかリムル様!?」
「ちょっとシオン! わたくしにも抱かせなさい!!」
ディアブロがリムルの異変に気付き具合が悪いのか問おうとした時、横からシオンが突き飛ばしてきた。
ベッドの上で震えるスライムを抱きあげ、嬉しそうに頬ずりを始めている。
それを羨ましそうに見ながら手を差し出し、シオンからスライムを奪おうとするシュナ。
二人にとってはリムルの異変は大きな問題ではないらしい。
(しかしシオン……この私を軽々と突き飛ばすとは。力だけなら私を上回っているかも知れませんね……。それにしても、リムル様はどうなされたというのか――)
二人が交互にスライムを抱き上げたり撫でたりするのを横目で見つつ、ディアブロは状況を整理する。
目の前のスライムがリムル本人なのは間違いない。
だが、その本人の口から出たのはリムルンという名前だった。
シオンはともかく、シュナの『解析鑑定』を欺く偽者など考えられないので、あれは紛れもなく本人なのは間違いない。
(私の測定でも、果てしなく大きな魔素量が測定されています。という事は、このスライムがリムル様御本人で間違いはない? いや、しかし――)
そのスライムは、くすぐったそうに二人にされるがままになっていた。
どう見ても無邪気な様子であり、普段のリムルらしいふてぶてしさが見受けられないのだ。
しかし、本人であるという結論が覆る事はなく……。
シュナとシオンは嬉しそうにスライム――リムルンの世話を始めた。
(これは、恐らくはリムル様の悪巧みの一環でしょう。さてさて、今回は何をやっておられるのやら)
ディアブロはそう結論を出した。
おそらくは本体を丸々残し、擬似体に意識を移して行動しているのだろう、と。
『多重並列存在』を使えば、『分身体』の位置も即座に特定されるだろうから。膨大になりすぎた存在値のせいで、隠密行動を取るのが困難になったと愚痴っていたのをディアブロは思い出したのだ。
(やれやれ。意識を残さないのは説明するのが面倒だから、でしょうか? それとも、一応外出しているというメッセージを残されたのか……。どちらにせよ、私としてはリムル様をお探しするだけの話なのですがね。クフフフフ)
ペットを可愛がるようにリムルンに構うシュナとシオンを放置し、ディアブロは速やかに本能の命じるままにリムルの捜索を開始する。
◆◆◆
脱出は成功した。
まあ当然だろう。
入念に試験を繰り返し、全く魔力を持たない擬似体を用意したのだから。
この身体の性能は人間と同程度。
まさか、この俺が魔王だと気付く者など存在しないだろうさ。
計画が順調な事に俺は気分を良くしていた。
今回の目的は、イングラシア学園都市にて開催されるフォーラム――魔法と科学の発展 第八回――に参加する事である。
俺が発表するのではなく、一般参加者として傍聴する予定だ。
フォーラムは毎年開催されるのだが、今回の参加を思い至ったのには理由があった。今年の発表者の一人が知り合いだったのだ。
その発表者は、古城舞衣。
俺の完全版『瞬間移動』の元となった能力を生み出した人物である。
現在、学園と称される施設は三箇所存在する。
俺が住む魔物の国の学園、テンペスト人材育成学園。
イングラシア王国改め、イングラシア学園都市にあった学園を拡張した、イングラシア総合学園。
そして最後が、ナスカ・ナムリウム・ウルメリア東方連合統一帝国にあるNNU魔法科学究明学園である。
学園ごとの特色があり、どこが秀でているというものではない。
毎年開催されるフォーラムだが、これは年ごとに開催都市が持ち回りとなっている。今回はたまたまイングラシア学園都市にて開催されるというだけの話であった。
今回の発表者であるマイもイングラシア学園で研究している訳ではなく、NNU魔法科学究明学園に所属している。表向きはもっとも進んだ技術を有するのがNNUだとされているので、そこに在籍している事になっているのだが……実際にはマイは『瞬間移動』で簡単に移動出来る為、所属学園での縛りはあまりないのだけどね。
今回ようやく、マイが次元間航法の開発に成功した。
その理論発表をするとあっては、これは参加しない訳にはいかないのだ。
何故こっそりと参加するのかというと、これにも理由はあった。
世界を救った大魔王として有名になってしまい、俺が公に参加を表明すると会場警備やら準備やらで大混乱が生じるのだ。
俺を狙って名を上げようとする馬鹿が出る恐れもあるし、そうなっても俺がどうこうなる事はない。だが、万が一にも発表者達や傍聴者達が巻き込まれたら大変である。
特に発表者は、各国の最高の知能を有する人物が名を連ねているので、失われた場合の損失は計り知れない。
