9:謎の男たち
「うーん。絞りたてはやっぱり違うな。おーい! 『北の華』お代りー!」
『喜んでー!!』
食事もだいぶ進んで。ルカスはホントに『酔っ払いモード』になっちゃった。キッポは入る時に言ってた、『『ヤツヒゲトカゲ』の丸焼き』を、お皿にてんこ盛りにして、にこにこ食べてる。独特の臭いが漂って来て、わたしの食欲は半減。髪の毛がチリチリ焼けるような臭いなんだもん。それでもわたしたちはいろいろ食べて・飲んで(ルカスだけずーっとお酒ね)、だいぶ満腹になって来た。
「リムノ、キッポ。視線だけ動かして、合わせるなよ。アタマも動かすな。カウンター席の手前側、4人掛けのテーブル。あいつら何か、握ってるぞ。キッポを見てる目が、普通じゃない」
「え?」
酔っ払いながらも、さすがルカスだ。周囲に気を配ることは、抜かりが無い。わたしは言われた通り、そーっと盗み見てみた。
男の4人組だった。確かにキッポをちらちらと見ては、逐一鳩首してる。そして……。
わたしは魔道士失格だ。わたしたちにどうやら、灰魔道の『会話読解』がかけられてるみたいなんだもん!
「ルカス! キッポ! わたしたちの話、盗み聞きされてる!」
小声でささやいた。でもまだ救いはある。同じ灰魔道の『心理吸収』じゃない分だ。こっちの魔道をかけられていたら、ココロの思いまで見透かされてしまうから。
「魔道か!?」
わたしはルカスのささやきにうなずいた。キッポも食べる手が止まってる。
「キッポ。食い続けろ。悟られる」
「う、うん!」
遅かった。見破られたのか、人相の悪い4人がテーブルを立って、こちらにやって来る。
「『知らぬ存ぜぬ』で通せよ!」
ルカスがささやくのとほぼ同時に、わたしたちに声が掛けられた。
「ちょっといいか?」
(良くないわよ)
ココロでささやく。ルカスはたちまち、元の酔っ払いに戻って、
「あー? 何? 一緒に飲みたいのか? だったらお代はそっち持ちだ」
「酒の話じゃない。そこで食ってる、キツネのガキに用がある」
わたしはカチンと来た。中の1人は魔道士、それもわたしより上の使い手だろうけど、勝手に口が開いた。
「あんまりにも失礼じゃない? それが他人に訊く態度?」
「お譲ちゃんは黙ってろ」
ムカ。さらに言おうとしたわたしをさえぎるように、ルカスが、
「ウチの弟分に、けっこうな言い方だな。オレを先にして話を通せよ」
「お前には関係無い。おっと。こんな場所で剣を抜くなよ? 大変な騒ぎになるぜ?」
「オレは、お前らみたいな悪相のオトコどもに、抜く剣は持ってねー」
ルカスと4人組の代表らしいゴツい男が、見えない火花を散らしてる。何なの、コイツら!?
「いいだろう。端的に伝えてやる。そこのガキ、フォクスリングだな? 付いて来い」
「ボ、ボク!?」
キッポの目に怯えが走った。
「ちょっと待て。オレを先にしろと言っただろう? 弟分を簡単に引き渡すわけにはいかないからな」
「ふむン。じゃあお前も話に乗るか? 裏の世界でな。かかってんだよ、金が」
「くだらねえ。子ども相手に、賞金稼ぎかよ。案外臆病者なんだな。デカい口を叩く割によ」
――ルカス! 挑発しないで!
案の定、言われた男は顔を真っ赤にさせた。
「何だと? せっかく穏便に話の方から先にしたが、どうやら不要だったらしいな。力でねじ伏せられたいか?」
「ほう。剣を抜くなと言った舌の根も乾かぬうちに、実力行使か。相当なアタマの持ち主とお見受けするぜ?」
――だから! ルカス!
