220話 王都騒乱
運営から、警告メールが!
ドキっとして見てみると、感想に不適切な内容のものが在った為消去したという連絡でした。
運営が感想までチェックしているとは思えないので、どなたかが通報して下さったのだと思いますが、お手数をおかけしました。
実は、連載開始して一年が経過しておりました!
一年で完結させたかったのですが、もう少しかかりそうです。
そして何と、読了時間が3,000分突破した模様。
ここまでお付き合い下さり、有難う御座います!
ヒナタは現状を把握すると、絶望的な心境になる。
しかし最高指導者としては、その表情に感情を仄めかす事など許される事ではなかった。
イングラシア王国の聖教会本堂には、避難してきた住民がつめかけていた。
彼等を前にして、自分が不安な様子を見せる事など、絶対に出来ない事だとヒナタは深く理解出来ていたのだ。
二日目の昼前に発されたヴェルダの宣言によって、各国首都は大混乱に陥った。
我先にと逃げ出す者や、暴徒と化す者、ヴェルダが齎すであろう死を受け入れようとする者など、様々な反応を見せる住民達。
各国に派遣された聖騎士や教練導師達は、そうした住民の混乱を抑え、避難誘導に勤めたのである。
たった一日で混乱を抑え込んだ手腕は、見事と言う他ないであろう。
それは自由調停委員会の委員長であるヒナタの指揮の下、聖教会の枢機卿であるニコラウスの協力を得て、成し遂げられた偉業であった。
混乱する住民に対し、魔王リムルの敗北は在り得ぬと説き、不安を鎮めたのだ。
しかし、魔王リムルを知る各国首脳部は直ぐに落ち着きを見せたものの、付き合いの無い国家の信用を得る事は出来なかった。
それが仕方のない事であるのは、ヒナタにも理解出来る。
魔王を信じよと言われても、納得いく者は少ないだろうから。
しかしそれでも、今は信じるしかないのだ。
どの道、魔王リムル含む魔王連合が敗北したならば、この世はヴェルダに滅ぼされてしまうのだから。
だからヒナタは迷わない。
今のヒナタに出来る事は、少しでも住民の不安を抑え、混乱を防ぐ事であった。
ヒナタは全力を尽くし、少しでも住民の安全を確保するべく陣頭指揮をとっていたのである。
だが――
末世に暴徒はつきものであった。
更に性質が悪い事に、最悪の時に最悪の選択をする者が現れた事が、ヒナタ達を苦しめる要因となったのだ。
その者達は、国家権力を総動員し、ヒナタ達を追い詰めてきた。
ヒナタを、人心を惑わす魔女であると糾弾し、人々の不安を煽ったのだ。
魔王に魅入られた魔女、人々を破滅に導く者――そう声高に叫び、ヒナタが詰めていたイングラシア王国の聖教会を取り囲んだのである。
自由調停委員会の名の下に借り受けた聖教会本堂に避難してきた住民達が、不安な面持ちでヒナタを見ている。
それはそうだろう。
何しろ、ヒナタを糾弾しているのは……。
『国民よ! そこの魔女は、私に濡れ衣を着せ評議会での立場を失墜させた。
あまつさえ、我が父を弑しこの国に混乱を不幸を齎そうとしている。
賢明な諸君らならば、誰の言葉が正しいのか理解してくれると信じるものである!』
そう――この国の王子である、エルリックその人であったのだから。
その脇には、護衛騎士団団長ライナーの姿も見える。
騎士団を動かし王を弑逆した実行犯はライナーで間違いないだろうと、ヒナタは溜息を吐きつつ考える。
完全に後手に回っている。全ては仕組まれており、今更何を言った所で、証拠は隠滅済みであると思われた。
何より問題なのは、エルリック王子に対する国民の人気が高い事だろう。
見た目が優男なエルリック王子は、女性からの人気も高い。能力はともかく、人当たりの良い外面で国民の人気を博していたのだ。
評議会での失態など、国民にまでは知らされていない。
王家の恥であり、エルリックはここ一年、謹慎処分となっていただけであった。
仮にも跡取りである事を考慮され、再教育という形で禁固を言い渡されていたのだ。
どちらにせよ、潮流は魔物の国が主流となる。傍流となる国の跡取りがどうなろうと、ヒナタの知った事ではなかった。
