168話 ギィ・クリムゾン
戦勝式典は無事に終了した。
思わぬ進化をした者や、進化が保留になった者も居る訳だが、暴走した者は出なかった。
概ね成功と言って良いだろう。
だが、浮かれている場合では無い。何しろ、戦争自体は未だに継続中なのだから。
魔物の国へと侵攻して来た部隊は全て排除したが、海路――というか空路だが――を通って北側から飛行船部隊が迫っているのだ。
既にルミナスとヒナタには連絡している。
「ふん! 妾が返り討ちにしてやるわ!」
というのはルミナスの台詞。
しかし、あの魔王が人間の為に態々動くとは思えない。
だが、評議会と神聖法皇国ルベリオスは協力関係にあるのだ。
西側諸国としての迎撃は、北西方面軍として、神聖法皇国ルベリオスを中心とした部隊が守護に回る手筈になっている。
要するに、神聖法皇国ルベリオスが西の端に面しており、委員会の常駐軍が必要なのが理由であろう。
他にも、宗教の総本山として聖騎士が多数輩出されているし、独自の戦力も有している。
委員会の長を任されたヒナタとルミナスの仲もそれほど悪くは無いので、案外真面目に手伝う気があっても不思議ではないのだけれども。
まあ、ある程度協力してくれるだけでも十分であろう。
ヒナタの手助けのつもりなのかも知れないし、理由はどうでも良い話である。
ヒナタへ連絡した際に、此方へ応援して貰う予定だった待機戦力は、一応イングラシアへ戻して貰った。
軍隊として編成してしまうと、食費から滞在費から金が掛かり過ぎる為だ。
万が一、ルミナスが危機になった場合には、即座に対応もして貰えるだろうし。
委員会や評議会の中心を魔物の国へと移す事は決定しているので、各国も準備中である。
その内、人の流れは魔物の国が中心となるだろうが、今はまだイングラシア王国が主流であったのだ。
だが、独り身の者などは、この機会に魔物の国へ向かう者も多かったようである。
凡そ三割程の傭兵や冒険者達が、イングラシア王国へ戻らずにブルムンド王国や道中の町に滞在し、様子を伺う事にしたようだった。
流通の発達していないせいで引越しが完了してはいないけれど、2年もせずに文化と経済の中心が魔物の国になると見越した者達だろう。
機に聡いというべきか。
そんな訳で、各国の正規軍のみがイングラシア王国へと戻った訳で、それがいざという時の北西方面への援軍となる予定だ。
ただ、飛行船300隻に搭乗可能な数を予想すれば、凡そ10万程度だと予想出来る。
兵站も考慮し、最大運搬兵数で攻めるとは考えられないからだ。
カリギュリオに確認すると、飛行船――飛空船だと訂正された。妙な拘りがあるらしい――に搭乗可能兵は一隻400名。
運用に必要な魔法使いの数は最低50名らしい。
魔獣軍団を運搬中との事で、指揮はザムド少将という名の人物に任せているとの事。
「恐らくですが、残りの空戦飛行兵団所属の者は、大半が科学者です。
今回の侵攻で、ヴェルドラ殿への対策に、精鋭魔導師を動員しました故。
ですので、交代要員も加え、100名程で運用するかと思われます。
飛空船運用に3万。魔獣軍団が3万に魔獣が3万。
計9万が、此度の編成だと。
ザムドのヤツも、科学者までは前線に投入しないでしょう」
それがカリギュリオの予想だった。
同時侵攻する予定で先に出発したので、その辺は任せているとの事だった。
だがまあ、その予想であっているだろう。
残りが科学者なのならば、そういう者を連れて行っても戦力にはならない。
修理の為に、何名か連れて行く程度だろう。
凡そ10万程度ならば、ルミナスは余裕だと豪語していた。
全聖騎士300名にルミナス個人の血紅騎士団が400名。
血紅騎士団とは、吸血騎士が主力となる全員Aランクの超級騎士団なのだそうだ。