そうなったら時を巻き戻してなかった事にしてもいいのだが、それをするくらいなら最初から面倒が起きないように配慮するのも一つの手だろう。
というより、息抜きがてら一人歩きしたい気分だったのだ。
テンペスト本国は今では大都市に成長し、どこに行っても人の目がある。
基本的に自由に生きてはいるが、たまにはもっと自由行動を満喫したいと俺が思うのも当然だろう。
今回の計画は内密に進めている。
ディアブロにさえ黙って行動しているが、ヤツの事だから残しておいた俺の本体――リムルンを見たら、俺の意図に気付いてくれるだろう。
後は時間との勝負だが、果たして人と変わらぬ今の俺を探し出す事が出来るかどうか。
それも楽しみの一つなのだ。
とまあそんな訳で、俺は夜の内にテンペストを抜け出し飛空場に来ていた。
ここで『瞬間移動』を使ったりはしない。空間の歪みから、行き先を予測されてしまう事を防ぎたいというのが理由だ。
本体なら痕跡を残さずに転移可能だが、それはそれで存在値によって居場所が特定される。
シュナの『鑑定解析』は俺やミリムに次ぐ程の精度を誇る為、気軽に行動するとすぐにバレる恐れがあるのだ。
まあ、その為のリムルンなんだけどね。
あれを残しているお陰で、シュナやシオンの目は欺ける。
飛空場に来た理由は一つ。
ここで飛空船に搭乗する為である。
逃亡の基本は、公共施設を利用せずに徒歩による移動がもっとも監視の目から逃れられるという。
しかし、この世界では監視の目は魔法に頼っており、そこまで心配する程ではない。というか、自力での移動の方が、使用した能力の痕跡から居場所を特定されやすいという危険が高くなるのだ。
俺は今、せっかく人間となっているのだ。能力はなんの問題もなく使えるが、念には念を入れて封印しておいた方が無難だという判断だった。
少ないお小遣いからコツコツ貯めて、それなりの小銭を確保していた。
正直、欲しいものは現物で手に入るので、現金を入手するのが非常に困難なのだ。なので、俺の手持ちのお金は、初期に手に入れた金貨からそれ程増えてはいないのだった。
ミョルマイル君に泣きついたり脅し上げたりして、コツコツ貯めた金額――凡そ、金貨二百枚程か。
日本円に換算すると二千万円もの大金だが、大魔王の持つお金としてはどうなのだろう? 少し疑問ではあるが、未だに部下達への給料はミョルマイル君任せなので、あまり文句を言うのは止めて置いた方が良さそうだ。
飛空場にて、イングラシア王国行きの切符を購入する。
金貨十枚――百万円――もした。
だが、まだ慌てるような時間ではない。一見高いようだが、実際には格安なのだ。
列車での移動なら、この十分の一以下の値段で移動出来る。しかし、高速列車を利用してもテンペストからイングラシア王国までは、最速でも三日はかかる計算となる。各都市停車に乗ると、十日以上かかる計算だ。
食事代や宿泊代などを計算に入れると、それはもう飛空船の方がお得なのである。何しろ、飛空船ならばイングラシア王国まで半日程度で到着するのだから。
時間と料金を秤にかければ、時間を優先してしまうのは現代人の性だろうか。
無限の寿命を持つというのに、そうした性はなくならないのは不思議なものである。
《魔天航空会社――飛空船の運営会社――は主様の名義会社ではないですか。ここで散財したとしても、巡り巡って主様の懐に返ってくるのだから、細かい事を気にする必要はないと思われます》
それを言ったらお終いである。俺の小心ぶりが浮き彫りにされてしまうではないか。
相変わらずシエルさんの突っ込みは厳しいのだ。
◇◇◇
そんなこんなで切符を買い、飛空船へと乗り込んだ。
金貨十枚もしただけあり、内装は豪華だ。当然だ。これには俺も拘って口を出したのだから。
さて、それでは豪華客室へと――
「あ、君。君は今度学園に入学する学生さんだろう? ならこっちだよ」
搭乗して上流区画に向かおうとすると、添乗員に呼びとめられてしまった。
俺の見た目から、イングラシアの学園に向かう学生だと勘違いしたのだろう。
今の俺は髪を黒く変色させており、その上眼鏡とマスクを装備していた。お陰で、少しは目立たなくなっているのだ。
外見年齢は十五歳程度に設定しているので、学生だと思われるのは仕方ないとも言えた。
三上悟の姿になりたかったが、それは無理だった。
遺伝子情報を持ち帰ったので、出来ないハズはないのだが……。
《解。性別を変化させる理由が存在しません》
と、昔のような口調で冷たく却下されたのである。
出来ないのではない。シエルさんが、許してくれないのだ。
俺に性別が出来たら面倒な話が舞いこんでくるかもしれない、そう言って却下されたのである。
――他の女性達にだけ良い思いをさせるなど、言語道断です!!――
