246話 リムルvsユウキ -前編-
やっぱりな、というのが正直な感想だった。
激しい剣戟を交わしつつ、俺は冷静に考える。
そもそもの話、一ヶ月後に大戦を始めるというのが疑問だったのだ。
あの日あの場所で俺達と戦っていれば、勝敗はどうなっていたかわからない。
あの時点でクロエを俺に差し向けられたら、負けはしないまでも苦戦は免れなかった。
ヴェルダの力ならば、俺がクロエに翻弄されている隙にヴェルドラとヴェルグリンドの相手が出来たはずだ。
また、カガリやヴェガ、数多の天使達ならば、ディアブロ達を皆殺しに出来ていたかも知れない。
マイのような『瞬間移動』という特殊能力を使いこなす者も居たわけで、これはあながち間違っていない予測だと思われる。
シエルさんの演算結果でも、勝率は四割程度と高くはなかったのだ。
もっとも、俺が迷わずにクロエを殺せていたら、勝率は八割を超えて逆転していたそうだけど。
だからこそ、俺が迷わずに行動する事をおそれて慎重に行動したのだとも思ったのだが、今回の天使集合体と爆発現象を見て考えが変わった。
というか、確信を得たのだ。
アレが出来るのならば、世界を滅ぼす事を目的とするヴェルダの方が有利だっただろう、と。
あの場に俺達を抑え込み、天使達のエネルギーを暴走させて始末すれば良かったのだから。
それをしない理由、それは何だったのか?
――それは、時間稼ぎ――
俺とシエルの意見は一致した。
最後にもっともらしい事を言いながら消えたけど、あれが全てユウキの演技だったのだとしたら?
全ての辻褄は合う気がしたのだ。
『く、くくく、あははははははは! まさか、ね。
まさか、本当に……、一番危険なのが、貴方だったなんて、ね。
流石ですよ、リムルさん。
出来るなら、僕自身の力で世界を滅ぼしたかった。
でも、残念ながら……
僕では、貴方には勝てそうもない。それどころか、そこの悪魔にさえ――
――貴方は出鱈目過ぎますよ。やはり、出会った時に感じた悪寒は本物でしたね。
あの時、本気で始末していれば良かった。
どこかで狂ってしまったのかな? まあ、今更いいですけどね。
いや、案外、僕を止める事が出来るならば、それはそれで世界の意思。
後は、――が判断してくれる、か。
サヨウナラ、リムルさん。
案外、アナタの事、好きでしたよ。
――本当は、友達になりたいと思う程には、ね……』
この言葉を、俺は素直に信じてしまっていた。
この言葉を最後にヴェルダと入れ替わった事で、俺はユウキが本音を告げたのだと思い込んでしまったのだ。
だが違った。
既に、この時点で仕込みに入っていたのだ。
或いは、最初に会った頃からもう――
見事な演出であると思うのは、俺の負け惜しみなのだろう。
シエルは疑問を抱いていたようだが、決定的な綻びを見出せなかったようだ。
俺がお人好しにもユウキの言葉を信じた事で、逆に何らかの策なのではと疑ったのだと言っていた。
考え過ぎだろうと笑い飛ばしつつ、もしも何かの意味があるのだとしたらそれは何なのか、シエルと二人で予想を立ててみたのである。
その答えとして考えられたのが、一ヶ月という時間を稼ぐのが目的なのではないか、という事だった。
そしてそれは正解で、ユウキはヴェルダの中で、着実に力を自分のものとしていたのだ。
「お前、俺を最後まで騙して、時間稼ぎしやがったのか……?」
「あはは、わかっちゃった? 正解だよ、リムルさん。ま、それに関してはヴェルダも綺麗に騙されていたみたいだけどね。ほら、敵を騙すにはまず味方から、って言うだろ?」
「ふざけるなよ、俺は本当にお前を――」
「はは、それが甘いって言うんだよ。敵の言葉を信じるなんて、本当、オメデタイ頭をしてるよね、リムルさんは」
ユウキは俺を嘲るように、肩を竦めてみせた。
