192話 ワルプルギス
能力付与を、究極贈与へと変更しました。大して意味はないので、語呂の問題です。
ヴェルドラを取り戻すべく始まった一連の騒動も、ようやくひと段落である。
能力統合も終了し、晴れやかな気分だ。
だが、良い気分に浸っている訳にもいくまい。
本音では迷宮内で遊んでいたい気持ちが大きいのだが、先ずは問題を片付ける必要がある。
数週間後の悪徳の意志との戦いの開始に向けて、準備をしなければならないだろう。
魔王達の間でも、協力関係を築いておきたい。
先ずは、魔王達の宴を行うべきだと、俺は考えていたのだ。
関係各所への連絡は既に終了していた。
ルミナスに連絡した際には、激しい口調で文句を言われもしたのだが、まあそれは置いておく。
ともかくギィにも連絡し、魔王達の宴の開催を依頼したのだった。
3名の魔王の承認など、今では結構簡単に集める事が出来るのだ。
目覚めたラミリスも、
「ディーノのヤツを、けちょんけちょんにしてやるんだから!」
と、ぷりぷりお怒りだったけど、安全になった途端威勢がいいのはご愛嬌か。
そんなお子様から承認を取るなど、簡単である。
「まあ、これ食って機嫌直せよ。あ、そうそう。これに承認くれるかな?」
「あ! これ、プリンじゃん! 全部食べてもいいの!? 何でもokしちゃうさ!」
とまあ、プリンで目を奪った隙に、ちょちょいと魔法印を押して貰った。
扱いやすくて非常に助かります。
後は、帝国軍に備えて準備していたのが無駄になり、その原因がヴェルドラだと知って激怒中のルミナスからも承認だけは貰っていた。
ついでにレオンにも状況を知らせて、快く承認を貰う。
ミリムも最近遊べなかったので不満が溜まっていたようだが、
「じゃあ、会談を行うという名目で遊びに来ればいいんじゃないか?」
という俺のアイデアに感嘆していた。
「流石だ! リムルはいつも素晴らしく知恵が回るな!」
という具合に興奮し、早速フレイを説得したようである。
承認はアッサリと了承して貰えたので、魔物の国に遊びに来たら、ラミリスにも好評だったプリンを用意しておく事にしよう。
とまあそんな訳で、俺を含めて5名の魔王の承認印が揃った訳だ。
帝国にて能力統合を行っている間にも、こういう下準備は行っていたので話は早い。
情報の共有はともかく、起こりうるだろう大戦に備えて貰う必要がある。
なので、なるべく早い開催が望ましいという判断であった。
5日経って魔物の国に戻ったのだが、その翌日が、魔王達の宴の開催日となったのだった。
クリシュナが予定通り到着したので、問題なく開催出来そうである。
ディーノの裏切りにより、八星魔王もいまや7柱となっている。
しかし、ラミリスを除く全員が覚醒魔王級でも上位に位置するという、嘗てないレベルの高さなのだ。
全員のレベルが高すぎて、逆に覚醒という言葉に有難みが無い程なのだ。
まあ、それは良いだろう。
ともかく準備は万端なのだ。
ミリムは当日の朝にやって来るらしいし、歓迎の準備も行わせている。
魔王達の宴が終わってから、3日程は滞在する予定なのだとか。
忙しい準備が待ち受けているので、果たしてのんびりとする余裕があるかは疑わしいのだが、少しくらいは大丈夫だろう。
ヴェルドラとラミリスも楽しみにしているようだし、大目に見て貰えるように頼んで見るのも良いかも知れない。
と、そこでふと疑問が生じた。
考えて見れば、ミリムっていつも移動は飛行によるものだった。
フレイも飛んで来ているので疑問に思わなかったのだが、転移門を出したのを見た事が無いように思う。
もしかすると、転移出来ないのだろうか?