おっと、背中に寒気が走ったぞ。
この事を深く考えるのは止めておいた方が良さそうだ。
ともかく、今は添乗員さんへの対応である。
上流区画は、個別の部屋が用意されている。
飛空船の上部に位置する、数部屋しかない豪華客室となっているのだ。
それに対し一般席はというと、元の世界の飛行機のように一定間隔に仕切られた座席が並んでいる感じであった。
お値段も金貨一枚とお安くなっているので、一般の利用客にも愛用されているのである。
今回、俺は他人の目につきたくないという理由から、豪華客室を選択したのだが……。
考えて見れば俺のような子供が豪華客室に入ったとすると、逆に目立って仕方ないだろう。
切符を書き換えるなど容易い事なので、このまま添乗員さんの勘違いに任せてみるのがいいかもしれない。
飛空船の座席が満席になる事は滅多にないから、空いている自由席に座れば誤魔化す必要もなさそうだし……。
「あ、はい。すいません、不慣れなもので勘違いしてしまいました」
「ああ、君みたいな子は多いんだよ。切符代が高いから御両親も付き添えなくて心配だろうけどね。でも、安心したらいい。この船に乗っている乗組員が、君達を責任持ってイングラシア王国へと運んであげるからね!」
俺の言葉に、添乗員さんがイケメンスマイルを浮かべて爽やかに答えてくれた。
確か、一般騎士の能力を超えるBランク以上の者しか添乗員にはなれない。
この添乗員も見た目だけでなく、その身ごなしも中々のものである。
魔繊維を編み込んだ特殊防護スーツに、刻印魔法により闘気を刃に変換する特殊剣を帯剣している筈だ。
添乗員さんは、そこらの下級貴族よりもよっぽど位の高いエリートなのだ。
俺が決めた採用ルールなので間違いない。
そんなエリートが、一学生候補に丁寧な対応をとってくれている。
魔天航空会社の教育が行き届いているようで、俺も満足である。
笑顔で礼を言いつつ添乗員さんの案内に従うと、そのまま一般区画へと誘導された。
「それじゃ、頑張ってね」
爽やかな笑顔でそう言い残し、イケメン添乗員さんが去って行った。
「あ、どうも」
と無愛想な返事になってしまったが、目立つ訳にはいかないので許してもらおう。
空いていた自由席に座る。
これで十数時間後にはイングラシア王国に到着するだろう。
俺の能力の痕跡を探しているようでは、決して辿られる事はない。元の世界の捜査方法が伝わっているならともかく、こちらでは安心して逃亡出来るというものである。
俺は一息吐くと同時に気を良くして、質の良い座席に身を預けるのだった。
◆◆◆
リムルを探し始めたディアブロは思案する。
(さて、リムル様のお考えを推察するに……)
ディアブロは思考し、直ぐに一つの考えに思い至った。
今のリムルが本気で逃亡する気なら、その痕跡を辿るのは困難である、と。
配下のモスを呼び、その監視網に引っかかっていないと聞いた時点で、ディアブロは今回のリムルの脱走が入念な計画の下に行われたものだと知る事になった。
ではどうするのか?
リムルの立場に立って、その思考を読み解いてみる。
飛行や転移では直ぐに特定される恐れがある。とすれば、徒歩での移動だろうか。
だが、それには目的地が必要であり……。
そしてその時点で、リムルの行動に詳しく行き先に心当たりがありそうな人物に思い当たる。
それはリムルの秘書のような存在で――
当然だが、シオンの事ではない。
シオンに比べれば、ディアブロの方が余程に秘書らしい仕事をしているのだから。
リムルの部屋を退出する前に見た光景を思い出す。
リムルの行き先をシュナに占ってもらおうかと思ったディアブロだったが、声をかけるまでもなく諦めた。
ディアブロの視線の先では、シュナとシオンが壮絶な争いを繰り広げていたからだ。
「リムルン様はわたくしがお世話いたします。ガサツな貴女には難しいでしょう?」
「何を仰いますか、シュナ様。こう見えて、子供には好かれているのですよ! 私にお任せくだされば良いのです!」
二人でリムルの本体とも呼べる抜け殻を奪おうと、掴んで引っ張り合っているのだ。
(ク、クフフ……。あのシオンと力で互角!? シュナ殿はいつの間にそれほどの力を……。いや、それは今は関係ありません。二人の気が逸れているなら、下手な質問をしない方がいいでしょうね)
ディアブロは一人頷くと、二人に気付かれぬようにそっと部屋を退出した。
「二人とも、ほどほどに――」
と、気付かれぬ程度の小声で言い残すと、その場を後にしたのだった。
読みきりにする予定でしたが、思いの他長くなりそうです。
9月末が三巻初稿の締め切りなので、それが終わるまでは不定期更新となります。
※その内番外編置き場を作るかもしれません。