そう考え、その処分に不服を述べる事もなかったのだが、どうやらそれが仇となったらしい。
父親を殺し王位の簒奪を目論むという恐るべき暴挙に出るなど、ヒナタの予想外の出来事であった。
(まさか、ここまでの馬鹿だとは――)
内心で自分の迂闊さを呪う。それは、以前の自分なら考えられぬ甘さであると感じるヒナタ。
エルリック王子がここまで馬鹿だと見抜けなかった事よりも、あの時に処刑しなかった事こそが、ヒナタの落ち度であると言えるかも知れない。
今となっては悔やんでも仕方がないのだが……。
聖教会の敷地は広大とは言えない。
だがそれでも、千人以上の住民が避難して来ていた。
王都に家がない、イングラシア王国周辺に住まう元自由組合の組合員達である。
現在は委員会で働く彼等であったが、国家に所属しない以上、王国内に土地や家の所有は出来ないのだ。
委員会が借り受けた建物に寝泊りする者はともかく、王都周辺に出来た街区に住まう者が大半だったのである。
そうした者達の受け入れ先として、教会を指定したのはヒナタであった。
故に、エルリック王子の演説は、大聖堂に詰め掛ける人々に対してのものではない。
聖教会を囲む国軍を慄く目で見つめる、周辺住民へ向けての演説なのだ。
この未曾有の危機に、国軍を動かしてまで国が一体何を始めたのかという疑問に対する、回答である。
「ヤツ等め、評議会の席での失態を取り繕うべく、強引な手段に……」
「しかも、国王を弑逆し、その罪までヒナタ様に被せるつもりのようですな――」
ヒナタの呟きに、ニコラウスも冷静に相槌を打つ。
エルリックはこの混乱に乗じ、全ての失態と罪を無かった事にするつもりのようだった。
忌々しい事に、この国の王子としては人気の高いエルリックである。
国民がどちらを信じるのかなど、火を見るよりも明らかなのだ。
「ヒナタ様は、評判が良いとは言えませんからね……」
とフリッツが軽口を叩き、聖騎士団長レナードが小さく同意を示す。
この場に残る聖騎士は二人のみ。
他は皆、各地での誘導か、副団長アルノーの指揮の下に聖都防衛の任務に就いていた。
安全な地である王都に対し、余分な戦力を割く余裕は無かったのだ。
見習いの兵士は数十名残っているが、成人もしていない子供である為に、戦力とはならないだろう。
そして冒険者達は、ヒナタの命令により、各国の周囲に集う難民の警護にあたっている。
この場における戦力は、実質ヒナタ達4名のみであった。
それに対し、相手は曲りなりにも国軍である。
豊かな大国であるイングラシア王国の誇る、正規兵と騎士達。
騎士団はライナーが掌握していたようで、かなりの数が聖教会を取り囲んでいるようだ。
正規兵だけでも厄介だが、騎士がいる以上迂闊に動けない。
いくら聖騎士が二人居るとは言え、避難してきた住民を守り抜くのは困難であるだろうから。
ヒナタ達は、避難民を人質に取られたも同然だったのである。
「さて、どうします? このままではヤツ等が突入してくるのは時間の問題です。
我々だけで脱出するなら突破可能ですが、それでは住民を見殺しにする事になる。
住民を守り抜く事は不可能ですよ?」
「こんな事なら、聖都に移って貰っておれば……」
「いえ、それも厳しいかと。
向こうでは、天使軍と魔王ダグリュールの縛鎖巨神団を相手取り、戦争が激化している模様。
つい先程から、念話も通じなくなったばかりか、転移門も作動しなくなっております。
何らかの緊急事態が発生していると見て、間違いありません」
レナードとニコラウスの報告に、眉を顰めるヒナタ。
最悪の場合、聖都へと逃がす予定だったのだが、その退路も塞がれてしまったようだ。
もっとも、全員を転移させるには時間が足りなかっただろうけど。
「ヤツ等は何を要求しているのだ?」
「はい、先程から、ヒナタ様を出せと言ってますよ。
あのライナーというヤツが、自分の力を誇示したいみたいですね。
何でも、ヒナタ様が最強と呼ばれている事が気に食わないみたいですね。
何なら、俺が相手してきましょうか?」
ヒナタの問いに、フリッツが答えた。
「この危機的状況で、何を悠長な――
まさか、本気で言っているのか?