まあ、滅茶苦茶速いので、フレイの全力速度で片道5時間程度の距離なのだけど。
亜音速で5時間、結構な距離だ。感覚が可笑しくなっていると思う。
いや、今の俺の感覚ならば、それで合っているのか……ややこしい。
人間だった頃の感覚で考えてしまうのだが、仕方ないのだ。それに、配下の魔物にとっては、適性な感覚だろうしな。
ミリムが着いたら、転移が出来るのかどうか聞こうと思う。
出来ないのなら、最初に転移用の魔法陣を設置して、何時でも利用出来るようにしてやろう。
まあ、ミリムが全力出したら、30分も掛からずに飛んで来そうだけどね。
さて。
無事にミリムと合流し、魔王達の宴の会場へと向かった。
部屋で雑談しつつ寛いで待っていると、前回と同様、ミザリーとヒラリーが迎えに来てくれたのだ。
『魔王リムル様、"進化の秘法"を用いて頂、有難う御座いました!』
どうやら、完全に進化を完了したらしく、俺に挨拶がてら礼を述べてくれた。
2人揃って頭を下げてくれたけど、秘法という程の凄いものではない。が、俺以外には使えないので、凄いと言えば凄いのかも。
「ん? "進化の秘法"って何だ?」
ミリムが興味を持ったようだが、ケーキで誤魔化しておいた。
ラミリス同様、ミリムもお子様気質なのでチョロイものである。
ミリムを誤魔化し、ミザリーの創った門を潜り会場へと移動する。
俺の従者は、シオンとディアブロ。
ミリムは、お目付け役のフレイのみ。
ラミリスは、ベレッタの肩に座っていた。
ついでにベレッタの能力を見てみると、
名前:ベレッタ
種族:聖魔金属体(上位聖魔霊)
加護:迷宮の加護
称号:ラミリスの守護者
魔法:〈暗黒魔法〉
能力:究極贈与
『機人形之王』
…思考加速・状態支配・鉱物操作
空間操作・多重結界
常用スキル…『万能感知』『魔王覇気』
戦闘スキル…『法則操作(土)』『聖魔混合』
耐性:物理攻撃無効,状態異常無効,精神攻撃無効
自然影響無効,聖魔攻撃耐性
となっている。
いやはや。鉱物を自在に創り出せるようになったらしい。もっとも、素材は必要なのは言うまでもない。
元素を操る能力、といった感じなのかな?
後、状態支配というのが地味に面白い。鉱物の状態――いや、難しく言うのは止めよう。
簡単に説明すると、金属を自由自在に操れる能力なのだ。
映画で出て来るような流体金属のしぶといヤツ、あんな感じになれるのである。
普段は球体関節を持つ高級美術品のような人形の姿なのだが、生体魔鋼を自由に変形させて、姿形を変えるのは当然、様々な形状の武器を出す事も可能。
また、接触すれば、スライムのように対象を取り込む事も出来そうである。
精神生命体に準ずる、恐るべき金属生命体のような存在に進化していたのだ。
俺の思いつきで造った人形が、悪魔を憑依させた事により、驚きの進化を果たしたのである。
俺達7名は、案内に従って会場に入った。
さて、と。
俺はギィに用事があるので、ミリム達に先に席に着くように促す。
そんな俺に少し疑問に思ったようだが、大人しく従ってくれた。多分、後でケーキを用意してやるという一言が、大きな力になったと思われる。
ミリムとラミリスを見送り、俺はミザリーにギィの下へと案内して貰った。
実は昨夜、クロエが俺に会いにやって来たのだ。
応接間で寛いで座り、近況を話しあった。
俺は睡眠が必要ないので、結局朝方まで話し込んだのである。
俺と別れた後の話や、ヒナタの魂と過去に渡った話、そういう聞きたかった事をゆっくりと聞く事が出来たのだ。
「先生――私は、強くなりましたか?」
ああ、強くなったよ。
そう、簡単に言葉に出来ない程の苦労を、クロエは背負っていた。
俺の慰めや、言葉だけの労いなんて、軽々しく口にしたら失礼に当たるだろう。
だから、
「っは! まだまだお前は弱い。ダメダメだな。
"勇者"なら、魔王に弱みを見せるなんて、論外だぞ。
だがまあ、頑張ってるのは認めてやるよ。
――だから、もう少し我慢しろ」
そう言って、誤魔化すしかない自分がもどかしい。
クロエは、嬉しそうな、安堵したような、そんな表情を浮かべて俺を見ていた。
その後、クロエと勝負した。
最強たる"勇者"の実力を確かめ、ギィに対峙しうるのか確かめたのだ。
模擬刀を二つ用意し、それを用いる事にする。
「先生って、背が伸びましたよね? 何だか、シズ先生に雰囲気が似ています」
そんな事を言いながら、クロエが模擬刀を受け取った。
似てるのか。元となっているから、雰囲気が被るのかも知れないな。
立会い人は居ない。あくまでも、力試しである。
コインを上に放り投げ、それが床に落ちた時が開始の合図だ。
静かに対峙し、俺はコインを軽く放り投げた。
クルクルと回転しつつ、コインは放物線を描き落ちて来て、リィーンと、澄んだ音色で床に接触した。
俺とクロエは同時に動く。
クロエの究極能力『時空之王』に対し、俺の『虚空之神』にて対抗する。
勝負は拮抗し、クロエの一瞬の隙を『未来予測』にて読み取る。
そこを狙って模擬刀を振り下ろした瞬間、気が付いたら、俺は攻撃を受ける側になっていた。
眼前に刃が迫っている。
「えへへ。私の勝ちですね!」
マジかよ!?
