8:北の街、アルムテ
ルカスがルームキーでドアを開けた。わたしは背中越しに、つま先立ちをして室内を見てみる。
「すごーい! キレイなお部屋!」
「当然だろ。ランク上げたんだから」
そうなの。ちょうどアルムテは、明日から秋の大収穫祭が1週間も催されるとあって、フツーのお部屋がどの宿でも満室だったの。だから仕方が無く(わたしは内心嬉しいけど)、まだ少し余裕のある、普段なんかより2つぐらいランク上のお部屋、Bルームにしたんだ。
「ね、早く入ろうよ」
「ボクはおなか減った」
わたしたちは室内に入った。大きな窓からは、下を通る目抜き通りが、絶好のロケーションで見える。隣の寝室は、ふかふかのベッド。そして女性冒険者、最大の楽しみ、バスルームを。ここも清潔そうで、ぴっかぴか。早く入りたいなあ。
「当然夕食はココよね? あ、でもこんな『いかにも冒険者』な格好じゃ、レストラン入れないかなあ」
「いっそのことリムノも脱いじゃう? ボクみたいに」
「――お前らな。この部屋いくらだと思ってるんだよ。単純計算で普段の3倍だぞ? 少しは金勘定も考えろ」
ルカスがぼやいた。
「んもう。せっかくいい気分なんだから、水を差さないでよね。今まで節約して来たんだから、たまにはいいじゃない」
「この先、何があるか分からんだろ。切り詰められるところは節制。旅の鉄則だぞ」
「ご飯はまだしないの?」
食欲の権化、キッポが気楽に言う。
「まあ、確かに腹も減ったな。食いに行くか」
「えー。シャワーは?」
わたしはカラダをキレイにして、食べたいよ。せっかくの大きな街なんだもん。
「後回し。そろそろ酒場も開くだろ。そこで情報仕入れよう」
「ルカスは酔っ払っちゃうんだもん。でも、お外で食べるのもいいわね。キッポ? みんなで食べに行こうか?」
「うん!」
よっぽど嬉しいのか、キッポの耳が縦にぴくぴくしてる。わたしも、おなかが減ってるのも確かだから、食事も楽しみなんだけどね。
フロントにキーを預け、『行ってらっしゃいませ』と言うことばを背中にもらいつつ、外の通りに出た。いろんな店が軒を連ねてる。露店もあった。きらびやかなアクセサリーが売られていたりする。わたしはちょっと見たかったんだけど、先頭のルカスがどんどん進んじゃう。
「ねえ。せっかくなんだから、少し見て行こうよ」
「ダメだ。リムノは考えながら話すぐらいのスピードで、とろとろ見物してくからな。明日にでもしろ」
「生きたヘビの血液だって。リムノ、飲む? ボク、飲みたい」
「いりません。勘弁してよ。そんなの飲めるわけ無いじゃない。うー、気持ち悪いなあ」
本当にもう。こんなところが、キッポらしいんだけど。
すたすた歩きながら、ルカスが、
「知らないのか? あれは疲労回復には抜群なんだぞ」
「それくらい知ってるけど……。キッポがくれた薬草の方がうんとマシ」
「あれはまだまだ、苦くない方だよ? 苦いのをもっとたくさん欲しかったら、いつでも言ってね」
「いりません」
そんなことを話しながら、わたしたちは食事とお酒が出来るようなお店を探した。って言っても、ルカスが決めたんだけどね。
「何でこの店にするの?」
わたしの問いかけに、
「中をちょっと見てみろよ。オレたちみたいな冒険者っぽい、そんな旅人が多いだろ? つまり、情報が手に入りやすい。それと値段も手頃だ。酒の種類も多い」
「はあ」
最初は、さすがルカスは目の付けどころが違うなあ、って感心したんだけど、聞いてるうちに、ただお酒がたくさん飲みたいだけだと分かった。わたしはがっかりした。
「それが本音なのね。いいわ。このお店にしましょ」
「『ヤツヒゲトカゲ』の丸焼き、してるよ。リムノ、食べる? ボク、食べたい」
「いりません」
店内に入ったら、またキッポが暴走気味の発言を。お願いだから、メニューに載ってる、そしてまともなものを注文してね。前に入ったお店じゃ、
『『オオドクキンバエ』、から揚げにしてください』
とか言って、店員さんに引かれたんだから。
「こちらのお席にどうぞ。3名様ご来店でーす!」
『喜んでー!!』
うわあ。活気にあふれたお店。でも……。
「ルカス。リムノ。何だかボク、じろじろ見られてる」
本当だ。横目での視線を感じる。ルカスが、
「フォクスリングとは、あまり関わりが無いからだろ。キッポは目的があって旅をしてるが、普段は森の中で暮らしてるんだからな。我慢してくれ。何か言われたら、オレが相手してやるから」
ちょっと悲しそうに、キッポはうなずいた。分かるわ。疎外感を痛く感じるその思い。わたしも……。わたしもそうだったもの。両親からそんな目で見られて。うまやばんさんやせんたくむすめさんと仲良くしてただけなのに、父からも母からも冷たい視線でしか見てもらえなかったから、ずっと。――そんなわたしは、今は亡き師匠の元へ、半ば勘当と同じように修行に出された。きっと両親は、思いのままに行動してくれる兄さんや妹に、政界にもっと深く入れるような、足がかりを作ってもらうつもりなんだろう。だから。だからわたしは、両親を未だに許せない。わたしのことはどうでもいい。ただ、兄さんや妹を道具のように使うのが、許せないの。自分たちがのし上がりたい。そんないやらしい希望を、叶えることしか考えていない両親を。
「ご注文、お決まりになりましたらお呼びください」
わたしよりちょっと歳上ぐらいの、若くてエプロンを付けた、同性のわたしが見ても、カワイイ! って思っちゃうような店員さんが言った。ルカスはメニューも見ずに、
「生1つ。お前たちは?」
わたしは思わずため息をついた。呆れちゃう。
「メニューを見て決めるわよ。全く、早速お酒なんて。これだからお酒好きの酔っ払いって、もう。わたしたちは後で決めます。とりあえずそれだけで」
「はい。オーダー入りました! 生1つ!」
『生1つ! 喜んでー!!』
賑やかな店内。わたしはテーブルにメニューを広げた。キッポが横から覗き込む。
「おなか減った。最初はこの、『ニガウリソテー・激苦』にしてもいい?」
キッポにも呆れた。
「ただでさえ苦いのに、『激苦』なんて。本当にいいの?」
「苦いの美味しいよ? リムノ、食べる? ボク、食べたい」
「いりません」
「早く決めろよ。酒が先に来ちゃうぜ?」
もー。メニューを悩むのだって、食事の楽しみなんだから。ゆっくりさせて欲しい。
「はいはい。じゃあ、『コガネブドウジュース』と、『おまかせサラダ』にするわ」
「よし。おーい。オーダー頼む」
大声でルカスが店員さんを呼んだ。どんな『おまかせ』か分からないけど、キチンとした食事は、やっぱりサラダからよね。馬車から見た野菜畑を思い出す。きっと収穫したての野菜だわ。楽しみ。
旅をするのは確かに大変だけど、こう言ったところでわいわい出来ること。それも大きな楽しみではあるんだけどね。