ライナーとは、そこまで大馬鹿者だったのか?」
一笑にふそうとして、動きを止めるヒナタ。
そして、恐る恐るフリッツに問い掛ける。
フリッツは溜息を吐くと、
「そのまさか、ですよ……」
と肩を竦めつつ答えたのだった。
フリッツの説明によると、評議会の場でシュナの威圧を受けて失禁してしまうという失態を犯したライナーは、どうしてもその汚点を雪ぎたいようであった。
その為に、最強の聖騎士と称されたヒナタを倒し、汚名返上を企んでいるとの事。
「馬鹿な。私は既に以前ほどの力は無い。引退した身だぞ?」
「関係ないんじゃないですかね。
ライナーにとっては、ヒナタ様を大衆の前で圧倒的に倒して、自分の強さを誇示したいのでしょう。
その際に、甚振ってやろうという下心まで透けて見えてましたよ」
心底軽蔑したという様子で、フリッツが報告した。
それを聞き激昂するニコラウス。
「許せませんね、殺してしまいましょう。そんな下種は生きる資格が無い!」
今すぐにも、殺しに向いかねないニコラウスを、レナードが羽交い絞めにして止めた。
「お待ちを、枢機卿。それは相手の策に乗るようなものです!」
そう言いつつ、必死にニコラウスを制止する。
ニコラウスが落ち着くのを待ち、対策を考える。
時間は余り残されていないのだ。
「で? 私が負けて見せれば、住民は助かるのか?」
「何とも言えません。
ですが、負けると言っても、それは死を意味します。
王を弑した罪を擦り付ける事こそが、エルリック王子の目的ですし。
ライナーと王子、二人の利害が一致した上でのクーデターでしょうから。
負けて見せるというのは――」
そこで言葉を濁すフリッツ。
言われなくとも、その策が愚策である事はヒナタにも理解出来た。
だが、それ以外に被害を抑える策は無さそうである。
少なくとも、自分が決闘を受けている間は、住民への被害は抑えられるだろうから……。
反撃も出来なくはないのだ。
だが、それをした途端、ヒナタは拭う事の出来ぬ汚名を着せられてしまうだろう。
国軍に反逆する魔女として。
今ならば、弁明の機会さえあれば、濡れ衣を晴らす事も可能かも知れないのだ。
上手くすれば、エルリック達が王を弑した証拠を見つけられる可能性もあった。
「私が出るしかないわね。
その間に、可能な限り、防御を整えて。
何重にも防御結界を重ね、大聖堂を鉄壁の要塞に作り変えなさい。
――所詮、気休めかも知れないけれど、何もしないよりは時間が稼げるだろうしね。
期待は出来ないけれど……もしかすると、何か起きるかも知れないし――」
ヴェルダ、そして天使への対策を考えねばならぬこの緊急時に、余りにも愚かな行いをする者がいる。
ヒナタは憂鬱で絶望的な心境を押し隠すと、三人に指示を出した。
「ですが、ヒナタ様――」
ニコラウスが不安な面持ちでヒナタを止めようとするが、
「安心しなさい。死ぬつもりはないわ。
精々悪あがきして、時間を稼ぎます。
どんなに無様でも、諦めないわよ」
そう言葉を残し、ヒナタは歩き出す。
――ライナーの前に立ち、その身を犠牲として時間を稼ぐ為に。
ニコラウス達はヒナタの命令通りに大急ぎで結界を張り終え、聖教会の外に出た。
そこで見た光景は、余りにも凄惨なものであった。
全身ボロボロに破れた服の下から、黒ずんだ打撲痕が見えている。
激しく殴る蹴るの暴行を受けたらしい。
指も踏みにじられて、折れているは一目瞭然であった。
何よりも目を引くのは、その手足である。
腱を切断され、地面に這い蹲っていたのだ。
剣を握る事はおろか、立つ事さえ出来ないだろう。
そんな中、不自然なまでに顔に傷がない事が、より一層にヒナタの惨状を際立たせていた。
「ひ、ヒナタ様!」
