10:『死を弄ぶ者たち』の正体
部屋に入り、ルームキーをかけた。さらに安全のため、『施錠』の魔道もかけておく。共通している白魔道、『守護盾』があるルカスのみが通れるようにして。やっとほっと出来るわ。ふう。熱いシャワーでも浴びたいところね。――キッポはカーテンを少しだけ開いて、下を通っている外の大通りを眺めている。そんなキッポに、
「森の中じゃないと、やっぱり不安?」
「うん……。石のことばも分かるけど、ここにあるのはみんな、人間が加工したものでしょ? だからあまり聞こえて来ないんだ。でも、森と一緒だよ。『助けて』って言ってる。声じゃないんだけど、何て言ったらいいのかなあ……。そんな感じがするんだ」
「言ってることは同じなのね?」
「そう。『何か良くないことが起こる。助けて』って」
何なんだろう、この予言に似た感覚。わたしも感じるもの。娘さんがさらわれた、あの村の時からずっと。
「ここはルカスに任せましょ。あれでも情報を手にするのは、わたしたちよりずっと長けてるんだから」
そう。
最初にフォクスリングの部落がある、って訊き出して来たように。そして。それが始まりだったのよね……。
「何でボクたち。フォクスリングなんだろう?」
言いながらカーテンを戻し、キッポは椅子に座る。わたしもテーブルをはさんで反対側に座った。
「『裏の世界で』って言ってたわね。公けに出来ない誰か、――ううん、そんな集団がかけているのかも。どうしてかは分からないけど」
沈黙が訪れた。カーテンを閉じていても、大通りの喧騒が微かに届いて来る。そうそう。明日から1週間、お祭りなんだったわね。そんな気分にはとてもなれないけど。
「ルカスだ」
「え?」
「ルカスが帰って来たよ」
さすがキッポ。わたしにも『守護盾』の波動が感じられたけど、それより早く察してる。ノックが聞こえた。
「オレだよ。開けてくれ」
一応用心しながら、わたしはルームキーを外した。大丈夫。本物のルカスだ。『施錠』の魔道が跳ね返えそうとしていないもの。
「今開けるわ」
お酒の臭いをぷんぷんさせながら、ルカスが部屋に入って来た。顔が真っ赤。
「ずいぶん飲んだのね」
部屋に備え付けの水をごくごく飲んでる、そんなルカスに言った。
「付き合いで飲まないと、情報も手に入らないからな」
ふう、とルカスは息を付く。
「何か……、分かった?」
少し怯えを含んだ声で、キッポが訊く。
「いろいろな。あの店で正解だった。アルムテの、いや、この辺りの裏が分かったよ」
椅子に座ったルカスは続けて、
「色の黒いフォクスリング」
『え?』
わたしとキッポは同時に口にした。
「あいつらが賞金を懸けてる。村で殺されたらしいのがいただろ? そいつはどうやら、あの部落に危険を知らせようとして、殺られたみたいだ。『死を弄ぶ者たち』の正体、それが色の黒いフォクスリングだよ。部落のフォクスリングたちが手出し出来ないように、聖堂に火を付けて壊したらしい」
わたしとキッポは呆然とした。『死を弄ぶ者たち』が実在してる!? それが色の黒いフォクスリング!?
「じゃあ、娘さんは……」
わたしはちょっと震えながら、訊いてみた。
「リムノが思う通りさ。おそらく魔族との契約に、生命を使われた」
「――そんな。ひど過ぎるわ」
そう言いつつも、わたしはどこかで納得していた。生命を使うには、若い女の子が一番だと知っていたから。師匠の元で学んだわ。それが『死を弄ぶ者たち』の特性だって。
「ボクも、狙われてるんだね」
「ああ。キッポはまだまだ若い。それでいて経験が豊富だ。格好の獲物だよ」
わたしは急激に心配になって来た。
「ねえ、ルカス。この街に居るの、危なくない?」
だって、いつどこでかかって来られるか、分からないんだもん。
もう1杯水を注いで来たルカスは、
「リムノが言うのも、もっともだ。でもここはもう少し、出方を待った方がいい。街中の方が、手出しはしにくいからな。それにまだ分かっていない、北の部落を探らないと、キッポの行き先が決まらないだろ」
沈んだ声でキッポが、
「ゴメンね、ボクのせいで……」
つぶやいた。
「気にしないでよ、キッポ。手掛かりを見つけて、部落を探しましょ。ここも北の街だけど、もっと北方なのかもしれないし。それに、色の黒いフォクスリングが関係しているんだから、その部落も危ないわ。手遅れになる前に、何とかしないと」
わたしは少しでも、キッポを励ましたかった。こんなに打ちしおれているキッポは、見たくなかったから。
「ルカス。部落の手掛かりはつかめなかった?」
ルカスに訊いてみた。でも、首を横に振っている。
「そこまでは誰も知らなかった。元々が森の民だろ? 街中には情報が入りにくいんだろうな」
「北……」
ぽつりとキッポがもらした。
「え?」
「北の部落。フォクスリングの、『過去・現在・未来』が描かれてた、って言うあの聖堂。老師が言ってたことかもしれない。『未来は闇から吹く北風。それに立ち向かい、つぼみから花開く『薫り高き宝珠』を手にせよ。汝、北に向かい、闇を目指せ』って。きっと、ううん。ここより北にある最果ての森。そこに部落があるよ、絶対に」
どこか予言じみた言い方で、ゆっくりとキッポが口開いた。まるであの老師が、憑依してでもいるかのように……。