でも男は、そのことばにぐっと詰まった。ピリピリした空気がわたしたちの間に満ちている。
「いいだろう。今は顔合わせだけにしておいてやる。言っておくが、逃げようなんて考えるなよ?」
「ハッ。バカくせー。お前らと付き合う気は、さらさらねーよ」
そのことばを背に受けながら、男たちは店を出て行った。
「ルカス、リムノ……」
半ば泣きそうな表情で、キッポがつぶやいた。
「待って! また魔道をかけようとしてる!」
わたしは今度こそ油断しなかった。相手が上の使い手だろうと、わたしだって魔道士。負けるわけにはいかない。波動が伝わって来た。『心理吸収』だ! わたしは目を閉じ、構造式を唱える。白魔道の『守護盾』だ。成功すれば、心理系の魔道をそのまま跳ね返すことが出来る。相手が気付かなければ、思いを悟られることはムダになるから。波動と波動がぶつかった。――強い! でもわたしには、師匠の形見、魔道の額冠がある。神経を最大限まで集中して、押し返す。額冠が熱い。負けるもんですか!
わたしの波動が、一気に相手の波動を消し飛ばした。灰が舞うように、波動の欠片が崩れ去って行く。勝った! しかも相手には、かかったフリをかませてある。きっとそのうち、いろんな心理が激流になって押し寄せて来て、気絶でもすることだろう。額冠のおかげだけど、わたしだってやる時にはやるのよ。これくらいの報いは、受けてもらわなきゃね。
でも。――さすがに疲れた。脱力感と共に、鉛を背負っているかのような重たさがやって来た。だけど、この程度の疲れで済んでいるのは、魔道の額冠のおかげ。わたしはテーブルに突っ伏した。
「リムノ!?」
「しっかりしろ!」
2人の声が聞こえる。でもわたしはまだ、起き上がることが出来なかった。細く、
「ゴメンね。大丈夫。――魔道は跳ね返したわ。少し疲れただけ」
つぶやいた。
「何の魔道だったんだ?」
ルカスの問いに、
「『心理吸収』。でも、もう平気よ。『守護盾』をわたしたちにかけたから。思いを探ろうとしても、でたらめな他人のものが一気に流れ込んで、気絶でもするでしょ。――ふう」
わたしはゆっくり起き上がって、飲み物を口にした。冷たくって美味しい。何とかひどい疲労感から回復して来た。
「キッポ。安心して。魔道からの攻めには、わたしが全力で守るから」
ルカスも、
「ああ。オレも剣でなら負けない。どんなことがあっても、見捨てたりなんてしないからな」
「あ、りがとう。リムノ、ルカス」
キッポは一旦ことばを切って、鼻をすすった。小さな丸い瞳に、涙をたたえている。
「ボクも頑張る。負けないよ。でも……」
「ああ。まさか賞金首になってるとはな」
ルカスが後を継いだ。わたしも信じられない。
「最初。店に入った時にじろじろキッポが見られたの。――それがあったのかもしれないわね」
「そうだな。今は……。平気だ。視線は感じない。もう少し情報が欲しいところだな。何でフォクスリングなのか、その理由を」
わたしとキッポはうなずいた。
「よし。こうしよう。オレはもう少し、独りで店に残る。何も知らないフリで、他の冒険者たちから情報を訊き出す。キッポとリムノは先に宿に帰れ。こんな時に何だが、ランク上の宿にして正解だったな。セキュリティは他の宿より、数倍安定しているから。不審なヤツは中にすら入れないだろ」
「そうね。偶然の力かもしれないけど、安心して部屋に居られるわ」
「ボクは一緒に居なくていいの?」
「その方が危険だ。幸い、宿までの道は人の多い大通りだからな。いくらなんでも手出しは出来ないだろ。リムノ。魔道は離れていても有効なのか?」
「『守護盾』ね? 大丈夫よ。『わたしたち3人』って、限定してかけてあるから。ルカスも守られてるわ」
わたしは答えた。確かに早く、宿に帰った方が安全ね。
「キッポ。おなかがまだ減ってれば、宿でもお食事とかをちゃんと頼めるから。ここはルカスに任せて、わたしと帰ろう?」
「うん……、うん。さすがのボクも、もう食欲は無いよ。リムノ、よろしくね? ここが森の中だったらボクも自信があるけど、石造りの中じゃ力がほとんど出せないから」
そうよね。キッポは森の民なんだから。
「じゃ、ルカス。お願いね。信じてるわ」
わたしはそう言うと、キッポと共に席を立った。
「ゴメンね、ルカス。先に行ってる」
「安心しろ。だてにお前たちより、歳は喰ってないさ」