プロローグ
自分には他人とは違う特殊な力が秘められている、いつかこことは違う別の世界に召喚されて英雄になる・・・そんな妄想を信じていた時期があるやつは少なくないはずだ。俺だってそう、中学の頃はそんな妄想を抱き、ゲームや物語の主人公のようになれることを夢見ていた。だが、まぁそんなことは『ありえない』わけで。俺も高校の受験勉強に追われて夢見ることを忘れ、中学を卒業するころにはそんな妄想からも卒業していた。
「卒業していたはずなんだがなぁ」
「てぇいりゃぁああ!!」
目の前では、一人の少女が自分の身長ほどもある巨大な刃物を振り回している。その切っ先の先には2メートル近い大きさの巨大な狼が群れを成して襲い掛かってきていた。
「リュウ! なにボーっとしてんの! そっち行ったわよ、あんたも働きなさい!」
なんとなく現時逃避気味な思考が頭を過ぎっているうちに、少女を襲っていた狼のうち数匹が俺に向かってきていた。なんとも凶暴そうな狼が、牙を剥き出しにして襲い掛かってくる様子に、俺は眉を顰めつつも両手に持った短剣をしっかりと握って構える。
「何で俺がこんな目に合わなければならないのか・・・」
ついつい出る小さい呟きとため息。そんな俺の心情など意に介さず、狼達は二手に分かれたと思うと、右と左からほぼ同時に飛び掛ってきた。一般の高校生である俺がそんな攻撃を受ければ、間違いなくどちらか片方が喉に噛み付き、あっさりと殺されてしまうだろう。
「さすがにそれはごめんだな、っと!」
意識を集中すると同時にスローになる狼達の動き、そのおかげで余裕を持って狼に対応でき、数歩前進し狼達の間をすり抜け様にそのまま両手の短剣でそれぞれの狼の喉元を搔き切る。体感時間が元に戻ると同時に、狼達は地面に降り立ちそのまま激しい出血と共に倒れ伏した。
「はぁ、この感触はやっぱり慣れないな」
俺は刃物で肉を切り裂く感触に顔をしかめつつ、短剣を軽く振って刃に付いた血を振り払う。そうこうする内に向こうも終わりそうだ。
「これで最後! エアロスラッシュ!!」
少女の掛け声と共に横になぎ払われた大剣、そこから風の刃が発生しすでに逃げ腰だった残りの狼達を横一文字に切り裂いた。
「よし、これで今日の依頼は完了だな。帰るぞリン」
「ちょっと待ちなさいリュウ! 私が10で、あんたが2って、もう少し働きなさいよ!」
「お前が剣士で、俺は盗賊。戦闘で活躍しない代わりに、索敵警戒や情報収集を行ってるだろう。適材適所ってやつだ」
「あれぐらいあんただって楽勝でしょ!」
「いいから帰るぞー。こんなところに長居してても仕方ないだろう。時間もあまりないし、とっとと報告して終わらせるぞ」
「だから待ちなさいよ! あんた最近生意気よ!」
いまだギャーギャー騒がしい少女を無視して、俺は依頼を受けた街へと歩き出した。狼の群れを退治したことをギルドに報告すれば今日の仕事は完了だ。これでようやく今日も帰ることができる・・・この非日常な異世界から。