172話 激突! 暴風竜vs灼熱竜-後編-
戦いは静かに始まった。
ヴェルグリンドは背後の飛空船団が、後方に退避するのを確認するまで待っていた。
退避を確認すると同時に、動く。
「久しぶりね、ヴェルドラ。一応聞くけれど、仲間にならないかしら?
仲間になるなら、力の使い方も教えてあげるし、好きなだけ暴れる事も出来るわよ?
もっとも、場所は選んで貰うけれど」
「クアハハハハ! 姉上、我も昔のままではないのだ。
力の使い方など既に完璧なのだよ。
それに、暴れるだけが楽しみでもなくなった。
大人になったのだよ、姉上!」
「生意気な事を言うわね……
良いでしょう。それならば、私が貴方がどれだけ成長したのか試してあげましょう!」
お互いに掛ける言葉は、それ程に多くは無い。
所詮、言葉による交渉でヴェルドラが言いなりになるとは思っていなかったヴェルグリンドは、残念だとも思わずに攻撃態勢に入った。
元々、ルドラの支配によりヴェルドラを操る予定だったので、余り説得に意味はないのだ。
である以上、さっさとヴェルドラを弱らせて、ルドラが来るまでに抑え込んでおかねばならない。
そう考え、ヴェルグリンドは先制の灼熱吐息を放った。
細く収束された一条の光線のように、超高速のブレス攻撃がヴェルドラを襲う。
通常、炎熱無効効果があるヴェルドラに、炎のダメージは通らない。だが、ヴェルドラは迷う事なく、ヴェルグリンドのブレスを回避した。
「あら? 今のを躱すとは思わなかったわ。
自分で言うだけの事はあるようね。少しは腕を上げたのかしら?」
「クアハハハハ! 姉上のブレスには、加速破壊効果がありそうだな。
直撃を喰らえば、我の魔力暴走を引き起こし、制御するのに力を削がれてしまう。
避けるのは当然であろうよ」
この時、ヴェルドラは直感で、ブレス攻撃に究極能力の効果が上乗せされていると感付いたのだ。
それはヴェルドラの究極能力『究明之王』の鑑定解析結果でも証明される。
ヴェルドラが自分の攻撃を正しく理解した事に若干の驚きを覚えつつ、ヴェルグリンドは次なる攻撃を放った。
と同時に瞬速で移動し、ヴェルドラの上空に位置を獲る。
多数のブレスの同時攻撃を回避していたヴェルドラは、気がついた時には、下から上を見上げる形でヴェルグリンドと対峙する事になってしまったのだ。
相変わらず素早いものだ、と考えるヴェルドラ。しかし昔ほど、捉えられぬと感じるほどではない事に気付く。
一方、ヴェルグリンドは、必殺の間合いを確保出来た事に気を良くしていた。
この間合いならば、完璧にヴェルドラに対して、優位を保つ事が可能となると確信したのだ。
「終わりにしましょうか、ヴェルドラ。
結局、貴方は、私の手の中から抜けられはしないのよ!」
そう宣言し、上空から灼熱吐息による複数同時攻撃を敢行した。
炎の柱が複数、天と地を結ぶ。それは一種の、炎の檻であった。
だが、ヴェルドラは全ての攻撃を見通すように、見事な回避をしてのけた。
炎の檻に囲まれても、直撃どころか、一度も攻撃に掠りもしないのだ。
「クアハハハハ! 当たらなければどうという事もない、という事だ!」
覚えた台詞を、嬉しそうに叫ぶヴェルドラ。
ッチ! っと、忌々しそうに舌打ちするヴェルグリンド。
確かに、この段階で一発も当たらないのは誤算であるといえる。ヴェルドラを甘く見ていたのは間違いなさそうだ。
しかし……
(私の攻撃は、ここからが本番なのよ!)