とはいえ、貴族階級最底辺の騎士級の者達なので、聖騎士と同程度の実力らしいけれど……
吸血鬼も、悪魔同様に爵位により大きく戦闘能力が異なるらしい。
高位貴族は一軍に匹敵する能力を持つらしいので、群れる事がないそうだ。
Aランクという一定の限界を突破した者が700名も居れば、それだけで大戦力であった。
それに、"七曜の老師"とかいうルミナス子飼いの仙人達もいる。
この者達は、人間の聖騎士が進化した者達なのだとか。
吸血鬼ではないが、寿命が大幅に伸びて、半精神生命体になった者達だと言っていた。
神聖法皇国ルベリオスにて聖騎士を育成し、西方聖教会にて実戦を積ませる。
幾度もの危機を乗り越えた者の中に、稀に進化する者が出るのだとか。
人間が進化したら、仙人になるという事らしい。
勇者とはまた違うらしいのだけど、上位魔将に匹敵するほど大幅に強くなるのだそうだ。
吸血鬼の貴族階級でも上位の者は、旧魔王クラスの戦闘力があるそうだし、実はルミナスの保有する戦力も大概のものであるらしい。
大貴族と呼ばれるそうした者も7名程いるらしいので、ルミナスが本気になったのなら、この戦は任せても問題ないと思える。
ただまあ、念の為に、アルノー率いる魔物の国在住の聖騎士さん達には、転移門を潜らせてルミナスの支援に向かわせておいた。
アルノーも最近、アルベルトに鍛えられた上にアピトに何度も殺されて、それで挫けぬ心を身に付けている。
もしかしたら、アピトに甚振られて変な趣味に目覚めたのかと心配するくらい、何度も何度も通いつめていたようだけど……
お陰で今話題の"仙人"に進化出来るのではないだろうか?
元々上位魔将に匹敵する程に剣の腕は素晴らしかったようなので、進化出来たらアルベルト並みの強さになりそうだ。
ちなみに、そのアルベルト。
仙人一歩手前で無念の殉死となっていたのだが、死霊騎士となったお陰で魔物の力を手に入れた訳だ。
進化の方向が違うが、要するに仙人並の肉体能力を手に入れたようなものなのである。
その上、千年以上経過し、かなりの魔力を獲得している。
アダルマンと組んで、聖魔反転した場合、仙人を超える聖人級の聖なる力を保有する訳で……はっきり言えば規格外なのかも知れない。
アルノーに免許皆伝を許したものの、剣の腕では未だにアルノーより上であった。
千年の修行の成果は、一つの極みに達していたようである。
まあそんな感じで、ルミナスの自信たっぷりの返答を貰ったので、応援については慌てる事もないだろう。
そういう訳で安心して戦勝式典を行った訳だ。
向こうが終わってないのに暢気な事をして、何かあって文句を言われるのも考え物だしね。
時間的に考えても余裕はあったので大丈夫だとは思っていたが、とにかく進化の儀式は無事に終了である。
後は各々、頑張って能力を獲得するだけだ。
「クアハハハハ! 無事に終わったようで何より。それでは我は司令室に戻るぞ」
「あ、アタシも行くよ〜!」
ヴェルドラとラミリスは楽しそうに、司令室に戻ろうとする。
いや、あそこは戦時中に使う部屋で、君達の遊び部屋では無いのだけど?
確かにまだ戦時中だが、お前等はただ大スクリーンで、どこに遊びに行くか調べたいだけだろうよ。
低コストで維持出来る監視魔法は、常時発動させたままだった。
別に問題ないのでいいけど、結構簡単に誰でも扱えるようにしているのだ。
世界各国どこでも映せるという訳では無いのだが、それなりに広範囲を映し出す事が可能である。
最近は、あの魔法で世界のあちこちを映して、景色を楽しむのを日課にしているらしい。
戦争が終わったら遊びに行こうか! と、この前俺が言ってしまったのが原因だ。
どこに行くか、今から入念にリサーチしているようなのである。
旅行に行く前に念入りに現地調査を行う感覚、とでも言えばわかって貰えるだろうか?