クロエの声を聞き、呆然とする俺。
ギィに対峙出来るかを見極めるどころか、俺がアッサリ負けそうになっているとは。
《主様、時間支配の能力が解放されました 》
その声に導かれるように、能力を行使する。
何か判らないけど、これを使えば何とかなりそうな気がしたのだ。
能力を行使すると、世界が停止した。
100万倍に高められた認識力だからこそ、停止したかの如く、世界が動きを止めた事を理解する。
認識だけではなく、俺の動きも100万倍の速度で動けるようになっていた。つまり、時間の流れを支配し、俺だけを加速させる事が可能になるのだ。
それは、超加速とは原理の異なる、超能力である。この能力の反動による、物理的な影響は一切生じないのだ。
この能力の支配下の中で動けるのは、俺のみ――いや、もう一人いた。
クロエだ。
(あは。流石、リムル先生! "停止世界"に存在出来るなんて)
(抜かせ! こんなもん、魔王たる俺からすれば、容易い事よ!)
見栄を張るなんてものじゃないが、そう答える。
数ヶ月の期間だけだったとはいえ、弟子に弱みは見せられないのだ。
クロエの生きた年月からすれば、取るに足らない数ヶ月だっただろうけど。
――いいえ。私にとっては、その数ヶ月が、何にも勝る宝物でした――
幻聴か。
何か聞こえた気がした。
クロエとの勝負は引き分けに終わった。
クロエの極まった剣術の腕前は凄まじく、俺の配下の中でもっとも腕の立つ、アルベルトやアゲーラを上回ると思われる。
時を停止する能力とあわさると、敵は居ないだろう。
"停止世界"の中では、放出系の能力の使用は不可能になるし、魔法など発動しない。慣れれば可能になるかも知れないが、中々に難しいと思われた。
また、"停止世界"が発動している間は、『未来予測』が発動しないのだ。純粋な技術や身体能力のみに頼る事になるのである。直接触れて発動する能力も使えそうだけどな。
なので、クロエのように剣術を極めた者ならば、最強となるのも頷ける。
まあ、"停止世界"の中で動ける者というのも少ないだろうけど。
俺の配下で可能となりそうなのは、ディアブロ、ベニマル、ゼギオン、の3名のみだろう。
当然、現状では不可能だ。何らかの切っ掛けで、万に一つの可能性というヤツである。贈与にて能力を与えても、使いこなせはしないのだ。
クロエの目的は、ひょっとすると、俺に"停止世界"を体験させ、可能ならば習得させる事だったのかも知れない。
ふと、そう思った。
だとすれば、俺はクロエの期待に応えられたのか?
どちらにせよ、俺がユウキを倒して、クロエを解放しようと誓ったので気にする事はない。
敗北は、許されないのである。結果で示せば良いのだ。
勝負の後も少し話しをした。
クロエはディーノの仲間が街を攻めるのも見ていたらしく、助けに入ろうかと見守っていたらしい。だが、クロエの助けを必要とせぬほどに、俺の仲間は強かったとの事。
少し照れるが、仲間を褒められるのは嬉しいものである。
そんな事を話して、クロエは最後にこう言った。
「先生。大戦が始まったら、魔王ギィ・クリムゾンに勝負を挑む事になります。
私に下された命令は、ギィを止める事。
なので、魔王ギィ・クリムゾンが大戦に参加しないのならば、無理に戦う必要もない。
もし可能なら、先生の口添えで、何とかギィを止めて下さい。
私は私で、何とか呪いを解く手段を探ってみますので――」
「わかった。ギィも案外話がわかるヤツだし、何とか納得して貰うように話してみるよ。
レオンとも仲が良さそうだったし、そっちからも頼んで貰うといいかもな」
「はい! レオンお兄ちゃんには、今から会いに行ってきます」
「おう。じゃあ、気をつけて、な」
俺はそう言うと、クロエの頭を撫でてやる。
「えへへ」
クロエは嬉しそうに目を細めて笑うと、俺に一礼して顔を上げた。
その表情は凛と張り詰め、先程までの子供っぽさは既にない。
「では、先生……御武運を!」
そう言葉を残し、クロエは去って行ったのだ。
………
……
…
ギィに会うなり、
「という訳で、クロエの解放まで後少しなんだよ!」
と、力説した。
ギィからすれば何の話だ? となるだろう。
だが、知った事ではない。
俺にとって重要なのは、クロエの解放であり、ギィの都合とかどうでもいいし。
クロエは物凄く強かった訳だが、ギィも同等に強い。正直、二人が戦えばどうなるのやら、想像がつかないのだ。
両者ともに、隠した実力がありそうだし、ね。
「手前も、いきなりだな……。だが、話はわかった。