絶対的に優位な状況は、依然としてそのままなのである。
ヴェルグリンドは、出し惜しみする事もなく、一気に勝負を仕掛ける事にした。
「あらそう? でもね……貴方は既に、私の術中なのよ。
熱い抱擁で、その動きを封じてあげる! 灼熱の抱擁!!」
ヴェルグリンドがヴェルドラの上空に位置取りした事には意味がある。
下は海面であり、ヴェルドラが回避した灼熱吐息は、当然の事ならがら海水に接触し水蒸気爆発を生じさせる。
その爆発の威力そのものでは、ヴェルドラもダメージを受ける事はない。
しかし、蒸発した海水は水蒸気となり、ヴェルドラの周囲を包み込んでいた。
それは、ヴェルグリンドの能力により小さな紅い雨となり、下から上へと降り注ぐ。
ヴェルドラを捉える真紅の檻は、この時を以って、完成したのである。
究極能力『救恤之王』による、施し。
対象の熱量を増大させる、つまりは、運動量を強制的に増加させる能力。
程度によっては、体力上昇効果を与える事も可能だが、行過ぎると体力の消耗を促進する。
そして、最大効果を発揮するならば、加速し自分で生み出した熱量にて、その身を焼き尽くす効果を与える。
言うならば、対象の身体を構成するエネルギーを、自在に操作する能力なのだ。
檻に閉じ込められたヴェルドラを抱擁するように、紅い雨が優しく周囲に膜を作り出す。
灼熱の抱擁にて、囚われた者は、その生殺与奪の権利をヴェルグリンドに差し出さなければならない。
それは、例え同じ"竜種"であるヴェルドラであったとしても、結果は同様なのである。
ヴェルグリンドは勝利を確信し、ザムド少将へ魔素撹乱放射の発動を命じようとして――その動きを止めた。
囚えたはずのヴェルドラの気配が消えたのだ。
(どういう事だ!?)
滅多にない、焦るという感覚に戸惑うヴェルグリンド。
そのヴェルグリンドに、
「クアハハハハ! 先ほども言ったであろう?
当たらなければどうという事もない、と!」
背後から、勝ち誇るヴェルドラの笑い声が聞こえて来たのだ。
実はヴェルドラ、勝ち誇れる程に余裕があった訳では無い。
紅の檻が完成する間際、究極能力『究明之王』の危険予知能力が最大限に警告を発したのである。
慌てて対処しようにも、"破滅の嵐"で吹き飛ばせる程に簡単な状況では無い事は、一目瞭然であった。
(やばい!)
と思った瞬間に、究明之王の"真理之究明"が最適解を導き出した。
"破滅の嵐"をそのまま使用しても、脱出出来る確率は1%もない。
だが、"破滅の嵐"を収束放射する事で、"破滅の咆哮"を発生させる。これにより、大幅に成功率が上昇すると解答が出たのだ。
だがそれでも、"破滅の咆哮"による脱出の成功確率は50%だった。
しかし、そこで"確率操作"が発動する。
同格相手には、自分が都合の良いように確率を2倍に上昇可能となるのだ。
半分半分の成功確率しか無かった脱出劇だったが、究明之王により全てはヴェルドラに都合良く動いたのである。
こうしてヴェルドラは、危機を脱したのであった。
ヴェルグリンドは本当の意味で驚嘆する事になった。
自分よりも劣ると思っていた弟が、力任せしか出来ないと見下していたのに……絶対脱出不可能な状況から見事に脱出してのけたのだ。
認めるしかないだろう。
ヴェルドラは、自分と同じ高みにいる、と。
ヴェルグリンドはヴェルドラを認め、同等の敵として対峙する。
本気を出す事を決意した瞬間であった。
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大スクリーンに、怪獣大決戦が映し出されている。
いや、冗談では無く、そうとしか言えないのだ。
帝国の飛空船団だけならば、ヴェルドラが勝つだろうと心配はしていなかったのだが、突然真紅の竜が出現した時は驚いた。
あれが、ヴェルドラの姉の一人である、"灼熱竜"ヴェルグリンド なのだろう。
しかし、大エネルギー同士の衝突であるにも関わらず、見事なまでに統制された、非常に高度な戦いとなっている。
ヴェルグリンドが大技を使用して、勝負を即行終わらせようとした時は、ヴェルドラが負けたかと思って焦ってしまった。
一応、死亡しても復活させる事が可能なので、そこまで心配はしていないのだが……
智慧之王に、空間座標の割り出しを命じてしまった程だ。
空間転移で救出に向かおうとした時、ヴェルドラは俺のスキルで生き返らせる事が可能なのを思い出したのである。
それを思い出したお陰で、こうしてノンビリと観戦しているという訳だ。
勝負は膠着状態に陥っていた。
速さでは互角。
ヴェルドラも高度に力を制御し、高速移動を可能にしている。
"竜種"最速というヴェルグリンドに対し、一歩も退かずに渡り合っているのだ。
隠れてコソコソと修行していた成果が表れているようだった。
音声は再現されないので判らないが、自慢気に格好良いセリフを言って危機になったりしない事を祈るばかりである。
とはいえ、見ている限り、ヴェルドラが端々で圧倒し始めている。
力の大きさだけで見れば、ヴェルドラの方が上なのだ。
一時期封印により大きく減じてしまっていたが、今では回復しているようである。
ヴェルドラの魔素量はヴェルグリンドを上回り、魔力制御で若干劣っている感じ、か。
しかし、ヴェルドラの究明之王の能力は、ヴェルグリンドの能力より性能が上のようである。
何しろ、結構万能スキルみたいだったし。
はっきり言って、"確率操作"や"真理之究明"って、意味が判らないほどに反則スキルなのではなかろうか?