駆け寄るニコラウス。
「ははは、口程にもねえな! 生意気なテメーには、そうやって地面に転がってるのがお似合いだぜ!」
癇に障る高笑いで、哄笑するライナー。
「貴様っ! これは、正々堂々とした一騎討ちではなかったのか!?」
気色ばんで叫ぶレナードの言葉を、ライナーは鼻で笑い飛ばした。
「犯罪者に人権なんざねーんだよ。なーに、俺達は慈悲深い。
泣いて許しを請うなら、死刑の日取りを少し先延ばしにしてやるくらいは考えてやるさ。
もっとも、その間はそれなりに感謝の気持ちを示して貰わないとならんが、な」
そう言って、ニヤリと下卑た笑いを浮かべる。
「もう我慢出来ん。やはり、今ここで貴様を――」
「――待て……、フリッツ…………。ま、まだ……勝負、の……途中、だ…………」
激昂し剣を抜きかけたフリッツを、瀕死のヒナタが制止した。
そして、小さく回復魔法を唱え、切断された腱を繋ぐ。
ヨロケつつも立ち上がり、どうにか剣を構えるヒナタ。
「ひゃあーーーっはっはっはぁーーー! また斬られたいってか? マゾかよ、テメーは!
何度やっても、俺様には勝てないって理解出来ないようだな。
いいぜ、何度も何度も斬って斬って斬りまくってやるぜ!」
狂気に目を血走らせ、ライナーは叫んだ。
嗜虐的な快感に突き動かされ、理性が飛びかけている。
本来であれば自分の手の届かぬ、遥かなる高みにいる存在を蹂躙出来る快楽により、ライナーの精神は異常をきたす寸前となっていたのだ。
流石のライナーでも、ヒナタに比べると自分が劣るという事は自覚出来ていた。
いや、対峙した瞬間に、格の違いをまざまざと突きつけられたというのが正しい。
いくらヒナタの魂の力が磨耗し消滅したとはいえ、その身に刻んだ実力はそのままだ。
剣の腕だけであっても、ライナーの実力など軽く凌駕していたのだ。
だが――
ライナーが囁いた、一斉攻撃されたくなければ抵抗するな、という理不尽な命令に従い、ヒナタは言いなりになっていたのである。
ライナーの計画通りであった。
顔だけは傷付けないようにしているのも、その美しく整った顔が苦痛に歪むのを見て楽しむ為である。
そして、散々痛めつけた後は、別の意味でのお楽しみも待っていた。
その事を想像するだけで、ライナーは自身の血が滾り力が漲ってくるのを感じていたのだ。
絶対的な優位。
今から連絡を取ったとしても、聖騎士達が帰還するには時間がかかる。
避難誘導を放り投げて戻って来るにしても、簡単には戻れないだろう。
それに、そういう気配が感じられたならば、さっさと攻撃命令を下せば良いのだ。
ライナー達は、国軍四千名の兵士と護衛騎士団三百名を引き連れている。
負ける要素は皆無であった。
(へっ! この俺様を馬鹿にしたコイツを嬲った後は、あのシュナとかいう女も――)
ライナーがそんな妄想をしながら、ヒナタに向けて剣を振り下ろしたその時――
キィン! という澄んだ音色を放ち、ライナーの剣が受け止められた。
「ヒナタ姉ちゃん! 助けに来たぜ!!」
それは、小さな光の勇者。
それに続くのは、四人の子供達。
そして――
前に出るその人物を見た人々の口から、小さな囁き声が聞こえ始める。
「ゆ、勇者様――?」
「勇者様だぞ……」
「勇者様だ! 勇者様が戻られた!」
「ま、マサユキ様だぞ! マサユキ様が戻られたーーー!!」
そして、それが大合唱になるのに時間は掛からない。
『マ〜サユキッ、マ〜〜サユキッ!!』
大合唱の中、一人の若者が群集の前に立つ。
ライナーが血走った目で、その人物を睨み付けた。
ライナーの前に立つその人物。
そう! その人物こそ、イングラシア王国最強の男。
勇者マサユキであった!