それを見てディアブロやミリムが歯軋りしつつ、射殺さんばかりの視線をユウキに向けている。だが、ユウキの放つ覇気は以前の比ではなく、威圧されてその身を一歩も動かす事が出来なくなっているようだ。
おそろしい程の成長――いや、進化ぶりであった。
武器も互角、というか俺の方が分が悪い気がする。
ヴェルドラソードを受けても、星皇竜角剣はびくともしない。
そしてそれを持つユウキも、ヴェルダと違い衝撃を巧みに受け流している。
「どうやってそれだけの力を?」
「教える必要を感じないけど、まあ一ヶ月待ってもらったんだしそれぐらいいいかな。簡単な話でね、ヴェルダを僕の下位になるように抑え込んだだけの事だよ。力を全て解析した上でヴェルダの知識も全て解析し、理解した。お陰で、簡単に覚醒勇者の力も手に入れる事が出来たよ。レオンの力の一部を奪えていたのも僥倖だったね。後は、五分の関係を完全に支配と被支配関係へと変化させただけ。そうそう、リムルさんがヴェルダの望みを潰し、心を折ってくれたので楽だった。その点は感謝してるよ」
笑顔で答えるユウキ。
聞いてから後悔したが、コイツが本当の事を言うとは限らないんだった。
つい気になって聞いてしまったけど、下手に言葉を交わすとまた騙される可能性がある。
マイへ偉そうに説教したけど、俺も騙されていたんじゃ笑えない話だ。これ以上の会話は危険だし、後は全力で戦いに集中した方がいいだろう。
《今のユウキの言葉は本当だろうと推測しますが、これ以上の会話が危険なのは同意です》
シエルも危機感を持ったようで、俺の意見に賛成してきた。
超一流の詐欺師とは、かくも厄介なものなのか。
俺は騙されないと自負していただけに、手玉に取られた事に対する腹立ちを感じてしまう。だがそれに囚われ過ぎると、それこそ大失敗に繋がってしまうだろう。
これでは本当にマイを笑えない。
今の会話で、ユウキは覚醒勇者の力を得たと言っていた。そして、何も言ってはいないが覚醒魔王の力も持っていても不思議ではない。
配下だったカザリームも覚醒魔王だった訳だしな。
勇者と魔王、異質なる力をヴェルダという同格の意思にて統合し、その力を自在に操れるようになった存在――それが、今のユウキなのだろう。
驚くべきことだが、ユウキが今の俺と同等のパワーを持っている事からも、それは明白なのだ。
「しかし、リムルさんが『知識之王』を持っていたんだね。もしかして、とは思っていたけど、やっぱりか。余りにも僕の計画が上手くいかないから、先読みされているんじゃないかと疑ってはいたんだよ。でも、まさかヴェルダが捜し求めていた能力を、最大の敵であるリムルさんが、ね。これじゃあ本当に、ヴェルダはピエロみたいだ。笑えるよね」
会話を止めようと思った途端、それを邪魔するようにユウキが話しかけてくる。
心の底からヴェルダが滑稽だと思っているのか、ユウキの声には愉しげな響きがあった。
やり難い相手だ。
俺はユウキの剣を受け流しながら、口を閉ざしたままお返しに斬りつけた。
「あはは。そんなに警戒しないでよ。ヴェルダはね、自分がヴェルダナーヴァの生まれ変わりだと信じたがっていたんだ。そんな訳ないのにさ、馬鹿なヤツだよ。あれは、能力に過ぎない。ヴェルダナーヴァの原初の能力だったから、全ての記憶を受け継いでいただけ。言ってみれば、記憶の宝珠で呼び戻された近藤やダムラダと同じような存在って事さ。ルドラのようなイレギュラーな存在にすら劣る、哀れな神智核だよ。馬鹿だよね、竜の因子すら持たない道具の癖に、勘違いしちゃってさ。でもね、そんな愚かなヴェルダでも、僕の補助としては有能なんだよ。何せ、これでヴェルダナーヴァの全ての能力を扱えるって事なんだから!」
会話にて俺を惑わそうという作戦なのか、聞いてもいない事をペラペラと口にするユウキ。
だが実際に、その作戦は功を奏している。
何故なら、俺が上手く集中出来ずにいるからだ。戦いの最中だというのに、ユウキの言葉に思考を乱されてしまうのだ。
