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それは、それとて  作者: 明日


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あの頃は、若かった




今日は珍しく、

事務所に直接訪ねてきた人がいた。


三十代半ばの真由子さん。


息子が、急に

「右手に悪魔がいる」

と言い出したらしい。


夜になると部屋の中を徘徊、

何かと右手を気にしている。


――正気じゃないのです、と。

というわけで、


息子の翔太君も一緒に来てもらった。

テーブルにお茶を出し、


真由子さんの隣に座る翔太君を見る。

……特に違和感はない。


元気そうな中学生だ。

「はじめまして、翔太君。

 最近、変なことあった?」

軽く、ジャブを入れる。


翔太君は少し間を置いてから、


真顔で言った。

「僕は、特殊な力を右手に封印してます」

そう言って、右手を差し出してくる。


――いた。


右手に、大きな顔だけ人間の芋虫。

ウヨウヨと巻き付いて、小さく呟いている。

「最強……最強……」


ああ、これは、私はこれを

虫に病と呼んでいる。


この年代に、わりとよくある。

早く取ってあげないと、


後に尾を引く。拗らせると

立派な暗黒の歴史を築くことになる。


「分かりました。

 この症状、いつから?」


真由子さんは、

少し言葉を詰まらせながら言った。

「半年くらい前からです。

 ……どうにかなりますか?」

「大丈夫ですよ。

 今日、直します」


半年か。

後遺症が残らないといいが。

数年後、ふと思い出して身震いし、

羞恥心に苛まれる――


まあ、その程度で済めば御の字だ。


「翔太君、

 右手を出して」


翔太君は言われるがまま

右手を差し出し、

真剣な顔で言った。



「僕には制御できません。

 気を付けて下さい」


……んふ。


たまらん。これは危ない。

私は机の引き出しから、塩と酒を取り出す。


翔太君の右腕に塩を振り、

その上から酒を少量。


すると、少し湯気が上がった。

そう、酒に弱い。


私は「最強」と呟く虫を掴み、

床に叩きつけた。


ビチャ、と。


真由子さんと翔太君には、

多分見えてない。湯気に驚いていたが、

塩はサービスだ。


翔太君はしばらく沈黙した後、

正気に戻ったようだった。


顔が赤い、少し震えている。

……後遺症が、


ほんの少し残ったな。

「これで終わりです。もう大丈夫ですよ」

「どう、翔太君?」


翔太君は下を向いたまま、

小さく言った。

「……はい、 大丈夫です」


真由子さんは、

心から安心したようだった。

二人は並んで、仲良く帰っていった。

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