7:北の街へ
わ! 揺れるゆれる!
「ちょ、ちょっと!」
「しゃべると舌噛みますヨー」
もうもうと土煙を上げながら、がたがたでこぼこ道を、馬車がすごいスピードで走る。中にいるわたしたちは、お互いぶつかったりしながら、何とか揺れに耐えていた。馬車って乗るの、もうこれで何回目か分からないけど、前はもっと静かに走ってたわよ!?
「御者さん! 何でこんなに、あいたた。こんなに急ぐのよ!?」
「予定より1日遅れてまス。途中の村の方々に、迷惑かけちゃいますからネー」
そう。わたしたちはあの村を、週に1回通ると言う馬車に乗って後にした。北の街、アルムテ行きに乗って。
結局、犠牲になったであろう村人は見つけられず。また、さらわれてしまった娘さんも探し出せなかった。わたしたちは一生懸命、協力したんだけど……。だけど家族の方が、
『これだけ手を尽くしてもらったんです。亡き者となってしまったと、諦めます』
と言って、捜索は打ち切りになった。ルカスの想像より、村人はこちらの努力を認めてくれた。
『生き残って帰って来た人がいただけで、充分』
と。
わたしは、ううん。わたしたちは、黒いフォクスリングと『死を弄ぶ者たち』とのつながりを、切り離すことが出来なかった。考えれば考えるほど、何かが起ころうとしている。そんな思いが消せずにいたのだ。何かの前触れじゃないのかと。『何か』って言っても、答えられないんだけどね。ただ、イヤな予感は前よりも、うんと感じるようになった。キッポが言うには、
『森が泣いてる。痛いって怖がってる。助けを求めてるよ』
なんだそうだ。森の民のことばだ。本当のことだろう。それがどこでつながっているのか。それが分からないので、手の打ちようが無い。わたしたちはそんな思いを残しつつ、村を後にしたのだ。地図は買わないまでに、長老が用意してくれた。北ならとりあえず、大きな街、アルムテを目指した方がいい、と。そのことばと共に、地図を渡してくれたのだった。
少し馬車のスピードが落ちて来た。トロットで走ってる。御者さんが、わたしたちしか乗っていないのに、律儀にも、
「アルムテまでの、最後の村でス。降りますカ?」
「最初に言ったじゃない。わたしたちはアルムテまで行くの!」
「業務上のルールでス。丁寧なアナウンす。これ私のポリシーでス」
森の奥に村があるのだろう。街道とぶつかる細い道が見えて来たあたりで、馬車は止まった。
「どなたも乗らないようですので、このまま出発しまス。よろしいカ?」
「はいはい。そうしてください」
貸し切り状態の馬車。ぱしり! とムチの音がしたかと思うと、さっきとは比べ物にならないくらいのギャロップになって、馬車が走り出した。
「――!!」
痛い! 揺れのあまり、わたしは椅子から転げ落ちてしまった。ルカスが手を差し伸べてくれてる。何とかつかまって……。よいしょ!
「ちょっと! 乱暴なのにもほどがあるわよ! ――った!」
わたしは怒鳴った。舌を噛んじゃったけど。
「安全運転の範疇でス。ご安心ヲ」
「これのどこが、安全いたっ!」
「もういい加減止めとけ、リムノ。キッポを見ろよ」
がたがた揺れながら、わたしの後ろの椅子を見た。――立てたハルバードを杖にして、寝てる。キッポ。もうここまで来ると、感心のあまり褒めたくなっちゃう。森の中では無敵なほどにすごいけど、『人間』の造り出した物にも言えるのね。以前の街中で、とんでもないほど常識外れ(考え出すとキリが無いので止める)をしてるのに。無頓着なのは、ある意味才能ね。これもドルイドの資質に関係あるのか、なんて思ったり。あー、キリが無いって!
そんなことを思ってたら、キッポが目を覚ました。
「――ん。着いたの?」
「よくそんなのんきでいられるわね、キッポ。眠れるなんてたいしたもんよ」
「まあ、『休める時に休め』が、旅の鉄則だからな」
「まだなんだ。御者さんに訊いてみる?」
ルカスが、
「さっき最後の村を出たんだ。もうじきだろ」
馬車の外をきょろきょろしたキッポは、
「本当だ。家が増えて来た」
わたしも揺れに耐えようと、手すりにつかまりながら、車窓を見てみた。
まばらにある雑木林。家が点在している。周囲は畑。アルムテの市場へ持って行くのだろうか。せっせと野菜を収穫している人々も見えた。大きな果実畑もあった。この実を絞ってお酒が出来上がるのよね。わたしの考えを読んだように、
「きっと大きな酒場があるな。どんな地酒があるか、オレはそればっかりが楽しみだ」
「いい加減にして、この酔っ払い」
「旅の楽しみだろうが。リムノもキッポも飲まないから、正直つまんないんだぜ?」
「ボクはまだ見習いだからね。お酒は慎まなきゃいけないんだ」
「わたしは果実ジュースで充分よ。ビールも梅酒も好きなことは好きだけど。すぐに酔っちゃうから、飲めない」
馬車のスピードが落ちて来た。関所があるためだ。前の方で食べ物や荷物を積んだ馬車が、渋滞を起こしている。
「大きい街なんだね。おなか減った」
「お願いだから、キッポ。ドブネズミを食べるのは止めてね。着いたら宿を決めて、食事にしましょ。あー、久しぶりにシャワーだー」
「酒買ってから、宿に行こうぜ? あ。夜、酒場に行く方がいいか」
「じゃあいいけど。ちゃんと情報仕入れるのはお願いね。一応期待してるから。ルカスにしか頼れないことでもあるし」
そんなことを話してたら、順番が回って来た。
「アルムテ行きの馬車でス。都合で1日遅れましタ。お客様は3名でス」
御者さんが門の兵士に話している。
「通行証、確認させて頂きました。お客様方、ようこそアルムテへ」
後半は馬車の中のわたしたちに。ずいぶん丁寧な応対なのね。わたしたちはアタマを下げた。何だか気分の良さそうな街に思えて来る。馬車がゆっくり、関所を通った。にぎやかな売り子たちの声が、いたるところに満ちている。それがレンガ造りの建物に反響して、思わずわくわくして来ちゃった。馬車は街の案内所の近く、乗り合い馬車専用のスペースに止まった。ブルル、と馬が首を振る。お疲れ様。あんなスピードで走ってくれたんだもんね。
「ご乗車ありがとうございましタ。運賃は頂いているので、このままお降りくださイ。次回のご利用、お待ちしておりまス」
「はいはい。次に乗ることがあったら。お願いだからゆっくりでね」
わたしたちは御者さんに軽く会釈した。
さーて。まずは宿を決めなきゃ。一息付いてから、でもいいよね? あれだけ……。あれだけ頑張って来たんだもん。