長年生きている割に、世界を旅した事の無い二人。俺以上に旅行に乗り気になっているようであった。
まあ、楽しそうだからいいか。
「おっけー。後で俺も行くよ」
そう言って二人を送り出す。
まったく、ここは保護者として、俺がきちんと指導してやらねばなるまい。
それが保護者としての責任というものだ。
断じて、一緒になって下調べしようというのではないのである。
ヴェルドラとラミリスが迷宮に戻り、幹部達も俺に挨拶をしてから去って行く。
中には必死に進化の力を制御しようとしている者も居るので、無理せずに戻るようにと声をかけた。
リグルドやミョルマイルと言った内政担当の者達が、後片付けを買って出てくれている。有り難い事であった。
ミョルマイルなど、各国の代表が魔物の国に大使を置く調整も行ってくれている。
その際に、毎年開催予定のイベントや迷宮での特産品の紹介も忘れない。
実に得がたい人材であり、今では無くてはならない人物となっているのだ。
そんな彼等に労いの言葉を掛けると、嬉しそうに破顔していた。
そんな時だ。
《告。高密度魔力体の接近を感知しました。3秒後にこの地点へと到達します 》
智慧之王が緊急警報を発したのだ。
俺は慌てて、この場の全員を防御する結界を展開させる。
智慧之王の警戒感知範囲は半径凡そ20kmである。感知してから3秒で到達となると、考えられぬ程に高速と言う事だ。
音速の20倍以上の速度であり、言葉で警告していたのでは間に合わないだろう。
何という出鱈目な速さだと、感心している場合ではないのだ。
俺が誓約之王で絶対防御結界を張り終えた直後、衝撃波を伴って一人の男が舞い降りた。
コンクリートの1万倍の強度を持つ闘技場の床石、が大きく亀裂が入り破壊されていた。
何てヤツだ。スキルや技を使用したのではなく、単純に体当たりだけで破壊したようなものである。
悪魔公達ならば、物理法則を無視して衝撃波を出す事もなく音速移動が可能なようだが……
コイツは唯面倒だという理由で、一切の法則操作をせずにやって来ただけのようである。
こんな出鱈目な事が出来るヤツなど、何人も居る筈が無い。
俺が知る限り、三人だけだ。
ヴェルドラ、ミリム、そして魔王ギィ・クリムゾン。
ヴェルドラは論外。
ミリムもやって来る時は、それなりに気を使ってくれている。
一番最初に登場した際も、あれでも最大限に気を使ってくれていたのだと後になって気付いた。
ミリムが本気で全力飛行してきたら、それだけで弱い魔物は消し飛ぶのだ。
暴君に見えるが、あれで案外優しい所があるのである。
さて、ミリムではないという事で、残りは一人だ。
案の定、巻き上がった埃が収まると、燃える様に真っ赤な髪の魔王が立っていた。
魔王ギィ・クリムゾン。
恐らくは、俺以上に強いこの世の覇者が。
会場は一気に緊張に包まれ、ソウエイの手配した影がリグルドやミョルマイルといった文官達の避難誘導を行っている。
一体何の用事だコイツ?
喧嘩売りに来たのだったら、買う気は無いのだけど?
「よう、久しぶりだなリムル。ところでこれはどういう事だ?」
「久しぶり、じゃねーよ! どういう事だ? はこっちの台詞だ!」
何というか、気軽に話しかけて来るギィ。
いきなりやって来て、何のつもりなんだか理解出来ない。
「ん? そうか、お前は部下を大切にする派、なんだな。
そりゃあ悪い事をしたな。だがな――熱龍炎覇!」
ギィは俺に謝罪の言葉を陳べつつ、突然、左手を振り爆炎系の魔法を放った。
高熱の炎が指向性を持ち、龍の如くうねりながらギィの後方から迫る者に襲い掛かる。
テスタロッサ、ウルティマ、カレラの三人だ。
龍は三つに分離し、それぞれに一体づつ絡みついていく。
信じられない事に、魔法に対し高い抵抗力を持つ筈の悪魔公である三人が、ギィの放った魔法を防ぎきれないでいた。
多重の魔法結界を食い破り、炎の龍が三人へ大ダメージを与えたのだ。
俺でさえ出来るのだから当然かも知れないが、詠唱もせずに放った単なる魔法でこの威力なのは、些か納得いかないものがある。
「あっはは。こりゃ驚いた。
今ので死ななかったって事は、本当に、悪魔公級って事か?
そんなヤツらがまだ冥界に残っていたのか、それとも、進化したのか。
まあいいけどよ。
悪魔公級なら、覚醒してない魔王種よりも強いだろ。
さっき感じた何体かの覚醒した魔王の気配といい、こりゃあどういう事なんだ?」
ギィの放った魔法への抵抗に失敗し、地に伏した3名を見下ろしながら、ギィはそう口にする。
嘘だろ? あれだけ離れていても、覚醒した気配に気付くのかよ?