"勇者"なら、相手に取って不足はねーよ。
しかも、"漆黒の勇者"とか"名も無き勇者"とか呼ばれる覚醒した勇者の中でも最強のヤツだな。
しかしそれが、レオンの探し人で、ルミナスの想い人だとは、世の中狭いな……
まあいいさ。せいぜい茶番に付き合うぜ。適当に相手するさ。
そういう状況なら、確かに、今消耗するのは馬鹿のする事だしな」
ギィは案外、簡単に引き受けてくれた。
この前、ギィの配下を覚醒させてやった事で、少しは俺に恩を感じてくれていたようだ。
いや……単に、クロエとの戦いを楽しみにしてるだけなのかも知れない。
お互いに全力を出さず、小競り合い程度で抑えると了承を貰ったので、クロエの安全は問題ないと思うけど……少し心配である。
ギィもバトルマニアっぽいし、熱くなって本気バトルとかにならなければ良いのだが。
その辺は、なるようにしかならないだろう。
しかし、ギィとの繋がりがあって良かった。
魔王同士は仲が良くないというのが通説なので、裏では案外繋がっているとユウキに気付かれていなかったようだ。
知っていれば、クロエへの命令は違ったものとなっていただろう。
まあ、ディーノはある程度知っているけど、ギィが来た時の顛末は知らないはずだ。
ミリムが遊びに来るので、そういうのは筒抜けである。
ルミナスが研究施設に顔を出しているので、ルミナスとの共闘関係も知っているだろう。
だが、敢えて交流を控えているレオンとも、同盟関係なのは気付いていないと思う。
ディーノは働き者ではないので、その辺を知らないだろうという事に関しては、逆に信用出来る。
ギィと俺が親しくないと考えたからこそ、クロエとギィの相打ちを狙ったのだろうし。
いや考えてみれば、ユウキはともかく、悪徳の意志にとってはどうでも良いのかも知れない。
相打ち狙いなら、死ぬまで戦えと命令するだろうし、足止めのみの指示という事は、ギィが参戦しない状況を作るのが主目的なのか。
《それと、支配能力への力の割合を無くす事が主目的でしょう。
クロエへの支配を強めれば、自身の能力の全力が出せなくなります。
クロエに命令を与えて切り離す事で、支配領域を無くしたと考えられます。
今のユウキ=悪徳の意志は、100%全力が出せる状態になっているでしょう。
そしてもう一つ。
ユウキと悪徳の意志では、目的は同一でも、選択する手段は全く異なるという事です 》
成る程。
つまりは、自分が全力で戦える状況を作る方が、クロエを抱えているよりも戦略的に重要だと判断したのか。
確かに、使い所の難しい最強戦力を、何時までも手元に置いておいても仕方ない。
戦力は使ってなんぼだしな。
ユウキならば出し惜しみして、有効活用出来ていなかった。だが、悪徳の意志は取るべき手段は全て行使するという事か。
――手強そうだな。
ユウキのように勿体ぶったり、回り道をしないタイプだ。
目的に向かい、最適行動を取る。そういう相手は非常に厄介なのだ。
心して掛からねばと、気を引き締めたのだった。
ギィとの交渉を終え、会場に向った。
円卓には既に、俺とギィを除いて全員揃っている。
いや、ディーノだけは居ないけど。ここでやって来ていたら、ある意味大物である。
ギィが席に着くと同時に、宴は始まった。
先ず俺から、現状報告を行う。作製しておいた資料を配り、帝国との戦争の分析結果を示した。
同時に、帝国領が俺の支配下に入った事を宣言し、各魔王の了承を取る。
いつもならばこの段階で横槍が入り、喧嘩になるというパターンだったようだ。
だが、今回に関しては、俺の一方的圧勝により領土を獲得している訳で、これに文句をつける者は居ない。
俺が弱った所を叩くとか、そういう状況でもないのだ。全く弱っていないし、寧ろ強化されている。
何より、現在の魔王達で俺に文句を言ってくるような者はいないと思う。
利害関係も対立していないし、俺と敵対するメリットが無いからだ。
そんな訳で、戦争報告は終了し、現在までの流れの説明に移った。
一通りの説明を終えると、
「ディーノが寝返ったのか……」
ボソリと、ダグリュールが呟いた。
ギィはある程度の予想が付いていたようで驚きはしなかったが、仲の良かったダグリュールからすれば思う所もあったのだろう。
「寝返ったというより、元から向こう側だったみたいだけどね。
というか、ユウキの裏人格みたいなヤツと馴染みだったような感じだけどな」
何気ない俺の一言で、ダグリュールとギィが動きを止めた。
「そうそう。アイツ、何をトチ狂ったのか、アタシを殺しに来たんだよ!