まったく、本当に厄介なヤツだった。
それにしても、ユウキの話が本当なのだとしたら、俺の力に匹敵するのも頷ける。
ヴェルダが神智核だというのは、恐らくは本当なのだ。シエルさんがそうであるように、能力を全て補助してくれる存在というのは非常に有用なのだから。
制御が困難な術式であっても、代行して発動してくれる。つまりは、こうして近接戦闘に集中しつつも、相手に気付かれないように更なる攻撃手段を準備出来るという事なのだ。
しかし、ユウキがそれをわざわざ俺に告げるというのが解せない。
それも一つの策なのだろうかと、裏の意図を勘ぐってしまう。神智核という存在そのものが秘匿すべき重要な切り札と成り得るのだから、それを伝える意図を探りたくなる気持ちも当然だ。
いや、こうして悩む事自体がユウキの思惑通りになっているのだとも思えるし、考え出したらきりがない。
俺にとってユウキは、心の底から面倒な敵なのだと再確認したのだった。
「ヴェルダナーヴァの全ての力を操れる、だと? 思い上がるなよ、人間風情が!」
俺とユウキの会話を聞いていたギィが、怒りに燃える真紅の瞳でユウキを睨みつつ叫んだ。
それに追従するように、ヴェルザードとヴェルグリンドも頷いている。
「そうだよ! そもそも、ヴェルダナーヴァの聖遺骸を封印したのはアタシなんだ。その封印が解けない限り、アンタなんかに全ての力を操れるはずがないんだ!」
そして、思わずといった様子でラミリスが叫んだ。
それを聞いて、ユウキが邪悪にニヤリとした笑みを浮かべる。
――って、待てよ? 何でそんな重要な情報をラミリスはペラペラと喋っているんだ? いくら迂闊でオッチョコチョイな性格のラミリスだとは言っても、これは明らかにおかしい……。
「残念! 君の封印なんて意味なかったようだね。悔しかったら、封印を解いて確かめてみたら?」
「馬鹿にして! いいわよ、やってやろうじゃ――」
ラミリスがユウキの挑発に乗りそうになったのを見て、俺は確信した。
「ディアブロ、ラミリスを止めろ!」
「御意」
俺の命令に従い、速やかにディアブロは動く。
優しく、しかし確実に。
何やら騒いでいるラミリスを魔力障壁を展開させて閉じ込めた。
「ちょっとどういう事、リムル!?」
「落ち着け、封印を解かせるのがユウキの目的なんだよ。お前は今、ユウキの言葉に従いそうになっていたんだ」
「なっ!?」
不満そうなラミリスの叫びに、俺は冷静に答えた。
俺の説明を聞いて、ラミリスが絶句する。それはそうだろう。何しろ、本人には自覚がなかっただろうから。
言葉の遣り取りだけを聞いていれば、騙されそうもない内容。それなのに、知らず知らずの内にユウキの望む行動を取ろうとする。冷静に考えれば在り得ない話であり、そこには何らかの能力が介在すると考えるのが自然であった。
これは確かめておく必要がありそうだ。
俺まで操られる可能性はあるが、そこはシエルを信じる事にした。
《お任せ下さい。ユウキの能力を解析してみせます》
頼もしいシエルの返事を受け、俺はユウキに話しかけた。
――ユウキから視線を逸らす事なく激しい剣の応酬は続けながら。
「相変わらずの詐欺師ぶりだな、ユウキ」
「あはは、何の事かな?」
「とぼけるなよ。言葉に思考誘導を乗せて、しかも強い意思を持つ者の心をも惑わせるとは、な。暗示とか催眠術とかいうレベルの技術じゃないのは間違いないな。大したものだよ」
「それはどうも。でも、見破られてしまったら面白くないんだけどね」
「ぬかせ!」
あくまでも飄々とした態度で、俺の言葉を受け流すユウキ。
動揺していない事からも、見抜かれる事は想定内だったのだろう。
となると、思考誘導が切り札という訳でもないのか……ユウキの言葉は、全て嘘だと思って対処する方が堅実かもしれない。
いや、まさかそれが狙いなのでは?