そう思ったのだが、
《解。世界の言葉に繋がるならば、覚醒はどこに居ても感じとれます 》
と、自分も出来ますよという智慧之王さんの言葉に納得した。
という事は、究極能力を獲得したのも……
《解。当然察知可能です。但し、同時覚醒した場合、察知は出来ない可能性があります 》
成る程。
ユウキの能力にアッサリ気付いたみたいだし、そういう理由があったのか。
そういう重大な事は教えておいて欲しかったけど、聞かないと答えてくれないのだけは智慧之王さんの欠点だと思う。
俺が究極能力に覚醒して以降、他に誰か究極能力を獲得したか聞いた所、ルミナスも獲得していた模様。
もっとも、どのような能力かは、直接目にするか情報を入手しなければ判明出来ないそうである。
ギィには俺が究極能力を獲得したとばれていると思っていたけど、隠す事自体が無理だったようだ。
最初から究極能力に覚醒していたならば、その後獲得した事を悟らせなくは出来るようだけど。
だとすると、俺が複数持っているのも気付かれているのか?
《解。問題ありません。御命令通り、暴食之王を前面に出し、残りを隠しています 》
流石だった。
先生にお任せすれば、ギィすら欺くのは容易だという事だ。
多分ばれていないだろうというだけで、油断は出来ないだろうけど。
さて、一瞬の間にそんな遣り取りをしたのだが、問題はギィである。
ギィの背後から攻撃を仕掛けようとした三人は、高すぎる能力でギィの危険性を察知し、即排除に動いたようだ。
確かに、異常なまでの高密度魔力体であり、会場に被害も出している。
明らかに友好的で無い上に戦闘力が未知数ならば、先制攻撃による排除を選択したのは正しいかも知れない。
俺の為に行動したのだろうし、彼女達からすれば余裕を見せる場合では無いという判断なのだろう。
ただし、相手が悪すぎた。
最強の魔王であるギィにとっては、悪魔公三人がかりの不意打ちでさえ、問題にならないレベルだったのだ。
俺なら、一撃は喰らっているかも。
それはともかく、今の魔法も問題だ。
一体どうやれば、たかが魔法で悪魔公にダメージを与える事が可能になるんだ?
《解。能力の上乗せです。究極能力の効果を魔法効果に上乗せしている模様です 》
可能なのか? 可能なのだろう。なんせ、目の前で実行してのけたのだから。
まあ、出来るのなら真似るだけだ。
それは智慧之王さんが何とかしてくれるとして、ギィの質問にどう答えたものだろう。
「どういう事なんだ? と言われてもなあ……
そいつ等はお前を脅威だと感じて攻撃しただけなんだ、許してやって欲しい。
だが、お前がいきなりやって来るのも悪いんだぞ?
闘技場を壊した事は不問にするから、貸し借り無しでいいだろ?」
「ん? ああ、そりゃすまなかったな。
一度行った事があれば転移で移動出来るんだが、飛行は久しぶりでな。
ちょっと飛ばし過ぎて、止まれなかったんだ。許せ!
そいつ等をどうこうする気は無いし、別にいいぜ。
悪魔なら、殺し合い上等だしな。
ただし、そこらに居る覚醒した奴等については、キッチリと説明して貰うぞ?」
気持ちよく提案を受け入れてくれた。
ともかく、ギィと戦争になるのは避けられたようだ。
というか、ギィが此方を潰すつもりで来た訳ではなくて良かった。
ディアブロはギィに敵意が無いのを即座に読み取ったようだが、悪魔公3名はまだまだだ。
即座に排除に動くあたり余裕が無い。今はディアブロに介抱されているが、そのまま説教コースなのだろう。
だが、他の者は気配に圧されて動けなかったのだろうし、進化をしに迷宮に戻った者が多くて良かったのかもしれない。
下手に血の気の多い者が喧嘩を売っていたら、面倒だった。
といっても、血の気の多いシオンも、今は俺の横でギィに警戒をしているだけで動かなかった。
相手の力量を見極め、俺の盾になる位しか役に立たないと判断したようだ。
その事の方が俺には驚きだった。本当に成長したものである。
ともかく、ギィには明確な敵意が無いようだし、警戒は解除しても良さそうだ。
俺はそう考え、ともかくギィを客室に案内する事にしたのである。