ぶっちゃけ、あれを使いこなされたら、勝つ事が出来る者は居るのだろうか? そう考えるレベルである。
ヴェルドラが新たに生み出した能力なのだろう、収束暴風攻撃は、ヴェルグリンドにダメージを与えているようだった。
回避不能な程の速度で、波動が放たれて、効果は遅れて発揮される。
要するに、電磁波のような"見えない波動"それも、超音速――推定で、マッハ100以上――を回避し損ねた場合、暴風効果は防ぎようがないという事だ。
何しろ、既に喰らっている訳だから、回避も防御も不可能なのである。
いやはや、出鱈目な技を開発してしまったものであった。
流石はヴェルドラ、そう感心したのである。
このままいけば、ヴェルドラの勝利だ、俺がそう確信した時――
事態は急速に動き出した。
――最悪の方向へと向かって。
突然、退避していた帝国の飛空船団100隻が動き出したのだ。
気にも留めずに見ていたのが失敗だった。
数名の輝く鎧を身に纏った者達が艦橋に現れた。
結界により暴風の影響を完全に防いでいるのか、悠然と歩を進めている。
(ん? 何だ、アイツ等?)
そう思った時、それは起きた。
一人だけ鎧を着用せず、旧日本帝国の軍服を着た男が、小型拳銃を発射したのだ。
は? と、一瞬言葉に詰まる。
最強の"竜種"に銃弾など通用する筈も……
しかし、その銃弾の速度に気を引き締めた。
ヴェルドラの咆哮並み――つまり、マッハ100以上――の速度で、ヴェルドラの身体を貫いたのである。
貫通せずヴェルドラの体内で、銃弾に込められた何らかの魔力が開放されたようだった。
ヴェルドラの動きが止まり、苦しげに暴れ出す。
直後、真紅の檻が再びヴェルドラを包み、飛空船団100隻から最高出力の魔素撹乱放射が発動した。
それは一瞬だけ、ヴェルドラの動きを止めれば成功だったのだ。
光輝の鎧を身に纏った男が、ヴェルドラに向けて両手を翳した。
直後、俺の魂に激しい痛みが生じる。
まるで、俺の中から魂を引きずり出そうとしているかのような――
《告。主と個体名:ヴェルドラの"魂の回廊"が破壊されました。
究極能力『暴風之王』の暴風竜召喚・暴風竜解放が使用不可となりました 》
――突然、痛みの理由が告げられた。
何だと?
俺から、ヴェルドラを奪ったって言うのか?
俺から……ヴェルドラを?
ふざけるなよ、畜生!!
猛烈なまでの喪失感と、苛烈なまでの激怒が、同時に俺の中で発生した。
俺の傍に控えていたシオンとディアブロが、慌てて俺を抑えようとする。
「お待ち下さい、リムル様! 今出向くのは危険です!!」
シオンの言葉は、俺の耳に入らなかった。
殺すぞ、クソが!!
激昂した思考のまま、俺は制止を振り切り立ち上がる。
怒りによる力の解放により、俺を制止出来る者は魔物の国に存在しないのだ。
お前等は俺を怒らせた。
望むのならば、くれてやろう。
滅亡という名の祝福を。
ヤツ等は、俺の逆鱗に触れたのだ。
俺は、怒りのままに、ヴェルドラに向かって転移した。