嘘の中に少量の真実を混ぜたならば、その真実すらも嘘だと思い込ませる事が出来る。
真実に少量の嘘を混ぜる逆パターンなのでは……?
《その可能性が高いと思われます。残念ながら、声紋を含む全てのエネルギーの波長パターンを解析しましたが、嘘か本当か見分ける事は出来ませんでした》
やはりそうか。
しかし、シエルにも見分けがつかないのは痛い。表情や感情の波からも読み取れない以上、確かに厳しいだろう。
これに関しては仕方ない……。
だとすると俺が判断するしかない訳だが、ユウキが嘘だと信じ込ませたい情報は何だ?
《それと、ユウキの言葉には力が隠されていると判明しました。これは原初の魔法、"言霊"でしょう。思考誘導を進化させたのだろうと推測します》
何? "言霊"――だと!?
シエルさんに詳しく聞くと、何でも原初の魔法とは悪魔達の用いる魔法よりも上位に位置するものなのだとか。全ての魔法の源流なのだという。
ただし、物理現象を操作するというような性質のものではなく、精神に作用する権能を持つそうだ。
物質への影響はない分、精神世界への影響は絶大なのだとか。
つまり防御結界を無効化して作用を及ぼせるという、恐るべき魔法なのである。究極能力に目覚める程の強者にも作用を及ぼすというのだから驚きだ。
そしてこの魔法を使えるという事は、精神生命体にとっての天敵に成り得る存在だという事。
今ラミリスが簡単に誘導されかかったように、心の内側へと影響を及ぼせるのだから……。
今の所、剣の腕は互角。
俺もユウキも焦ってはいないが、両者ともに一撃も受けてはいない。
ユウキは全身を神話級の武具にて守っているが、ヴェルドラソードには耐えられないだろう。
同様に、俺も星皇竜角剣を受けて耐える自信はない。何しろあの剣からは、ヴェルドラソードを上回るエネルギーを感じるからだ。
本当にヴェルダナーヴァの化身とも呼ぶべき力を――
「お前まさか――ヴェルダナーヴァの力を操れるっていうのは、本当なんだな?」
天啓を受けたように直感した。
ユウキが時間稼ぎをした理由、それは俺達を確実に倒す為の力を得る為だろう。
だとすれば、ヴェルダナーヴァの力を得るというのは理に叶っている。
「何を言っていやがる? そんな訳ねーだろ」
「そうだよ、リムル。だからそれは封印を解かないと――」
ギィやラミリスは否定的だったが、ヴェルザードとヴェルグリンドは押し黙っていた。
そして、ミリムも。
多分、感じたのだろう。ヴェルダナーヴァと同じ力の波動を。
それは、ユウキの持つ剣から溢れる力。
「あは、あははははははははははは!!」
突如、ユウキが堰を切ったように笑い始めた。
俺の剣を受け止めながら笑い続けている。
そして――
「ふふ、流石だよリムルさん。そこの妖精が封印を解除した所で、本当に何もなかったんだよ。その時の絶望する顔が見たかっただけでね。だって、封印を解いたのは本当だからね」
ユウキの言葉を聞いて、俺以外の者達は凍りついたように静まりかえる。
その言葉が真実だと直感したのだろう。
これは、俺を警戒させる為の嘘ではない。何故なら、そんな嘘をつくメリットは少ないからだ。
という事は、ユウキは一ヶ月でヴェルダナーヴァの封印を解いたという事なのだろう。
そして、一ヶ月の猶予はそれが目的だったのだ。
「そう、そういう顔が見たかったんだ。何せ、せっかく僕が本気になったんだからさ。道具を使って世界を滅ぼそうというゲームは失敗してしまったんだし、最後に少しくらい愉しんでもいいだろう?」
そう告げて、ユウキは心の底から愉しそうに嗤ったのだった。