あの方の害悪になるとか、ワケの判らない事を言ってたし、古い知り合いでも居るみたい」
俺の言葉をラミリスが補足し、それが決定打となったようだ。
「まさか、な」
ギィが呟き、
「有り得ん。だが、もしかすると……」
ダグリュールが難しい顔で、何事か考え込んでいる。
何か気になる事でもあるようだった。
それ以外には大きな問題も無く、宴は何事もなく進行した。
俺との約束通り、ギィは動かない。
ただし、その配下はミザリーに全権を委ねて、何かあった時に即座に対応出来るように準備するとの事。
ヒラリーは万一に備えて、ギィの身辺警護に徹するのだろう。誇り高いギィがそれを許す筈も無いので、恐らくは独断か。
進化した事により、ミザリーやヒラリーも、ある程度は自由意志で動くようになったのかもしれない。
ルミナスは現状維持。
帝国侵攻に備えて軍備を整えて臨戦態勢に入っていたので、そのままの状態を維持して貰う。
天使の軍勢がどう動くか定かでない以上、警戒しておくに越した事はない。
悪徳の意志の目的が世界の滅亡である以上、西側諸国への侵攻を躊躇いはしないだろうから。
レオンとダグリュールは、それぞれが軍を所有している。
ミリムの場合は、カリオンが新生軍団を編成中との事。
当然ながら、魔王の名に相応しく、平時より戦闘訓練は欠かしてはいないらしい。
自分の支配領域を守る事は、魔王としての当然の義務である。
なので、彼等の領土は彼等が守るだろう。ギィは支配領域に人が生息出来ないので、今回は関係ないといえば関係ないのだ。
まさに、動かなければ問題ないという事だろう。
でも実際は、ギィの配下はミザリーの指揮で動き、予備戦力として西側諸国の防衛に回る事になる。
俺達の仲を読み間違えたのは、悪徳の意志の計算を狂わす一手となってくれそうだった。調査報告がいい加減なディーノのお陰と言えなくもない。
そんな感じで、状況は悪くは無いと思う。
後は、敵戦力が予想を超えて強大でなければ良いのだが……
まあ、そうした事態に備えて、今日の会議がある訳で。
相互の協力体制を速やかに行えるように調整し、綿密な打ち合わせを行ったのだった。
そういう感じにつつがなく、宴は無事に終了したのである。
各々が、天使軍との決戦に備えて準備を行い、いざと言う時には即座に連絡を取り合う。
可能なら助けに向うという協定を結び、有意義な内容となったのだった。
緊急時に備えて、ミリムの国とダグリュールの国に一度行っておく必要がありそうだ。
転移用魔法陣を設置し、相互に行き来出来るようにしておきたいし。
俺がそういう話をした時に、各魔王も納得していた。
結局、宴の後で、ミザリーに各地に一度連れていって貰い、位置情報を記録しておいた。
その時に判明したのだが、ミリムとダグリュールは転移出来ないそうだ。言うまでもないが、ラミリスも。
「いやあ、ワシ、そういうの苦手なのだ」
「ワタシも、そんなチマチマと面倒な計算をするのは嫌いなのだ。
どうせ飛んで行けば良いしな!」
確かに、転移系の魔法は、位置を記録させた地点にしか飛ぶ事は出来ない。
空間移動系は現在地と目的地の情報があれば可能だが、位置情報の相関関係をキチンと計算する必要がある。
簡単なようで、意外と面倒な能力なのだ。
ミリムは本能に依存した天性の勘で行動しているが、意図的に計算するのが苦手な様子。
ダグリュールは見るからに脳筋だし。ラミリスは、まあ、ね。
移動用の施設の建設は、結構重宝されるようになるかも知れない。
ついでなので、各地に転移魔法陣を設置するという、俺の計画の了承も取り付けたのだった。
別れ際に、
「クロエを頼むぞ」
レオンにそう念を押された。
言われる迄もない。任せておけ、と頷いてみせる。
レオンは納得したのか、一つ頷き返すと去って行った。
相変わらず、気障で格好いい男だと思ったのは秘密である。
こうして事前に情報を得て、準備期間としては短いが、3〜4週間程の余裕が出来た。
魔王達は領地に戻り、大戦に向けて準備を行う事になったのである。